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WWD 小島健輔リポート
『ユニクロも値上げ 「調達コスト高騰」をどう売価に転嫁するか』
(2022年06月09日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 ロシアのウクライナ侵攻や中国のゼロコロナ政策で物流が混乱し、あらゆる資源と物流費が高騰してアパレル製品も値上げが必定という情勢で、今春夏物まではサプライヤーへのコスト転嫁で乗り切ったアパレル事業者も秋冬物からは売価を値上げせざるを得なくなる。

 値上げするのかしないのか、するならどんな方法でするのか、値上げすれば売り上げにどれほど響くのか、アパレル各社は四苦八苦の思案を重ねていると思われるが、ことは小手先の手法でなく、ざっくりと割り切った方が良い結果が得られる。本稿ではサプライヤーとの関係まで踏み込んで調達コストと「売価」の実態を追求し、「値上げ」の具体策を提示したい。

 

直近決算に見る川下と川上の関係

 

 コスト上昇が圧迫した2022年1〜3月に迎えた本決算を川下から川上(正確には川中上)にさかのぼって見ると、川下(アパレルチェーン)企業がコスト負担を回避し、川上(サプライヤー)企業がそれを被ったことが如実に見て取れる。以下、主要3社の在庫運用を私の推察も含めて解き明かしてみたい。

 

ケース1:しまむら

 

(画像2)しまむらは22年2月期で過去最高の業績を達成したが、食品を含めた物価高騰は逆風になる

 

 最も調達コストの高い(=売価が割安と見て良い)しまむらはお手頃価格を維持して値引きロスを7.3%に抑制したから、実質値入れ率は40.9%、調達原価率は59.1%だったと推計される。7.31回転しているから交叉比率は249.3と今日でも高い方だが、リーマン前は10〜12回転して07年2月期の交叉比率は384にも達していたから、まだまだ改善の余地がある。

 しまむらは事実上のVMI※調達だから自ら補給在庫を抱えることがなく(しまむらの物流センターは全てトランスファーセンターで一切、在庫を積まない)、サプライヤーがしまむらの店頭在庫を情報共有して自社の補給在庫と追加生産をコントロールしている。同様にVMI調達のワークマンは週サイクルの消化動向をアルゴリズムやAI(人工知能)で予測してサプライヤーと情報共有しているが、同じ商品が来年も売れるワークマンではサプライヤーが補給在庫でカバーするのが大半で、期中の追加生産は1〜2回に限られる。しまむらはワークマンとは異なって同じ商品が翌シーズンも売れるわけではないから、しまむらのサプライヤーは補給在庫をミニマムに抑え、期中の追加生産や新商品開発(ティーンズでは6割に迫る)に積極的だ。

 結果として、しまむらは価格を抑制して既存店売り上げも客数も伸びて売り上げが7.6%、営業利益は30.0%も伸び、営業利益率は8.5%と18年頃の水準を回復した。しまむらのサプライヤーも売り上げは好調に伸びて在庫も回転したが、コスト上昇を納入価格に反映できず大幅な減益となったところもある。今秋冬物ではサプライヤーはコスト転嫁を図るだろうがしまむらはそれを好調な販売消化で吸収し、値上げは部分的にとどまると思われる。

 

※.VMI(Vendor Managed Inventory)…あらかじめ定めた陳列棚割と販売計画に基づいてベンダーに在庫管理と補給・補充生産を委任する取引形態。同一商品を継続補給する「台帳型サプライ」が一般的だが、デザイン性のアパレルやアクセサリー、ベルトなど服飾雑貨では類似アイテムをリレー供給する「トコロテン型サプライ」も多い

 

(中見出し)ケース2:アダストリア

 

(画像3)アダストリアの主力業態「グローバルワーク」

 

 「グローバルワーク」や「ニコアンド」を販売するアダストリアはブランドの事業規模によって調達体制が異なるが、主力ブランドは仕様書発注のロット調達であり、在庫運用や売価変更による売り減らし方式だ。アダストリア主力ブランドの売価設定はユニクロを基準とすればハーフライン〜ワンライン高めに設定されており、売価変更による消化促進が目立つ。

 アダストリアの値引きロスは開示されていないが、当初設定売価と実売価格の差から17ポイント程度と私は推察する(感覚的な推察です)。ならば実質値入れ率は69.6%、調達原価率は30.4%だったことになる。それが高いか低いかは議論の余地があるが、かつてのストライプインターナショナルなど高くても27%、タイムセール用の商品は19%とか16%で調達していた。

 アダストリアの販管費率は前期より2.2ポイント抑制したとはいえ51.8%とカジュアルチェーンとしては高く、人件費と不動産費の負担が大きい。それを調達原価率の抑制でカバーしてきたが、今回のコスト急騰局面では抑えが効かなくなるのではないか。

 何とか4.7回転して実現粗利率55.1%を確保しているが交叉比率は259に過ぎず、短サイクルのODM調達主体だった07年2月期の732(60.3%×12.14回転)とは隔世の感がある。いかに高付加価値を志向しても計画調達の売り減らしでは需給の乖離は否めず、値引き消化に依存せざるを得ない。在庫効率だけを考えれば、計画調達の売り減らし方式は短サイクルODM調達に遠く及ばないようだ。

 それでも売り上げは9.6%伸びてコロナ前20年2月期の90.6%まで回復し、営業利益も同51%まで戻したが、交叉比率は20年2月期の366(粗利益率55.5%×6.6回転)の7掛けにとどまる。調達コスト抑制は難しく、ウクライナ侵攻以降のコスト急騰が売価を押し上げるのは必至と思われる。

 

(中見出し)ケース3:ファーストリテイリング(ユニクロ)

 

(画像4)「ユニクロ」のグローバル旗艦店である銀座店

 

 ユニクロは計画生産のロット調達と信じられているが、生産地在庫はサプライヤーが管理しており、実態は長期取り組みの戦略的VMIだと思われる。生産地の補給在庫はサプライヤーが補正生産で調節しても、各国市場に投入された在庫は売り減らしするしかなく、アダストリアほどではないが売価変更による値引きロスが生じる。

 21年8月期はまだコスト上昇以前だったがコロナ禍の過剰在庫を引きずっており、売り上げこそ6.2%伸びてコロナ前19年8月期の93.2%まで回復し、粗利益率も50.3%と19年8月期の48.9%を超えたが、在庫回転は2.68回と19年8月期の2.85回に届かず、交叉比率も134.9と19年8月期の139.4に届かなかった。

 ユニクロの値引きロスは全くの推察だが、VMIによるサプライヤー負担が寄与して13ポイント程度に収まっていると思われる。ならば実質値入れ率は63.3%、調達原価率は36.7%と推計される。交叉比率も08年8月期は263.3(現在庫計上基準では175程度と推計)もあったことを思えばコロナ以前から在庫効率は低下傾向にあり、サプライヤーの在庫負担が高まっていると推察される。

 ユニクロの縫製を多く手がけるマツオカコーポレーションの22年3月期は、売り上げが4.9%減少(旧会計基準)して営業利益は収支いっぱい寸前まで急落した。コスト高騰と納期遅れカバーで粗利益率が7.1ポイントも低下して9.3%に落ち込み、棚資産回転も11.5日延びて4.69回まで落ち込んだ。手離れの良いOEMサプライヤーなら20回転以上回るはずで、主力納入先に高騰したコストを転嫁できず、在庫調整も少なからず負担していると推察される。

 ファーストリテイリングの販管費率は38.4%と抑制されており、ランニングコストの管理能力も高いから、調達コスト高騰がストレートに売価を押し上げることにはならないが、サプライヤーのコスト負担も限界を超えており、安定調達と収益性を求めれば値上げという判断になる。

実際、フリースジャケットやウルトラライトダウンなど今秋冬の主力商品は軒並みワンマーク(1000円)値上げすると発表しているが値頃感の逸脱は否めず、「ユニクロ高級品論」にまたぞろ火が付きかねない。ユニクロの商品は年々の変化が少なく耐久性も高いから、値上げするなら昨シーズン品やユーズド品で済ます顧客も少なくないと思われるが、衣料品に限らず食品や燃料などあらゆるものが値上がりする中では黒田総裁ではないが『仕方ないよね』と感覚が麻痺していくのかも知れない。

ユニクロの値上げはアパレル業界にはまたとない朗報で、これを皮切りに値上げラッシュとなることは必定だが、消費者は素直に受け入れるだろうか。新品衣料の値上げラッシュを契機にサステナブルな中古衣料にシフトする消費者が急増するとしたら、アパレル業界は自ら首を絞めることになる。

 

 

 

(図表1)CCCに見るアパレル・サプライチェーン

 

(中見出し)コスト吸収対策で危ぶまれる需給乖離

 

 調達コストを抑制せんとすれば、より低コストな遠隔地での大ロット計画生産に流れがちで、消費地との距離も時間も一段と離れてしまう。加えて、生産ロットの集約は品ぞろえのバラエテイを損ない、顧客の離反を招きかねない。

 かつてない調達コストの高騰に直面して、アパレル事業者の多くは調達コスト抑制を図ってロットの集約と計画生産に流れる公算が高いが、それでは需給ギャップがさらに拡大してしまう。結果、売り上げが伸び悩み、在庫が滞貨し、値引きロスが肥大して収益を圧迫することになる。売り手都合の効率化は時として顧客の利益を損ない、売り手に跳ね返ってくるものだ。

 大半のアパレル事業者は同意しないだろうが、調達コストの高騰はサプライヤーとの合理的な分担を受け入れて小幅な値上げはやむなしとするべきで、調達ロットの集約や計画生産に流れてバラエティや市況対応の機動性を損なってはならない。値入れ率が低下した分は品ぞろえの鮮度とバラエティによる売り上げの伸び、在庫運用精度の向上による値引きロスの圧縮でカバーするべきだろう。個人的な経験則に過ぎないが、売り手都合の効率化に走って利幅を確保するより、利幅を損なっても顧客に寄り添った方が良い結果を得られることが多かったように思う。

 

(中見出し)「価格」の市場メカニズムと値上げ方法

 

 かつてないコスト高騰と円安に直面して、値上げするかどうか、するならどうやるかが問われているが、その前に「価格」決定の市場メカニズムを理解しておくべきだ。

 「価格」は販売者が自由に設定できるが、競合者の「価格」設定や需給関係で「市場価格」が決まる。

 高利幅を得たいなら、競合者が限られる分野で需要に足らない過少数量を供給すればよく、そんな状態を長期に維持して、年々値上げしていけば「ラグジュアリービジネス」が成立する。調達コスト高騰に直面して値上げをどうするか苦慮しているのは、競合者も供給も過多で値崩れが常態化している中低価格衣料分野の事業者であり、置かれた状況は真逆だ。だからこそ、そんな状況の中では本質から考えるべきだと思う。

 競合者が少なく供給過多でない商品についてはコスト相応に値上げできるが、そうでない商品についてはコストを飲み込んで価格を維持するしかない。ならば、競合者が少なく供給過多でない商品を増やさないと利益を得られない。第一は、まず値上げ可能な商品ラインを増やすことだ。新しいアイデアの機能商品だったり、まだ目新しく扱う同業者が限られていたり、供給不足になっている商品が該当する。

 そんな商品は限られるし、すぐに真似する競合者が出てきて価格が通りにくくなる。ならば「価格」が通りにくい商品をどう値上げするか。方法は「錯覚」と「鎮痛剤」しかない。

 「錯覚」とは、これまで税込価格優先表示だったものを税別価格優先表示に切り替えることだ。21年4月から税込総額表示が義務付けられたが現状では税別価格優先表示も容認されており、税別価格優先表示に切り替えれば値上げの印象を和らげられる。

 似たような「錯覚」手法に価格帯別のプライスライン・ミックスがある。値上げが痛感される主力価格帯の商品はすぐには値上げせず、低価格帯と高価格帯の商品を先行して値上げすることで主力価格帯商品の値頃感を出す錯覚誘導だ。主力価格帯商品は、周囲も値上げして抵抗感が薄れた頃にさりげなく値上げすればよい。

 「鎮痛剤」とは値上げで顧客が離れるのを防止すべく、一定期間、クーポン配布やポイント増量などで値上げの抵抗感を和らげる対策で、廃棄衣類持ち込みでクーポン配布などSDGsキャンペーンと絡ませる手もあるだろう。今のコスト高騰と値上げラッシュはアパレル業界に限らず大半の分野で急進しているから、「鎮痛剤」で和らげている間に「新価格」は「仕方ないよね」と浸透してしまうのではないか。

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