小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『「ザラ」「H&M」「ユニクロ」
3大SPA最新決算にみる挫折感』
(2022年03月23日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 3月16日にインディテックスが22年1月決算を発表して、21年11月決算のH&M、21年8月決算のファーストリテイリングとグローバルSPA3社の決算で出揃ったが、2年に渡ったコロナ禍を各社はどう切り抜けたのだろうか。果たして、その先に明るい未来はあるのだろうか。

 

■インディテックスの背中は遠ざかった

 3社で決算期が多少ずれ展開地域も異なるためコロナ禍の影響も微妙に異なるが、売上でも営業利益でもインディテックスの首位は動かず、売上ではH&M、営業利益ではファーストリテイリングが続いた。

 インディテックスの売上は277億1600万ユーロ(3兆6136億円)と前期から35.8%回復したが、前々期(282億8600万ユーロ)には97.8%と僅かに届かなかった。とは言えH&Mは1989億6700万SEK(2兆5468億円)と6.4%の回復に留まって前々期(2327億5500万SEK)には85.5%と遠く、ファーストリテイリングも2兆1329億9200円と6.2%しか回復せず前々期(2兆2905億4800万円)には93.1%と及ばず、インディテックスの背中は遠ざかった。

 インディテックスは粗利益率も57.1%と過去6年間で最高水準に回復し、販管費率を41.6%に抑えて売上対比15.5%、前期比2.84倍の42億8200万ユーロ(5583億円)の営業利益を確保した。ファーストリテイリングも50.3%と6期ぶりに粗利益を50%台に乗せ、販管費率を38.4%に抑えて売上対比11.7%、前期比1.67倍の2490億円の営業利益を計上したが、H%Mは粗利益率が52.8%に留まる一方で販管費率が45.1%と高止まりし、営業利益は前期から5倍近く回復しても売上対比7.7%、152億5500万SEK(1953億円)に留まった。

 

■H&Mの劣勢が目立つ各指標

 H&Mの粗利益率は19年の水準を回復しても10年の62.9%からは10.1Pも低く、販管費率は06年の37.1%より8.0Pも高く、営業利益率は07年の23.5%からは15.8Pも低下している。コロナ以前に大規模化非効率化してスローになったファストファッションのビジネスモデルが行き詰まり、収益力の低下に歯止めが掛からなくなっている。

人件費率はインディテックスの15.1%に対してファーストリテイリングは13.4%(委託費を合算すると15.7%)、不動産費率(賃借料+減価償却)も12.3%に対して11.3%と大差ない。H&Mは経費明細の開示がないが、粗利益率がインディテックスより4.3Pも低いのに販管費率は3.5Pも高く、両経費とも他2社より負担が大きいと推計される。単価が低く棚資産回転も極めてスローで消化歩留りも販売効率も他2社とは格差が大きいH&Mは収益力が劣化しており、売上でもファーストリテイリングに抜かれて3位に落ちるのは時間の問題と思われる。 

平均店舗規模はインディテックスの732平米/427.9万ユーロ(5億5790万円)に対してファーストリテイリングは909平米/5億9606万円とやや大きく、国内ユニクロに限れば1001平米/8億8594万円と一回り大きい。坪売上はインディテックスの249.2万円に対してファーストリテイリングは225.1万円とほぼ9掛けだが、ZARAと国内ユニクロで比較すると265.4万円対295.0万円と逆転してZARAが国内ユニクロの9掛けになる。日本国内の同一商業施設におけるZARAとユニクロの坪売上格差はもっと大きく、ZARAはユニクロの7掛け程度に留まる。グローバル統一MDゆえのローカル対応の欠如が要因で、後述するが日本市場でのインディテックスは勢いを失っている。

H&Mは売場面積の開示がないため坪売上は算出できないが、平均店舗売上は4144.3万SEK(5億3047万円)とファーストリテイリングの89%、国内ユニクロの6掛けに留まる。日本国内の坪売上格差はさらに大きく、同一商業施設での販売効率はユニクロ3〜4掛けに留まるケースが多い。

※SEKの2020年12月〜2021年11月の月平均為替レート12.8円。

※ユーロの2021年2月〜2022年1月の月平均為替レートは130.38円。

 

■棚資産回転とOMOの格差

 インディテックスの棚資産回転日数は前期から1日短縮の93.3日で、11.8日短縮しても136.1日のファーストリテイリング、4.7日短縮しても144.9日のH&Mに比べればまだ回転が速い。低コスト生産地で大量生産した在庫を売り減らすダム型サプライのH&Mとファーストリテイリングに比べれば、小ロット(H&Mより一桁少ない)短サイクル生産で本部も各国も倉庫在庫を持たず一撒きに徹するインディテックスの棚資産回転が速いのは必然だが、DXを駆使した小ロット短サイクル生産の越境ECで実質無在庫販売するSHEINに比べれば格段にスローな旧世代モデルと言わざるを得ない。

 インディテックスの棚資産回転の速さのもう一つの要因が店舗在庫引き当てによるC&C(店渡し/店出荷)で、H&Mのように各国にEC用の出荷倉庫を配して在庫を積んだり、国内ユニクロのようにEC専用の出荷倉庫を設けて店舗物流と分離したりすれば在庫が分散して非効率化するのはもちろん、顧客が受け取る利便(速さと送料負担)も損なわれるばかりか、店舗在庫が圧迫されて売上が落ち込むリスクも指摘される。店舗軸に徹したインディテックスのOMOは効果絶大で、22年1月期のオンライン売上は75億ユーロ(EC比率27.0%)に達して24年には30%への到達を見込む一方、坪売上も前々期を5.1%上回ったが、店舗軸OMOへの決断が遅れた国内ユニクロのEC比率は15.1%に留まって坪売上も前々期を12.4%下回った。

 

■CCCの政策的運用と交叉比率

 売上債権回転日数はインディテックスが前期から1.7日短縮の11.1日、ファーストリテイリングが同3.6日短縮の8.6日、H&Mも同0.4日短縮の5.6日と極めて早いが、路面店はもちろん商業施設店舗でも売上金を直接収納しているからで、デベに預けて家賃等を天引きされるユナイテッドアローズは37日も要して資金繰りを圧迫されている。

 政策的に運用できるのが買掛債務回転日数で、CCC(Cash Conversion Cycle)をコントロールして運転資金を抑制できるが、インディテックスは元よりほぼ無借金経営でCCCもマイナスだから、逆に巨額の回転差資金を得ている。コロナに直撃された前期は192.8日と前々期から一ヶ月近く延ばして棚資産回転の27.9日悪化をカバーし、CCCをマイナス85.7日(回転差資金47億7700万ユーロ)と前々期から1.2日の短縮に抑えたが、当期は棚資産回転が1.0日短縮されたのに196.6日と3.8日延ばしたからCCCはマイナス87.8日と2.1日短縮され、計算上だが66億6700万ユーロ(8692億円)の回転差資金を得ている。この辺りのCCC運用はワールドと酷似しているが、無借金経営のインディテックスとは事情が異なる。

 ファーストリテイリングも前期は74.7日と前々期から14.9日延ばして棚資産回転の19.9日悪化をカバーしてCCCの延びを7.7日に留めたが、当期は棚資産回転の11.8日の改善を受けて75.8日と1.1日の延びに留めCCCを68.9日と16.6日短縮し、運転資金を4026億4000万円と前期の85.9%に圧縮している。

 タイトロープだったのがH&Mで、前期は37.2日と前々期から11.3日延ばして棚資産回転の24.6日悪化をカバーしCCCの延びを10.1日に留めたのに続き、当期も棚資産回転は4.7日短縮されたのに79.2日とさらに42日も延ばしてCCCを71.3日と47.1日も短縮し、運転資金を388億7200万SEKと前期の64.2%に圧縮している。それで純資産対運転資金率は前期の110.8%から64.8%に改善されたが、コロナ前の前々期でもCCCは108.3日と極めて長く純資産対運転資金率が121.0%に達していたから慢性的な資金不足にあることは変わらない。

 商品投資生産性としての交叉比率はメーカー的な開発体制と棚資産回転の速さでインディテックスが突出しているが、粗利益率は回復しても棚資産回転の回復が鈍く、223.3と前期の216.6からわずかな改善で前々期(307.4)の72.6%に留まる。H&Mとファーストリテイリングの差は僅かだが、H&Mが前々期の153.6から133.0と回復が遅れているのに対し、ファーストリテイリングは前々期の139.4から134.8と96.7%まで戻しており、両社の回復力には格差がある。

 

■財務基盤と投資余力の格差

 インディテックスの純資産は157億5900万ユーロと前期から12億900万ユーロ増えて売上の57%もあり、借入金は無いに等しく、巨額の回転差資金も加わって投資余力は絶大だ。カントリーリスクなどで一時的に大きな損失を出すことがあっても、それを契機に再構築投資を進め、より収益力の高い事業構造に転換していくポテンシャルがある。

PLM(商品ライフサイクル管理システム)とCAD・CAMによるDXも90年代から先行していたから、完成の域に迫る店舗軸OMOとは別に、小ロット多頻度高速生産で無在庫販売に近い越境D2Cも短期で構築できると見る。おそらくはスペイン/ポルトガルの産地から世界各国の顧客に直送するサステナブルな中価格帯ビジネスになるのではないか。SNSマーケティングのみならず、これまでグローバル統一してきたフィットやサイジングもローカル対応するなら、D2Cゆえの新たなマーケットも広がると期待される。

 H&Mの純資産は前期から53億9500万SEK増えても600億1800万SEKと売上の30.2%に過ぎず、前期から133億7400万ユーロ減ってもまだ666億9100万ユーロと借入金が多く、純資産対借入金率は前期から35.5P減っても111.1%と危険域を脱していない。CCCも前期から47.1日短縮されても71.3日と長く 388億7200万SEKの運転資金を要しており、純資産対比は前期から46.0P圧縮されても64.8%とファーストリテイリングより30.2Pも高い。

カントリーリスクなどで大きな損失が生じると投資余力がなくなり、再構築が出来ずに成長力を失ってしまう。サステナブルを謳ってもファブレスな古典的サプライチェーンはコスト吸収力も開発力も乏しく、長引くコロナ禍やウクライナ危機による世界的なコストインフレに押されて収益性はさらに悪化すると危ぶまれる。

 ファーストリテイリングの純資産は前期から1662億1900万円も増えて1兆1622億円9800万円と売上の54.5%もあってインディテックスと大差なく、借入金は前期から1083億1300万円減って4757億6800万円と純資産の40.9%で健全な積極投資の範囲にある。CCCも前期から16.5日短縮されて68.9日となり、運転資金も前期から661億円圧縮されて4026億4000万円、純資産対比も34.6%と健全域にあるが、インディテックスのように巨額の回転差資金を享受しているわけではない。

 ロシア事業の撤退や中国事業の急激な縮小など大きなカントリーリスクが生ずれば投資余力が損なわれ、成長戦略が停滞するリスクがある。匠を外注生産工場に派遣して品質管理を徹底しているとは言え、サプライ自体は商社を通してリスクヘッジするファブレス方式であり、インディテックスのスペイン/ポルトガル生産のようにCAD・CAMでマーキングして裁断した素材と副資材をフランチャイズ工場に供給して生産管理し、工賃払いして自社工場でプレス仕上げしているわけでは無いから、コスト吸収力も付加価値開発力も限界がある。

遠隔地の大規模工場で大量計画生産して作り貯め、生産地と国内倉庫の二段階ダム型サプライで売り減らしていくという前世紀の古典的SPAモデルではオンデマンドサプライも無在庫販売も成り立たず、世界的なコストインフレを吸収する術がない。もはや低価格とは言えなくなったユニクロが広範な値上げに踏み切れば、劇的な顧客離れが生じるのではないか。

 

■カントリーリスクと日本市場でのポテンシャル

 インディテックスの地域別売上では、アジアのシェアが前期の23.2%から19.7%に急落しているのが目に付く。18年から21年で見てもアジアが3.2P低下してスペイン外のEU圏が3.3P上昇している。これを国別の店舗数推移で見ると、新疆綿問題から不買運動に発展した中国本土が20年1月期末の570店から303店(香港は30店から20店)に激減しているのはともかく、順調に見えた日本が145店から86店に激減していることに驚かされる。ZARAは94店から75店と8掛けに留まっているが、ZARA HOMEは18店が9店と半減、Bershkaは25店が2店に、Stradivariusは8店が0店と以前に私が指摘した通り撤退に至っている。

 インディテックスはスペインのアパレル産地から発祥したラテン文明の美意識に基づくアフォーダブルなモードSPAであり、アングロサクソン系やツングース(華北)系とは合い入れても亜熱帯モンスーン文明を起源とするモンゴロイド(漢民族)系の服装文化とはウエアリングもサイジングも乖離が大きく、意図してローカル対応しない限り日本市場や華南市場では限界があった。グローバル統一のマーチャンダイジングを押し付けるインディテックスの論理がモンゴロイド市場の成熟化によるローカル回帰(「国潮」)とすれ違うようになり、コロナ禍も加わって販売効率が落ち採算が採れなくなったと推察されるが、それにしても日本市場の落ち込みは想像を遥かに超えていた。

 インディテックスはコロナ前の558店より37店減少したとは言えロシアに515店、ウクライナにもコロナ前の72店から13店増の85店を展開しており、両国合計の600店舗は全6477店舗の9.3%近くに相当する。ファーストリテイリングも21年8月期末でロシアに45店(ウクライナは未進出)、台湾に69店、中国本土と香港に863店を展開しているから、両社のカントリーリスクは小さくない。

 H&Mの地域別売上は21年分は上位市場のみの開示で断片的になるが、最大市場のドイツ(441店/280億100万SEK/19年比83.5%)、米国(548店/276億1400万SEK/同92.1%)はともかく、極端に落ち込んだのが19年比推計60.5%と急落した中国本土(445店/推計73億SEK)で、皮肉なことにロシア(168店/78億3300万SEK)は19年比114.3%と急伸していた。ウクライナにも前期末で5店あったが全社売上の0.13%弱に過ぎず、影響は限られよう。

日本は店舗数こそ20年11月期末の115店から21年11月期末も116店と陣容を保っているが、売上は19年の49億8700万SEKをピークに20年は43億3300万SEKと13.1%減少している。21年はランキング圏外でまだ開示されていないが(アニュアルレポートで開示される)、20年からほとんど回復していないと推察される。H&Mもアングロサクソン軸のグローバル統一マーチャンダイジングでローカル対応はサイズバランスなどに限られ、ローカル企画も極めて限定的だから、進出市場での途上国的憧憬が薄れて「国潮」が台頭すれば売上は減少に転ずる。

中国や韓国で勢いづく国粋主義的「国潮」と我が国の消費者意識変化は次元が異なり、斜陽文明におけるサステナブルな(自然で無理しない)成熟化と受け止めるべきだが、欧米モードとそれに立脚するブランドへの憧憬が薄れていくのは中韓と共通している。ユニクロがモンゴロイド圏で拡大する一方で欧米市場で伸び悩み、インディテックスやH&Mがモンゴロイド圏で一時の勢いを失って退潮しているのは、2014年のブリグジットから始まったローカル分断の世界的奔流であり、もはや加速こそすれ衰えることはないだろう。

 

■アナログからデジタルへSPAも世代交代

OMOを追求しても在庫負担から逃れられないアナログ世代のスローなSPAから、画期的にファストでローカル対応も容易なDX武装の無在庫・無店舗越境D2Cへ、SPAの主役が交代しつつあることもビック3の未来に影を落としている。半世紀に渡ってSPAを研究してきた識者として、アナログ世代のSPAはリーマンショックで役割を終えたと思っている。

ラ・コルーニアのアパレル産地でDXに先んじたインディテックスの完成度の高いファストファッション・コンビナートが輝いて見えたのは前世紀末であり20年の先行が評価されるが、今や未来を切り開いているのは広州のアパレル産地でDX武装を加速する越境D2Cファストファッション事業者に他ならない。広州ともファストファッションとも限らず、産地に立脚してDX武装する越境D2C事業者が次世代のSPAを担うのはもはや疑う余地もない。ほとんど無在庫のサイバー戦みたいなデジタルSPAの時代になろうという今、戦艦隊砲戦からようやく空母機動部隊戦に転じつつあるアナログSPAにどれほどの将来があるのだろうか。

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