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『「カタルシス後の未来を託す」小島健輔からの提言』(2020年05月23日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 ようやく緊急事態宣言も明けて休業していた百貨店や商業施設も開き始めたが、アパレル業界の負った深手は生半可ではなかった。プロパー販売期の2ヶ月分近くの売上が消え、積み上がった在庫の処分で春夏商戦が大赤字となるばかりか、家賃や人件費、中間納付消費税(前年の売上で先行徴収される)や買掛金の支払いで綱渡りの資金繰りとなり、虎の子の商品を換金処分せざるを得なかった。それで何とかなった会社は良いが、元から資金繰りが苦しかった会社は持ち堪えられず、これから破綻が広がることになる。 
 そんな修羅場となったのは、コロナ以前から需要に倍する過剰供給が慢性化して、バーゲンやファミリーセールを繰り返しても流通段階の滞貨が積み上がっていたからだ。アパレルメーカーや小売チェーンが抱える不振在庫は氷山の一角で、商社やOEM業者が抱える未引き取り在庫やキャンセル品、輸入統計には上がって来ない生産地に抱えた未引き取り品や仕掛り在庫まで合わせると毎年、需要の2.5倍近くが日本向けに生産されている。廃棄処分や中古衣料として輸出されるものを差し引いても、流通在庫はたっぷり一年分以上あるはずだ。
 「流通在庫十年分」と言われるキモノ業界ほどではないにしても、これをどこかで解消しない限り多産多死のセール日常化というアパレル流通の惨状に幕を引くことはできなかった。売上がどんなに低迷しても、小売チェーンやアパレルメーカーから商社まで、個別企業がシェアを落としてまで生産調整をする機運はなく、行政もクリエイション振興などで増産を煽ってきたから、天変地変でも起きない限り過剰供給の悪循環を断ち切ることは出来そうもなかった。そんなアパレル業界に突然のリセットを強いたのがコロナ・クライシスだった。
 コロナ・クライシスに直面して業界は地獄を見たが、こんな厄災でもなければ過剰供給体質をリセットすることは永遠に出来なかったのではないか。それでも売上拡大の野望を捨てない企業もあるだろうが、これを契機に適正規模に身を縮め、過剰供給の赤い海を脱してささやかな青い海を模索しても良いのではないか。その過程で少なからぬ店舗やブランド、従業者が消えていくとしても、行き詰まって多くの債権者に苦渋を強い、何の保証もなく従業者を放り出すことになるより、責任が取れるうちに計画的に事業を仕舞っていくという選択もあるはずだ。
 アパレル業界は長年に渡って市場が縮小していく中も無謀に供給を増やし、業界ぐるみの集団自殺とさえ揶揄されるほど二進も三進もいかないところまで来ながら、裏付けのない夢を追い続けて来た。そんな暴走を続けるのはもう無理なんだと、コロナ・クライシスが気付かせてくれたのではないか。
 カタルシスの大量絶滅の後には新たな環境に適応した小さなビジネスが芽生えていく。それらがいつかは大きく育っていくことを願って過去を清算し、未来を託すべきだろう。

 期せずして、米英のファッション協議会も同様な提言を発表している。『業界の慣例やコレクションのスケジュールなどを見直す機会でもある』とする、その提言の骨子は以下の三点だ。
1)長年にわたる過剰生産で在庫は積み上がるばかりで、業界はスローダウンすべきだ。質とクリエイティビティを高め、より少なく生産すべきだ。
2)商品を投入する時期と実需期に大きな隔たりがあり、実際の季節に合わせて投入を遅らせるべきだ。
3)コレクションショーの都市と期間を集中してバイヤーの負担を軽減すべきだ。プレフォールなどで細分化して開発力を分散するのも好ましくない。

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