小島健輔の最新論文

ファッション販売2018年11月号掲載
小島健輔からの提言
『売価変更とセール時期はどうあるべきか』
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング 代表取締役

 期末セールの開始時期をどうするかという12年夏以来の不毛な論争はこの夏、二段階実施という玉虫色に決着したが、ギョーカイ側の都合と建前が先行して消費者には浸透せず、セール時期の実態に近づいた6月末の第一弾はともかく、7月末の第二弾は空振った感が強い。そもそも期末セールは在庫処分が目的で、建前よりも期中のキックオフや値引き販売と合わせて最も歩留まり率を高める方法が追求されるべきではないか。

 ■セール時期は需給の実態に対応するしかない
 セールの時期はギョーカイ側の都合と建前にかかわらず、需給の実態に対応するしかないのが現実だ。売れ行きが好調で在庫が薄くなれば処分を急ぐ必要はないが、近年は需要に倍する過剰供給が定着して消化率が悪化し(18年上半期のアパレル製品最終消化率は46.6%!!)、値引きや残品のロスを上乗せした売価設定や投入量の水増しがさらに消化率を悪化させるという悪循環から抜け出せないでいる。
 そんな悪循環に油を注いでいるのがECでの先行処分で、実需段階から不調商品にはクーポンが乱発され、期末セールも店頭に先んじてフライングする競争になっている。ギョーカイが申し合わせて期末セール時期を遅らせても、在庫を抱える側としてはセールが先行するECに在庫を回してしまい、百貨店のセールが始まる頃には目ぼしい品は捌けてしまう。アパレル側としても百貨店や駅ビルに義理立てしてセール用在庫を寝かせて待つ余裕などなく、ECでのセールと競うようにファミリーセールを始めてしまうという面従腹背に徹している。
 店舗のセールのみならずECのクーポン販売や先行セール、ファミリーセールやアウトレット(期中処分も多くなった)まで交錯して需給調整のメカニズムが作動する今日、どう理屈をこねても連んでもギョーカイ都合のセール時期を押し付けるのは無理がある。三越伊勢丹とルミネのごり押しから6年を経てもまだギョーカイ都合のセール時期押し付けを画策するこのギョーカイは余程、顧客をなめているとしか思えない。だから消費者に愛想をつかされ、供給数量の過半が売れ残るという惨状が定着してしまったのだろう。

 ■ロスを抑える売価変更のタイミング
 そもそも、期末セールはロスを抑制して在庫を消化するには適切な方法ではない。衣料品には食料品のような品質上の賞味期限はないが、季節的着用可能期間が4週以上残らないと正価販売は難しいから、その時点が「賞味期限」と考えられる。それ以前でも類似品が溢れて需給が崩れれば正価は通らなくなるし、投入が早すぎて8週以上陳列されれば飽きが生じて売れ行きが落ちる。
 当社主催SPAC研究会のメンバーアンケートに拠れば、早めに投入しても引きつけて投入しても実需期は変わらず、実需期の前に4週の認知訴求期間を要する。実需期を4週確保して8週間の“飽き”を回避するには投入タイミングの見極めが問われるし、実需期を過ぎれば売れ足が落ちるから売価変更が必要になる。不振在庫を業者に転売する相場を見ても、この「賞味期限」を境に半減し、期末まで持ち越せばさらに半減するから、期末セールに依存するのは明らかに不利だ。
 では、どのタイミングで値引きすればロスを最小化して在庫を消化できるかだが、答えは明らかだ。値引きは早いほど小幅でも効果が大きく、遅くなれば大幅な値引きが必要になる。とは言っても景品表示法の規制があって、正価での販売期間が2週間以上ないと値引き表示ができない。
 「値引き」には不可逆的な一般の「マークダウン」の他に期間終了後は正価に戻す「キックオフ」というやり方がある。米国では一般的だが、わが国でも近年はユニクロの週末値引きなど活用が広がっている。立ち上げ直後(2週間後)や実売期入り直前に仕掛けて売れ行きに勢いをつけるのが目的で、10〜25%程度の期間値引きで期末の値引きロスを大幅に抑制できる。
 通算の値引きロスを最小化するにはキックオフを上手く使って計画通りに消化を進行させ期末の値引きを抑制するのが定石で、期末セールまで正価を押し通したり、店頭から引き上げて期末セールまで倉庫に保管する古典的な方法では膨大な値引きロスや残品ロスが生じてしまう。固定観念に囚われず、合理的に在庫消化を図るべきだろう。

 ■正価販売率を高めたいなら
 値引き販売を抑制して正価販売比率を高めたいなら、顧客を直視して期待に応え、周囲の供給状況も睨んで調達から売り切りまでマーチャンダイジングの精度を高めるしかない。やるべき事は以下の五点に尽きるのではないか。

 1.顧客が好むテイストやフィット、価値観に応える(ローカル・マーケティング)
  業界に流れるトレンドは同質化の罠でしかなく、顧客に特化したテイストやフィットを追求する方が確実な成果が得られる。業界を見れば罠に陥り、顧客ローカルに徹すれば好循環が回りだす。買ってくれるのは顧客であって業界ではないのだ。

 2.顧客と売場を見るSMIで個店対応力を高める(テロワール・マーケティング)
  同じブランドや業態でも立地によって顧客は大きく異なり、売れるものも違う。同じ原宿でも表参道と明治通り、竹下通りとキャットストリート、九重通りで客層はまったく異なるではないか。顧客を直視する現場が品揃えや数入れに係われば立地対応力が高まり、消化率も上向くのは必然だ。
 ※SMI(Store Managed Inventory)・・・店主導の品揃えと在庫運用

 3.編集陳列VMDと二次展開店舗でPOSを超えた消化を図る(現場スキル)
  後ピンのPOSデータで消化進行を見て値引きしては粗利はどんどん細ってしまう。売れないのは商品のせいばかりでなく、売場のどの位置にどう陳列するかで4〜8倍も売れ行きが違うのは売場運用に慣れたプロなら誰でも知っているはずだ。編集陳列スキルを駆使すれば売れない商品も見違えて動きだす。同じ値引きするのでも、品番まとめて値引いてはロスが大きくなるが、売れ残りそうなSKUだけ二次展開店舗(期中処分引き受け店)に移動して値引きすれば、残したSKUは値引きせずに売り切れる。

 4.値引きや売れ残りのロスを乗せて原価率を切り詰めたり投入量を上乗せしない
  消化率が年々悪化した要因として、予算設定段階で値引きや売れ残りのロスを想定して原価率を切り詰めたり調達予算を上積みする悪癖が指摘される。確かに計算上はそうしないと売上予算は組めないが、やれば値引きと売れ残りを予約するようなもので、繰り返せば破滅的な状態に追い込まれる。値引きや売れ残りの想定は理想値に抑え、上手く行ったら在庫が足らなくなって多少売上が減るぐらいが丁度良い。その方が粗利益高も多くなるし、在庫にスライドする物流費や売上にスライドする歩合家賃も圧縮できる。

 5.発注時点を引きつけ発注量を抑制してリスクを最小化する
  需給ギャップのリスクは発注から投入までのリードタイムと発注量に比例し、調達コストは逆比例する裏腹な関係だが、値引きと売れ残りのロスの方が調達コストの圧縮幅より桁違いに大きい。素材開発はともかく、製品開発はロットを抑えて引きつけた者が勝ちだ。需給ギャップ圧縮の要は顧客に提案するより顧客に応えることだと喝破すれば泥沼は抜けられる。逆に提案に徹するなら、何年持ち越しても正価で売り切る覚悟が問われよう。

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 他にもECと連携するS&W(Showrooming&Webrooming)やC&C(クリック&コレクト)、販売と生産をオンライン連携するIoTなFMI(Factory Management Inventory)などハイテクな手法もあるが、仕掛けが大きくなって誰もがトライできるわけではない。誰もがトライして結果が出せるのは、やはり上記の五項目だと思う。

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