小島健輔の最新論文

Japan Innovation Review(JBpress)
『「4重コストインフレ」の2024年を、
小売業はどう生き残ればいいのか?』
(2023年12月18日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 生産コスト上昇にサプライチェーン分断や円安が加わっての調達コストインフレは峠を越したかも知れないが、24年は労働コストと物流コストのインフレが加速し、資本コストまでインフレする4重苦の年にななるから、インフレを上手く売価に転嫁してトップライン(売上)を嵩上げ、上手く吸収してボトムライン(コスト)を抑制する総合的な経営手腕が問われることになる。

 

■24年は4重コストインフレがのしかかる

 コロナ禍からの回復局面に地政学的な混乱や対立が加わってサプライチェーンが分断され物流が滞って調達コストがインフレしていたところに円安が加わり、小売業は調達コストの売価転嫁と運営コストの抑制に四苦八苦して来た。そんな綱渡りに労働コストと物流コストのインフレが加わり、さらには資本コスト(金利)までインフレする24年は「4重コストインフレ」がのしかかる。

 

【労働コストインフレ】

少子高齢化で労働人口が減少する中、女性や高齢者の労働力化も限界に近づき(賃金格差はともかく、生産年齢女性就業率は22年で74.3%と米国やフランスを上回る)、物価上昇に賃上げが追いつかず実質賃金の減少が続く中(10月まで19ヶ月連続)、生産性が高く給与水準の高い産業に労働人口が移動して給与水準の低い小売業や飲食業は人手不足が深刻化し、大幅に賃上げして人材を確保しないと運営に支障をきたす状況に追い込まれている。高生産性産業はグローバル化して給与もグローバル水準(IT系など米国並みに初任給5万ドル/700万円超)にインフレしており、低生産性を脱せない小売業などとの格差が急ピッチで開いている。

もはや3%だ5%だといった細切れの賃上げでは人材の確保は困難で、二桁賃上げを可能とする生産性の「革命」が求められている。個別業務のカイゼンの積み上げでは不可能で、縦横の業務プロセスを外部との連携も含めてDXで抜本から再編するか、全く異次元の革命的な調達プロセスや販売プロセスを構築するしかない状況だ。

 

【物流コストインフレ】

トラック運転労働者の残業時間を年間960時間に制限する24年問題が迫る物流分野など、業務負担慣行を温存したままでは労働時間の絶対供給量が大きく不足し、幾ら運賃を上げても運べない荷物が大量に発生することになる。即日・翌日配達が当たり前という利便も損なわれてしまうのではないか。

960時間に制限しても平均して毎日12時間、運転労働に携わるわけで、過労による事故の発生リスクを全国民が分担していることには変わりない。この問題の解決方法は様々に試みられているが、何れも部分的な改善にとどまって根本的な解決策は見えていない。宅配の軽トラックや小型トラックはともかく、長距離輸送の大型トラックについては海運並み規格コンテナのトレーラーだけに運送を制限し、ドライバーを一切の積み下ろし作業から解放するべきだ。

小売業としては調達のリージョナル化と並行して店舗物流もリージョナル化して載せ替えや運送が重複するハブ&スポーク物流を回避する一方、ECも店舗在庫引き当ての店出荷ローカル宅配・店受け取りのOMOにシフトして、ハブ&スポーク物流を要するFC出荷は限定していくべきだろう(食品のリージョナル宅配を否定するものではない)。

 

【資本コストインフレ】

 長らくゼロ金利政策が続いて世界でも珍しい「金利のない世界」が続いて来た我が国だが、欧米諸国がインフレ抑制の高金利から金利低下に転ずる中、ようやくゼロ金利政策からの出口を模索しつつある。それでも長期金利(10年もの国債利回り)が0.5%の足枷が外れて1.0%に迫ったり戻ったりする程度で、銀行貸し出しのプライムレートもコロナ前19年の1%割れから直近では1.5%ほどに上昇したにすぎず、欧米に比べればゼロ金利に限りなく近かった。

12月の金融政策決定会合を控えて日銀の植田和男総裁が「年末から来年にかけて一段とチャレンジングになる」と発言してゼロ金利政策の早期解除を想起させるなど、「金利のない世界」の終焉が近づいていることは確かだが、バブル期のようにプライムレートが7〜8%台に乗るようなことはもはや無く、異次元緩和前00年代の2%台に戻る程度と推察されるが、それでも企業の資金コストは跳ね上がる。中小企業にとってはコロナ下のゼロゼロ融資から一転しての高金利であり、キャッシュフロー管理による運転資金と金利負担の抑制が急がれる。

 

■インフレ下ではトップラインの押し上げが必定

 何もかもがインフレしていく中、値上げしないとコストを転嫁できず、賃上げしないと人材を確保出来ない。そうかといって無節操に値上げすればライバルや代替商品に顧客が流れ、客数減が客単価上昇を、あるいは購入点数減が単価上昇を相殺して売上が減少し、かえって収益が悪化するリスクがある。インフレ下の収益確保は目立たない、あるいは納得できる上手な値上げでトップライン(売上)を押し上げ、その一方で運営の仕組みや手順を組み替えてボトムライン(運営コスト)を抑制するに尽きるが、本稿では如何にトップラインを押し上げるかに絞って方法を模索したい。

 値上げ局面で売上を押し上げるには三つのポイントがあるが、2)と3)は一体に考えるべきだろう。

  • 客数減や購入点数減を招かない上手な値上げ
  • 客数を押し上げる多頻度来店カテゴリーの併設
  • 客数を稼ぐカテゴリーと利幅を稼ぐカテゴリーの粗利率ミックス

 

【客数減を招かない上手な値上げ】

 主要上場アパレルチェーン6社の直近決算までの3年間の既存店売上、同客数、同客単価の推移(コロナ禍からの売上回復とインフレ)を見ると、最も既存店売上が増えたのがアダストリアの20.3%増で、客単価が12.7%上昇しても客数は6.9%増えている。ハニーズが売上18.8%増で続くが、客単価が17.6%も上昇して客数は1.0%しか増えていない。バロックジャバンが売上15.0%増で続くが、客単価が11.7%上昇して客数は3.0%しか増えていない。しまむらは売上は12.8%増と4番目だが、客単価を4.3%上昇に抑えて客数は7.5%増と一番増えている。5位がワークマンで売上は4.1%増と伸び悩み、客単価は2.0%増と最も抑えても客数は2.1%しか伸びていない。最下位は国内ユニクロで売上は4.0%増にとどまり、客単価が13.6%上昇とハニーズに次いで大きくインフレし、客数は6社中で唯一、8.3%も減少している。

 値上げだけが客数と売上を左右している訳ではなく他の要素も大きいが、アダストリアが2年間、6.1%、6.2%、バロックジャパンも同じく4.8%、6.6%と平均して目立たない値上げをして客数に響いていないのに対し、ハニーズは6.1%、10.8%と二桁に加速して客数が1.0%増にとどまり、ユニクロは2.1%から11.3%と跳ね上げて8.3%も客数を落としている。ユニクロの場合は意図して価格帯を上げてグローバルNBポジションを狙っており、大衆価格から乖離して客数が減ってもグローバルなブランディングと高収益体質の確立を優先しているようだ。

意図して価格帯を上げているのはアダストリアも同様で、オリジナル素材を軸にライバルと直接比較される×900円、×980円、×990円を避けたハーフライン上の×500円というプライスライン設定も奏功したと思われる。両社とも平均単価を上げて一人当たり売上/人時生産性を高め、大幅な賃上げを吸収できる高収益体質を志向しているが、値上げ幅の分散やプライスライン設定のスキルで差がついたのではないか。値上げを抑制したしまむらとワークマンで客数の差が開いたのは、ワークマンは「ワークマンプラス」「#ワークマン女子」の急速な多店化とアウトドアブームの反動が大きく、しまむらはGMS衣料品の売場縮小や撤退も追い風になったと思われる。

 

客数減を招かない値上げ幅をどう見るかだが、生鮮食品とエネルギーを除く総合物価指数が10月は前年同月比4.0%上昇と7ヶ月連続して4%台を続ける一方、日常で購買頻度の高い44品目の平均上昇率は8.3%に達しているから、しまむらのように価格抵抗感の強い客層では4.0%、アダストリアのようにファッション性が高い客層でも8.0%を限界と見るべきだろう。上記6社の客単価上昇幅と客数の増減もその枠に沿っているし、非上場チェーンも含めて二桁値上げはそれ以上の客数減を招いたケースが目に付く。

00年前後の米国のインフレ局面で年々、計画的に値上げして既存店売上の二桁増を続け、98年1月期から06年1月期の8期間で売上を18.7倍、営業利益を60.8倍に伸ばし、03年から06年の営業利益率は20%を超えて全米アパレルチェーンの首位を飾ったチコス社(ミセス向けデザインものSPA)の場合でも、毎年の上げ幅は8%だった。

目立たない値上げということでは、食料品のような「ステルス値上げ」(容量削減)は衣料品では難しい。用尺を抑えればフィットを制約して客数減に直結するし、素材の質を落とせば一般客でも容易に認識するからライバルへ顧客が流れてしまう。素材の質を落とすトレードオフは値上げ対策では逆効果になることが多く、ワンライン、ツーラインと大きく値下げする時にしか使えない。目立たない値上げにはアダストリアのように価格の直接比較を避けて品質やデザイン価値を訴求するハーフライン設定も効果的だから、ファッション性を訴求するチェーンならトライしてもよいのではないか。

 

【客数を増やすカテゴリーミックス】

客数を増やすカテゴリーミックスは、高来店頻度の食品需要を取り込むドラックストアのフードプラス戦略、外食・中食需要を取り込むスーパーマーケットのミールソリューション戦略が盛んだ。前者はドラッグストアの急成長と対抗するスーパーマーケットのネイバーフッド対応をもたらし、後者では逆にデパチカ的エンターテイメントとイートインも加わって大型化し、米国では一万平米に迫る大型店で平均1億ドル超を売り上げるリージョナルチェーンも台頭している※。

衣料分野でもドラッグストアのように均一価格雑貨を併設して客数を取り込んだり、カフェを併設して来店頻度を高めたり、試着予約や店受け取りなどOMOでネット顧客の店舗誘導を図ったりしているが、ドラッグストアやスーパーマーケットのような画期的「業態創造」はまだ見られない。米国ではコールズのセフォラ導入、メイシーズのブルーマーキュリー導入などビューティ関連で成功例が見られるから、我が国でもビューティ関連の併設が進むと思われるが、来店頻度と固定客化を狙うならビューティサービス(ヘアサロンやスパ)が要になるのではないか。セレクトショップ複合デパートメントストアのノードストロムは全店にコスメ売場はもちろんカフェやスパも併設しているから、大型のセレクトショップでは現実的な課題と思われる。

しまむらなど、均一価格雑貨やカフェを併設し、外部EC商品の受け渡しや試着、返品受付を担えば、目に見えて客数が増えて劇的に売上が伸びると思うが、慎重すぎるのも如何なものか。

※Wegmans Food Markets.Inc.・・・・ニューヨーク州ロチェスターを本拠に東海岸9州に110店舗を展開。22年度で118億8000万ドルを売り上げ(一店平均10800万ドル/158億円)、23年10月18日にはロワーマンハッタンのアスタープレイスに8129平米の新店を開設した。生鮮食品のデパ地下感覚マーケットプレイスやオープンキッチン・イートインを中核にグロサリーや日用品、ドラッグやコスメも揃うエンタメ感覚の超大型スーパーマーケット。

 

【客数と粗利益率の「松竹梅揃え」とカテゴリーミックス】

客数と粗利益率を両立させる手法には、カテゴリーミックス以前に品揃えの定石としての「松竹梅揃え」がある。売り込みたい価格の商品に誘導するには価値訴求のプレミアム価格品と価格訴求のバリュー価格品で挟むというもので、行動経済学では「フレーミング効果」と言われる。

食品スーパーやコンビニでは付加価値志向のPBと価格志向のPBでメーカーNBを補完するプライスミックス(=粗利率ミックス)が定着しており、メーカーNBを「松」、付加価値志向PBを「竹」、価格志向PBを「梅」とする3プライス構成で客数と粗利益率を両立させている。客数を稼ぐのはメーカーNBの特売(それでも絶対価格はPBを上回る)か価格志向PBで、粗利益率を稼ぐのは付加価値志向PBになるから、如何に付加価値志向PBに誘導し量販できるかが問われる。

アパレルチェーンでは意外と疎かにされているが、セレクトSPAではブランド商品を「松」として「竹」「梅」をオリジナルで揃え、数を仕込んだ「竹」商品を縦売りする仕掛けが成り立つし、カジュアルSPAでもシーズンのキーアイテムを「松竹梅揃え」して、大量に仕込んだ「竹」品番を確実に消化する仕掛けが必要だ。「松竹梅揃え」は全てのアイテムに設定するものではなく(常備の定番アイテムやスポット品には不要)、集客や売上の要となる季節の中核アイテムに限定して仕組むべきだろう。

 

 カテゴリー間で意図した粗利率格差を設定し、低粗利率カテゴリーで価格訴求して集客し、高粗利率カテゴリーを売って粗利益率を確保する「粗利率ミックス」はGMSや食品スーパーでは当たり前の仕掛けだが、部門別採算を追求すると効果が薄れてしまうから、経営戦略に位置付ける必要がある。

スーパーマーケット業界3団体が公表した『2023年スーパーマーケット年次統計調査 報告書』のカテゴリー別粗利益率目標を見ると、粗利率の低いグロサリー(加工食品、粗利率19.8%)や日配品(同23.1%)を目玉に集客し、水産(同27.8%)や畜産(同28.3%)、惣菜(弁当も含む、同37.8%)で利益を確保する粗利率ミックスが見て取れる。ドンキホーテ(PPIH)はライバル量販店より食品の粗利益率を意図して低く抑えて価格訴求で集客し、高粗利率の衣料品や雑貨で利益を確保しているし、開発輸入加工食品の商品供給FC「業務スーパー」を展開する神戸物産は供給商品のFC店粗利益率を17.0%に抑えて集客の目玉とし、FC店が独自に調達する生鮮食品や惣菜の高粗利益で収益を確保してもらうビジネスモデルを売っている。

粗利益率の高いアパレルと併設して「粗利率ミックス」が成り立つ集客カテゴリーは均一価格雑貨(高集客・低粗利率)ぐらいしか見当たらないが、季節は限定されるがギフト性の菓子類(チョコレートやキャンディ)で爆発的に集客している百貨店もあるから、季節の集客商材として取り入れるメリットはあると思われる。2月、8月はアパレルの端境期で売上が低く賃料の最低保証が嵩むから、粗利益率は低くても集客して売上を押し上げる異分野の季節商材が必須ではないか。

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