小島健輔の最新論文

商業界オンライン 小島健輔からの直言
『C&Cとニューリテールの2019』 (2019年01月07日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

img_116d151d2be7aefdde867e78768a8980871990セブン‐イレブンは三田国際ビル20F店(東京都港区)で「顔認証による決済」を始めた。

 

 米中経済戦争の余波がアップルの業績にも響いて波乱の幕開けとなった2019年だが、わが国経済への波及も必至で為替も株もそれを読み込んでおり、10月の消費税増税も3度目の延期に追い込まれるやもしれない。流通業界の2019年は経済の失速による消費の冷え込みと消費税増税前の駆け込み購入が交錯する波乱の展開となりそうだが、その中でもC&Cとニューリテールは加速度的に広がっていく。

C&Cとショールーミングストア

 C&C(クリック&コレクト)はECと店舗販売の両側から顧客利便を競って拡大しており、宅配物流コストの高騰も背中を押している。EC品を店に取り寄せて試したり、EC注文品を店で受け取ったり、EC注文に店在庫を引き当てたり店から出荷するのがC&Cで、EC専業者に対する店舗事業者のアドバンテージとなり顧客利便と物流コスト削減をもたらす一方、店舗運営には新たな負荷がかかってくる。

 極論すれば店舗が物流センター(フルフィルセンター)を兼ねるわけで、通常の店舗運営にEC品の受け渡し、ピッキングや出荷の作業が加わる。ネット注文品の受け渡しやピッキングも担うスーパーマーケット(SM)の実情を知れば店舗運営の片手間ではこなせない作業だと分かるはずだ。

 その対極にあるのが販売と在庫を切り離すショールーミングストアで、販売在庫を持たないから店内物流作業も店舗物流も家賃負担もミニマムになり、接客販売に集中できる。いいことばかりに思えるが、サンプル陳列によるショールーミングストアはお試し用サイズ在庫の持ち方や陳列、試着後の戻しなど運営課題が山積しており、ZARAもGUもテスト店舗の運営では四苦八苦している。店舗受け渡し品のピッキングとお渡しも免れず、ZARAではロボットシステムを導入して自動化している。

 お取り寄せお試しに特化したC&Cサロンの「ノードストロム・ローカル」も販売在庫を持たない一種のショールーミングストアで、サンプル在庫も持たないから前述した運営課題も存在しない。似たような受け取りお試し拠点(TBPP〈Try Buy Pickup Point〉:中身を確認したり試着してから購入や返品ができる受け取り拠点)をEC専業者が展開すれば、お試しの壁を取り払って返品コストを抑制し店舗事業者のC&Cに対抗できるのではないか。

ニューリテールは普及段階に

 ニューリテールは無人精算とキャッシュレスが実験段階から普及段階に移行し、フードサービスはもちろんコンビニやSMでは日常的な風景になっていく。キャッシャー人件費の削減やレジ待ちの解消、店頭の一等地を閉めるレジ列の解消(代わって何らかのスマートゲートが並ぶが)、AIによる購買行動の解析と活用などメリットが大きく、IT業界やリテール機器業界の開発も日進月歩で実用化が加速している。

 先行企業の実験店舗が注目を集めているが、実用化導入には慎重な判断が求められる。技術革新が日進月歩故、怖いのが「リープフロッグの罠」で、重装備で高コストな新技術もあっという間に旧式化し、格段に軽装備で低コストな新技術に代替されていく。システム投資の決断は技術革新の先を見据えるべきで、実験段階から普及段階へ移行するタイミングは一番リスクが大きい。キャッシュレス化については既に普及段階だが、金融業界と通信業界の利害調整や政治的な意向が大きく、消費税増税や選挙など政治的スケジュールで事態が一気に進展する。

 フリースタンディングの大型店やコンビニにとっては自社で取り組む課題でも、レジシステムをデベが統括管理する商業施設ではデベが取り組む課題とならざるを得ないが、果たして視野に入っているだろうか。デベが対応できなければ統括管理から外れるテナントが増え、キャッシュレス化でもビッグデータでも主導権を失い、EC系やIT系の経済圏に侵略されることになる。

無人精算は無人運営でも無在庫販売でもない

 無人精算を実現しても無人運営が実現するわけではなく、荷受けや品出し・補充などの店内マテハン業務が残る。RFIDによるリアルタイム在庫管理や画像認識AIでフェイシング管理・補充発注は自動化できても、物理的な品出し・補充は無人化できない。ロボットによる補充作業は可能だが、顧客のピッキングを長時間妨害してしまうし危険だから営業時間中の運用は非現実的で、当分は人手以上にコストもかさむ。物理的な解決策は80年代から試行されてきた後方からの傾斜補充だが、バックヤードが肥大して売場が狭くなるという致命的欠陥が解消されるめどは立っていない。

 C&Cも無人精算も無人運営でも無在庫販売でもなく、店舗販売が抱えてきた販物一体流通の弊害を解消するものではない。全てのコストとロスの元凶となってきた店舗在庫が無くなるわけではなく、在庫が存在する限りマテハン作業と保守管理の人件費、在庫を置くスペースの家賃が発生する。その壁を越えるには販売と物流を分離するしかなく、ECのプラットフォームに店舗販売をのせて販物分離するショールーミングストアや受け取りお試しのTBPPこそニューリテールの本命だと思われる。

優先すべき投資はいずれか

 販物一体の店舗販売だと売上対比運営経費率はテナント店舗では40%に迫り、フリースタンディングの大型店でも20%台が限界だが、ECで一千億円を越えれば20%を切り15%も可能だ。ECのプラットフォームにのせるショールーミングストアは在庫の分散と物流をミニマムに抑制し、家賃も人件費も販物一体店舗より格段に圧縮されるから、ECに近い運営効率が期待できる。サンプル在庫も置かないTBPPやデジタル型ショールーミングストア(大半はTBPP兼務になる)なら店舗在庫はゼロになる。自社ECを確立した企業にとってはシステム投資や大きな店舗投資を要せず販売機会を拡大できるから、お試しが不可欠な衣料品や靴などでは無人精算より普及が先行するのではないか。

 認知があってネットの情報だけで買える商品はECで、宅配コスト回避や鮮度が求められ近隣購入の方が手っ取り早い日常商品は無人精算店舗で、お試しやコンサルティングが必要な商品はショールーミングストアやTBPPでと使い分けられるなら、貴社にとって優先すべき投資はいずれであるべきか。業界の空気に流されることなく、冷静な判断が求められよう。

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