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商業界オンライン 小島健輔からの直言
『“ささげ”がECの足枷?』 (2018年03月10日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 新商品の投入は店頭/EC同時がオムニチャネル運用の定石だが、実はこれは“建前”に過ぎない。何でも速そうなECだが、新商品の投入だけは大半の企業でECは店頭に遅れをとっている。当社が主催するSPAC研究会メンバーアンケートでも「ほぼ同時」と答えたのは半数で、「店頭より遅れる」が半数、「店頭より早い」は皆無。遅れる日数は3〜7日で平均5.8日だった。

 どうしてECが遅れてしまうのか、その原因は「ささげ業務」なのだそうだ。店頭展開は出荷から店着までの物流ラグがあっても最大2日ほどだが、採寸・計量、撮影、キャッチコピーや説明原稿の作成という「ささげ業務」は投入が集中すると処理し切れず、押せ押せになって何日もズレ込んでしまう。

 アパレルECの黎明期は品番の代表色を置き撮りし、誤解のない程度に説明を記すればよかったが、数多のECサイトが競う今日では商品紹介のビジュアルも説明精度も問われるから、代表色はモデルが着てさまざまなポーズと方向で撮影して裏地やジッパーなど詳細クローズアップも加え、他の色も全色置き撮りし、サイズ別の寸法のみならず、重量まで計って記載するのが当たり前になっている。日本にも進出している韓国の人気アパレルEC「DHOLIC」では華北系のスラリとしたモデルと華南系のぽっちゃりしたモデルの2人に同じ商品を着せて多数のカットを掲載し、素材の物性(透け/厚み/伸びなど)まで詳細に記載している。これでは「ささげ業務」が手間取るのもやむを得ない。

 撮影ブースのシステム化や自動採寸、撮影データのデジタル処理アプリなど、さまざまに効率化が試みられているが、集中するとモデルの手配が追い着かず(出荷ピーク時のピッキングスタッフ手配も同様だ)、どうしても押せ押せになってしまう。それを回避するには「ささげ」用サンプルを先行製作するのが一番だが、展示会サンプルを作っているブランドならともかく、「ささげ」用にわざわざ全色サンプルを製作するコストもばかにならない。

 イメージを管理すべく複数サイトやSNSでコンテンツを共通化するにも「ささげ」の内製が望まれるから、各社とも自社で「ささげ」の要員やスタジオ設備を抱え、専属のカメラマンを契約するなどしてタイムラグの圧縮に務めているが、投入が集中すると遅延が避けられない。ECが店頭に遅れをとるとウェブルーミングやショールーミングのみならず、店舗在庫検索やAI自動接客(レコメンド)などのEC機能も使えず、オムニチャネル効果が機能停止してしまうから、背に腹は代えられず「ささげ業務」の外注を強めることになる。SPAC研究会メンバーアンケートでも『ささげは内製すべき』としながらも、現実の外注比率は「撮影」も「採寸・計量」も「原稿作成」も軒並み上昇していた。

 新規商品投入はシーズン始めや月度の締め日直後に集中するから繁閑の波は避けられず、繁忙時をこなせる人員を張り付け続けるわけにもいかない。物流と同様にアウトソーシングが必然になり『ささげは内製』の原則が崩れてしまう。ハイテクIT装備に見えるECもバックヤードは人海戦術を伴う“現場”であることは変らないようだ。

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