小島健輔の最新論文

ファッション販売2003年1月号掲載
『ユニクロ復活の条件は業態分割だ』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

頂点からの転落

 「ユニクロ」の失速劇はその成功劇と同様、あまりにもドラスティックであった。2001年8月期のファーストリテイリング社の売上は前期比82.8%増の4186億円、経常利益も同70.7%増の1032億円と利益額小売業首位のセブンイレブンに迫り、経常利益率は24.7%と最高記録を更新してラグジュアリービジネス並みの水準に達したが、2001年10月以降は既存店売上が大幅な二桁減に転落。
 2002年8月期は二度に渡る大幅下方修正のあげく、既存店売上が28.6%減、売上高は18.4%減の3416億円、経常利益は47%減の547億円と大幅減収減益となり、経常利益率も16%まで急落。2003年8月期も上期の既存店売上を30.5%減、下期を10.4%減と見込み、売上高3000億円(12.2%減)、経常利益420億円(23.3%減)、経常利益率14%とさらなる業績の下降を覚悟している。

プロダクトアウトに徹したSCM戦略の破綻

 サプライサイドのデフレ下で中国に独自の生産拠点を築き、価格を据え置いて品質を向上させ『低価格ブランドビジネス』という画期的なポジションを確立。異例の成長を遂げた「ユニクロ」であったが、商社やOEM業者が企画・開発機能を加えて誰でもSPA型調達を活用出来るようになって価格競争力が低下。過剰普及による価値の消耗にカジュアルの手工業製品志向と多様性志向が加わり、売手都合で素材もデザインも“面”も限定され、開発サイクルが長く鮮度も欠く「ユニクロ」の品揃えは急速に嫌われていった。品質と工業的効率を最優先したSCMゆえ、メンズベースのユニセックスカジュアルからレディスカジュアルやキッズカジュアルへの商品ライン拡充が遅れた事も顧客離れを加速した。
 「ユニクロ」成功の原点は極端に絞り込んだ単品構成によるカジュアル流通の工業化であり、企画から生産、店頭展開まで企業都合のプロダクトアウトが徹底されていた。素材とデザインを限定してサイズとカラーを展開するMDの組み方は生産から物流、店頭作業まで一貫して単純化出来、工業的効率を極大化し得るものであった。そこまでプロダクトアウトに徹すれば極端なコストダウンが可能で、ファーストリテイリング社はその多くを品質向上に費やして『低価格ブランドビジネス』を確立し、高収益体質も手に入れた。
 が、プロダクトアウトに徹すれば顧客の間口も満足も大きく制限されるし、マーケット変化への対応力も限られてしまう。結果として「ユニクロ」は品揃えの拡充が遅れ、カジュアルの潮流が一変してもサプライ背景の転換に手間取り、危惧された最悪のシナリオにはまってしまった。ファーストリテイリング社は売手都合のプロダクトアウトに徹したSCM戦略の成功とその破綻を演じたのである。

ファーストリテイリング社の対策を評価する

 「ユニクロ」のサプライチェーン戦略と単純化に徹したマーチャンダイジングの連動はSPAの原始的ビジネスモデルであり、それで成功出来るほどマーケットもサプライサイドも単純ではないと業界の誰もが思っていた。なのにマーケットのベーシック志向と中国製品のコスト急落という両面のラックネスを得て、ファーストリテイリング社はコロンブスの卵的大成功を手にしてしまった。同じようなラックネスは70年代末期のベネトン、80年代末期のGAPにも訪れているから、十年毎にマーケットとサプライサイドの条件が揃ってチャンスが回ってくるのかも知れない。
 あまりに原始的なビジネスモデルゆえにブレーキもハンドルも効かず、マーケットかサプライサイドのどちらかでも状況が一変すれば破綻するリスクは否めなかったが、追い風は3年間続いてファーストリテイリング社は企業基盤を確立してしまった。それはベネトンもGAPも同様であった。
 一旦、企業基盤が確立されて資金力と組織力が備われば、ビジネスモデルを進化させて競争力と機動性を高め、ブランドイメージを確固たるものにしていけるし、多業態展開によって成長を加速出来る。急失速したとは言え「ユニクロ」は既にハードルを越えているから、よほどの頑迷さと失策を繰り返さない限り、やがては再加速に転ずる事は間違いない。
 英国、中国での事業展開が軌道に乗るのは相当先になろうが、2002年8月期決算発表の席で公表された業績回復策は一点を除けば適確なものと評価される。商品面では1)ジェンダー分離による女性向け商品強化、2)ファッション要素の適度な導入、3)シーズンサイクルの年6回への倍速化と開発期間の大幅短縮、4)ベビーからキッズまで子供向け商品の拡充と展開店舗の拡大、販売面では5)棚割型に徹した現状から魅力的なVMDへの転換、6)スーパースター店長制の深耕による個店対応力の強化、経営面では7)最適生産・販売へのSCM進化、8)カリスマ経営からチーム経営への転換、がその概要である。
 このうち1)から5)まではGAP社が進化して来た過程を踏襲したもので、ファーストリテイリング社はこれまでも壁にあたる度に同様な行動をとっている。ジェンダー(性)分離によるレディス強化もベビー〜キッズの拡充も2ヶ月サイクルの年6期展開も棚割を超えた魅力的なVMD戦略も皆、GAP社の実践して来た革新なのだ。ブームの頂点ではGAP社の進化に追い付いたかと錯覚したかも知れないが、壁にあたってみるとGAP社は依然として偉大な先達であった。
 そのGAP社も2年5ヶ月も既存店の前年割れが続き、SPA体制を築き上げた偉大なCEO、ミッキー・ドレクスラー氏が十月十一日に退任。ウォルトディズニー社から転じたポール・プレスラー氏にバトンを渡したが、手本とする先達がいないだけに回復のシナリオは読み難い。それだけに前例の無い画期的な革新も期待されるから、その動向にもファーストリテイリング社は注目すべきであろう。
 8)カリスマ経営からチーム経営への転換は是非、実行して欲しい事だが、1)〜7)の打開策が順調に実行されれば2004年8月期からの業績回復は確実であろう。それを実行するだけの資金力も組織力もファーストリテイリング社は備えている。私が幾度か指摘した多田裕氏が率いるデザイン研究室の拡充と権限強化も現実になったようだから、回復は以外と早いかも知れない。が、それを妨げる要素がひとつだけ残されている。ローカルやルーラルの生活圏から高感度広域商圏の都心まで広がってしまった店舗網がそれだ。 

業態分割が本格回復の条件だ

 前述した打開策を実行すれば「GAP」的な大商圏店舗は確実に回復するだろうが、生活圏の店舗が同様な回復を見せるか疑問が残る。ベビー〜キッズの強化や女性向け商品強化、シーズンサイクルの倍速化等ははどちらにも効果的と思われるが、ファッション要素の導入は両者で差が出るだろうし、棚割型を超えるVMDの導入は生活圏ではこれまで確立された購買慣習を妨げるリスクがある。加えて、生活圏店舗ではファッション化よりも価格競争力の強化を優先せざるを得ないはずだ。
 答えははっきりしている。ファーストリテイリング社はこの両者の業態分割を9番目の打開策として決断すべきなのだ。大商圏店舗はファション性を高めて洗練されたVMDに転換し、「GAP」と覇権を争うグローバルブランドに変身させて欧米に拡大する。生活圏店舗はファミリー商品を拡充して大型化するとともに価格をワンランク下げて競争力を高め、現状の棚割型VMDによる購買慣習を維持して国内と中国に展開する。GAP社で言えば「GAP」と初期の「OLD NAVY」のような分担となるのではないか。
 この決断が遅れるようだと商品政策、店舗政策はもちろん、組織の混乱まで招いて業績の回復がずれ込んでしまう。早ければ2004年上期と期待される本格回復もその場合は目処が立たなくなるから、早急な決断が望まれよう。

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