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商業界オンライン 小島健輔からの直言
『伸びる企業は化ける企業』 (2018年08月24日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 日経の「Deep Insight」というコラムは示唆に富んだ記事が興味深いが、8月10日のコラムではデルとアップルの四半世紀を比較して、どっちがパソコンメーカーを脱して化け上がったかを論じていた。ご存知のようにアップルは前世紀のパソコンメーカーからiPod、デジタルコンテンツ・サービス、iPhoneと事業分野を広げ、時価総額1兆ドルを超えた世界最初の上場企業となった。

『伸びる企業は化ける企業』と提じて日本企業に喝を入れる論展と受け止めたが、それはハイテク分野に限らず、伝統的な小売業やアパレルビジネスにも共通する真理のようだ。

VFコーポは2度も化けた

 アップルはパソコンメーカーからiPod&iTunes、iPhone&AppStoreと2度化けたが、アパレル業界にも2度化けた強者が存在する。米国最大のアパレルメーカー VFコーポレーションがそうで、今も社名に残るVF(Vanity Fair)というランジェリーメーカーから1990年代にジーンズ主力に転換し、今世紀に入ってはアウトドア&アクションスポーツを拡大してランジェリー事業を売却。2017年には「ディッキーズ」を買収してワークカジュアルの拡大を急いでおり、今8月には成長力の陰ったジーンズ部門の分社を発表している。売却でなく分社なのは、ほぼ10年ぶりという世界的なジーンズ復調が考慮されたと推察される。

 化け(ドメイン転換)戦略の要は事業の買収と売却で、ジーンズ進出初期には「ラングラー」や「リー」、セレブデニムブームの07年には「セブン・フォー・オール・マンカインド」を買収。00年のアウトドア&アクションスポーツ進出にあたっては「ザ・ノースフェイス」、04年には「ヴァンズ」「ナパピリ」、11年には「ティンバーランド」を買収している。その一方で07年には祖業のインティメイト事業、16年にはプレミアムジーンズなどのコンテンポラリー事業、18年3月には03年に買収した「ノーティカ」を売却してスポーツウエア事業を清算している。

 祖業に固執していては成長機会を損なったはずで、次の時代を見据えて有望ブランド事業を買収し成長力を失ったブランド事業を売却し、事業ポートフォリオをドラスティックに入れ替えてきたからこそ成長力を維持して米国最大のアパレルメーカーの座を保てたと評価される。それに比べればわが国の大手アパレルは事業ポートフォリオの入れ替えに消極的で、後手や守りに留まって成長力を失うケースが多いのは残念だ。

アパレル事業を捨てたLブランズ

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 アパレル事業のポートフォリオをドラスティックに入れ替えて来たVFコーポよりさらに大胆にドメイン転換したのが、祖業のアパレル事業を全て売却したLブランズ社のケースだ。

 Lブランズ社は98年1月期のピークには5623店を展開して世界最大のSPA帝国を築いていたリミテッド社が変貌したもので、トレンドや天候に左右されて不安定なアパレル事業に見切りをつけて次々に売却。ランジェリー(Victoria’s Secret)とHBA(Bath&Bodyworks)に集中して売上げの安定的成長と高収益化を図った。

 96年の「Abercrombie&Fitch」のスピンアウト(NY市場に上場、98年に全株を売却して総投資額の39倍のリターンを獲得)に始まって翌99年にはトゥイーンズの「Too」、01年にはLサイズの「Lane Bryant」、02年にはキャリアクローズの「LernerNY(New York&Company)」と矢継ぎ早に売却。07年には基幹事業の「Express」「Limited Stores」も売却してアパレルから完全に足を洗った。

 その成果は明白で、ピークの90年1月期の13.5%から98年1月期には6.8%まで低下していた営業利益率は売却が完了した08年1月期には11.0%まで回復。11年以降はうなぎ上りに上昇して16年1月期には18.0%に達した。売上規模こそ今日(18年1月期)126億ドルとグローバルSPAトップ企業群には及ばないが、営業利益率はH&Mやファーストリテイリングを大きく上回ってトップのINDITEXに迫る。もしもアパレル事業に固執していたら、今日のような安定した高収益は望めなかったと思われる。

 17年以降は女性の機能志向セクシー離れで「Victoria’s Secret」が失速し、店舗とカタログからECへの転換も遅れて(40年続けたカタログは16年で廃止)業績が陰っており、ヘルシーナチュラルで機能的なランジェリーへの対応、ビューティサービス併設コスメストアの開発、EC軸C&C(クリック&コレクト)体制への転換が喫緊の課題となっている。

コンテンツからプラットフォームへ

 ビジネスモデルはコンテンツとプラットフォームから成り立ち、プラットフォームでは特定のデバイスや決済システムが要となることがある。アップルのビジネスモデルはデバイス軸のプラットフォームであり、そのプラットフォームがまたデバイスのシェアを押し上げていく。アマゾンのビジネスモデルはフルフィル軸のプラットフォームだが、コスト面の弱点を抱え、アマゾンエコーなどデバイスとアマゾンアカウントなど決済も加えた多軸型プラットフォームへの転換を急いでいる。

 VFコーポもLブランズもコンテンツ軸のドメイン転換で、VFコーポはホールセールと直営店、Lブランズはカタログ通販と直営店という古典的な体制に留まって、前者はEC軸のD2C無在庫販売体制、後者はEC軸のC&C体制へのプラットフォーム転換が遅れている。そんな視点で見れば、しまむらは店舗プラットフォームから店舗軸のC&Cプラットフォームという転換の本質が見えていないし、セブン&アイ・ホールディングスはグループコンテンツとプラットフォームの優先を勘違いし、セブン-イレブン・ジャパンをC&Cのキーデバイスと勘違いするという2重のミスを犯している。大手アパレルのEC傾倒も百貨店など既存プラットフォームの崩壊を覚悟の緊急避難的乗り換えで、必ずしも独自のC&Cプラットフォーム構築が見えておらず、危なっかしさを否めない。

 喫緊の課題はコンテンツの入れ替えなのかプラットフォームの転換(あるいは乗り換え)なのか、それにはキーとなるデバイスや決済手段が必要なのか、マーケットと360度の競争環境変化を見据える見識が問われよう。

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