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『買うものが無い百貨店の夏セール』(2020年06月29日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 コロナ休業も明けて百貨店のセールも五月雨式に始まっているが、長期の休業でさぞやお買い得品が投げ売りになっているだろうと期待した向きには失望が大きかったのではないか。都内主要ターミナル百貨店のセールを一巡してみたが、意外に魅力的なセール品が少なく、買うものが無かった。その要因は以下の4点だと思われる。
1)すでにECでセールは一巡していた
 百貨店が再開するのを待っていては在庫処分が遅れて資金繰りに窮するから、休業期間中にECでセールを先行したブランドも多かった。百貨店は月締め決済だから売れても入金は平均45日後になり、いつになるか読めない再開を待てる状況ではなかった。とりわけ休業時点で抱えていた春物在庫は急いで処分する必要があり、ECで5〜7割引の叩き売りも目立った。それでも処分しきれない在庫量だったブランドは、これまでにない規模で二次流通に放出していた。初夏物在庫はそこまでの叩き売りにはならなかったが、店舗再開と同時に3〜4割引で処分するブランドが多かった。
2)夏物発注をキャンセルしたブランドも多かった
 コロナ休業が長引くと見たアパレル各社は在庫を抑制すべく夏物の発注を可能な限りキャンセル(引き取り延期も含む)したから、再開した店舗の品揃えは同質化した初夏物のセール商品ばかりで鮮度がない。6月末の全面セールに入っても、粗利を確保しようと夏物は値引きしないか1〜3割程度の値引きに抑えているから、コロナで所得や雇用が脅かされた消費者としては買う気になれない。
キャンセルした夏物は来年、知らぬ顔で新作として投入されるのだろう。アパレルのトレンドなんて業界都合で、顧客にとっては大して変わりはしない。だったら、旧シーズン品が大幅に値引きされたアウトレットやオフプライスストアで買う方が合理的だと皆、気付くに違いない。
3)ブランドの絞り込みが進んでいた
 これはコロナ休業前からだが、アパレルのみならず百貨店の各部門でブランドの絞り込みが進んでいた。商品供給や取引条件で百貨店側が絞ったのか、ブランド側が採算性がないと見て撤退したのか、おそらくその両面だと思われるが、バラエティが損なわれ品揃えが偏ったことは否めない。今回はブランド毎に五月雨式にセールに入ったからセール商品のバラエティはさらに偏り、顧客の失望を招いたと推察される。絞り込みの背景が百貨店とブランドという業界都合で消費者側を向いたものでないことも、買うものがないという状況に輪をかけたのではないか。
 今後、百貨店の閉店とブランドの撤退や破綻が相乗して進めば、ブランドのバラエティは一段と細り、偏りも激しくなっていく。それがまた魅力を損なって顧客が離れていくとしたら、百貨店と百貨店ブランドの絶滅の日は遠くないだろう。
4)コロナを境としてライフスタイルや価値観が変わった
 今、百貨店の店頭に並んでいる商品の大半は一年近く前に企画されたもので、当然ながらコロナなど片鱗も意識されていない。しかるに、顧客の側は緊急事態宣言下の籠城生活を経てライフスタイルも価値観も一変している。コロナ前(B.C)の浮ついた付加価値がたっぷり乗ったブランド商品のデザインや価格が、すっかりエシカルになったコロナ後(A.C)の消費者に受け入れられるとは到底思えない。ここは一旦、顧客とすれ違った在庫を叩き売って処分し、コロナ後のライフスタイルや価値観に寄り添う企画で出直すしか無いだろう。
 コロナ危機で百貨店ブランドの極端に長いリードタイムが露呈したが、ファストファッションでもロットが大きくリードタイムも長いH&Mがコロナ危機で過剰在庫を抱えたのに対し、ロットが小さく最短2週間で短サイクル生産するZARAは急ブレーキを効かせて前年同期より10%強、在庫を圧縮して危機を切り抜けている。
百貨店のバイヤーは数入れ発注するわけでも無いから、半年も前にバイヤー向けに展示会を開催するというスケジュールに意味はない。百貨店ブランドの限られたロットなら2〜8週間(素材開発からなら+2〜4週間)で生産できるから、もっと引きつけて社会状況やライフスタイルを反映した鮮度のある企画にするべきだろう。
百貨店と百貨店アパレルは業界論理でコストとロスを上乗せ続け、業界論理で顧客と擦れ違った商品を法外価格で押し付けてきたのだから、コロナ危機がなくても既にゾンビ化していた。いまさら死んだ子の歳を数えるような改善策を提しても意味はないだろうが、少なからぬ顧客が付いているのだから、少しでも延命できるよう真摯に努力して欲しい。

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