小島健輔の最新論文

ファッション販売2001年6月号掲載
『価格競争の終焉でファッション消費が復活する』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

デフレで急縮小したマーケット

 20世紀の最後の三年間は価格競争の嵐が吹き荒れ、単価デフレに直撃されてファッション消費は急縮小してしまった。この間に全般的なデフレ下で名目家計消費も5%弱縮小したが、衣料履物消費は16.2%も縮小。2000年は特に下げがきつく、7.8%も急縮小してしまった。既存店前年比の現実はこれを反映したものだ。結果、ファッション係数は97年の5.8から2000年は5.1まで低下してしまった。
 この最大の要因は中国を中心とした良質安価な海外製品の氾濫であり、繊維製品の輸入浸透率は97年の73.6%から2000年は85.5%にまで急上昇し、輸入品の単価はこの間に35%も低下した。この輸入品単価の下落巾に比べればこの間の16.2%というファッション消費の縮小巾は半分にも満たないが、二面の見方が出来よう。ひとつは残る半分がこれから下がるという悲観的な見方、ひとつは価格の低下に伴ってクラスアップする流れが半分を相殺したという楽観的な見方だ。そのどちらが正しいか検証するのは難しいが、株式公開している大手小売業の決算はおしなべて客単価の大幅低下を報告しているから、悲観論のほうが事実に近いだろう。
 

デフレはもっと加速する

 悲観論にはもっと恐ろしい事実が加勢する。それは大量に輸入された低価格製品が消化され切らず、膨大な流通在庫として積み上がっているというデータだ。
 輸入品の急増にも関わらず国内消費量はほとんど伸びていないから、バーゲンまで含めた2000年の最終消化率は総供給量の半分強まで急落した計算になる。あくまで総務庁の家計調査や財務省の輸入統計等に基づく卓上計算に過ぎないが、同じ計算による90年の消化率が87%であったから、相当に割り引いても過去二年間にほぼ年間消費量に匹敵する流通在庫が積み上がったのは間違いないだろう。
 これが新規の供給に加わるのだから、市場全体では供給過剰で衣料品のデフレはまだ続くと見るしかない。それどころか、低価格SPAのさらに底を潜る大量の処分品が出回るのは避けられないから、デフレはもっと加速する。昨シーズンのフリース商品などは大量の流通在庫になっているから、それが2枚で980円といった超低価格で出てくるのは間違いない。この夏商戦でも二枚で980円のTシャツが氾濫しないという保証はないのだ。「ユニクロ」なんかはもう、ベーシック商品のデラックスブランドと化してしまう。
 となれば、低価格だけを訴求するベーシック商品を新規に作り込むなど自殺行為になってしまう。そんなものは流通在庫を買い叩けば、半分以下のコストで入手できるからだ。デフレが進むからといって低価格商品に走るのが正解とは限らない。むしろ、逆な結果を招く可能性のほうが高いのではないか。

SPA型MDの弊害と反動

 デフレがマーケットの縮小に直結してしまったのには、過剰供給に加えてもうひとつの要因が指摘される。それは生産と販売の効率を優先したSPA型MDの氾濫である。
 「ユニクロ」のように低コスト商品開発と単品大量販売を志向するベーシック商品系SPAでは、生産と販売の両面の効率化を狙って素材の集約と商品仕様のシンプル化を追求するのが定石だが、低価格実現の反面で品揃えのバラエテイとウェアリングのコントラストが限定され、QRは変化の楽しさも削いでしまう。しかも、価格競争下でSPAばかりか量販店や専門店までが類似したMDに走ってしまったから、マーケット総体でバラエテイとコントラストが損なわれ、デフレがマーケットの萎縮に直結してしまったのだ。
 平板なSPA型MDの氾濫は同質化によって価格競争を激化させた一方、バラエテイやコントラスト、もっと凝った商品を求める消費者の反発を招き、セレクトショップの多様化と勢力拡張をもたらした。セレクトショップのMDは素材のコントラストとバラエテイがウェアリングの多様性を可能にするし、手工業的なクラフトタッチを効かせたひとつひとつの商品が味わいを主張する。それは効率を優先してバラエテイもコントラストも味わいも削ぎ落としたSPAの工業的MDとは対極の存在なのだ。
 郊外大型SCに類似したMDを展開するSPAが並ぶ一方で、都心のファッションビルではブランド系SPAからセレクトショップへの交代が急ピッチで進んでいる。ブランド系SPAでさえ、わざわざセレクト商品を加えたり、「ロペ・ピクニック」のようにワンブランドながらセレクトミックスに見えるMDを仕組んだりしているのだ。昨秋開設の阿倍野フープや今春リモデルした原宿ラフォーレ等、その変化を如実に体現しているのではないか。

2001年秋冬の大逆転

 ファッショントレンドも、流れの急転を示唆している。今秋冬のレディスマーケットでは20’s〜50’sのレトロトレンドに加えて80’sゴージャスが大ブレイクし、幅広い年齢層でアルパカ、カシミヤ、アンゴラ、フォックス、ミンク、チンチラといった高級獣毛素材に需要が集中する。既にイタリア産地ではこれらの高級糸やテキスタイルがひっ迫しており、価格も世界的に急騰している。凝ったデザインや手の込んだ手工業的な付加加工、意匠的な付属使いもトレンドになっており、価格の反転上昇は避けられない。
 メンズマーケットにおいてはレディスのようなゴージャストレンドは見られないが、エルゴノミックとストリート・スポーツのトレンド下でハイテク素材と凝った機能デザイン、意匠性の付加パーツ使いが、ユーロ・ヴィンテージトレンド下で凝った後加工がエスカレートするから、やはり価格の反転上昇が確実だ。
 これらのトレンドに加えて、円安局面で円元レートも中国製品の輸入単価も上昇に転じているから、これも価格上昇に働く。  既にマーケットは低価格ベーシックMDに食傷しており、これらのトレンドが幅広く受け入れられるのは間違い無い。つまり、衣料品の価格は確実に上昇することになる。加えて様々なバラエテイが広がつてマーケットが活性化するから、ファッション消費は一転して浮上すると期待される。長かった暗いトンネルもようやく出口が見えて来たのだ。
 低価格競争から付加価値競争への一変はもはや疑う余地もないが、低価格競争に対応してきた調達・開発体制を付加価値競争にシフトするのは容易ではない。今秋冬の素材手配にしても生産背景の確保にしても、既に手を打ち終えている企業とそうでない企業の明暗はあまりに大きいのではないか。欧州素材調達のリミットは二月いっぱいと言われるから、、メーカー段階ではもはや手遅れだ。小売業でもマーチャンダイザーは時間切れだが、小口のバイヤーならまだ調達先をシフトすれば間に合うから、決断を急ぐべきであろう。

価格は四極化する

 このような動きを総括すれば、今秋冬の衣料品価格は1)付加価値追求に徹したクラスアップ価格、2)付加価値と値頃感をバランスしたクラス維持価格、3)値頃感を追求したベーシック価格、4)価格追求に徹したバッタ価格、の4ラインに分化すると考えられる。価格にもバラエテイが広がるわけだ。
 セーターを例にとってアパーポピュラーの量販店価格で言うなら、1)が4,900円と3,900円、2)が2,900円、3)が1,900円、4)が980円、同じくロワーモデレートの専門店価格で言うなら、1)が5,900円と4,900円、2)が3,900円、3)が2,900円、4)が1,500円といったところではないか。ボリュームベターにあたる百貨店のミセス平場価格なら、1)が9,800円、2)が7,800円と6.800円、3)が5.900円となるだろう(まさかバッタ価格はやらないだろうから)。カシミヤ100%のセーターなら20,000円に収まるかどうかの攻防になる。
 昨秋冬商戦では2)3)に集中していたのが、今秋冬商戦では1)と4)に価格帯が広がる構成になる。もちろん、アルパカやカシミヤとなるとこの上限でもカバー出来ない。混紡率を押さえて1)価格に収めるか、もうひとクラス飛び出しても“本物”を訴求するのかの決断が問われることになる。

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