小島健輔の最新論文

商業界オンライン 小島健輔が指摘
『優等生ユニクロに残された課題』(2019年10月16日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 ファーストリテイリングの19年8月期決算は国内ユニクロの上半期の苦戦を海外ユニクロとジーユーの好業績がカバーして過去最高の業績となった。決算説明会では国内ユニクロのEC売上高が32.0%増の832億円、グローバルでは2583億円と発表して『ECを本業にする』と宣言したが、EC売上高はグローバルSPA最下位に甘んじており、課題の克服が急がれる。

ほぼ満点の優等生決算だが

 ファーストリテイリングの19年8月期連結決算は売上収益が7.5%増の2兆2905億円、営業利益が9.1%増の2576億円と過去最高業績を更新。売上総利益率こそ48.9%と前期から0.4ポイント低下したが、RFIDタグの導入やセルフレジの拡大で販管費率を0.1ポイント改善して増益を確保した。

 国内ユニクロこそ売上収益が0.9%増の8729億円と足踏み、営業利益は13.9%減の1024億円と減益となったが、海外ユニクロの売上収益が14.5%増の1兆260億円、営業利益も16.8%増の1389億円といずれも国内ユニクロを上回り、ジーユーも売上収益が12.7%伸びて2387億円、営業利益が139.2%伸びて281億円と過去最高を記録し、国内ユニクロの伸び悩みを補った。

 海外ユニクロもグレーターチャイナの売上収益が14.3%増の5025億円、営業利益が20.8%増の890億円と好調を継続する一方、欧州は売上収益が1000億円に達して増収増益、北米も赤字が大幅に縮小と、懸案が一つ一つ片付いている。そんな中、『ECを本業にする』と宣言しながら課題を残しているのがECだ。

グローバルSPA最下位の返上

 わが国アパレルのEC売上首位は国内「ユニクロ」で19年8月期は前期から32.0%増の832億円を売り上げ、EC比率は前期の7.3%から9.5%まで上昇したが、絶対売上額でもEC比率でもグローバルSPAでは最下位に甘んじている。

 最新本決算におけるEC売上首位はINDITEX(ZARA主体)の4173億円(32億ユーロ)でEC比率は12.2%、次位はH&Mの3874億円(305億SEK)でEC比率は14.5%、3位はGapの推計3660億円(33.2億ドル)でEC比率は20%。ファーストリテイリングは最下位で、19年8月期の世界売上高は2583億円、EC比率も11.6%にとどまる。

※各社決算期平均の為替レートで換算しているが、SEKは新興国通貨並みに振れが大きい。

 とはいえ、グローバルEC売上高のこの8年間の平均伸び率は31%と来期の3200億円(23.9%増)という目標に無理はないし、期限は明らかにしていないがEC比率30%という目標もECになじむベーシック商品ゆえ無理なく到達するだろう。それでも最下位脱出が難しいのはライバル他社もECを伸ばしているからだ。前期でINDITEXは27%(前々期は41%)、H&Mも22%伸ばしている。

 実はグローバルSPAでECを始めたのは98年のGapを除けば00年の「ユニクロ」が早く、H&Mは10年、INDITEXは11年からだ。なのにH&MやINDITEXに追い抜かれたのはどうしてだろうか。国内ECの初期の戦略ミスが大きかったように思われる。

カタログ通販感覚の限界

 ユニクロのEC(ネット通販)は00年にスタートしたが、当時大人気だった「アバークロンビー&フィッチ」のカタログに影響されてか、カタログで見て選んでインターネットで注文するというカタログ通販型でローンチしている。

 00年当時はダイヤルアップやISDNなどナローバンド利用がほとんどで通信速度が極めて遅く、ネットで十分なビジュアルを提供したり顧客情報からレコメンドしたりするのは困難だった。Yahoo!BBが登場して「ブロードバンド元年」が宣言されたのは翌年の01年、DSLブロードバンドの利用がISDNを超えたのが04年だが、当時の通信速度はまだパソコンでも20Mbps程度で、ガラケーが主流だったモバイルフォンでECなど想像もつかない時代だった。

 ちなみに今日の大手モバイルキャリアの通信速度は速い下りなら100Mbps以上を確保しているが、モバイルでストレスなく大容量の通信ができるようになったのは08年7月のiPhone 3G発売以降で、5Gが登場するとまた“常識”が一変するだろう。ECの成長には通信インフラの進化が不可欠で、ブロードバンド元年の01年(普及の実質は04年)でパソコンによるECが開花し、3Gモバイルフォン発売の08年でモバイルECに火がついた。

 00年スタートのユニクロのネット通販はブロードバンド以前の脆弱な通信インフラを前提とした旧式ビジネスモデルで、年間2シーズンのカタログ発行サイクルにとらわれてタイムリーな訴求ができず店舗販売に見劣りし、成長チャンスをつかめなかった。今日のECでは販売動向に即してささげデータを書き替えたりクーポンを発行したり、ブツ撮りをモデル撮りに替えたりコーディネイトやフィットを替えてVMDを競うのが当たり前になっているが、当時の通信環境では望むべくもなかった。

 当時のネット通販は店舗から遠い顧客の利用や店舗でそろえられないサイズ商品の提供など、カタログ通販の不便対応感覚を引きずっており、店舗とECが同一の品揃えと利便を隔てなく提供する今日のオムニコマース感覚とは次元を異にする。当時のユニクロもその例に漏れず特別サイズ衣料やホームリネンなどネット専用商品を訴求して05年8月期には70億円を超えたが、他社のネット通販同様、その路線は行き詰まることになる。

中国で学びSNSとモバイルで再構築

 以降、ユニクロはECより海外進出に注力し、再びECに目が向けられるのは09年からになる。01年9月にはロンドンに海外1号店を出店し、02年9月には上海に進出。05年9月には米国ニュージャージー、香港、韓国ソウル、06年11月には米国NYに出店し、07年12月にはフランスに進出している。

 ユニクロのECが本格的に再構築されたのは09年の中国で、アリババ集団と組んで「TAOBAO」に出店すると同時にトランスコスモスMCMに業務委託して自社ECも立ち上げている。モバイルショッピングで先行する中国の先進ノウハウを提携や業務委託で取り込み、ひと昔前の感覚を抜け切れず停滞していたECを一気にリープフロッグさせようとしたのだ。

 中国での成功をベースに11年9月、ユニクロのECはSNSとモバイルを軸に世界共通ウェブサイトとして一新され、再成長期に入っていく。Facebookと連携してユニクロ商品のスタイリング投稿サイト「ユニルックス」を立ち上げ、これをプロモーションするCMをYouTubeにも流している。12年にはスマートフォン向けに「ユニクロアプリ」を開発して店舗とECの連携に踏み込み、SNSサイトも開設してスマホ世代のユニクロファンを広げていった。

 以降、17年3月には「手のひらサイズの“世界最大のユニクロ”」をうたってスマートフォンのインターフェイスを刷新し、コンビニや店舗での受け取りもできるようにした。店舗受け取りでは試着や返品も可としているが店舗在庫の引き当てはできず、C&C以前の受け取り利便対応にとどまる。

 これらの施策が奏功して12年8月期にはEC売上高が206億円と200億円の大台に乗って国内販売額の3.3%に達し、翌13年8月期も242.4億円と17.6%伸ばしたが、14年8月期は4.5%増の253.3億円と頭を打った。その要因は受注の増加に委託業者の仕分け出荷作業が追い付かなくなったためで、人海戦術のまま行き詰まる状況を見て抜本的な転換を決意する。 

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有明自動倉庫の苦闘とC&Cの限界

 この状況を打開すべく、ユニクロは大和ハウス工業と提携して有明を第1弾にEC商品の即日発送を可能とする自動倉庫の開発に乗り出す一方、コンサルティング大手のアクセンチュアと合弁で(株)ウェアレスクを設立し、商品の企画・開発・生産から物流・販売まで一貫するIoTな情報システムとデジタルサービスの構築を図った。

 この両者がどう連携したかは推測の域を出ないが、画期的自動化倉庫を目指した有明プロジェクトは商社依存のパッキン単位店舗物流と個品単位のEC物流を一元化せんとして1年以上にわたって四苦八苦した挙句に行き詰まり、マテハンシステムで世界的実績のあるダイフクと提携して出直すことになる。そんな混乱の中、17年8月期のEC売上収益は15.6%増と前期の30.1%増から伸び率が半減した。

 ダイフクと取り組んだ結果、有明倉庫はECに特化したオリコン運用の自動倉庫として離陸したが、店舗物流はパッキン単位の二段階(生産地倉庫と消費地倉庫)ダム型物流のまま残り、B2CのEC出荷に特化した有明倉庫と在庫も物流も二元化するという苦渋の選択を強いられた。

  本来は店舗とECが一元化されるはずのC&Cも、国内ユニクロの場合は事情が複雑だ。店舗受け取りがEC受注件数の44%まで拡大したとはいえ、ECから店舗在庫を検索できても取り置きも決済もできない。店舗在庫とEC向け在庫はデータ的にも物理的にも別々に管理されており、店在庫を引き当てての店渡しや店出荷はこれからの課題で、現在は有明自動倉庫から毎日、各店舗を“顧客”と位置付けてEC受注品を一括出荷していると推察される。

 この点はユニクロも課題と認識しており、19年8月期決算発表における「ECを本業にする」宣言でも『店舗在庫引き当ても開始し、配送リードタイムと配送費を圧縮する』と明文化しているが、店舗とECが在庫も物流も分断されたままでは限界がある。

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ダム型サプライからオンデマンドサプライへ

 ユニクロが在庫の抜本的一元化に踏み切れないのは店舗物流がパッキン単位の二段階ダム型物流のままだからで、国内倉庫在庫の管理は商社依存を脱しても(18年8月期)生産地倉庫積み置き在庫の管理は商社依存のままだ。生産現場に“匠”を張り付けて品質を管理するようになって久しいが、前行程から後行程までの生産プロセスや消費地までの物流プロセスは間接的な管理にとどまる。

 在庫管理・引き当ての一元化と物流仕分けの自動化を両立させるには、生産ラインから商品そのもの(現実的には洗濯表示タグ?)にRFIDのインレイを仕込んでサプライチェーンを一貫するのが確実で、既にH&Mは一部商品に組み込んで防犯タグとしても活用しているし、リセール流通やクリーニングまで一貫して管理できるからサスティナブル効果も大きい。

 生産ラインで組み込めば生産地での消費地/店舗向け仕分けも自動化できるし、消費地倉庫での店舗向け仕分けやEC向け出荷も高速自動化できる。有明倉庫のように棚入れして個別摘み取りする方式のまま自動化してもメリットはほとんどないが、日々、発送する商品を一括摘み取りして自動種撒きすれば百倍は効率化・高速化できるし、店舗向け出荷とEC顧客向け出荷も容易に仕分けられる。

 EC向けに倉庫在庫を持てば倉庫に在庫が寝るし店舗在庫も薄くなって店舗売上げを損なうから避けるべきで、ZARAもEC向け倉庫の拡充をやめて店在庫を引き当て店から出荷する体制に切り替え、店舗売上げが伸びるという成果を手にしている。

 C&Cではエリアマーケティングを徹底して母店からテザリングで衛星店に時間単位で在庫を補給し、店舗在庫を厚くして近隣顧客のEC注文に店在庫を引き当て、店舗で渡したりローカル宅配業者やUberで宅配する。さすれば物流コストは半減し、顧客へのお届けも宅配便を使うより1日以上早くなり、在庫効率が高まるばかりか、EC顧客がオムニ顧客に転換する“ウェブルーミング効果”(国内ユニクロの場合は3.12倍)で店舗売上げが大きく伸びる。

 IoTでオンデマンド生産を実現すれば生産地の積み置き在庫も不要になってZARAのようにスルーで仕分け出荷するだけになり、消費地倉庫が店舗向けとEC向けを一元カバーする自動出荷倉庫になれば、18年8月期で2.17回という実態が露呈した在庫回転も飛躍的に速くなるに違いない。

組織の個別最適から個客と個店の全体最適へ

 ユニクロのECは幾度も壁に当たって乗り越えてきたが(ユニクロそのものもそうだが)、グローバルSPAのライバルに伍してECを伸ばしていくにはC&Cの徹底が不可欠で、総体の物流とサプライを抜本効率化しない限り、いずれ首位争いから脱落してしまう。C&Cは在庫と物流の一元化にとどまらず、IoTによるオンデマンド生産と一貫する“全体最適”の実現にかかっている。

 近年の幾つかの失敗が組織分断による個別最適が災いしたことを思えば、エリート支配巨大企業の悪癖が匂い始めているファーストリテイリングがこれからも成長活力を維持するには、個客と個店の個別最適を実現するサプライチェーンの“全体最適”が問われるのではないか。

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