小島健輔の最新論文

商業界オンライン 小島健輔からの直言
『ラグジュアリーブランドって「どんだけ売れてるの?儲かってるの?」』 (2018年03月31日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 インバウンドの沸騰や一時の株価の高騰でラグジュアリーブランドの売上げがバブル期を超える勢いだが、いったいどんだけ売れているのだろうか。

突出した販売効率と伸び率

 当社では全国主要100商業施設(SCや百貨店)の5854ショップの売上げを毎月集計しているが、ラグジュアリーグッズやラグジュアリープレタは売上伸び率も販売効率も飛び抜けて高い。景気の浮揚で消費も回復しているとはいえ、17年冬商戦(11〜1月)では全国百貨店売上前年比が100.1、同紳士服が100.8、婦人服が98.1と水面の攻防に終始したのに対し、ラグジュアリーグッズは116.6、ラグジュアリープレタも110.8と突出している。もちろんファッション関連カテゴリーでは断トツの一位と二位だ。

 個々の伸び率を見ても、ラグジュアリーグッズでカルティエ、ショーメ、ブルガリ、ダミアーニ、ゴヤール、ラグジュアリープレタでブルネロクチネリ、アクリス、バレンシアガ、ヴェルサーチなど、130%を超える“絶好調組”が多数見られる。

 伸び率もともかく販売効率も突出している。都心百貨店の平均とはいえ、ラグジュアリーグッズは宝飾品も含むため月坪効率は230万円超、ラグジュアリープレタは120万円超とファッション関連では飛び抜けている。エルメスやカルティエなど400万円を超えるブランドもあり、ダウン人気で売上げが急増したモンクレールも400万円に迫る。そんなに混雑しているようには見えないが、単価が法外だからとんでもない販売効率になってしまうのだ。

浮き沈みが激しいラグジュアリーブランド

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 今は絶好調のラグジュアリーブランドだが、景気やインバウンドの動向で売上げの浮き沈みが激しい。今回の絶好調に転じたのは17年夏期からで、16年秋期までは水面下だったのが16年冬期から17年春期にかけて浮上し、ラグジュアリーグッズは17年夏期から、ラグジュアリープレタは17年秋期から2桁増に加速したばかりだ。それとて株価や景気、為替や中国の政策などでいつ、変調するやもしれない。

 過去にさかのぼって見ても、14年春期までの2桁増から夏期、秋期と水面下に沈み、冬期に浮上して15年夏期に頂点(グッズ平均133.7/プレタ平均116.9)を打ったかと思うと15年冬期から急減速して16年春期、夏期、秋期と水面下に沈み、ラグジュアリーグッズの夏期、秋期など2桁減に陥っていた。浮き沈みの主要因は為替と中国の政策変化(関税あるいは政治的要因)だったことは言うまでもない。

 矢野経済によると、国内インポートブランド衣料・服飾雑貨市場のピークは96年の1兆8971億円で2010年には44%の8315億円まで落ち込んだ。その後の景気回復やインバウンドの急増で15年には1兆2866億円まで戻したが、16年は中国政府の持ち込み品関税率の引き上げで1兆2267億円に減速。17年はさらに落ち込むと見られていたが、インバウンドの再沸騰で1兆3000億円を上回ったと推計される。

 ブランドごとの盛衰はそれどころではない。2桁増が当たり前の中で2桁減に沈むブランドもあるし、前年割れのブランドも少なくない。ブランド名は挙げにくいが、前年、前々年に人気が沸騰した反動で落ち込むケースが目に付く。コレクションの評判やセレブの御用達などで火が付くと30〜60%も急伸する一方、ブームが去ればその分が剥げ落ちてしまう。不動の地位を確立したビッグブランドや顧客をつかんだプレタブランドを除けば人気商売を否めず、コレクションブランドではデザイナーの失策や交代で一気に落ち込むケースも少なくない。

人気次第で歩合家賃も大きく上下する

 浮き沈みは館(百貨店など商業施設)への出店条件に直結する。ビッグブランドが百貨店に出る場合、百貨店側が坪200万円以上と言われる内装費を負担した上で歩合家賃は売上げの8%程度と聞くが、人気が落ちたブランドは内装費を自己負担した上で20%以上も支払わねばならなくなる。人気の盛衰が激しかった某ブランドなど、私が知る限り歩合が10ポイント以上も上下してきた。

 館としては歩合が低くても坪販売効率が高ければ採算に合うし、ビッグブランドの集客力はインバウンド客はもちろん国内客に対しても絶大だ。月坪250万円なら8%でも20万円の家賃が入る一方、月坪50万円では20%でも10万円にしかならない。ラグジュアリーブランドといっても、それだけ人気や販売効率に格差があるのだ。

儲かる商売なの?

 人気の浮き沈みで大きく変わるのは出店条件だけではない。在庫の消化歩留まりや回転はもちろん、儲けも極端に振れてしまうのがラグジュアリービジネスの特徴だ。販売不振で96.4と失速したプラダは営業利益率も11.8%と落ち込んだが、人気急騰で14.7%売上げを伸ばしたモンクレールは営業利益率も28.6%、絶大なブランド価値を確立したエルメスは6.7%売上げを伸ばして34.6%もの営業利益率を稼いでいる。売上規模も世界を相手にしているだけに大きく、プラダで3870億円、エルメスで7025億円、高級ブランド帝国のLVMHなど5兆4000億円のビッグビジネスだ(全て17年12月期)。

 ラグジュアリービジネスはグッズ系とプレタ系で、ものづくりも収益性も安定性も大きく異なる。グッズ系は皮革製品から宝飾品まで自社企画・自社工場生産が鉄則で、主要部材・部品まで自社生産するブランドが多いが、プレタ系では生産は外部工場へ委託するケースが多く、外部デザイナーと契約することもある。売上げの安定性も、毎シーズンのコレクションの出来に左右されるプレタ系より定番の蓄積が厚いグッズ系の方が格段に優れており、同じブランドのグッズ部門は2桁利益率でもプレタ部門は大赤字というケースも少なくない。

 秦郷次郎氏が世界標準の直営体制を確立したルイ・ヴィトンなどは例外として、グッズ系もプレタ系も国別に流通体制が異なることもあって年2シーズン(プレタではトランジットやプレも加わる)の企画と計画生産が主流で、期中のQR生産や各国法人間の在庫融通などほとんど行われず、売り減らしゆえ、在庫回転は2回転未満に留まるブランドが大半だ。それでも同じラグジュアリーグループのワイン&スピリッツ部門に比べれば倍速以上だから、経営のタイムスパン感覚が違うのだろう。

原価率は化粧品や医薬品並み

 原価率は各社とも明らかにしないが『化粧品並み』(パッケージ代込みで15%〜20%)とも『医薬品並み』(10%以下だが別途の開発費がかさむ)とも言われる。結果の売上対比粗利益率を見ても低くて65%強、高いとエルメスやモンクレール、プラダのように70%を超えるから、生産段階の原価率は20%未満であることは間違いない。ゆえに計画通り売れれば売上対比30〜40%の営業利益が得られるが、売れなければ在庫の山を抱えてしまう。

 アウトレットで見切ったり、処分業社に横流せばブランド価値の毀損は避けられず、前世紀までは焼却処分するブランドも多かった。今日ではグッズ系の定番は翌期に持ち越しても、トレンドが変わるプレタ系は期中の処分が必至で、期末のシークレットセールやファミリーセールで処分されている。

 ラグジュアリービジネスは商品開発やマーケティングに膨大な時間と投資を要し、利幅はあっても消化が不安定で回転は超スローだから交差比率は期待すべくもない。資本にゆとりのある企業が悠久なタイムスパンで育成するものだったが、ITとECの今日ではD2Cなラグジュアリーベンチャーが登場するかもしれない。隣の芝生は青く見えても経営の実情はそれなりに厳しいようだ。

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