小島健輔の最新論文

週刊エコノミスト2010年3月16日号掲載
【特集】百貨店沈没
『百貨店から脱出する大手アパレル』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

衰退する百貨店

 百貨店売上はバブル期の91年に9兆7100億円でピークを打った後、店舗増で一時回復した97〜98年を除いて一貫して減り続け、リーマンショック以降は既存店売上が二桁減となって09年には6兆5800億円まで萎縮してしまった。百貨店売上は91年のピークから18年間でほぼ3分の2に減少してしまったが年率にすれば2.1%の減少に過ぎず、その茹で蛙的衰退が百貨店の抜本リストラを後送りにして今日の出口なき苦境を招いたと思われる。
 百貨店の市場縮小を招いた最大の要因は経済の衰退による所得の低下と中産階級の没落、消費抑制とデフレがもたらす中〜高価格市場の萎縮にあった。事実、勤労者の平均給与は97年のピークから09年にかけて15%以上も減少しているし、百貨店売上の中核を占める衣料品の購入単価は同期間に3分の2まで低下している(家計調査)。にもかかわらず、百貨店は高コスト体質を是正する事なく売上減少を利幅の上乗せで埋め合わせ続け、消費者の懐と乖離した高価格を堅持して来たのだ。
 納入アパレル業界のヒアリングに拠れば、バブル崩壊後、売上が減少し続ける中、94年から00年の7年間で百貨店の取り分たる歩率は8ポイント近くも肥大している。01年以降は売上低下と歩率肥大に音を挙げた納入アパレル業者の百貨店脱出が始まって歩率は下げに転じ、駅ビル/ファッションビルへの脱出が加速した09年の新規導入ブランドでは94年当時と大差ない水準まで押し戻されている。百貨店はバブル崩壊以降の長期低迷のツケを粗利益拡大で引き延ばした挙げ句、リーマンショック以降の消費冷却局面で一気にツケが回って首が回らなくなったのだ。

百貨店から脱出する大手アパレル

 大手アパレル各社の業績は百貨店売上比率に比例して悪化しており、百貨店売上比率が90%と最も高い三陽商会は09年12月期決算で営業損益が前期の47億円の黒字から52億円の赤字に転落、同75%のオンワード樫山が09年8月中間期で95.6%の営業減益に陥ったのに対し、同39%のワールドの09年9月中間期は苦戦したものの56.1%の減益と、前2社に比べればまだ落ち込みは小さい(いずれも連結)。衰退が止まらぬ百貨店に留まっていては業績の悪化が避けられず、各社ともSCや駅ビル/ファッションビルへの脱出に活路を求めている。
 大手アパレルの一部は99年から08年まで続いた郊外大型SCの急増に活路を求め、09年末段階の郊外SC店舗数はワールドが1127店、オンワード樫山が581店、イトキンが562店、ファイブフォックスが334店など多店舗を布陣するに至っているが、百貨店とは懸け離れた低価格もあってワールドや一時のファイブフォックスを除けば収益性は低く、百貨店の衰退をカバーするには至っていない。
 百貨店から駅ビルやファッションビルへのOL層の流出が顕著となった07年以降は、各社とも駅ビル/ファッションビル向けブランドの開発を加速したり、同分野の中堅企業を買収したりして売上の拡大を急いでいるが、変化の速い駅ビル/ファッションビル市場のスピード感に追いつけず、百貨店市場の縮小を埋めるスケールにはほど遠いのが実情だ。
 百貨店が企業統合の果てにメイシーズ社(09年1月期で847店舗)、JCペニー社、コールズ社他に収斂された米国でも、00年から09年にかけて小売市場総体が38%も拡大する中で百貨店市場は2割近くも縮小したのに加え、納入アパレル業界は百貨店統合による納入原価切り下げや販売促進費負担の肥大に直面した。
 百貨店からの脱出が遅れたリズ・クレイボーン社は07年12月期以降、赤字を続けており、かつては31を数えた百貨店主体ブランドを12まで圧縮するなどリストラに集中している。一方で00年以降、「ザ・ノースフェイス」や「ヴァンズ」「セブン・フォー・オール・マンカインド」などのライフスタイルブランドを買収して百貨店からの脱却を進めていたVFコープ社は二桁の営業利益率を確保し、「カルバン・クライン」でリテイル&ライセシング事業を強化するフィリップ・ヴァン・ヒューゼン社も増益基調を維持している。百貨店からの脱出戦略の成否で明暗が別れる結果となったのだ。日本の情況を見ても米国の情況を見ても、大手アパレルが百貨店からの脱出を急ぐのは当然であろう。

百貨店生き残りへの最期の選択

 そんな百貨店の生き残り策は三つあると考えられる。ひとつは大丸心斎橋北館のように駅ビル並みの低家賃で駅ビル/ファッションビルブランドを大量導入して若い世代を取り込み、従来型フロアと合わせてハイブリッド百貨店として生き残る選択だ。もうひとつは多彩な高級/高感性ブランドを揃えて20%程度のハウスカード割り引きでオフ・プライス販売し、顧客を引き止めるという選択だ。どちらにしても差益の圧縮は避けられず、大規模なリストラが必然となろう。第三の選択は残存者利益を狙うという他力本願な選択だ。とは言え、丸井今井が閉店した旭川で売上が急増した西武、その西武の閉店で売上を伸ばした札幌の大丸という実例をみる限り、非現実的な話とも思われない。売上不振で次々と百貨店が閉店して行く中、踏ん張って残存者利益を狙うというチキン・レースが全国各都市で演じられる事になるのだろう。
 百貨店業界には、この三つ以外に第4の選択があるという期待論がある。それはPB開発によって収益性を高めようというものだ。実際にミレニアムリテイリングは量販アパレルのクロスプラスと組んで低価格PBの「リミテッド・エディション・バイ・アツロウタヤマ」やワンランク上の「リミテッド・エディション・バイ・ジュンコ・シマダ」を傘下のそごう・西武に投入しているし、Jフロントリテイリングも同じくクロスプラスと組んで低価格婦人服PBの「プチ・オンフルール」を傘下の大丸、松坂屋に投入する。
 とは言え、百貨店のPBが不振のNBに替わるほど拡大するという見方は極めて少数派だ。なぜなら百貨店は長年、消化仕入れのNBに依存して来たため自ら在庫リスクを背負う買い取り商品は数%に留まっており、これまで幾度もPBに挑戦しながら在庫処理に苦しんで放棄して来た歴史があるからだ。日本の百貨店は多店舗展開する大手でも、セントラルバイイングで買い取った商品を店間移動で消化して行くチェーンストアのロジスティクス体制が無く、個店ごとの販売消化に依存している。ゆえに、PBが拡大して行くと個店ごとの販売消化では在庫が片寄って消化率が悪化し、在庫が積み上がって壁に当ってしまうのだ。この壁を超えてPBを拡大するには納入アパレル側がロジスティクスを代行するしかないが、それではリスク分担が逆戻りしてコストメリットが半減してしまう。百貨店がチェーンストア型のロジスティクス体制を確立しない限り、PBが主役になる日は来ないと思われる。

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