小島健輔の最新論文

マネー現代
『ユニクロ「一斉値下げ」の衝撃度…
ライバル「総倒れ」で、ついに「世界一位」になるかもしれない!』
(2021年03月23日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

ƒvƒŠƒ“ƒg

コロナ禍ダメージは「ファストリが一番軽かった」

コロナ禍は中国など中華圏では早期に抑え込まれたが欧米では猛威が収まらず、その差が各社の業績の差となった。売上の75%を欧米に依存するINDITEXが一番、売上のダメージが大きく前年から27.9%も落とし、売上の83%を欧州・ロシアと南北米州に依存するH&Mも19.6%落としたが、欧米売上が9.1%に過ぎないファーストリテイリングは12.3%の減収とダメージが軽かった

売上が落ち込んでも在庫処分の負担、家賃の減免交渉や人件費の抑制など販管費の削減度合いで営業利益の落ち込みは異なり、H&Mが82.1%、INDITEXが68.4%も減少したのに対してファーストリテイリングは42.0%の減少に抑えた。

ファストなモードトレンドを訴求するH&MやINDITEXが期中の在庫処分を強いられたのに対し、定番商品中心のユニクロは一部在庫を来期に持ち越せたことに加え、73%減という家賃の削減が大きかった。H&Mが従業員数を非正規雇用者の雇い止めなどで12.64%も削減したのに対し、ファーストリテイリングはパート&バイトも含めて従業員数は6.4%、人件費も7.9%の削減に留めている。

純利益もH&Mの90.8%減、INDITEXの69.7%減に対してファストリは49.2%減に踏み止まり、H&Mが純資産を24億4600万スウェーデンクローネ(283億5000万円)、INDITEXが3億9900万ユーロ(486億7800万円)減らしたのに対してファストリは125億500万円増やす結果となったから、財務面でもダメージはファーストリテイリングが格段に軽かった。

在庫回転日数もINDITEXが94.25日と前年から27.88日、H&Mが149.6日と24.4日延びたのに対してファーストリテイリングは147.9日と19.9日の延びに収め、買掛債務の回転日数(支払いサイトに近似)もINDITEXが29.41日延ばしたのに対してファーストリテイリングは14.9日の延びに抑え(H&Mは11.3日)、仕入先へのしわ寄せも最小限に留めている

有利子負債もH&Mが4.5倍に急増したのに対してファーストリテイリングは逆に11.4%圧縮し、INDITEXは実質無借金経営を堅持した。結果、純資産対比の負債比率はH&Mが146.6%と危険水域に近づいたのに対して、ファーストリテイリングは59.2%と8.5ポイント改善し健全なバランスを保った。

「ECシフト」では遅れをとったファストリ

緊急事態宣言やロックダウンで長期間の営業時間短縮や休業を強いられた店舗販売は激減したから、グローバルSPA各社はECシフトを加速した。

INDITEXはECを77%も伸ばして66億ユーロ(8050億円)も売り上げ全社売上に占めるEC比率も32.3%に達し、H&Mも39%伸ばして520億クローネ(6027億円)を売り上げ同27.8%に達したが、ファーストリテイリングは国内ユニクロのECが29.3%増の1076億円とEC比率が13.3%に留まり、全社EC売上の伸びも国内ユニクロと同程度だったとすれば3340億円、EC比率16.6%とH&MやINDITEXとは格差がある。

コロナ禍では多くの点で優位に立ったファーストリテイリングの唯一のアキレス腱で、店舗とECの在庫引き当て一元体制が完成に近づいて80%の店舗でC&C利便を享受できるINDITEXと比べれば見劣りは否めない。

とはいえ定番比率が高く毎年継続する品番の多いユニクロはECに向いており、中国市場のユニクロのように在庫引き当ての一元化が進めば、C&C利便で急速にEC比率が高まると期待される。

※C&C(Click&Collect)………ECから店舗に取り寄せて試したり受け取る顧客利便。一括配送の店舗物流を使うから送料無料で、店在庫を引き当てれば倉庫から出荷するより受け取りも早くなる。売り手にとっては顧客利便と在庫効率を高め物流費を抑制するOMO(ネットと店舗の融合)戦略。

「不採算店の閉鎖」を急ぐH&MとINDITEX

H&Mは財務の逼迫から不採算店舗の閉店と不採算市場からの撤退を急がざるを得ず、INDITEXも1)OMO、2)DX、3)サステナビリティの三つの方針を掲げて店舗網の集約と不採算市場からの撤退を進める。

H&Mは20年11月期に129店を出店して187店を閉めたが、今期は100店を出店して350店を閉める。INDITEXは21年1月期に111店を出店し751店を閉めたが、アウェイな中国・香港市場では600店から361店へ一気に絞っている。INDITEXは日本市場でも145店から133店に12店減している。

アングロサクソン圏をホームとするH&Mやユーロラテン圏をホームとするINDITEXにとって、体型もフィットもトレンドも異なるモンゴロイド圏は明らかにアウェイであり、ローカル企画やローカルフィットに踏み込まない限り顧客が限定されてしまうが、両社ともローカル対応には消極的だ。

それでも世界のファッション市場がグローバル化していた13年までは勢いでモンゴロイド圏にも手を広げたが、世界が分断と対立に反転した14年以降はファッション市場もローカル回帰が進み、モンゴロイド市場の採算は悪化して行ったと思われる。

アウェイなモンゴロイド市場のローカル回帰にコロナ禍のダメージが加わってH&MもINDITEXも逃げ腰に転じ、とりわけINDITEXは傘下の「ベルシュカ」「プル&ベアー」「ストラディバリウス」の全店舗を中国市場から撤収するなど店舗網の整理を急いでいるから、コロナ禍のダメージが軽かったファストリにとっては絶好の追撃チャンスが訪れた。

※OMO(Online Merges with Offline)……ネットと店舗の垣根を超えた融合を意味し、モバイルフォンをキーツールにウェブルーミングとショールーミングを駆使してC&C利便を提供するニューリテール戦略。
※DX(Digital Transformation)……デジタル技術でプロセスやサプライチェーンを繋ぐ業務革新。

日本を制圧して「中華圏の覇権」を狙うファストリ

時あたかも日本では3月末に迫る「税抜き価格」表示の猶予期間終了を控え、ユニクロとジーユーが3月12日から「税抜き価格」のまま「税込価格」へ切り替えるという実質9.1%の一斉値下げに踏み切ったが、コロナで消耗したライバルチェーンには覇者が仕掛けた予期せぬ奇襲作戦に対抗する余力はなく、事実上の掃討戦になってしまう。

前期(20年8月期)で国内ユニクロ8069億円、ジーユー2461億円、合わせて1兆530億円の売上規模はコロナ禍で7兆2000億円まで激減した国内アパレル市場の14.6%も占める。そんな圧倒的覇者に桁違いの生産ロットと格段に低い運営コスト(国内ユニクロ事業の販管費率はコロナ前の19年8月期で34.9%、コロナ禍の20年8月期でも35.9%)を武器に一斉値下げを仕掛けられては、国内のライバルチェーンは総崩れとなるのは必定だ。

そんな破壊力を中華圏のライバルチェーン、とりわけ巨大成長市場の中国から逃げ腰になったH&MやINDITEXに向ければ一方的な追撃戦となり、日本に続いて中国でもファストリが覇権を確立することになるのではないか。

そうなれば世界市場におけるグローバルSPA三社の首位争いも情勢が一変し、コロナ禍によるモードやトレンドからエッセンシャル(生活必需)なカジュアルへのシフトも追い風になって、遠からずファストリが世界の覇者となるかも知れない。

論文バックナンバーリスト