小島健輔の最新論文

商業界オンライン 小島健輔からの直言
『試着販売と社員割引の実態って知ってますか?』 (2018年04月20日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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アパレル求人サイト「GIRLSWOMAN」が調べた社割購入の実態。

 

 ベイクルーズグループの「ドゥーズィエムクラス」という高級セレクト店では販売員の採用難を解消し定着率を高めるべく「着用支援制度」というサンプル貸与を始めた、とWWDジャパン紙が報じていたが、アパレル業界の試着販売の変遷を振り返れば販売員の雇用環境の変化が推察される。

かつては販売品を試着してた?

 アパレル業界では1980年代のDCブランドブーム以来、販売員による試着販売が定着し、今世紀に入ってもギャルブランドのカリスマ店員が話題になったりしたが、2009年のある事件を契機に業界のルールが統一されたと思われる。

 その事件とは、アパレル大手のサンエーインターナショナル(当時/現TSI)子会社のブランド「Pinky Girls」で販売員が試着していた商品を「新品」と偽って顧客に販売していたと報じられたものだ。同社がグループの全店舗を調査したところ、『過去に販売員が販売用の衣類を試着したことがあったのは4店舗、アクセサリーを試着したことがあったのは2店舗、衣類及びアクセサリーを試着したことがあったのは2店舗と確認された』(日本繊維新聞社)という例外ケースではあったが、消費者側の不信感を恐れた業界は社員割引制度を拡充して『試着販売は社員の購入した私物』というルールを徹底させた。

 大手アパレルでは例外ケースでも中小のアパレルチェーンなどでは無頓着に行われていたから一罰百戒の警鐘になったと思われるが、社員割引制度の拡充は別な問題を広げることになった。

社割購入で販売員が疲弊

 社員割引制度自体は昔からあって、呉服業界やアパレル業界では販売ノルマの達成を迫られた販売員が大量購入するという「自爆買い」が指摘されてきたが、ノルマはなくても毎月、最低限はブランドの新作を購入して試着販売しないと「販売員」として機能しないのが実情だ。

 アパレル業界のジョーシキでは毎月2セット必要とされるが、お手頃なブランドでも2セットをそろえれば定価で2〜3万円、高額なブランドでは10万円を軽く超えてしまう。後述するが、社割の割引率はお手頃価格のアパレルチェーンで2〜3割、セレクトショップで4〜6割、ブランドの直営店では5〜7割と言われ、高額になるほど割引率も高くなる傾向が見られるが、販売員の給与では限界がある。

 販売員の年俸はお手頃価格チェーンで270〜300万円、高額ブランドでもせいぜい360万円まで、店長クラスでも400万円程度だから(外資ラグジュアリー系はもう少し高い)、月々の手取りは前者で16〜17万円、後者でも20〜21万円と推察される(14カ月割)。そこから前者で1万5000円〜2万円、後者で4〜5万円も社割購入で差し引かれてしまえば生活は相当に苦しくなる。最低限の2セットでも負担なのだから、新作を積極的に購入すれば破綻しかねない。販売員の側とて、社割購入して試着販売した服は翌月にはお役御免になるから、メルカリなどで換金して回転させているようだ。

 最初に紹介した「ドゥーズィエムクラス」という高級セレクトでアウターとボトムを2セットそろえれば定価で15万円を超え、社割購入でも8万円近くになる。ましてや勤務時間限定の子育てママさん販売員では負担に耐えず、それが理由で離職するケースもあったとか。そんな事情で毎月2着を試着販売用として貸与する制度ができたそうだ。

外資ラグジュアリーブランドでは支給や貸与が定着

 アパレルの販売職としては身につまされるリアルな問題で、『洋服が好き』だけでは到底済まされない。外資ラグジュアリーブランドでは制服の支給や新作の貸与が定着して販売員が自腹で購入する負担はないから、給与水準やイメージの格差もあって販売員志望者が集中する。販売員不足が深刻化する中、社割購入の自己負担を強いては採用が難しいから、部分的にでも支給や貸与に移行するアパレルが増えていくのではないか。

 大幅な社員割引だけでも会社としては負担なのに支給や貸与ではもっと負担が大きくなると心配するのは外野であって、正価対比の調達原価率はSPAやセレクトのオリジナルで30%前後、百貨店NBや高級ブランドでは20%を切るから負担はしれている。貸与した商品とて、ファミリーセールで試着サンプルと断って売ったりレンタルに回したりすれば調達原価と大差ないキャッシュに換金できる。

BC価格差と二次流通の拡大

 社割購入の拡充は別の問題も広げてしまった。それはB(社員)とC(顧客)の価格格差だ。

 アパレル求人サイト「GIRLSWOMAN」が行った正社員アパレル販売経験者101名アンケートによれば、最も多かったのが5割引の41.9%で、5〜8割引計で65.6%を占めた。3〜4割引も25.5%、1〜2割引も7.8%あったが少数派だ。前述した販売側の事情から察すれば、5〜8割引はブランドアパレルの直営店や高級セレクト、3〜4割引はセレクトチェーンやSPA、1〜2割引は量販アパレルチェーンや百貨店だと思われる。回答者数が限られるのでこれが実態を反映しているとはストレートにいえないが、業界通としての私の情報とはほぼ一致している。

 そんな事情を知ってしまえば定価購入がばからしくなるのは必定で、低価格SPAを除けば衣料品のほとんどをバーゲンやファミリーセール、百貨店の優待割引で購入している。一般消費者とてそんなBC間価格差を知れば正価購入しなくなると心配されるが、近年のセール購入志向、とりわけ小売店のバーゲンに先立ってのファミリーセールの一般化を見る限り(露骨な小売店外しです)、消費者は既に十分認識して購買行動を変えていると推察される。

 価格への不信感は消費者をレンタルやリユースなど二次流通に向けてしまう。若者たちは購入してしばらく楽しんではメルカリなどで高価に換金し、また新たに購入するというリボルビングを謳歌しているが、この場合の「価格」は購入額と換金額の差であり、ブランド価値も値落ちの大小で評価されている。

 アパレルのリユースが年間2.4億点(環境省リユース促進事業研究会報告書)に達するなど消費者の二次流通活用が拡大する中、乗用車や高級時計などに限られていた二次流通マーケティングが高級ブランドのみならず一般ブランドにも必要になってきたが、新品在庫を売ることに必死なブランド側はまだ二次流通まで手も頭も回らないというのが現実だ。そのギャップを突いてさまざまな二次流通ビジネスが台頭して行くに違いない。

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