小島健輔の最新論文

ファッション販売2003年12月号掲載
『伊勢丹本店メンズ館の大胆すぎるリモデル』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

 伊勢丹本店メンズ館が9月10日、開設来35年ぶりという全面リモデルを果たしてオープンしたが、その大胆な変身ぶりが業界のみならず顧客の間でも話題になっている。
 その戦略目的は『こだわりブランドの大量導入と革新的な編集によって百貨店間の同質化に終止符を打ち、セレクトショップの顧客まで取り込んで男性客主体のクラスストアに変身する』に尽きるが、既存の百貨店的商財もそれについて来た顧客も大きく圧縮するだけに売上予測は5%増の330億円と控えめだ。それでも本店全体の売上予測が0.7%増の2173億円に留まるため(外商除く03年4月〜04年3月)、メンズ館の売上シェアは13.1%から15.2%へと大幅に上昇する。
 全国百貨店紳士服・洋品の平均シェアは02年度で7.7%と言われるから、伊勢丹本店メンズ館のシェアはリモデル前から突出した水準にあり、今回のリモデルで15%台に乗れば百貨店メンズ復活の起爆点になる事は間違いない。景気の回復に乗って増加が見込まれる百貨店のリモデルにおいても格好のお手本となり、紳士服・洋品部門のシェア奪回を後押しするのではないか。
 

必見の注目売場はここだ

 1F〜BFの『紳士洋品・紳士雑貨』では、セレクトショップで人気の雑貨ブランドが充実した品揃えで取り込まれている事に驚かされる。1Fでは『ステーショナリー』や『革小物・ベルト』に、BFでは『トラベル鞄』や『ビジネス鞄』『プレスティージ・シューズ』に、それらのこだわりブランドがしっかり揃っている。加えて、1Fエントランスに配された自主編集の『編集ショップ』やBFの『デザイナーズシューズ』では独自の買い付けによる逸品やレア物も手に入る。1Fの『シャツ&タイ』や『セーター&シャツ』では「ターンブル&アッサー」や「ルイジ・ボレリ」、「ジョン・スメドレー」や「バランタイン」など、セレクトショップ御用達のこだわり単品も揃っている。
 1Fの『グルーミング&フレグランス』『メンズ・ジュエリー』、アイウェアの『フォーナインズ』、『喫煙具』も、メンズのこだわりライフスタイルをカバーする必須アイテムとして新設が評価されよう。
 リモデルのもうひとつの目玉が、2F『インターナショナルクリエーターズ』の『クリエーターズ・プラス』と『クリエーターズ』だ。これまで取り落として来た先鋭ブランドをエッジ系、ハイエンド・スポーツ系、スペシャルアイテム系、コンテンポラリー系に分け、ラック群単位にブランド編集している。「アンダーカバー」などのストリートブランドも取り込んだ『コーナー・コムデギャルソン』のコラボレーションも注目で、これらの一角はこれまで見られなかった若者達で賑わっている。
 注目性という点では2Fのクリエーターズ・ショップ群はコンサバティブな選択だし、3Fのデザイナーズ・ショップ群も旬の「ディオール・オム」や「ドルチェ&ガッバーナ」を除けば先鋭な印象はない。逆に言えば、数字の読める手堅いバランスで構成されているという事だ。
 5F『インターナショナルビジネス&カジュアル』では「エトロ」や「ロロピアーナ」「マーロ」、「バランタイン」「インコテックス」などをアイテム編集したクラスカジュアル平場、「キートン」や「ブリオーニ」のコーナーが大人のセレクト市場を狙ったものとして注目される。
 4F『ビジネスウェア&コート』、6F『カジュアルウェア』は既存の百貨店商財を統一環境の中に押し込めて運用性を高めたもので、現実的な力技という技術的視点で評価すべきであろう。
  

戦略目的の実現度

 戦略目的実現への具体的手法としては1)独自のブランド編集/アイテム編集と統一環境によるストア・アイデンティティの確立、2)コンサバ/アドバンス両面のこだわりブランド大量導入、雑貨や単品などのこだわりアイテム強化による高級/尖鋭セレクト客の取り込み、3)専門販売員の充実やアテンド販売、サロン販売の導入による顧客満足の向上、などが挙げられている。
 その実現度だが、こだわりブランド/こだわりアイテムの大量導入は多くのセレクトショップ関係者が異口同音に驚異を口にするほどで、顧客にも十分なインパクトを与えたのではないか。セレクトショップの品揃えがフォーカスの狭さや買い取り仕入れで限定されているのに対し、伊勢丹本店メンズ館の場合は代理店経由の消化仕入れという百貨店方式で巾も奥行きも確保しているブランドが大半だから、同じブランドなら顧客の選択枝は格段に広い。コンサバからアドバンスまでブランド・ラインナップも幅広く、顧客にとってはセレクトショップを買い回るより遥かに効率的だ。
 もちろん、服飾雑貨や単品アイテムの中には伊勢丹独自の開発や買い取り仕入れによる商品も1割強含まれると推察されるが、その品揃えや補給はセレクトショップ同様、限定されざるを得ない。百貨店的な品揃えの巾と奥行きが優先事項であって、買い取りはメッセージ提案や編集上の限られた手法と見るべきだろう。
 それより評価すべきは従来の百貨店では隅に追いやられていた、あるいは扱いがなかったカテゴリーの充実だ。グルーミング&フレグランス、ジュエリー、アイウェア、喫煙具&シガー(さすがに階段室側に潜んでいるが)を、ストアの顔である1Fにちりばめたのは快挙と言ってよいのではないか。
 統一環境はストア・アイデンティティの訴求と言うよりブランド編集の手法として活用されている感が強く、従来ならブティックであったブランドがインショップへ、インショップであったブランドがコーナーへ、コーナーであったブランドがラック展開へとストア側の運用性が高められている。その分、ブランドのアイデンティティ表現は抑制されているからブランド側の不満は否めないが、それ以上に問題なのがブランド毎の接客空間の不備であろう。
 お見置き台や鏡、フィッティングルームに囲まれた接客空間を欠いて、いったいどう販売するというのだろうか。実際、幾つかの統一環境売場で購買を試みたが、遮るもののない通路的空間で接客を受けてコーディネイトを詰め、試着するのは極めて苦痛であった。安価な単品平場ならともかく、値段の張るブランド商品をコーディネイトで買っていただく売場ではないだろう。これだけで3)販売サービス強化による顧客満足の向上は失格であり、抜本的なレイアウト変更が急がれる。
 誤解のないようにお断りしておくが、あくまで販売プロセスから見たレイアウト技術の欠陥を指摘しているのであって、統一環境という考え方を否定している訳ではない。売場毎の内装素材やディティール、照明はよくまとまっているし、雑貨のVP手法は高水準と評価されよう。ただし、置き什器照明の配線が床の固定配置コンセントから取り回されていたのは残念だ(当然、床をカバーが這ってユニバーサルではなくなる)。ハイテクビルの最新技術である超扁平配線内蔵床システムを導入しても良かったのではないか。
 フロアそして全館のストアデザインにも、MDほどのインパクトは感じられない。高津卓也氏による‘ネオ・アールデコ’のデザインはまとまりは良いが、ユナイテッドアローズ本店のリカルド・ボフィルの列柱のようなランドマーク的意匠性を欠き、何十年の歴史に刻まれるアイデンティティは認められない。開設以来、35年ぶりの全面リモデルである以上、これからの35年を刻む思い入れが欲しかった。
 3)販売サービス強化による顧客満足の向上に関しては様々な試みが行われているが、統一環境によるブランド編集の一方で自主販売には踏み込んでおらず、ブランド商財の販売は派遣店員に任されたままだ。これでは有力セレクトショップのようなストアとしての高質な接客サービスは望むべくもなく、様々な試みはその狭間を埋める補助的役割を出るものではない。統一環境売場の販売プロセスと矛盾したレイアウトも同じ根から派生しており、本質的な課題を回避したままMD優先で押し切った感は否めない。
 それでもMDの充実による購買の効率性は突出しているから、販売サービスの多少の不備には目を瞑ってこのストアを選択する顧客が多数派である事は間違いない。それに目を瞑れない尊大な客はお気に入りのセレクトショップへ行けばよい、というのが伊勢丹の本音であろう。そもそも百貨店という“買い場”は購買効率を優先した役回りなのかも知れない。
 

顧客を選別したリモデル

 多くのセレクトショップが脅威と感じるほど革新されたMDは高く評価されるが、従来のボリューム顧客達は切り捨てられたと感じたのではないか。セレクトショップに流れていたこだわりのクラス・コンサバティブ系や先鋭なブリッジ・アドバンス系の新規顧客を取り込めた反面、百貨店的らしい品揃えを求めて来店していたボリューム客は自分達の売場が圧縮されて行き場を失い、西口の小田急や京王に流れている。これらのボリューム顧客を4F、6Fの常識的な売場だけでカバーするのは困難で、かなりの層を切り捨てる結果になった事は否めない。
 「バーニーズ」の存在を霞ませるほどのクラスストアに変貌したのは伊勢丹が望んだ事だし、ストアが顧客を選別するのも独自のポジションを確立していく上で不可避の戦略だ。『顧客本位』と言うのもストアが選択した顧客についてであって、切り捨てた顧客は含まれないのもやむを得ない。望んだ顧客を取り込めて切り捨てたい顧客が去り、結果として望んだ売上とポジションを確保出来れば、このリモデルは大成功と賞賛されるべきであろう。新宿には京王のような大衆本位のストアもあるのだから、伊勢丹の決断は極めて合理的なものと言うべきだ。 

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