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商業界オンライン 小島健輔からの直言
『キャッシュレス化はいよいよ本番か?』 (2018年07月02日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 経済産業省が4月に「キャッシュレス・ビジョン」を公表して以降、三菱UFJ、三井住友、みずほの国内三大メガバンクが銀行口座直結のスマホ決済へ、QRコード規格統一に合意し地方銀行にも参加を呼び掛けるなど、モバイル決済への動きが一気に加速している。低金利の長期化と現金扱いのコストにはさまれて収益が低下する銀行業界、レジ精算と現金扱いの作業負担やカード手数料負担が重い小売業界のニーズが合致して国策発動となり、いよいよわが国も中国や北欧のようなキャッシュレス決済に移行するのだろうか。

キャッシュレス化のメリットは絶大

 キャッシュレス=モバイル決済とは限らず、専用端末と決済回線を使うクレジットカード(ポストペイ)やデビットカード(リアルタイムペイ)、ICカード(プリペイド)もキャッシュレスで、QRコードなどによるモバイル決済はこれらにつなぐID認証手段にすぎない。AlipayやWeChatPayはオンラインの第三者決済(銀行口座直結の一時預りウォレット)からオフラインに広がったもので、回収リスクがなく中国では手数料率が0.6%に収まっているが、日本国内では既存の決済回線を経由して高コストになる。

 スマホ決済でもクレジットカードにひも付けてはコストも手間もわずかしか改善されないが、銀行口座直結引き落とし(デビット)のバンクペイが統一規格になって普及すれば、銀行はもちろん小売業者にも消費者にもメリットが大きい。「J-Debit」(銀行のキャッシュカードがそのまま使える)ではATM稼働時間帯に限定されていた利用時間も24時間365日に広がり、店舗に限られていた利用範囲もネットに広がり、加盟店の手数料負担も軽減されると期待される。

[銀行のメリット]現金扱いと警備の費用、とりわけ負担の大きいATM網の維持管理コストと窓口人件費を削減できる。キャッシュレス化しても残るATMニーズは小売店レジからの「キャッシュアウト」に移行するが、レジ内現金を圧縮したい小売店とキャッシュレス化したい小売店で対応が分かれるだろう。ちなみに2018年4月2日から始まったキャッシュアウトは上限5万円まで、小売店の手数料収入は1万円以下は税抜き100円まで、1万円以上は税抜き200円までの任意。

[消費者のメリット]現金を持ち歩く必要も幾つもの決済アプリをスマホにそろえる必要もなく、決済が速やかでレジ待ちのストレスも相応に軽減され(スマホのアプリ決済はクレカ決済と大差ない手間を要し、FeliCa決済の方が格段に速い)、個人間の送金も手軽になると期待される。

[小売店のメリット]決済が素早くセルフ化も容易になるからレジ作業が減ってレジ待ちも解消され、キャッシュアウトをしなければ現金の管理も警備も不要になる。クレジットカードひも付けを除けば決済手数料も安くなると期待されるが、現行のスマホ決済は大手三社(スクエア/コイニー/楽天スマートペイ)が横並びの3.24%、「J-Debit」決済も都市銀行が2.5%で上限250円〜下限50円、信金が2.0%で上限200円〜下限40円と、0.38〜0.50%の中国銀聯とは格差が大きい。Alipayとて日本国内では取扱額が限られ、回線使用料やアクワイアラーの手数料もあって2.0%前後と高止まりしている。

 野村総合研究所が575社に対して行ったアンケート調査(17年12月〜18年1月)ではキャッシュレス決済の手数料率は3〜3.5%に集中して平均は3.09%だったが、テナント出店の多いアパレル小売業ではデベ経由の決済も多く平均3.44%とやや高めで、クレジットカードが総売上げの6割近くを占めることもあって決済手数料負担は売上げの2.2%にも達する(18年6月のSPACメンバーアンケート)。19年10月の消費税増税に的を合わせて国策で1.0%を切らせるという動きもあるが、銀行救済というスタンスなら2.0%止まりではないか。それでも4%前後という従来のクレカ決済に比べれば“2.0%”浮く計算になる。

スポイルされるのは誰か?

 キャッシュレス化はいいことばかりみたいだが、スポイルされる事業者や利用者も出てくる。一番割を食うのはカード発行機関や加盟店管理のアクワイアラーなどクレジットカード事業者、現金輸送や警備を担う警備会社で、ATMのメーカーも打撃を受けるかもしれない。それより問題とすべきはスマホをうまく使えない、あるいは持ってさえいない高齢者や幼少者ではないか。

 先はともかく過渡期の対応としては、中国のように決済端末をスマホに限定(オンラインの第三者決済からオフラインに波及した故)するのではなく、デンマークやスウェーデンのようなデビットカードとの併用が望ましいし、精算のスピードを考えればFeliCa系ICカードも外せない。手数料率高止まりの要因が決済ネットワークのCAFIS(NTT)寡占状態にあるとすれば、JCN(JCB)軸での再編が進むのかもしれない。

 その手数料率だが、商業施設のテナント店は出店契約でクレジットカードなどと一括して料率を定められ、アクワイアラーや決済代行業者との直接契約を禁じられるケースも多く、スマホ決済など新機軸決済サービスの恩恵から外れることが懸念される。取扱高の大きい大手チェーンでない限り直接契約しても手数料率はさほど下がらないから、商業施設デベが包括加盟して「決済サービスの傘」でテナントの手数料を低く抑えることが期待される。

無人精算のハードルが残る

 決済がキャッシュレス化されても小売店頭の“精算”が無人化されるわけではない。決済自体は容易にセルフ化/自動化され無人化できるが、購入商品の確認とセキュリティ解除、包装という手順が残る。

 購入商品を確認するにはスマートカートやスマートゲートによるRFIDタグ一括自動読み取り、あるいは画像認識AIと荷重センサーなどの組み合わせがあるが、決済プロセスに比べれば大仕掛けに過ぎ、ECにコスト負けしてしまう。包装もパッケージ商品などは自動化できるが、傷みやすい生鮮品やデリケートな衣料品・服飾品は難しい。

 最も自動化が難しいのが防犯タグなどセキュリティの解除で、決済はセルフ化/自動化しても、これだけはスタッフか顧客が手作業でやるしかない。ロンドンのストラットフォードシティSCに拡張リニューアルした最新ハイテク装備のZARA旗艦店でも、RFIDタグ読み取りセルフ決済のエンドは顧客の手作業による防犯タグ外しだ。それとて遠からず近接通信による自動解除が解決するにしても、『ありがとうございました』のお見送りぐらいは生身の人間に担って欲しいものだ。

 無人精算とキャッシュレス化については7月1日に刊行した私の久方振りの書籍『店は生き残れるか ポストECのニューリテールを探る』(商業界刊)で詳説しました。ご一読いただければ幸いです。

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