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商業界オンライン 小島健輔が指摘
『商業施設の賃料が人気相場で良いのか』(2020年03月20日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 テナント店の賃料は人件費と並ぶ小売業の最大コストだが、そのレートは交渉事という性格が強く、人気による格差が極端なのが実態だ。テナント店にとっては人気の上下が賃料負担に増幅されて経営を直撃するし、商業施設側にとっても丼勘定になりがちで採算が読みにくい。賃料が人気相場みたいな実情を放置したままで良いのだろうか。もっと公平・透明な賃料設定はできないのだろうか。百を超える商業施設の開発やリニューアルに関わって来た知見から具体的な対応を提じてみたい。

販売効率と風評人気で賃料に大差

 同じ商業施設に出店しているテナントでも、坪当たり正味家賃(共益費・共同販促費などを除く)には10倍前後の格差がある。その要因は1)販売効率、2)賃貸面積、3)位置、4)形状と奥行きだが、それでは説明がつかない格差があるのが現実だ。

 同じ賃料レートなら販売効率で格差が開くのは当然で、大手駅ビルなどほぼ統一したレートを適用して低販売効率のテナントが自然淘汰されるよう仕組んでいるが、百貨店インショップの歩率は販売効率に逆スライドして低くなる。大手アパレルのブランドなど都心百貨店では消化仕入れで33〜40%もの歩率を取られるが、人気ブランドなら20%台、外資ラグジュアリーブランドの多くは10%台、スーパーブランドは10%を切る。

 中でもLとかHとかCとか頂点のブランドになると10%をかなり下回る歩率に加え、坪当たり200万円以上と言われる内装投資も百貨店側が負担する。とはいえスーパーブランドの坪当たり販売効率は都心店では月間200万円前後にもなるから坪当たり家賃も十数万円になり、売れない国内ブランドに充てがうより採算性が高い。ラグジュアリーブランドの歩率レートは人気で上下が激しく、Pなど今世紀に入って10ポイントも動いたと噂される。

 ちなみに百貨店の歩率は商品仕入れ差益だからそれで全てで、共益費や販促費はもちろん光熱費やキャッシュレス決済の手数料まで百貨店が負担する。商業施設の賃料を百貨店の歩率と比較するなら、正味家賃に共益費・販促費はもちろんテナントが負担する光熱費やキャッシュレス手数料まで加えるべきだ。

 それだけでなく、商業施設では出店する際に内装監理費とか工事協力金とか少なからぬ負担があるし、採算が取れなくて契約期間内に退店するときは現状復帰(最近は後継テナントに居抜き渡しするケースも増えている)だけでなくペナルティまで要求されることがある。百貨店の歩率は法外に高いが、商業施設の家賃外徴収も算定根拠が曖昧なものもあり限度を超えている。公取委はデジタル・プラットフォーマーだけでなく、アナログ・プラットフォーマーの優越的地位行使にも目を光らせるべきではないか。

 低価格SPAもユニクロなどスーパーブランド並みに低レートの総合賃料(共益費や販促費も込み)で商業施設に出店しているが、流石に内装費は自己負担している。ユニクロは郊外SCでも月坪24万〜30万円も売っているからデベには相応の賃料が入るが、外資の著名SPAは格別に優遇されたレートなのにユニクロのせいぜい半分、あるいは3掛け4掛けしか売っていないから、共益費や販促費をデベが負担すれば正味家賃は限りなくゼロに近い。そんなに売れない外資SPAを“人気テナント”として優遇する意味があるのか、一方的な退店や撤退が続いているだけに、早々に見直すべきだ。

 人気?ばかりで販売効率が伴わない優遇テナントは国内チェーンにも見られるから、人気テナントが優遇される分、他テナントの賃料にしわ寄せがいく。“人気”などという裏付けのない風評に左右されることなく販売効率の実態に賃料を合わせれば、商業施設テナントの賃料水準は何%か下げられるのではないか。

大型店・人気店頼りより緻密な業種・業態ぞろえ

 テナント賃料が“人気”の風評に左右され、低賃料大型店への依存が高いと、賃料設定のルールが混乱して不公平になり、一般テナントの賃料水準が割高になる。

 人気テナントや大型店の集客に頼るのは実は裏付けのない“錯覚”で、人気テナントの多くは一般テナントより販売効率が低いし、カテゴリーキラー的大型店の販売効率は驚くほど低い。販売効率が低いということは集客力が疑わしいということで、払える賃料も必然的に低くなる。そんな風評人気や裏付けのない集客力に頼るより、地域顧客が必要とする消費分野別の業種・業態を欠落なくそろえた方がはるかに集客力がある。

 商業施設の商圏は1)日常最寄り消費の足元商圏、2)買い回り消費の実勢商圏【ライバル施設より占拠率が高いハフモデル境界内】、3)週末や特定分野で実勢商圏を超えて広がる拡張商圏、の3層からなり、それぞれに分野別の消費支出に対する占拠率を戦略的に設定して売上予算を組む。その予算を実現すべく分野・業種別の売場面積を算出し、今のライフスタイルに応える業態を落とすことなくそろえていくのが基本中の基本だ。

 業態とは業種を品揃えや調達手法、提供方法で分類したもので、眼鏡店を例に取れば、低価格プライスラインSPA型、キャラクターSPA型、カジュアルセレクト型、コンサルセレクト型の4業態があって価格帯も客層も異なるから、生活商圏施設でもキャラクターSPA型を除く3タイプをそろえる必要がある。化粧品などドラッグバラエティ型やプチプラ編集型からサロン接客型や外資ブランド編集型まで10タイプを超え、一つのゾーンを構成できるほど多様な業態がそろっている。

 近年はライバル商業施設だけでなく数千店・数万店をそろえるECモールとテナントぞろえを比較されるのが当たり前になったから、広域大型商業施設では最低でも250店以上、生活商圏施設でも150店以上の専門店を不要な重複や欠落なくそろえることが必須になっている。限られた賃貸面積を販売効率も賃料水準も望めない大型店や風評人気店に割く余裕などないのは当然だ。 

賃貸面積と形状による賃料格差は当然

 核店舗やユニクロなど準核テナントの賃料が安くなるのには一定の合理性がある。商業施設の賃料は店頭通行客数にスライドするからモールに接するブロックが基準となり、奥行きが深くなるほど下がる。

 モールに接するブロックを定価賃料とすれば、2ブロック目は6掛け、3ブロック目はその6掛け、4ブロック目はさらに6掛けにして当然で、トータルの平均賃料は奥行き4ブロックなら定価の0.544になる。ユニクロのような400〜500坪級の大型店は間口4ブロック×奥行き4ブロックほどになるから、単位面積賃料が半分になるのも合理性がある。モールから4ブロック目など普通は倉庫にしか使えないスペースだから、タダでもおかしくない。逆に言えばモールに接するブロックしか使わないテナントは定価で当然だし、モール接面が3〜4倍になる島店舗には倍以上の賃料を課しても無理がない。

 モールからワンブロック下がるごとに6掛けになるというのは傾斜がきついと思われるかもしれないが、「モール・イン・モールの原則」という経験則があって、インショップ構成の大型テナントの販売効率はモールに接する一般テナントの6掛けを超えられないし、ダウンタウンの多層型商業施設ではエスカレーターが効果的に配置された大型施設でない限り、ワンフロア登るごとに販売効率は6掛けに落ちる。階段しかない繁華街の路面物件では1階に対して2階は3掛け以下になり、1階の坪当たり家賃が30万円と言われる銀座中央通りでも2階は7万〜8万円に落ちる。

 賃料負担を抑えたければ、奥のブロックまで使う大型店を開発するか、間口は狭くても奥で売上げが取れる高単価・接客型の業態を開発すれば良い。店頭ブロックを低単価・客数型のドラッグブランド、奥ブロックを高単価・接客型のスキンケアブランドで構成する化粧品店など奥も販売効率が落ちない。飲食店では当たり前のレイアウトだが、小売店で意識してそんな構成を組む店舗は限られる。

賃貸歩留まり率とコンプレックス

 モールに接しても昇降導線からの距離や周囲のゾーニングで客数は左右されるし、裏通り(サブモール)ともなれば人通りは格段に落ちる。当然、賃料にも反映されるはずだが、裏通りはともかく、表通りで昇降導線からの距離によって賃料が変わるという話はあまり聞かない。それだけ、近年の商業施設は昇降導線配置に留意しているのだろうが、流石に80mを超えると客足は落ちる。加えて、下手に吹き抜けを配置すると客流を阻害してしまう。

 不要に吹き抜けを配しては賃貸歩留まり率(延べ床面積に対する賃貸面積率)が下がりかねないし、避難導線も複雑になる。上層階にオフィスやホテル、劇場を乗せるダウンタウンのコンプレックスでは専用の昇降導線や避難階段に床面積を取られ、賃貸歩留まり率はさらに下がる。下がれば賃料水準も上がってしまう。

 地域のオフィス/ホテル/エンターテインメント/メディカル・ケアサービス/飲食サービス/物品販売のニーズと賃料相場を多角的に見て垂直コンプレックスを組むのは合理的だが、建築レイアウトの難易度は格段に高まるし、商業フロアの賃貸歩留まり率も落ちる。投資回収を複数分野に分散して商業フロアの賃料水準を抑制するメリットは大きいが、技術的な課題をどうクリアするかが問われよう。

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こうすれば賃料を安く抑えられる

 テナント企業が賃料を安く抑えるコツは、前述した大型化や奥行き活用に加え、商業施設の選択も問われる。賃料が割高になる商業施設に共通する要件は1)賃貸歩留まり率が低い、2)賃料が安い大型店に過大な面積を割いている、3)重投資で償却負担が重く運営コストが高い。

 販売効率も賃料も低いGMSなど核店舗や準核店舗の合計面積が半分前後も占めるようでは一般テナントへのしわ寄せがきつく、上層階にオフィスやホテル、駐車場を乗せるSRC構造(鉄筋鉄骨コンクリート造り)の大型商業施設は建築費の償却が重い。その正反対なのがS構造(鉄骨造り)の平屋か二層建築を並列したアウトレットモールやロードサイドのパワーセンターで建築費の償却負担が軽く、低賃料核店舗のしわ寄せもなく、警備や売上げ・金銭管理など管理サービスを省いた施設ではさらに賃料が低くなる。

 そんなパワーセンター出店や定期借地権(前世紀はリースバック主流だったが)によるロードサイド出店では、賃料などを総合した売上対比不動産費負担率(減価償却費や投資金利も含む)は重投資フルサービス大型商業施設の半分以下になる。駅ビルや大型SCにテナント出店するアパレルチェーンの売上対比不動産費率は20%前後にもなるが、ロードサイドにも出店する国内ユニクロは推計9%、ロードサイド店がほとんどのしまむらは7%前後に収まっている。大型の独立店や商業施設の核店舗を展開する大型小売業はさらに低く、ドン・キホーテは4.7%、ノードストロムも5.1%と極めて低い。

 重装備な商業施設へのテナント出店という枠にとらわれず、格段に低コストな出店立地・方式を試みても良いのではないか。商業施設側も、開発段階から投資の償却負担を抑制し、賃貸歩留まり率の高い建築レイアウトに注力し、大型店の面積比率を抑えて一般テナントの賃料負担を軽減し、賃料設定の基準を明確化して業界の風評人気に流されず、販売効率に見合った公平な賃料負担となるよう務めるべきだ。

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