小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『“ニューリテール”のキモは無人化と無在庫化』
(2019年10月04日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 ECや店舗運営はもちろん、接客や決済から生産までデジタル革新の嵐が吹き荒れているが、早とちりしてはリープフロッグの罠※1にはまりかねないし、躊躇していては時代に追い抜かれてしまう。アパレルビジネスのデジタル化はどうあるべきなのだろうか。

店舗運営はAIとICタグのせめぎ合い

 「アマゾンゴー(AMAZON GO)」に端を発して中国や韓国ではIT仕掛けの“無人コンビニ”がブームとなった。しかし注目されたのはつかの間、早くも有人運営になったり閉店したりでブームは過ぎ去ろうとしている。個人認証や決済のわずらわしさももちろんだが、品ぞろえや人的サービスへの不満が根底にあるようで、目新しさが過ぎれば小売店本来の魅力が問われるのは当然だ。

 その点、元祖“無人コンビニ”たる「アマゾンゴー」はよく考えられており、決済・精算こそAI(人工知能)仕掛けだが品ぞろえは一般のコンビニと遜色ないし、カフェサービスなどは人手を惜しまず、一般のコンビニより多人数で運営している。「アマゾンゴー」は無人精算店舗であって無人運営店舗ではないのだ。中国のマネっこ“無人店舗”もその点は変わりなく、精算は無人でも品出しやフェイシング(陳列・補充)管理などマテハン※1は従来のコンビニとなんら変わらず、無人運営には遠い。
     

 ついでながら、決済と精算の違いを明確にしないと、必要とするデジタル技術を理解できない。「決済」は銀行口座などと紐づけたIDや生体で個人認証すれば容易だが、「精算」はどんな商品をいくつ持ち出したのかを確実につかむ必要があり、ICタグか画像解析AIのどちらか、あるいは両方の検証を要する。流行りの“なんちゃらペイ”スマホ決済は2次元コードによるID認証に過ぎず、「決済」はできても「精算」とは無関係で、レジで手間取るだけで何のメリットがあるのか理解に苦しむ。

 「精算」だけなら画像解析AIと個人認証で済むし、フェイシング管理も画像解析AIでできるが、賞味期限管理や棚卸、入出荷検品や防犯、サプライチェーン連携となるとICタグに頼らざるを得ない。直近では電波位相解析技術を使った最新鋭スキャナー(RFルーカス社)で動体検品や位置探索も可能になったから、タグの低価格化とも相まって実用性が高まっている。

 AIも解析効率が高まったとはいえ大量の処理能力を要するので、スピード感は今ひとつ。「アマゾンゴー」でも当初は精算確認に30分近く要していたし、直近でも3分ほどかかると聞く。そんなわけで、「アマゾンゴー」を全米に3000店も展開しようというアマゾンの構想はAWS(クラウドサービス)事業の拡大を狙ったものではと勘ぐりたくもなる。ITビジネスではSNSの多くがそうであるように表のサービスと裏の収益の二重構造は珍しくないから、案外、正鵠を射た見方かもしれない。

 店舗運営ではICタグとAIを軸に「決済」「精算」「防犯」「在庫管理」の無人化や効率化が進む一方、「接客」を支援するAIエントリーやAI採寸、ひいてはAIコーディネートまで過熱気味だが、「アマゾンゴー」に学ぶまでもなく、残すべき人的サービスは何かを熟慮すべきだろう。何から何までAI化できるとしたら、今まで心血を注いできた店舗運営や接客のスキルは一体何だったのかということになってしまう。

※1.リープフロッグの罠…固定電話網に囚われてモバイル通信網の整備が遅れたり、ATM網に囚われてキャッシュレス決済に取り残されたり、古いインフラや隘路に入る技術に囚われてシステム革新に後れを取ること。

※2.マテハン…マテリアル・ハンドリングの略称で、商品の搬入や補充・陳列の作業を総称する。

全ての元凶は在庫だから無在庫C2Mへ

 遠い昔の卸流通(垂直分業)時代には需給調整が成り立って過剰供給は一過性にとどまっていたが、90年代以降の四半世紀でSPA流通(水平分業)が主流になるにつれ、デフレ圧力による生産地の遠隔化とロットの拡大もあって過剰供給が慢性化し、今やアパレル業界が供給する総量の半分(18年で46.9%)も最終消化できないという泥沼に陥っている。その直接的元凶は「在庫」だから、それを圧縮し、無在庫化できれば泥沼から脱出することができる。

 流通段階で在庫効率を高めるには在庫を分散させないことが肝要で、多店舗に在庫が分散する店舗販売より、DC※3に在庫を集中できるEC、ECでも在庫の分散を避ける一元化やドロップシッピング※4が求められる。DCへの在庫集中による店舗在庫の希薄化と売り上げの低下を避けるには、EC受注に店舗在庫を引き当てて店で渡したり店から出荷するC&C(クリック&コレクト)が突破口になる。

191003_report_1意外にお手軽な島精機のホールガーメント編み機

     
 流通段階で在庫効率を高めても、大量一括の生産や調達では商社や自社の倉庫に積み上げて売り減らす「ダム型サプライ」を抜けられない。「ユニクロ(UNIQLO)」や「無印良品(MUJI)」が店頭在庫の1.5倍も倉庫に積み上げているのは決算書からも明らかで、実質的な在庫回転は「ユニクロ」が2.17回、「無印良品」は2.44回にとどまる(いずれも前期)。

 そんな「ダム型サプライ」を回避するには「ザラ(ZARA)」のようにミニマムロット(平均ロットは「H&M」を1ケタ下回る)で一蒔きに徹してどこにも倉庫在庫を積まない「清流型サプライ」に徹するべきだが、それでも店舗には在庫が滞留してセール処分が必要になる。D2CといわれるEC特化ブランドでもロット生産した在庫を売り減らしているのが現実で、無在庫販売を実現するには生産を受注に即応させるしかない。

 その理想を実現するのがC2M(Consumer to Manufacture)※5という受注生産で、「ユニクロ」が島精機製作所と組んだホールガーメント・ニットや「カシヤマ・ザ・スマートテーラー(KASHIYAMA THE SMART TAILOR)」の短納期PO(パターンオーダー)スーツが代表的なものだ。「ナイキ(NIKE)」や「プーマ(PUMA)」の消費地生産は理想だが、生産コストを考えれば中国沿海部などでIoTによって短納期生産するのが現実的。オンラインCAD※6、さらにCAM※7まで投資すれば生産サイクルは極端に短縮できる。

 C2Mの究極は生産仕様をオンラインで送って消費者の目の前で製品化する3Dプリンター生産で、これは樹脂製のアクセサリーならもう実現している。金型を使ったり金属粉を焼結したりして仕上げる金属アクセサリーはやや時間を要するが、それでも数日で手に入る。

191003_report_210月7日にローンチするSeptem 3D Printed Fashionのアクセサリー

※3.DC(Distribution Center)…商品を一旦、棚入れして保管して仕分け出荷する旧式物流倉庫。TC(Transfer Center)は保管・棚入れしないで仕分け出荷する物流加工基地。

※4.ドロップシッピング…受注情報を宅配伝票データにしてオンラインで出品者に送り出品者が顧客に出荷する方式で、出品者は在庫を分散させず複数のECサイトに対応できる

※5.C2M(Consumer to Manufacture)…一歩進んでIoTによる無在庫サプライに踏み込むビジネスモデルで、短納期パーソナルオーダーや店頭3Dプリンター出力販売などが挙げられる。

※6.CAD(Computer Aided Design)…コンピュータを使って設計することや設計するためのソフトやシステムのこと。

※7.CAM(Computer-Aided Manufactureing)…コンピュータ支援を使用した製造や生産のこと。CADで製作図面を作成したのちの工程を導き出す。

リードタイム短縮のデジタル投資という現実的選択

 パーソナル対応のC2Mでは大量販売に限界があるから、多くのアパレルメーカーやSPAにとって現実的な選択はリードタイムの短縮だろう。需給ギャップのリスクはリードタイムとロットに比例して大きくなるから、ロットを細分化して短サイクル生産すればリスクを格段に圧縮できる。

 アパレル生産で時間を食うのは企画からサンプリングして決定するプロセス、決定した企画をパターンに仕上げてグレーディングしマーキングするプロセスで、裁断された生地を縫製するプロセスは全体の数分の一に過ぎない。それも小ロットのセル生産なら数時間から一両日で終わる。大ロットのライン生産こそ数週間を要するが、企画〜マーキングのプロセスに比べれば知れている。

 そこで急進しているのが企画〜仕様開発のデジタル化で、サンプルを作らない3Dモデリングで企画を決定し、デジタルCADで仕様を仕上げてオンラインでマーキングCAD&裁断CAMに送れば、前工程のリードタイムを何分の一にも圧縮できる。今や商品企画を主導しているのは3Dモデリングを操るデジタルデザイナーやデジタルCADに習熟したデジタルパタンナーであり、アパレル事業者は明確な戦略展望に基づくCAD /CAM投資を急ぐべきだ。

 「製品買い上げ」に埋没して生産現場から乖離した事業者には見えないかもしれないが、自ら開発と生産をマネジメントする「工賃払い調達」を固持している事業者には当然の見識だろう。グローバルSPAの中で唯一、部分的とはいえ早くからCAD /CAM投資をして「工賃払い調達」で短サイクル商品開発と完成度を両立させている「ザラ」の先見性をあらためて評価したい。

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