小島健輔の最新論文

商業界オンライン 小島健輔からの直言
『小島健輔が警鐘「ブランド旗艦店が消えていく」』 (2019年06月05日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 アバクロンビー&フィッチ社はオムニコマース対応の店舗再編の一環として19年末に「Abercrombie&Fitch」のミラノ旗艦店、2020年後半には福岡旗艦店(1565平米)も閉店する。17年には香港、19年第1四半期にはコペンハーゲンの旗艦店も閉店しており、19年第2四半期には「Hollister」のニューヨークSOHO旗艦店も閉店する。海外はもちろん日本国内でもアパレルブランドの旗艦店閉店が相次いでおり、法外な家賃負担に耐えて旗艦店を維持する体力も戦略的意義も崩れつつあるようだ。

アバクロの法外な家賃負担

 アバクロンビー&フィッチ社のEC比率は18年1月期で27.9%に達していたからC&Cによるオムニコマースの効率化と店舗布陣の再編を進めるのは当然だが、本音は旗艦店のあまりに重過ぎる家賃負担だったのではないか。

 閉店する福岡店は2010年から15年間の定期借家契約による一棟借りで、年間の推定家賃は3億3100万円。2020年後半に閉店すると定期借家期間が5年残るから、巨額の違約金が発生すると思われる。福岡店は「Abercrombie&Fitch」旗艦店としては世界一売上げが低いといわれ、アウトレット店に転換したり旗艦店に戻したりと試行錯誤してきた。賃貸面積は1564.7平米だが売場として使っているのは1〜3Fの250坪弱で、年間売上げはバックリだが6億〜8億円と推察される。

 福岡店は売れてないといっても家賃と売上げの見合いは旗艦店としては健全な方で、売上げを最も低く見ても売上対比の家賃負担率は55%、一番高く見れば41%強に収まる。採算が厳しいから福岡旗艦店を閉めるのなら、年間家賃が14億4000万円といわれる銀座旗艦店は一体どうなるのだろうか。

 銀座旗艦店は福岡旗艦店と同じ一棟借りで09年12月に開店しているが、おそらく福岡旗艦店同様な15年契約の定期借家契約と思われる。11フロアで延べ床面積は2121平米もあるが、店舗面積は974平米と限られる。売上げはつかみようがないが、ワンフロアの狭い多層階構造と近年の人気低迷を考えれば年間売上げは10億〜12億円ほどではないか。

 ならば売上対比の家賃負担率は120〜144%。売上げを大きく上回る家賃を支払っている訳で、店舗損益は当然、大赤字だ。あまりの家賃負担に、銀座旗艦店を一棟借りしているAFHジャパン合同会社(アバクロ社の日本法人)は賃料減額を求める訴訟を起こしたほどだ。訴訟は所有者の移転によって16年4月に取り下げられたが、その後のインバウンド客急増による家賃相場の上昇を考えれば家賃が減額されたとは考えにくい。

※アバクロ全社平均の坪販売効率は19年1月期で1万3214ドル/年

外資アパレルの情況は大同小異

 17年5月には「GAP」の渋谷店、17年10月には「フォーエバー21」の原宿店(上陸1号店)、18年7月には「H&M」の銀座店(上陸1号店)、19年5月には「GAP」の原宿店、と外資アパレルの旗艦店閉店が相次いでいる。

 その直接的要因は販売効率が低下して家賃負担に耐えられなくなったからだが、外資に限らずアパレルブランドの旗艦店は採算度外視のイメージ戦略という性格が強い。表参道や明治通りの旗艦店は売上対比の家賃負担率が50%までなら容認するというのが業界の常識で、銀座や渋谷でもそのラインは大差ないと思われる。荒利益率にもよるが、大衆的なブランドでは30%、ラグジュアリーブランドでも40%が採算の限界だろう。

 一等地の旗艦店はブランド人気が沸騰する過程で開設されることが多く、人気絶頂時の販売効率なら家賃負担率を30%前後に抑えても、周辺店舗に売上げが分散して販売効率が落ちれば容易に50%ラインを超えてしまう。それでも日本事業全体の売上げが伸びていれば吸収できるが、人気が落ち目になってくると旗艦店の膨大な赤字に耐えられなくなる。

 採算度外視で旗艦店を維持するメリットは消費者とメディア、商業施設デベに対する広告効果だ。勢いのある旗艦店での買物体験が顧客を広げ、メディアも情報を拡散するのはもちろんだが、商業施設デベから出店のオファーが相次いで、有利な条件で店舗網を広げることができる。

 実際、有力外資アパレルチェーンの出店条件は区画が大きいこともあり、人気が沸騰している段階では国内アパレルチェーンの半分程度に着地することが多かった。それでも販売効率が高く安定している「ユニクロ」より好条件になることは稀で、販売効率の低下とともに条件も厳しくなっていったと思われる。

 地方や郊外の店舗が増えていくと売上げが分散し、旗艦店の販売効率も次第に低下して家賃負担率が上昇する。地方や郊外の販売効率も低下して日本事業総体の採算性が厳しくなると、もはや拡大戦略は維持できず採算重視に転ずるから旗艦店の役割も終わる。「GAP」も「アバクロ」も「H&M」も「フォーエバー21」も似たような状況に追い込まれており、旗艦店の閉店ラッシュを招いているのだ。

アパレルブランドの人気は3年×3サイクルが限界

 外資に限らずアパレルブランドの人気は3年×3サイクルで上下することが多く、人気に火が付くと3年間盛り上がり、次の3年間は息切れながらも勢いを維持するものの、次の3年間は人気が凋落していく。

 人気絶頂の3年間はともかく、次の3年間も勢いが続くと過信して大量に出店し、次の3年間で売上げが減少して赤字店舗が急増すると経営が苦しくなる。それで経営が破綻したアパレルも少なくない。近年でも、「もて可愛い系」のアパレルブランドやバッグブランドでそんなケースが見られる。

 ファストファッションとて例外でなく、日本では08年秋冬に火が付いて、17年春夏から失速に転じている。火が付いたのは欧米が半年ほど早かったが失速はほぼ世界同時で、米国ではファストファッションブームとともに失速したローカルカジュアル(「アメカジ」と「ジーンズ」)が復活、日本でも一歩遅れてマルキューカジュアルの復活が始まっている。

 アパレルブランドの人気が3年×3サイクルで上下するなら、定期借家契約の期間も同様にするのが合理的で、新陳代謝の速いルミネなど駅ビルは3年、ファッションビルは4年、サイクルの遅い郊外SCでも5年か6年が一般的だ。問題は定期借家期間が長い都心の路面店で、それが旗艦店の悲劇を増幅している。

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定期借家契約は10年が限界

 アパレルブランド人気の消長サイクルから考えれば都心路面の旗艦店とて定期借家期間は最大10年とすべきだが、現実には15年契約が大勢を占める。「Abercrombie&Fitch」の今回の旗艦店閉店でも4500万ドル(50億円弱)の費用を計上しているが、その多くを定期借家期間内解約のペナルティが占めると推察される。

 欧米の不動産賃貸の定石に照らせば、定期借家期間内解約のペナルティは残存期間基準家賃の全額支払いで、欧米方式なら定期借家期間が5年残る福岡店では16億6550万円にもなってしまう。日本国内では契約条件にもよるが残存期間家賃の全額が請求されることは稀で、12カ月分程度で折り合うことが多いと聞く。

 欧米では定石通りの契約が執行されることが多く、ラルフローレンが14年に開店したNY五番街旗艦店を17年4月に閉店するのに要した3億7000万ドルの撤退費用のうち、2億7500万ドル(約300億円)は13年に締結した15年間の定期借家契約の残存期間家賃(2500万ドル×11年分)だったと推察される。このような膨大な損失を避けるにも、ブランド人気の消長サイクルに無理のない10年を上限とした定期借家契約を定めるべきで、欧米型の15年はリスクが高すぎる。

 日本市場の急速なローカル化もあって外資アパレルブランドの多くは人気退潮が著しく、地方や郊外の店舗はもちろん、都心旗艦店も閉店が続くと思われる。中国の景気後退や内需シフト、来日観光客のコト消費シフトを考えればインバウンド消費の先行きも不透明で、ファストファッションのみならずスポーツブランドやハイブランドにも旗艦店の閉店が広がりそうな雲行きだ。定期借家契約更新時の家賃減額交渉や再契約期間短縮が広がるのも必定で、不動産業界は身構え始めている。

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