小島健輔の最新論文

マネー現代
『アパレル業界、ここへきて「偽ブランド」が「大量発生」しているウラ事情』
(2020年10月07日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

本物にも「偽物」がある

物的な真贋判定は熟練したバイヤーや学習したAI(人工知能)でも100%はなくコピー業者とのいたちごっこが続くから、流通段階でのコピー品対策には限界がある。究極は生産工程でのICチップ封入で、新品の流通段階はもちろんC2Cなど中古品流通まで一貫して真贋を見極められる。

読み取りはスマホのアプリでもできるから、一般消費者に普及すればコピー品を絶滅できるが、コピー業者もICチップの偽造というハイテクで対抗するかも知れない。ICチップ自体は2〜3ミリと小さく封入が容易で価格もROM型なら10円ほどからあり、ブランド商品の真贋見極めには決定打となりそうだが、それでも潜り抜ける「偽物」がある。工場の横流し品がそうだ。

ブランドの工場からの横流し品なら物的には「本物」と言って良いが、ブランドの流通管理の枠外だからブランドメーカーにとっては「偽物」であり、頭の痛い「非正規流通品」だ。

「非正規流通品」には転売ヤーによる店頭購入品、代理店やバイヤーの放出品もあるが、これらはブランドメーカーの流通管理を経た「二次流通品」であって「偽物」ではない。店頭購入品は各国市場間の為替や流通による価格差を突いたり、手に入りにくい人気品番を探してくるものだから、前者でも「正価」からの割引は限られ、後者では「正価」を上回ることもある。

各国の代理店やバイヤーはブランドとの契約でミニマム購入額を求められるから、販売力が下回れば放出することがあるし、数量ディスカウント購入して一部を放出して差益を稼ぐこともある。代理店やバイヤーの放出品は仕入れ値が低いから値引き率も高く、オフプライス商品として販売されるから、放置すればブランド価値を下げてしまう。

工場の横流し品が発生するのはブランドの生産方式に原因があり、代理店やバイヤーの横流し品が発生するのは流通管理に原因がある。

※「ROM型」と「RAM型」とは……ICチップにはROM(Read Only Memory)型とRAM(Random Access Memory)型があり、前者は書き換えできないが、後者は書き換えや書き足しが出来る。

どうして「工場横流し」が発生するのか

ブランド商品の生産方式にはA)自社工場・自社管理生産、B)外注工場・自社管理生産、C)外注工場・委託生産[OEM]があり、資本力や技術力、ブランディングの方針でブランドやアイテムによって異なる。

シャネルやルイ・ヴィトンなど自社で養成した職人による自社工場・自社管理生産を徹底しているが、資本力のないデザイナーブランドなどは外注工場を自社管理して生産することが多く、かなりの著名ブランドでも工場側の仕様開発や生産技術に依存している。

窃盗という犯罪

アフォーダブル・ラグジュアリーと言われるブランドや手頃なセカンドラインは中国などの外注工場に生産を委託することも少なくない。ややこしいのは、同じブランドでもアイテムによって生産方式が異なる場合があることだ。

ルイ・ヴィトンはバックから時計まで、素材・部材から完成品まで自社工場・自社生産管理を徹底しており、2002年に進出した腕時計では初期から自社工場生産にこだわり、ムーブメントも09年には自社工場生産に切り替えている。エルメスも革製品は自社職人・自社工場生産を徹底しているが、時計や陶磁器は自社工場生産ではないようだ。グッチも時計に関しては外部工場に生産を委託している。数年前の知見なので、今日では自社工場生産に切り替えたアイテムもあるかも知れない。

「本物」にこだわれば自社工場・自社職人・自社管理生産に徹底したいのだろうが、元から手がけていなかった新規アイテムについては生産設備はもちろん、職人の養成や技術的課題の解決にも時間を要するから、技術の確かな外部工場へ生産を委託するという選択もある。そこは合理的に判断すべきだが、外注すれば「横流し」のリスクも生じる。

外部工場への生産委託で品質を管理し横流しを防止するには、1)OEMにしないで自社スタッフを派遣して自社で生産を管理する、2)製品買い上げにしないで、素材・部材を供給して工賃払いする、の二点を徹すれば良い。さすれば外注工場が発注量以上に生産して横流しするというリスクは避けられる。家電大型店やディスカウントストアに2割引、3割引で並ぶブランド品は、二次流通品を除けばOEM生産かライセンス生産であるケースが大半だ。

自社工場・自社職人・自社管理生産でも、素材・部材の在庫管理に隙があると横流しや偽造が生じることがあるが、これは偽造に窃盗も加わる重罪だ。エルメスの従業員や元従業員らによる「偽バーキン」事件では最大3年の実刑と20万ユーロ(2400万円)の罰金が課されている。

ブランドの「真贋」を決めるのは流通…!?

流通の仕組みと管理体制でもブランドの「真贋」が問われる。

横流しや値引き販売はもちろん、イメージと合わない販路や販売方法を放置すればブランドの価値が揺るぎ、「ブランド神話」が崩れるからだ。それは店舗販売もネット販売も大差ない。

ブランド商品の流通には卸流通と直販流通がある。卸流通は不特定多数の問屋や小売店に広く流す「開放型」、特定の代理店や直営販社を通して選別した小売店に流す「排他型」、代理店も直営販社も通さずブランドメーカーが直接、選別した小売店やFC店に流す「直卸型」があり、販路を絞り直接に卸すほど価格やイメージをコントロールしやすくブランド価値を保てるが、ブランドメーカーの在庫負担も重くなる。

ライセンシングは排他型卸流通の一種で、各国のマーケットにローカル適応して大きなマーケットを形成できるが、グローバルなブランディングとは乖離してしまう。

90年代末にはアディダスやディオール、00年代にはラルフローレン、近年はバーバリーなど、ライセンシングを解消したりライセンシーを買収して直卸や直販に切り替えるのがグローバルブランドのトレンドとなったが、マーケットが縮小したり経費倒れになることもあり、メジャーマーケットは直販流通、マイナーあるいは発展途上マーケットは代理店流通かライセンシングと使い分けるブランドも多い。

代理店流通やライセンシングを許せば価格や流通のコントロールも間接的になり、過剰在庫がオフプライス店に流れることも多くなる。

そうかと言ってSPA型の直販流通に徹しても、米国のラルフローレンのように売上を追って過剰供給に陥れば、自らアウトレット店を増やしてブランドイメージを落とすことになる。

ネット販売にしても、ECモールの実態は「出品」であって「出店」ではないから、どう編集露出されるか制御できないし、アフィリエイトやリターゲティング広告への依存はイメージを損なうリスクを否めない。

譲れない「やせ我慢」

アパレル業界はコロナ禍もあって売れ残り在庫が積み上がり、後先考えない叩き売りが横行しているが、それでは「ブランド神話」は守れない。苦しくても建前を通し切らないとブランド価値は容易く崩れてしまう。

コロナが蔓延する渦中、シャネルやディオールが自社アトリエでマスクや医療ガウンを生産しても医療機関への無償提供に徹して販売は避けたのに対して、我が国のアパレルは我先にマスクや医療ガウンを生産して売り上げの足しにした。背に腹は変えられない状況とはいえ、それでは「ブランド企業」のステイタスは守れない。

資本力を背景としたラグジュアリービジネスの「ノブレス・オブリジュ」と比較されてはたまらないだろうが、それが世紀を超えて「神話」を維持するブランドビジネスの譲れないやせ我慢なのだ。

ブランドビジネスは生産にも流通にも企業イメージにも細かく配慮して夢を売り「神話」を育てるクリエイティブなインフレビジネスであり、「ブランド神話」の継続を担保してこそ成り立つものだ。顧客に夢を売りつけた以上は死んでも化けの皮を脱いではならない。

ブランドビジネスのサスティナビリテイとは「ブランド神話」の死守継続に尽きる。そんなプリンシプルも持たず、場所もタイミングもわきまえず過剰在庫を叩き売るようではブランドの価値は守れない。我が国アパレルに世紀も国境も超えた「ブランド神話」は育つのだろうか。

 

 

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