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商業界オンライン 小島健輔が指摘
『自滅の引き金を引いたヤマト運輸』 (2019年08月30日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 宅配料金大幅値上げの口火を切ってEC業界を追い詰めたヤマト運輸だが、値上げで業績が上向いたのは一瞬で、今年に入っては大幅な人員増にもかかわらず取扱量が伸び悩み、大幅赤字に苦しんでいる。これでは何のための値上げだったのか、本当に値上げが必要だったのか問われざるを得ない。宅配便が抱える根本的な課題まで踏み込んでの再生が問われている。

大幅値上げで顧客が離反しECにも冷水

 宅配ドライバーの不足と過重労働を理由に17年10月、業界の先陣を切って大幅値上げに踏み切ったヤマト運輸だが、11月には佐川急便が追従、翌年4月には日本郵便も追従してヤマトの一人高は避けられ、値上げが取扱量に響くことはないかに見えた。

 料金表の値上げ幅は三者とも15%程度と大差なくても、ECなど通販業者の大口法人包括料金は個別交渉で、それまでの値引き幅が大きかった大手ほど大幅な値上げとなった。18年秋口までには一巡したが、EC事業者の多くは30%以上、アマゾンやZOZOなど最大手は最大46%もの大幅な値上げとなり、業績を直撃して出品者の手数料や顧客の送料に転嫁せざるを得なくなった。 

 その過程でヤマトが取引終了も辞さない強硬な交渉をしたことが多くのEC事業者のトラウマとなって『値上げは今回で終わらない』と覚悟させ、ヤマトに頼らない配送体制を決意させることになった。実際、顧客の4割が取引を打ち切って他社に乗り換え、大手から中小まで、それぞれに中堅運送業者を買収したり地域の自営運送業者を組織化したり、自前配送体制の拡充を急いでいる。大幅値上げと強引な交渉姿勢が顧客の離反を招いたのは明らかで、低コストで機動的な配送体制を確立した顧客はもはや帰ってはこない。

 加えて、宅配料金値上げに直撃されたEC事業者の大半が大なり小なり顧客の送料に転嫁したから、急成長を続けてきたECの伸び率も鈍化し始めた。割引クーポンの乱発など販促策で下支えしているから急激ではないが、今年に入って佐川急便を除き大手宅配業者の取り扱い個数はジリジリと減り始めている。

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ヤマトは人件費増大で赤字転落

 四半期ごとの業績推移(ヤマトホールディングス)を見れば状況は明らかだ。値上げが収益をかさ上げしたのは値上げ直後の17年10〜12月期から大口包括契約の値上げが一巡した18年10〜12月期までで、19年1〜3月期は営業収益(運賃売上げ)が0.2%しか伸びず160億円の営業赤字、4〜6月期も同0.3%しか伸びず61億円の営業赤字に転落している。

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 値上げしても取り扱い個数は伸びると皮算用して1万人以上も増員した人件費負担に営業収益が追い付かず赤字に転落した構図で、4〜6月期では前年同期比で人件費が108億円も増加し、わずかな増収や外注委託費の削減など増益要因では埋められず大幅赤字となっている。

 営業収益が伸びないのは大幅値上げで離反した大口法人の取り扱い数量が回復しないからで、ヤマトホールディングスの決算説明会資料で見るように、値上げから1年を経た19年第3四半期以降、リテール(個人・小口法人)の取扱量は浮上しているのに、大口法人の取扱量は大きく沈んだままだ。他の宅配業者に乗り換えたり自前の配送業者を組織化してしまえば顧客は帰ってこないのは自明の理で、大口法人の取扱量が回復すると一方的に見込んだ強気が裏目に出た。

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B2Bに強い佐川急便はC&Cが追い風になる

 大幅値上げしたのは佐川急便とて同様だが、SGホールディングスの業績はヤマトホールディングスのように暗転してはいない。19年1〜3月期を除けば値上げ後も営業収益は伸び続けており、営業利益も極めて安定している。宅配便取扱個数もヤマト運輸が前年を割り込む中も値上げ以前より伸びており、19年4〜6月期も前年同期比4.7%増と、ヤマト運輸の3.6%減、日本郵便の15.8%減に大差をつけている。

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 同じ全国区の宅配便事業者でも、ヤマト運輸が鉄道チッキに代わる個人間運送から発展してC2Cに強いのに対し、佐川急便は業者間運送から発展してB2Bに強いという違いがある。宅配料金値上げを契機として、店舗小売業者のECがコストの低いB2B一括配送を活用してコストの高いB2C個別宅配を圧縮しようとしている(C&C)ことも佐川急便には追い風になっているようだ。

 C&C(クリック&コレクト)とはEC注文品を店舗や受け取り所で渡したり、店舗在庫を引き当てて店から出荷したり配送する方式で、宅配料金の高い欧米では主流となっているが、宅配料金が欧米の半分以下と安かったわが国ではネットスーパーを除けば例外的だった。それが宅配料金の値上げを契機として、顧客は送料負担を回避すべく、売り手は宅配料金負担を圧縮すべく、急速に広がり始めている。

 顧客には送料の回避だけでなく受け取りの速さや現品のお試しというメリット、売り手には宅配料金負担の圧縮だけでなく顧客利便を高めEC客をオムニ客化する売上増、店舗在庫を充実して在庫効率を高められるなど他のメリットも多く、C&CはこれまでECに押されてきた店舗小売業が復権する決定打となりつつある。

 宅配料金は荷物の大きさや重さと運送距離で料金体系が決まっており、店舗や受け取り所などエリア拠点までB2Bで一括配送すれば1点当たりの運送料は桁違いに安くなり、店舗から近距離宅配すればコストを大幅に圧縮できる。ゆえにC&Cが広がれば宅配業者の勢力図は一変してしまう。B2Bに強い佐川急便がヤマト運輸を圧倒する一方、ラストワンマイル(〜10マイル)は「宅配のLCC」ともいうべき中小のローカル宅配業者が全国区の大手宅配業者に取って代わることになる。

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宅配便もLCCとウーバーに代わる

 航空輸送の世界では前世紀の高コストなハブ&スポーク型FSC(フルサービスキャリア)から低コストなP2P型LCC(ローコストキャリア)への転換が急進しているが、宅配便の世界は高コストなハブ&スポーク型大手宅配業者の寡占が維持されたままだ。

 ハブ&スポーク型は乗り換え/載せ換えが必要で時間もコストもかさむのに対し、P2P(point to point)型は乗り換え/載せ換えが不要で時間もコストも格段に圧縮できる。乗り換え/載せ換えには時間と手間とミスがつきもので、旅慣れたビジネス客は直行便にこだわるぐらいだから、大手宅配業者の物流がいかほど複雑で手間取るものかは横田増生氏の現場潜入レポート『仁義なき宅配』を読まずとも想像がつく。

 大手宅配業者のハブ&スポーク型全国区物流システムでは、ドライバーが集荷した荷物をエリア拠点からリージョナル拠点に集約して方面別に仕分け、夜間にリージョナル拠点間をクロス輸送してリージョナル拠点でエリア別に仕分け、エリア拠点でドライバーの担当区域別に仕分けるから、計4回の載せ換えを要する。それゆえ膨大な作業と時間を要し、リージョナル拠点間の夜間クロス輸送(ハブ間物流)がネックとなってデイサイクルとならざるを得ない。B2Bのコンテナ物流のように荷姿が規格化されておらず、自動化し切れないことも時間とコストとミスの要因となっている。

 ヤマトが口火を切った宅配料金の値上げを契機にECプラットフォーマーから中堅大手の出品者まで、コストが安くデイサイクルにも捉われない機敏なローカル運送業者を買収したり(クルーズによるJADの買収など)、自営運送業者を組織化したり(「アマゾンフレックス」「ピックゴー」など)、ウーバー流に個人をキャスティングする動き(「エコ配フレックス」など)も広がっている。

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顧客へのコスト転嫁が自滅の引き金を引いた

 ここまでくれば高コストでデイサイクルに縛られる大手宅配事業者の寡占は崩れ、LCCとウーバーがラストワンマイル宅配を担う“新体制”に取って代わられてしまう。B2Bに強い佐川急便はC&Cに乗ってヤマト運輸を追い抜き、値上げの口火を切ったヤマト運輸は自滅のわなに落ちていく。

 ヤマト運輸の値上げは本当に必要だったのか、値上げする前に高コストなハブ&スポーク体制を見直してローカルP2Pとの並行体制にシフトし、荷姿を規格化して仕分けを完全自動化したり、自営運送業者や地域の個人を組織化してラストワンマイルを分担させるなど、打つ手があったのではないか。

 既存の体制を変えないまま顧客にコストを転嫁するという安易な判断が自滅の引き金を引いた大失策として経営責任が問われるのはもちろん、他大手宅配業者の追従を招いて手軽な国民的宅配インフラを損ない、EC事業者の経営を圧迫して顧客の送料負担を招き急成長するECに冷水を浴びせた罪は、宅配便を育てた最大手企業として償うしかあるまい。ヤマト運輸には長い償いの日々が待ち受けている。

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