小島健輔の最新論文

マネー現代
『「オシャレ」が死んだ日本を、
「ダンス世代」の若者たちが“覚醒”させ始めたワケ』
(2021年12月23日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

韓国、中国に押される落日のジャパンファッション

かつて70年代には神話的デザイナーが登場し、80年代初期には世界のファッショントレンドをリードしたTOKYOも、バブル崩壊以降は欧米ブランドに押されて勢いを失い、日本市場は「ユニクロ」など低価格の量産ファッションに流れた。

リーマンショック(08年9月)以降は欧米ファストファッションに蹂躙されて一段と低価格化と量産化が進み、過剰供給が慢性化してコロナ禍では叩き売り状態となった。

女子のファッションは、バブルが崩壊しても90年代には渋谷109に象徴されるTOKYO独自のギャルファッションが盛り上がり、00年代には欧米と共通するセレブカジュアルに継承されたが、リーマンショック以降はグローバル統一企画の量産ファストファッションに流れてTOKYOのアイデンティティが失われ、東日本大震災(11年3月)で等身大な日常服志向に転じた。

世界のファッション業界がトレンド提案と大量売れ残りの相克に耐えかねて「ノームコア」(もう普通の服でいいでしょ!)とギブアップし、マーケット・イン志向(市場の要求に合わせる)に転じた14年以降、ブリグジット選択とトランプ大統領就任を契機とした世界の分断化とともにファッションもローカル化が進み、日本市場は抜け感で着崩すルーズフィットとオーバーサイズに流れ、ボディコンシャスなアスレジャーとモードが主流の欧米や中韓とは異質な市場を形成していった。

「トレンド」が生まれなくなった日本

そこに襲来したコロナ禍で外出が抑制され勤労者の生計も脅かされ、とりわけ単身女子や母子家庭の生計が貧窮し、マスクの日常化もあってオシャレからもお化粧からも遠ざかる女性が増えていった。

人目を意識する外出着の購入が激減し、手頃な日常着でTPOレスに済ます衣生活が一般化し、購入ブランドのランクを落としたりセール品やアウトレット品に切り替えたり、古着に流れる人も多かった。

そんなオシャレ離れは落日の日本に特有の現象で、コロナ禍から逸早く脱出した中国では高級ブランドやトレンドファッションが活況だし、コロナ禍を引きずる欧米でもコロナ前を超えるリベンジ消費が盛り上がっている(参照記事:『アパレル業界は「もう復活できない」のか…? コロナ危機のウラで「いま本当に起きている現実」』)。

SNS時代の今日、ファッショントレンドはアパレル業界が仕掛けてもマーケットが受け入れないと広がらない。トレンドはマーケットの活力やインフルエンサーのウエアリング創造力が生み出すものだから、マーケットに勢いがない日本から新しいトレンドが盛り上がるのは難しく、活力に溢れる中国や韓国で盛り上がったトレンドが日本に波及するという構図になってしまう。

Y2K(00年前後のセレブカジュアル)やBM(キュートな細身スタイル)はその典型だ。

21年7月に楽天グループが運営するフリマアプリ「ラクマ」のユーザーに行ったインターネット調査「ファッションの参考にしている国」では、50代(僅差でフランスが首位)を除く10代から60代までの女性で韓国が首位を占め、10代では77.3%、20代でも56.7%に達した。

今やファッションに敏感な若年女子に人気なのは韓流ファッション(SEOUL)であり、TOKYOはトレンド発信都市としての地位を失って久しい。マーケットの活力やビジネスモデル革新の勢いを見る限り、トレンドでも中国が韓国に並ぶのは時間の問題かも知れない。

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時代錯誤な夢に囚われたアパレル業界と経済産業省

マーケットが衰退してトレンドを生み出す活力も萎び、TOKYOがトレンド発信力を失っても、アパレル業界と経済産業省は時代錯誤な優越幻想に囚われ続け、過ちを繰り返してきた。

前世紀には経済産業省が旗を振ってTOKYOファッションを世界に売り込んだりもしたが期待したようには欧米に広がらず、ならば発展著しく日本への憧れも強いアジアに売り込もうと13年にクールジャパン機構を立ち上げた。

ところが、ジャパンファッションに憧憬の薄い中国寧波のジャパンモール事業やマーケットが未成熟なクアラルンプールの「伊勢丹 ザ・ジャパンストア」などに大枚を投資して大空振りとなるなど失策、組織内のセクハラなど不祥事も起きた。

何より理念先行のナショナリズムでアジアの日本に対する憧憬を過剰評価した“上から目線”が敗因だったが(インバウンドも憧憬より「安い日本」のデフレメリットが大きい)、経済産業省はそれに懲りもせず、今また「ファッション未来研究会」などという夢を追う委員会を立ち上げている。

ファッション業界については経済産業省より環境省のほうが現実を見極めた具体的な提言を行なっており、今春の「ファッションと環境」調査報告、「サステナブルファッション」提言は環境に優しいSDGsをリードするタイムリーなアプローチが注目された。

ファッション業界に必要なのは夢みる未来ではなく、敗戦からのサステナブルな整理・復興ではなかろうか(筆者の近著『アパレルの終焉と再生』を参照されたい)。

クールジャパン政策はアジアの進化と成長を見くびった大東亜共栄圏感覚のナショナリズムが空振りして挫折したが、それから数年しか経ない現在、トレンドでも韓国や中国に引き離されつつある現実を見る限り、ファッションも家電やパソコン、半導体と同じ運命を辿るのかと悔やまれる。

Z世代がダンス感覚でファッションを盛り返す

マーケットが衰退して韓国や中国に引き離されていく我が国だが、希望がないわけではない。

韓国や中国の追い上げが激しいアニメやRPG(ロールプレイングゲーム、今年は韓国発のRPGドラマ「イカゲーム」が席巻)、日本発MMDの世界では、なんとかリードを保っている(視聴数を稼ごうとすれば中国人好みになるのは致し方ないが)。

そんなデジタル・エンタメ世界を盛り上げているのが、前世紀末から09年までに生まれたZ世代だ。

※MMD(MikuMiku Dance)・・・樋口優氏が開発して無償公開した、3D・CGキャラクターをボーン操作(骨格パーツの回転)してアニメーションを作成する3D・CGソフトで、初音ミクなどデフォルトのボーカロイド・キャラクターに加え、ユーザーが独自のキャラクターや衣装、モーションやエフェクト、カメラワークを創作してユーチューブやTikTokに大量に投稿している。

バーチャルとリアルの区別無き「2.5次元感覚」

少年・少女期からスマホとSNSで繋がって育ったデジタル・ネイティブであると同時に、学校教育でダンスが身についた世代だということにも注目すべきだろう。

2011年から小学校、12年からは中学校でもダンスが必須科目になり、13年には高校にも導入されたが、ストリートダンスやヒップホップダンスも含まれ、小学生から9年間も続ければハイテンポのリズム感覚が身につくのは必定だ。ユーチューブやTikTokでMMDや「踊ってみた」が盛り上がっているのも頷ける。

そんなダンス必修先頭世代が今や17歳〜24歳になったのだから、エンタメはもちろんファッションも根本から変わっていく。

そのキーポイントはバーチャルとリアルの区別無き2.5次元感覚であり、ポップスはボーカロイド感覚の超広音域・超早口、ダンスはMMD感覚のハイテンポなデジタルリズムが当たり前になり、実際にボーカロイドモデルのように歌って踊れる子たちが急増しているのには驚かされる。

そのリズム感は従前のエンタメタレントとは次元を画するハイテンポなもので、アイドルグループのダンスなどスローモーションに見えてしまう。

ダンス世代は当然にファッションも変えてしまう。

次元を画したポップでキュートなストリートスタイル

近年、蔓延している抜けた着こなしの量産女子、オーバーサイズのルーズ女子から、ボディラインを見せる個性的なストリートスタイルやヒップホップスタイルに移行するのは必定だ。

ヒップホップなボーイッシュスタイルではオーバーサイズも残るが、コンパクトなガールズアイテムとのコントラストが決め手になる。Y2KやBMも、そんなダンス世代がもたらすトレンドなのだ。

ボディラインを見せるとなると、必然的に機能素材のジャージアイテムが拡大し、ミニスカートとショーツのレイアードも広がって、黒パン(見せパンツ)や生足タイツなど中間アイテムも台頭する。

こう言うと欧米で広がったアスレジャーに近いと思われるかも知れないが、そんな大人感覚とは次元を画したポップでキュートなストリートスタイルだ。MMD 「踊/Odo」(https://www.youtube.com/watch?v=SYe-mi0ho1Q)など見ればピンと来るのではないか。

来年は若々しくキュートなダンス世代ファッションが、量産女子服やルーズ女子服を忘れさせてくれるに違いない。

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