小島健輔の最新論文

ファッション販売2003年1月号掲載
『2003年ファッションビジネスの五大潮流』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

 1)顧客を掴んだポジショニング経営へ
 昨今のファッションビジネスは商品のみならずビジネスモデルまで次々とトレンドに流されて同質化競争に巻き込まれ、顧客を捉えて独自のポジションを固めるという本来のマーケティングが蔑ろにされて来た。SPAとSCMによる流通工業化の後は手工業回帰とセレクトブーム、その次はデザイナーズベーシックによる工業化と手工業の融合(後述)と、あたかも産業革命からバウハウスまでのインダストリアルデザイン史を十倍速でなぞるような変転とは言え、その度に開発・調達プロセスからVMDまで一変させていては顧客を掴んだ事業展開は困難だ。発想を切り替えてトレンド経営を脱し、顧客を捉えて安定した成長と独占利益を享受するポジショニング経営に転換すべきではないか。
 皆が成長を注目するマーケットやビジネスモデルは競争も激しく、独自のポジションを確立して独占利益を享受するのは難しい。が、忘れられがちな地味なマーケットや縮小しつつあるマーケット、古典的なビジネスモデルでは有力なライバルの参入も少なく、顧客を掴んで独占利益を手にするチャンスが大きい。選択と集中の効率的な経営を志向する今日の企業は採算性、成長性の薄いマーケットは切り捨てるから、不便している人々は何処にでもいる。そんなマーケットに目を付けて切り捨てられたニーズに応えれば、顧客の支持を得て独自のボジションを確立する事が出来るのだ。
   身近な例では、子供服メーカーもティーンズメーカーも短期の通過マーケットと見て軽視してきたトゥイーンズ市場を開発して独占を享受するナルミヤインターナショナル、量販店が大商圏を志向して切り捨てた近隣商圏の衣料消費を独占するしまむら、ライバルがコスト重視でアウト・ソーシングに転じた中、イン・ソーシングに徹して高品質ブリッジ市場で快走する「エポカ」等を挙げる事が出来る。
 ポジショニング戦略で先行する米国では、お小遣い買いトゥイーンズ市場を独占する「TOO」、シニアマーケットのライフスタイルとイージーウェアリングを捉えて独占市場を形成した「Chico’s Fas」、リタイアドカップルのリゾートライフを捉えて独走する「TOMMY BAHAMA」等、枚挙に暇がない。
 前述したトゥィーンズ市場でも、ナルミヤが押さえているのは百貨店の高価格ママ買いジュニアスタイル市場だけで、アメカジ系やセクシートレンド系のお小遣い買い市場は手付かずの状態だ。ミセスマーケットでも「レリアン」が押さえているのはプレタ感覚の高価格タウンウェア市場だけで、手頃価格のコンフォートなタウンウェアやカジュアル市場はがら空きのままだ。ましてやシニアファッション市場は見当違いの敬老ルックばかりで、シニアのオケイジョンスタイルやアクティブスタイル、キャラクター志向はほとんど無視されている(前述した「Chico’s Fas」はこれが実に上手い)。「TOMMY BAHAMA」のようにシニアのアクティブなリゾートスタイルを捉えるブランドや店はまったく見られないが、リタイア後の生活を旅行や海外ロングステイで楽しむシニア達のライフスタイルをこんなに無視していいのだろうか。
 立地の客層と商品構成/提供方法のギャップも大きく、不便を強いられている人々が沢山いる。コンビニ銀座で若向けの手軽な衣料・服飾商品を販売する店はほとんどないし(コンビニ型のOL向け「しまむら」があったらいいのに)、化粧品のコンサルティング販売もターミナルの百貨店に行かないと得られない(フランスでは「マリオノー」のような生活圏のコンサルティング型化粧品店チェーンが伸びている)。子供達が巣立ってしまったシニアばかりの住宅地にはスーパーもコンビニもなく消費の孤島と化しており、シニアのライフスタイルに特化したコンビニ感覚のミニ・スーパーセンターがあれば救われるはずだ。見捨てられたマーケットはそこら中に転がっており、ポジションを築くチャンスは幾らでもある。

 2)高コストなSC/百貨店から脱出ラッシュ
 デフレ不況下で販売効率が低下する中もSCテナントの負担する不動産費(家賃、共益費、共同販促費、内装償却費、保証金/敷金の金利等)の上昇は止まらず、百貨店インショップの歩率も限界を通り超して上昇を続けている。
 毎年十月に当社が実施しているSPAC研究会メンバー出店条件アンケートの2002年回答(8月末までの一カ年間の新設店)によれば、売上対比不動産費率は駅ビル20.4%(+1.1)、ファッションビル19.3%(+0.3)から郊外量販店系SC19.8%(+1.1)、アウトレットモール16.6%(+1.9)まで今年も軒並み上昇した。保証金/敷金は急ピッチで下がっているものの、歩率家賃と共益費類(昨今は駐車場協力金も加わった)が上昇しているのがその要因だ。
 中でも郊外大型SCの不動産費上昇が目立ち、日本SC協会の調査でも三万平米超級郊外SCの家賃(家賃と共益費)は前年より10.5%も上昇している。郊外大型SCのコスト上昇で都心の商業施設との不動産費率格差がなくなった事に人口の都心回帰が加わり、メンバーの新規出店希望は都心に集中。郊外大型SCの人気は急落している。
 問題は郊外大型SCだけに在るのではない。デベロッパーのコスト構造とテナントへのコスト転嫁姿勢に根本的な問題がある。過去十年間にSC面積は二倍近くに拡大し販売効率は三割近くも低下したのにSCの不動産費は高止まっているが、この間に面積が三割強拡大した東京大阪のオフィス賃料はがほぼ半額になってしまった。テナント側の採算性を軽視した出店意欲にも問題が在るが、SCという計画的合理的なはずの商業施設が路面物件より割高についてしまうという実情にテナントは絶望し始めている。
 いずれのSCタイプも粗利益率を考えれば、仕入れに頼る品揃え店や本来のセレクトショップは採算の見通しが立たず、メーカーショップやSPA、オリジナル費率の高いセレクト系SPAやチェーン店ばかりが並ぶ事になる。個性的な品揃え店やセレクトショップはマイナーな路面にチャンスを求め、そんな店が散在する高感度な立地を求めてメーカーショップやセレクト系SPAも路面を志向する傾向が強まっている。画期的に低コストな開発手法やプロパティ・マネジメント手法で不動産費の価格破壊をやるデベロッパーでも現れない限りテナントのSC脱出が始まり、路面の商店街が再形成されていく可能性さえ指摘される。  限界を超えた不動産費率の高騰で既に脱出ラッシュが始まっているのが百貨店だ。
 前述したSPACメンバーの出店アンケート(大半が有力ブランドメーカー)でも都心百貨店インショップの平均歩率は35.1%と前年から0.8ポイント悪化し、95年度からは4.8ポイントも高騰。これに内装償却費を加えた不動産費率は37.3%と、テナント出店では最も高コストな駅ビル(20.4%)の倍近くも高くついている。郊外百貨店インショップは平均29.1%とひと回り低いが、郊外量販店系SCテナント(19.8%)と較べると9.3ポイントも高コストだ。粗利益率の高いブランドショップやSPAでも不動産費率の負担は35%程度が限界(利益がゼロになる)だから、都心百貨店ではその水準を超えてしまった事になる。
 現実には都心百貨店インショップの歩率は、人気インポートブランドの12%(消化取引)かつ内装費百貨店負担から平場のラック展開ブランドの43%(消化取引換算では47%以上)まで実質30ポイント以上の開きがあるが、脱出は条件の良い人気インポートブランドから始まって大手系やDC系の人気キャラクターブランドのほとんどに拡がって来ている。
 人気インポートブランドの販売効率は月坪百万円以上だから低歩率でも路面店の固定家賃の方が遥かに安くつくし、ブランドイメージを考えれば路面に脱出するのは当然の戦略だ。大手系やDC系の人気キャラクターブランドにしてもその事情は大同小異だから、歩率負担の重さも加わって路面や駅ビル、ファッションビルに脱出せざるをえない。となれば、百貨店に残るのは発展途上の新手ブランドか脱出しようもないコーナー展開やラック展開のブランドばかりという事になる。ほんの何年か先には京王百貨店こそ百貨店の鏡と言われる日が来てしまうのではないか。

 3)誰でもSPA/ちょっとSPAブームの過熱
 商社が企画・開発機能を備えたりテキスタイル・コンバーターや企画会社がソーシング機能を備えたりしてAMS化し、オリジナル商品の企画・開発・生産・物流等の様々なニーズに応えるサービス会社が飛躍的に揃った事で、大手小売業から街の専門店まで誰でもSPA的調達を活用出来る時代になった。企画力がなくても開発力がなくても、買い取って販売しきる力量さえあれば、たった一店でもオリジナルが開発出来るのだ。  巷間、セレクトショップと言われる店でセレクトだけで食っていけるのはごく例外で、ほとんどの店が何らかの手法でオリジナル商品を開発している。ちょっと前まではバイヤー別注的な商品でも売れていたが、メーカー系セレクトショップが大量参入してハードルが高くなり、感度のあるデザイナー、パターンナーの手を借りないと売れる商品は作れなくなった。バイヤーの片手間で開発していては残品の山になりかねないから、自店の目的に合ったAMSの助けを借りる事になる。  それはナショナルチェーンやローカルチェーンも同様で、長いリストラのトンネルを抜ける決定打になりつつあるし、ローカルの専門店がAMSを活用して一気に化けたケースも見られる。  ちなみに、セレクトショップ大手のAMSを活用した平均的な原価率は35%で、工場直調達との差は5ポイントに収まっている。店舗数の限られる百貨店の自主MD平場でも、AMS活用でレディスは36.7%、メンズは38.3%の原価率に収めている(10月実施の都内百貨店バイヤーアンケートより)。  誰でもSPA時代になって当然、素材や生産仕様の同質化が問題になっており、それがまた企画・開発機能の強化を加速。コストもともかく、他店と差別化出来る魅力的な商品を開発するにはどんなAMSと組んでどんな企画・開発チームを付けるか、選別がシビアになって来ている。仕入れだけの専門店の時代は遠い過去の話になったのかも知れない。

業態分割が本格回復の条件だ
 前述した打開策を実行すれば「GAP」的な大商圏店舗は確実に回復するだろうが、生活圏の店舗が同様な回復を見せるか疑問が残る。ベビー〜キッズの強化や女性向け商品強化、シーズンサイクルの倍速化等ははどちらにも効果的と思われるが、ファッション要素の導入は両者で差が出るだろうし、棚割型を超えるVMDの導入は生活圏ではこれまで確立された購買慣習を妨げるリスクがある。加えて、生活圏店舗ではファッション化よりも価格競争力の強化を優先せざるを得ないはずだ。
 答えははっきりしている。ファーストリテイリング社はこの両者の業態分割を9番目の打開策として決断すべきなのだ。大商圏店舗はファション性を高めて洗練されたVMDに転換し、「GAP」と覇権を争うグローバルブランドに変身させて欧米に拡大する。生活圏店舗はファミリー商品を拡充して大型化するとともに価格をワンランク下げて競争力を高め、現状の棚割型VMDによる購買慣習を維持して国内と中国に展開する。GAP社で言えば「GAP」と初期の「OLD NAVY」のような分担となるのではないか。
 この決断が遅れるようだと商品政策、店舗政策はもちろん、組織の混乱まで招いて業績の回復がずれ込んでしまう。早ければ2004年上期と期待される本格回復もその場合は目処が立たなくなるから、早急な決断が望まれよう。

 4)中高級品はイン・ソーシングへ回帰
 誰でもSPA時代と言われる一方で、パターンや仕様の回し使いや流通素材活用といったOEM調達による同質化の弊害も拡がり、90年代に固定費削減で開発組織を解体・縮小してしまったアパレルメーカーはその復活を急いでいる。
 アウト・ソーシングし過ぎたブランドはイン・ソーシングへの回帰を急ぎ、イン・ソーシングを通して来たブランドもその深耕を追求。多くは素材やパターンから仕上げプレスまでキメ細かい差別化が求められるブリッジクラス以上の高質ブランドだが、欧州製品と競合するクラスからトランスキャリアのボリュームゾーンまで拡がりを見せている。
 ブリッジクラスでは「エポカ」がスペックをリードして欧州製品を凌駕し、「マックスマーラ」から「セオリー」まで品質の見直しを迫っているし、もっと手頃な価格帯でも「Mプルミエ」のように徹底した品質スペックを追求するブランドが人気を集めている。結果として百貨店のトランスキャリア以上のクラスでは品質スペックの水準が嵩上げされ、ワールドやオンワードからコムサまでイン・ソーシングを復活・深耕せざるを得ない情勢になって来た。当然、イタリアを筆頭に欧州素材の比率も加速度的に上昇しており、「ロロピアーナ」等の欧州有力素材メーカーとの開発コラボレーションも拡がっている。
 これらクラス感覚を売物にする市場では品質スペックの上質化競争に加え、店頭での見栄えを意識したプレス仕上げ(店舗後方にミニ・プレス機を置いて仕上げるブランドもある)やハンガーボックス物流、一点一点のパターンを綺麗に見せるVMDも追求されており、蚊屋の外を決め込むブランドは人気の凋落が避けられない情勢だ。

 5)デザイナーズ・ベーシックが台頭
 工業的な低価格ベーシック商品氾濫の反動もあって手の込んだ手工業的商品やセレクトショップがブームとなったが、この潮流にも先が見えて来た。バイヤー別注的付加加工商品は類似商品の氾濫で既に価値を失い、後加工物も多くは量販価格商品に追い着かれ、凝り過ぎてはキレイ目志向に転じたマーケットに拒絶されてしまう。定番的な商品に付加加工や後加工を加えても限界があり、素材やパターンの開発からクリエイトしない限り決定的な差別化は困難な段階に来たのではないか。もしそうなら、セレクトブームをリードして来た『バイヤーの時代』が終わる事になる。
 高い編集能力を持った消費者がメジャー化し、凝ったリミックスの品揃えや外し崩しの着こなし提案がマーケットをリードしたのも束の間、消費者は付加加工も後加工も消化して一品一品の本質的な創造性に心惹かれ始めている。不況下で低迷していたクリエイティブなデザイナーブランドに復活の兆しが見られる一方、クリエイターの手によるベーシック商品開発も始まっている。それはクリエイティブなパターンや開発素材をベースにミニマルに抑制した着崩せるベーシック商品であり、高い編集能力を持った消費者に応える新世代の『定番』を志向するものだ。デザイナーの世界もかつてのクリエイション至上派からクリエイティブMD派へと変遷し、どちらの基礎も身に付けた若い世代が育っているから十分に期待できる。
 この新たな潮流はセレクトブームの影で鼓動を始めたばかりだが、過剰な多店化と工業化で損なわれたブランドイメージを回復したいSPAやオリジナル商品の決定的な差別化を狙う大手セレクト編集SPAが本格的に取り組めば、次の時代の扉が一気に開いてしまう。その時は刻一刻と近付いており、「無印良品」のヨウジヤマモトによる商品群が店頭に出揃う頃には時代は一変しているかも知れない。

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