小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『アパレルチェーン春商戦の明暗を分けたのは何か』
(2024年05月08日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 コロナ明け初の春商戦はアパレルチェーンで明暗が割れたが、既存店売上/客数/客単価の19年比を検証すれば、コロナ禍を経た5年間でマーケットがどう変わったか如実に見えてくる。AC(アフターコロナ)マーケットに対応出来たチエーンとBC(ビフォーコロナ)マーケットの幻影を追ったチェーンの明暗を分けたのは何だったのだろうか。

 

■春商戦の19年比を検証する

 株式公開アパレルチェーンの春商戦(2〜4月)の既存店売上/客数/客単価を19年比(3ヶ月の単純平均)で検証すると、明暗を分けた要素が見えてくる。

 5年間で最も客単価が上昇したのがハニーズの125.7(年率4.7%)で、ユニクロが124.9(年率4.5%)、アダストリアが120.0(年率3.7%)、「しまむら」※が115.7(年率3.0%)、バロックジャパンが111.9(年率2.3%)と続く一方、ライトオンは105.2(年率1.0%)と僅かな上昇にとどまった。客数が増えたのは「しまむら」の103.5だけで、アダストリアは97.7と微減、ハニーズは93.3と一桁減だったが、ユニクロは86.9、バロックも82.2と二桁減で、ライトオンは60.4と激減している。結果、既存店売上が増えたのは「しまむら」の120.2、ハニーズの117.1、アダストリアの113.0、ユニクロの108.7までで、バロックは92.3、ライトオンは63.3に沈んでいる。

客単価が上昇しても客数が増えて売上が120.2と大きく伸びたのが「しまむら」、客単価上昇ほどには客数が減らず売上が二桁増となったのがハニーズの117.1とアダストリアの113.0、客単価上昇相応に客数が減って売上が伸び悩んだのがユニクロの108.7、客単価上昇以上に客数が減って売上が落ちたのがバロックの92.3、客単価がほとんど上昇しなかったのに客数が激減して売上が落ち込んだのがライトオンの63.3という構図だ。

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「しまむら」が客数も売上も伸びたのは、コロナ前数年間の商品政策の逆行から一転して、コロナ下で「生活圏の衣のエッセンシャルストア」という原点に回帰して商品単価※も下げた(2.5%下降)22年2月期以降で、それが一巡した24年2月期は値上げ(7.1%上昇)も目立って99.2と僅かながら客数減に転じている。

大幅に値上げしても客数が大きく減らず売上が二桁増となったハニーズとアダストリアは値上げに見合う付加価値が顧客に受容されたわけで、ハニーズはミャンマー自社工場生産によるコスト抑制と品質の向上、アダストリアは肌触りや機能を訴求する素材開発と店頭やECサイトでのスタイリング提案の感度向上が挙げられる。

同じ2割超の値上げでも相応に客数が減って売上が伸び悩んだユニクロは、機能素材開発などが一巡して新たな付加価値訴求が限られたこと、NB的な仕様の枠を出られずウエアリングの幅が広がらなかったことが指摘される。サイズを拡充してクロスジェンダー展開(ウィメンズ/メンズアイテムの相互出前)しても、素材の物性やパターンが変わらないままでは抜けた軽快な着こなしには対応できなかったのだろう。

※「しまむら」と表記する場合は「ファッションセンターしまむら」業態、しまむらと表記する場合は企業としての連結業績。

※しまむらは株式公開アパレルチェーンで唯一、客単価だけでなく商品単価の前年比と実額を業態別に開示している。

 

■負け組に共通するすれ違いの構図

 客単価の上昇以上に客数が落ち込んで売上が減少したバロック、値引き販売で単価が上がらず客数の激減で売上の落ち込みが止まらなくなったライトオンに共通するのが、コロナ前から変わらない素材面(つら)とウエアリングだ。

 バロックはギャル系や姉ギャル系からクリエイティブなキャリア系までブランドの幅はあるが主力は「アズールbyマウジー」で、総じてヴィンテージアメカジな面(つら)が通底しており、フィットもボディコンシャスで抜け感は限られるから、今風に抜けて軽く着こなすミレニアム世代は取り込みにくい。ライトオンはリーマンショック(08年9月)で終わったジーンズブーム当時から変わらぬカントリー感覚のヴィンテージアメカジを引きずっており、アスレジャー※以降の抜けて軽く着こなすキレイ目なメトロジーニングに乗れないまま客数減が加速した。

 素材の面感(キレイ目フレッシュVS.汚な目ヴィンテージ)を縦軸に、フィット(ボディコンシャスVS.ゆる抜けオフボディ)を横軸に設定したポジションマップに各社をプロットしてみると、キレイ目でゆる抜けるほど業績が良く(客数が増えている)、汚な目でボディコンシャスなほど業績が苦しい(客数が減っている)という構図が見える。

客数が増えている追い風のマーケットでは値上げしても売上が伸びるが、客数が減っている向かい風のマーケットで値上げすれば値上げ以上の客数減で売上が落ち込んでしまう。努力しても客数も売上も苦しいようなら、位置するマーケットポジションが不利に過ぎるのかも知れない。

 そんな苦境は同じくリーマンショックで終わった「赤文字系愛されOLブーム」を引きずって業績悪化が止まらないサマンサタバサも同様で、成功体験に固執してマーケットの変容に取り残される悲劇を象徴している。当時の男性目線「愛されOL」はほぼ絶滅して、キラキラ可愛いスタイルでブランドバッグを持ち歩くOLはいなくなり、今時は新宿ルミネ2の2Fに象徴される女性目線「憧れバリキャリ」に世代交代して、稼ぎとボディスタイルを同性に見せつけるアラサー女子が闊歩している。

 

■勝ち組にもすれ違いのリスク 

ユニクロとてアメカジの残滓(フリース以前は「アバクロ」をベンチマークしていた)を多少は引きずっているが、一連の機能素材アイテムの開発に加え、欧米市場で揉まれクリエイターとのコラボも重ね、ブリテイッシュコンテンポラリーやフレンチコンチなどの要素も取り入れてグローバルブランド化しており、もはやヴィンテージアメカジの匂いはしない。とは言っても「低価格高品質」という文法にこだわれば素材のソリッド感やかっちりした仕上げが抜けた軽快な着こなしを妨げるから、ミレニアム世代はもちろんY世代の取り込みも限界がある。「GU」と棲み分けると言っても価格帯も品質も一格異なるし、顧客世代の年齢上昇とともに先細りが避けられないから、抜けて着こなせるスペックのアイテムを広げていかないと客数減が止まらなくなる。

 「しまむら」はまだ堅調だがイトーヨーカ堂衣料品と共通する高齢化に直面しており、「ファウンドグッド」のような子育て世代に向けたラインナップを広げることが急がれる。「しまむら」の衣料品はテイストに幅があるようでも似たようなコンサバミセス仕様、コンサバミッシー仕様ばかりで、子育て世代の30〜40代が好む抜けて軽く着こなせるアスレジャー感覚のカジュアルやビジカジはほとんど見られない。客数が限られる生活商圏だけに、世代交代に遅れては客数減が危ぶまれる。

「SHEIN」や「Temu」など激安な越境ECとの競合に晒される「アベイル」も国内の企画問屋仕入れでは勝ち目がなく、サプライチェーンを多様化して「SHEIN」や「Temu」と同様な中国のローカル市場商品を導入しない限り、売上の頭打ちは避けられないだろう。広州か深圳にバイイングオフィスを設けて調達と物流を仕組めば、容易に売り上げを伸ばせるのではないか。

時代のファッションカルチャーやものづくりの文法(仕様や仕上げ)、世代感覚やウエアリングのすれ違いのみならず、サプライチェーンのすれ違いもアパレルチェーンの業績に直結する。シーズン毎の好不調に一喜一憂してディケード(10年)単位や四半世紀(25年)単位の構造変化に取り残されては取り返しのつかない結果を招くから、時には一歩引いて情勢を鳥瞰するべきだろう。

 

※アスレジャー(Athleisure)・・・・アスレチック(運動競技)とレジャー(余暇)を組み合わせた米国の造語で、スポーツウエアの機能性とレジャーウエアの開放感を日常のカジュアルに取り込んだライフスタイルやウエアリングを言う。スポーツウエアに発した合繊の機能性やイージーケア、軽さや開放感を活かした抜けて軽快なウエアリングが特徴で、ジーニングなどワーク系のカジュアルを駆逐し、アクティブセットアップはビジネスシーンも一変させた。

 

■スタイリング投稿は量から質へ「抜け」と「見栄」のバランスが問われる

 アダストリアについて店頭やECサイトのスタイリング感度向上を評価したが、それはパルグループも同様だ(同社は上場しているが月次成績を開示していない)。毎月、都心商業施設の店頭MDを巡回チェックしていると、両社に加えてベイクルーズ系やローズバット(TSI)も斬新なスタイリング提案が目を惹く。

 アダストリアもパルグループも販売員のインフルエンサー化を推進しており、SNSやECのスタッフスタイリング投稿がEC売上のみならず店舗への誘客にも貢献している。コロナ下ではEC売上への貢献額が競われたからスタッフスタイリングも売れ筋単品軸の無難な共感型が多かったが、コロナが明けて店舗回帰が進むに連れ、店舗へ誘客するきっかけになる斬新なスタイリング提案が競われるようになった。スタッフスタイリング投稿もEC売上に直結する「量」の競争から店舗へ誘客する「質」の競争へ変わったのではないか。

 釈迦に念仏かもしれないが、今時のスタイリング提案では多次元コントラストと骨格タイプ補正に加え、「抜け」と「見栄」のバランスが肝だと思う。

「多次元コントラスト」とは色相と明彩度、素材物性とフィット、アイテムの長短やシルエットといった多次元でコントラストを組むことで、コーディネイトに陰影がついて立体感が高まる。ヴィンテージな面のワイドジーンズにタイトなミドリフトップを合わせてトランスペアレントなブラウスやスカートをレイヤードする今時のトレンドスタイルなど、わかり易い例だと思う。骨格タイプもそのまま表現するのではなくタイプの欠点を補正するのがベターで、ウェイブ系(柔らかい脂肪質)やストレート系(グラマラスな筋肉質)の腰周りや肩周りをナチュラル系(肉付きの癖が出ない骨格質)に見せるアイテムで補正するのが典型だが、ナチュラル系の角張った肩周りを柔らかく補正するなど逆もある。

「抜け」と「見栄」と言うのは日舞や歌舞伎の所作に通ずるもので、「抜け」は力を抜いてしなだれる所作、「見栄」は力を入れて大仰に広げる所作と捉えられる。多次元なコントラストで「見栄」を切っても衣紋や肩、腰で「抜け」感を出すのが洗練されたスタイリングだと思うが、モードの文法やボディコンシャスにこだわる欧米のランウェイでは滅多に見ない(「見栄」はあっても「抜け」がなく大味と言ったら叱られるだろうか)。Y2Kなストリートスタイルにしても、韓流ではボディコンシャスで「抜け」を欠くが、東京ではトップがタイトでもボトムがゆる落ちるなど「抜け」が効いている。それはK-popのダンスも同様で、MMD※ゆえに物理的な慣性に流されないVtuberダンシングの軽快な「キレ」や「抜け」に比べれば筋肉頼りのドタバタ感は否めない。

多次元のコントラストや骨格タイプ補正にそんな所作を加えてブランドあるいはスタッフ独自のスタイリングセンスを競えば、広告や商品が氾濫するネット空間でも商業施設の店頭でも、目も足も止めて見てもらえるのではないか。

 

※MMD(MikuMiku Dance)・・・樋口優氏がボーカロイド・キャラクターの初音ミクを踊らせたくて開発し無償公開した、3D・CGアバターの骨格パーツや揺れ物(髪の毛や衣装)をコンピュータ操作してアニメーションを作成する3D・CGソフト。ボーカロイド・キャラクターに加え、ユーザーが独自のアバターや衣装、モーションやカメラワークを創作してユーチューブやTikTokなどに大量に投稿する文化を生み、今日のVtuberブームをもたらした。

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