小島健輔の最新論文

繊研新聞2020年08月11日付掲載
『コロナを契機にデベとテナントの関係も変わる
テナントの4つの不利と商業施設のLCCシフト』
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 日本ではコロナ禍で売上が激減したテナントが家賃の減免を求め、大手デベの多くは大なり小なり減免に応じ、行政も家賃支援給付金を拡大したが、それだけではテナントの苦境は到底救われない。商業施設はデフレの中でインフレを続け高コスト化して来たことに加え、売上金預かり制や一律な長時間営業、定期借家契約の一方的運用など、テナントに不利な実情が放置されて来た。そんな不利がコロナ禍のダメージを一段と深刻なものにしているのだ。

コロナ禍を契機にライフスタイルも消費行動も一変する中、共存共栄という建前の裏でテナントが一方的な不利を強いられて来た商業施設との関係も、根本から変わらざるを得ないのではないか。

 

■テナントを追い詰めた4つの不利

 コロナ禍による売上の激減がテナントを追い詰めた背景にはテナント出店ゆえの4つの不利がある。

1)最低保証家賃制

 近年のテナント出店では「最低保証付き歩合家賃」が95%前後を占め、「単純歩合家賃」や「固定家賃」は例外的だが、この「最低保証付き歩合家賃」は売上が落ちるとテナントの損益を直撃する。

日本ショッピングセンター協会が毎年刊行する「SC白書」の最新版(19年を集計した2020)に拠れば、物販テナントの売上対比平均賃料負担率は個別徴収の家賃が10.1%、共益費が2.2%、計12.3%、総合賃料(共益費も一括)では11.9%だったが、テナント側のデータを見ると賃料負担は一回り重い。アパレルテナントの家賃負担率は、立地タイプにもよるが18年の集計で14.1%〜15.7%、共益費負担率は2.5%〜3.1%、合計では16.6%〜17.5%にも及ぶ(アウトレットモールを除く)。

ショッピングセンター協会の統計値はおそらく契約条件を平均したもので、最低保証家賃を適用した実際の家賃負担率とは異なると思われる。売上が落ち込む2月や8月などでは家賃負担率が20%を超えることも多く、テナントの損益を著しく圧迫している。

コロナ禍による売上の激減では流石に館の休業期間中の最低保証家賃は免除されたが、前後の営業中も売上は大きく落ち込んだから、最低保証家賃を徴収されると人件費も払えなくなる。コロナ禍が長引けば来店客数の回復も遅れ、最低保証のボーダーを下げないとテナントは干上がって退店が広がることになる。

 

2)売上金預かり制とキャッシュレス決済の包括契約

 我が国の商業施設ではデベが毎日の売上金を預かり、月の前半の売上から固定の家賃や共益費を差し引いて月末に、後半の売上から歩合家賃や変動共益費を差し引いて翌月15日にテナントに振り込むのが一般的だから、直接収納より22.5日、売上金の入金が遅れ、テナントの資金繰りを圧迫する。

キャッシュレス決済もデベがアクワイアラと包括契約して手数料を上乗せするから、テナントが直接契約するより1.5〜2.0%も高くなり、駅ビルのハウスカードでは5.0%というケースも聞く。もとよりアパレル店のキャッシュレス決済比率は高く、政府のキャッシュレス政策にコロナ感染を恐れてのキャッシュ離れも加わって急上昇しているから、テナントの負担はさらに重くなる。

どちらも出店契約書で強制されるが、核店舗や準核の大型専門店には適用されておらず、売上金を直接収納し、キャッシュレス決済も直接契約している。欧米ではテナント店も売上金を直接収納するから、グローバル展開の大手アパレルチェーンは売上金預かり制を受け入れないケースが多く、売掛金の回収日数はファーストリテイリングが9.6日、H&Mも9.2日、インディテックスも10.1日と、22.5日より格段に短い(いずれも前期決算)。

百貨店は月締めの翌月払いだから45日、入金が遅れるが、コロナ禍で急伸したECも百貨店と大差ない。ECモールは似たような売上仕入れ(手数料)で月締め翌月末払いが多く、金曜締め即日払い(入金は翌週火曜日)のアマゾン、商業施設と似たような月二回締め支払いの楽天を除けば、商業施設より資金負担が重い。それは自社ECでも同様で、ほとんどがキャッシャレス決済で決済代行会社を使うから、売上金の回収には45日程度を要する。大手ファッションモールでありながら外部の決済代行業者に依存するZOZOは売上金の回収に33.4日も要している(20年3月期)。

 

3)営業時間の一律適用

 商業施設では飲食店と物販店、物販店でも食品スーパーと一般の物販店で営業時間が異なることが多いが、一般の物販店に対しては一律の営業時間が強制されている。とりわけ、00年6月1日の大店立地法の施行を契機に営業時間が延刻されて以降、テナントは二交代運営を余儀なくされ販売員不足と人件費負担に苦しんで来た。それが販売と店舗運営の質を下げ効率を悪化させ、POS依存の本部集権とECへの顧客流出を招いたことは否定できない。

 セキュリティ上、営業時間や休日の統一が必要なのはビル型やモール型のクローズドSCであり、オープンエアSCでは一定範囲でテナントの裁量が許されることが多い。ウィズ・コロナが長引く中、我が国でも米国でもクローズドSCからオープンエアSCへと購買行動が移りつつあり、家賃負担が倍以上も違うこともあって空室率の格差も広がりつつある。

 

4)定期借家契約の一方的運用

 テナント出店の最大の魅力は館の集客力であり、巨額の初期投資を回収するためにも営業の継続が望まれるが、定期借家契約では営業継続の保証はなく、デベの意志に従うしかない。

アパレル店の場合、退店事例の半分前後が定借期間満了によるもので、うち三分の一は売上不振や収益低迷でないのに退店を強いられている。定借期間も郊外商業施設では5年または6年、ターミナルの駅ビルなどでは3年または4年と短く、定借期間満了で退店を求められては内装投資の償却も出来ない。

00年3月1日の定期借家契約導入によって、当時の普通借家契約では基準家賃の50ヶ月分と言われた差し入れ保証金は10ヶ月分の敷金に減額されたが、定借期間が終了すれば退店を求められても止むを得ず、その一方で定借期間内にテナント側の意思で退店すれば少なからぬペナルティ(敷金の全額没収や一年分の基準家賃徴収)を要求される。定借期間内に退店した場合、ほぼ6割のケースでペナルティが要求されており、踏んだり蹴ったりとテナントに過酷なのが実態だ。

 

■A.Cの商業施設はLCC型にシフトする

 A.C(アフター・コロナ)は当面、ウィズ・コロナとならざるを得ないから、人々のライフスタイルは仕事軸から生活軸に変わり、消費行動もターミナルから生活圏へシフトしていく。ファッションも都心で映えるよそ行きのお洒落から生活圏に馴染む普段着のお洒落にシフトし、一段とカジュアル化と低価格化が進む。経済活動が停滞してポスト・アポカリプス(文明崩壊後)なエシカル&リサイクル消費が広がり、割安なオフプライス品やユーズド品に追われて割高な新品の市場は一段と縮小していく。

 建築費や地価の高騰、過度なアップスケール化や運営コストの肥大で、世の中がデフレする中もインフレして来た商業施設はコロナがなくても何れ壁に当たったはずで、ダウンスケールとコストダウンに転じる。そのキーワードはオープンエア/ローコスト/フリーダムだ。

 米国ではコロナ禍でクローズドSCからオープンエアSCへのシフトが加速し、空室率の差が開いているが、その要因はコロナ感染回避だけでなく格安賃料と運営の自由度を挙げるべきだろう。

 オープンエアSCは1〜2層の軽量鉄骨建築で、鉄骨鉄筋コンクリート建築の大型モールに比べると生活圏立地で地価・地代も建築費も安いから家賃も安く、運営の自由度が高い分、管理費や共益費も安いという「商業施設のLCC」で、米国では商業施設の大勢を占める。我が国でもホームセンターやディスカウントストア、スーパーマーケットを核に平面駐車場を店舗が囲むパワーセンターやストリップモール(各店舗前に車で乗り付けられる)が郊外やローカルでは主流だが、低価格品を除けばファッション商品の販売には向いていないとされて来た。

 とは言っても、これまでもユニクロやジーンズカジュアル店、日用衣料店やカジュアルシューズ店にとっては主戦場であり、A.Cの生活圏シフトとカジュアル化、低価格化でアパレル購入の場として再評価されるに違いない。

 大型モールでは3〜5万円/月坪にもなるトータル家賃が数千円から1万円程度だから、販売効率が低くても採算が採りやすいし、広い売場とダイレクトパーキングでC&Cのローカル出荷やテザリングの拠点ともなる。営業の自由度も高いから無理な長時間営業も避けられ、人件費負担も抑制できる。何より売上金が直接収納できるケースも多く、大型モールの欠点を回避できるメリットは大きい。売れる価格帯もファッション感度も大型モールより確実に落ちるが、手頃な普段着のオシャレを売る分には差し支えない。

 A.Cの生活圏シフトと低価格志向で消費者もテナントもLCC型商業施設に流れれば、インフレに染まった大型モールや駅ビルもテナントとの共存とコストダウンに目覚め、前述した四つの不利も多少は是正されていくのではないか。コロナ禍を契機にデベとテナントの関係も抜本から見直されるべきだろう。

※C&C(Click&Collect)とテザリング・・・ECで注文したり取り寄せて店舗で受け取ったり試したり、近隣の店舗在庫を引き当てて店舗で渡したり店舗から宅配出荷し、顧客利便と在庫効率を高め物流費を抑制するOMO(ネットと店舗の融合)戦略がC&C。その仕組みに乗せてエリア内店舗間で在庫を融通・補給するのがテザリング。

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