小島健輔の最新論文

販売革新新年号 2018年1月号掲載 2018年の重大関心事の“正解”
『EC戦略とショールームストア ここで明暗が分かれる』
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング 代表取締役

 2017年は世界中でECが加速してショッピングも流通も一変し、アマゾンと覇権を争う世界最大の店舗小売業者ウォルマートが社名から「ストアーズ」を外すに及んでは、もはや店舗小売業の時代も終わるのかと覚悟せざるを得ない。かと言って闇雲にECを拡大すれば店舗をカニバリに追い込み、オムニチャネル対応を急げば店舗の運営コストが嵩み、元より固定費率の高い店舗網は容易に損益を割り込んで“負の資産”に転落してしまう。アパレルから食品までチェーンストアはこの現実にどう対処するのが“正解”なのだろうか。
         
■“販物一体流通”の不合理
 ECが拡大し店舗販売が劣勢を強いられるのは、販売する側と購入する側の両方に必然的な理由があるからだ。その根本は、店舗販売が“販物(販売と物流)一体”の流通ゆえに販売する側も購入する側も物流労働の負担が避けられず、売場と在庫という物理的制約を逃れられない事にある。
 販売する側は“販物一体”ゆえ商品を逐一、店舗に運んで陳列・整理・補充する物流労働を要し、購入する側もまた店舗に赴いて陳列から商品を探しピッキングして持ち帰るという物流労働を強いられる。販売する側は店頭の一等地を精算のレジ列に割いてキャッシャーを貼り付けねばならないし、顧客は商品を抱え列をなして順番を待ち、セルフレジでは精算労働まで強いられる。店舗は販売する側と購入する側の両方に不要な労働を強いる“物流センター”そのもので、スーパーマーケットから「ユニクロ」「イケア」までその不合理は共通している。
 “販物一体”ゆえ品揃えは店舗面積に物理的に制約され、品揃えを拡充せんとすれば在庫が増えて物流作業も店舗面積も肥大し、店舗運営の人件費も不動産費も嵩んで収益を圧迫するばかりか、多店舗運営では在庫の分散と偏在による機会ロスと値引きロスが粗利益を食い潰してしまう。
 店舗販売は販売する側にとって投資が嵩む割に採算性が疑わしく、購入する側にとっても物流労働と行き帰りまで含めた時間消費が疎まれる。実際、SCやスーパーマーケットでの買物は結構な労働だし、行き帰りまで含めれば数時間を浪費してしまう。
 そんな店舗販売の不合理を突いて急成長しているのがECであり、“販物分離”ゆえ品揃えの物理的な制約がなく、コストの嵩む店舗を要せず、在庫も分散しないから偏在ロスがなく、販売する側も購入する側も物流労働と精算労働を極小化出来るメリットは極めて大きい。おまけに購入する側は『何時でも何処でも調べて選んで買って受け取れる利便』を享受出来るのだから、店舗販売の劣勢は決定的だ。
 少子高齢化が進み現役世代が社会負担増で生活に追われる今日の我が国では、時間消費と物流労働が避けられない店舗での購入が主流で在り続けるのは極めて難しい。小売業の歴史を振り返っても、職住一致だった江戸時代の町民の日常消費を支えていたのは“棒手振り”などの訪問販売だったし、乗用車が普及する以前の19世紀末から1910年代は通信販売の黄金期だった。時代の社会構造や都市構造、交通手段や通信手段、決済手段などによって小売業の形態は変遷して来たのであり、必ずしも店舗販売が主役ではなかった。ならばECや無人店舗が小売の主流になっても何の不思議も無いはずだ。
 
■チェーンストアのECを阻む五つの壁
 店舗販売が壁に当たっているのならECを拡大してEC主体に転ずれば良いが、事はそんなに簡単ではない。別途の商品を扱うEC事業者を買収するならともかく、店舗で販売している商品をECに乗せるとなると情報システムや物流はもちろん組織運営やカバナンスまで、まったく別途の仕組みを構築するか既存事業のすべてを見直さなければならなくなる。
1)リテラシーの壁
 EC進出から離陸、顧客と在庫の一元化、EC拡大に伴う店舗とのカニバリとその回避、店舗販売をECと一体化して“販物分離”する最終段階、と各局面で必要な施策は異なるが、店舗運営とEC運営の両面のリテラシーを欠いては判断を誤る。両方を睨める視野があれば、どちらかで起こった問題や革新を他方へ置き換えて手が打てるし、どちらかの変更が他方に及ぼす影響も読めるようになる。両方の運営を何年も続ければ経験則も積み上がりリテラシーも高まるが、進出検討段階や進出初期ではとんでもない勘違いが横行しがちだ。それは数千億円、数兆円の売上を誇る巨大企業とて同様で、過去の実績と仕組み、既成概念がリテラシーの視野を塞いでしまう。
 ECの世界では品揃えも顧客も間口を広げた者が勝ちで、コアのノウハウと参入阻止の障壁を除いてプラットフォームもアカウントもオープンにしてライバルまで囲い込み、デフェクトスタンダードを握るのが定石だ。店舗という立地的・物理的制約の中で経営を担ってきた世代はコンテンツに拘ってプラットフォームを見失い、何かとファイアウォールを作りたがるが、ECの世界ではプラットフォームが生命線であり、オープン&クローズ戦略が成否を分ける。大手流通業の試行錯誤を見る限り、経営陣のリテラシーを問わざるを得ない。
2)情報システムの壁
 初期段階の課題としてはECフロントと情報システム、B2C物流の構築があるが、ECフロントを社内の基幹情報システムと連携しようとすれば必ずそこで躓く。管理会計を主目的に集中処理する基幹システムは24時間オンラインで受注引き当てするECとは相容れないもので、別途にシステム構築してサーバを挟んでトランザクションすると割り切らねばならない。壮大な情報システムを構えた大企業とてECは新参者であり、前世代の重装備な情報システムに縛られては時間と費用を浪費するだけだ。既に完成された使い勝手の良いECパッケージが多数、存在する中、独自の開発に拘って“カゴ落ち”トラップを幾つも仕掛けてしまう愚行は避けたいものだ。
3)物流の壁
 ECのB2C物流はB2Bの店舗物流とは根本から異なるから、店舗物流とは切り離して構築するか専門業者に委託し、売上規模が拡大して在庫の分散が支障となる段階で受注引き当てを一元化して同一DC内に物理的にも一元化する、というプロセスを経るべきだ。一般にECのフルフィルセンターは入荷⇒ささげ⇒棚入れ⇒ピッキング⇒出荷という五工程から成るが(受託運営ではささげ工程がないケースも多い)、ささげヤードは店舗物流には存在しないし(SMIの社内“競り”システムでは不可欠)、ピッキングヤードの運用も摘み取り主体で店舗物流のような自動ソータによる種蒔きは一部商品に限られる。非効率でコストの嵩む“ロボット”が重宝される所以だ。ましてや直流物流におけるトランスファーセンター(ピッキングヤードが存在しない)のような効率的な大量処理は望むべくもない。
 ゆえに直流物流でピッキングヤードを持たない小売業者は別途にピッキングヤードを構えてB2C物流を仕組まないとECに対応出来ない。スペイン本社のカテゴリー別DCから世界中の店舗へ全量一播きで直流物流して何処にも補給在庫を残さないZARA(INDITEX社)は、ECを始めるに当たって欧州各地に数十ヶ所のEC専用フルフィルセンターを設置して店舗向けとは別途に数入れした在庫を確保し、以降もECを始める地区毎にフルフィルセンターを設置している。
 生産地出荷DCで品番毎に店タイプ別パッケージ仕分けし、国内各地のTC(トランスファーセンター)で店別に組み替えてルート便トラックで店舗に送り込むしまむらも、全量一播きでストックヤード(=ピッキングヤード)が存在せず、ECを始めるにはZARA同様に各地にフルフィルセンターを設置して別途に在庫を積む必要が在るが、未だその決断には至っていない。『しまむらがEC進出!』の報道は店舗から客注するシステムを“EC”と謳ったに過ぎず、対応する在庫の確保とピッキングを仕入れ先に求めているのが実情だ。
4)カバナンスの壁
 我が国のチェーンストアは前世紀に仕組みを確立した企業が大半で、80年代までの冷戦期米国の中央集権型カバナンスの残滓が色濃く、情報システムも分散処理型になっていない。DB(Distribution)や在庫コントロールもCMI(Central Managed Inventory)で、部分的にVMI(Vender Managed Inventory)を活用しているが、SMI(Store Managed Inventory)は極めて稀だ。
 CMIのままECを拡大すれば、在庫を一元化しない間はともかく、一元化した途端に売れ筋がECに流れて店舗への供給が細り、下位店舗は売上の減少が加速してしまう。一元化しなければ回避出来るが、それでは販売機会ロスが生じて在庫消化が遅滞してしまう。CMIでは店舗は一方的に送り込まれた在庫の販売消化責任を問われる訳で、個人評価の合理性が怪しいところにECに売れ筋が流れるとなれば不満が鬱積してしまう。
 ZARAは毎週二回の短時間の社内ネット競りシステムを各地区担当のカントリーマネージャーが“競り人”として「ニコ動」的に仕切り、各店舗のマネージャーに数入れ発注させて販売消化責任を問い、年収の30%を成果報酬とするSMIに徹しており、ECフルフィルセンターの在庫(それも担当マネージャーが同じ“競り”システムで数入れ発注しているはず)とは一元化せず切り離していると聞く。CMIのままオムニチャネルに在庫を一元化して店在庫からのEC出荷が肥大し、ECの拡大が店舗売上の減少を招いた米国チェーンの二の舞を避けるには、SMIを取り入れた個人評価制度を構築して在庫の一元化に歯止めをかける必要がある。ECが流通の主役となる中、前世紀の残滓が色濃く残るチェーンストアの集権型ガバナンスも見直しが必要なのではないか。
5)コストの壁
 ECのコスト構造は店舗小売業とは根本的に異なり、システムがシンプルで在庫が分散しない分、売上拡大によるコストダウンが遥かに加速度的で、ロスの肥大が粗利益を食い潰す事もない。ECにもモール出店型と自社運営型があって、前者はイニシャルコストは低いが売上拡大によるランニングコストの低下が穏やか、後者はイニシャルコストは高いが売上拡大によるランニングコストの低下が極めて加速度的という違いがある。自社運営ECの場合、年商10億円で30〜35%、50〜100億円で25%〜30%、1000億円に近づけば20%を切るというのが目安で、取扱い高3000億円に迫るスタートトゥデイのフルフィルコストは15%を割っていると推察される。
 チェーンストアもテナント出店型と独立店舗型(所有と賃借を問わず核テナント店を含む)で根本的に違い、前者の不動産費率が15〜20%にも達するのに対し、後者は5〜7%程度に収まる。結果として前者の営業経費率が40%前後にも嵩むのに対し、後者は20%台で収まる事が多く、これがECへの積極性と消極性を分けている。
 営業経費率の嵩むテナント出店型チェーンではECが離陸すると店舗より経費率が低くなり、自社ECでは売上の拡大とともに店舗とのコスト差は10〜18ポイントも開いていく。ゆえにテナント出店型のアパレルチェーンはECに積極的で、EC比率は平均して10%台、先行する大手チェーンは20%前後に達している。営業経費率が20%台と低い独立店舗型のチェーンではECの売上が数百億円規模に達するまでECの方が営業経費率が高く、全社の経営効率の足を引っ張ってしまう。ECが順調に拡大して数年で経費率が逆転するとも限らず(現実には極めて稀だ)、どうしても消極的になってしまうようだ。
 近隣ロードサイドの規格店舗をパート主体で運営して営業経費率が24.7%(17年2月期)に収まるしまむらがECに踏み切れないで来たのも合理性はあるが、かつての14%台から19%台に嵩んだとは言えウォルマートが膨大な持ち出し覚悟でECとオムニチャネルに全力疾走する現実を直視するなら、もはやコストの優劣を銭勘定する段階ではないと覚悟を決めるべきだろう。
          
■店舗販売はECとの共生で復権する
 浮ついたオムニチャネル戦略が店舗の運営を混乱させECへの売上流出を加速した米国小売業の轍を踏まないまでも、IT/AI革新で加速度的に便利になっていくECが消費の主流となり、時間消費と物流労働を強いられる店舗販売が疎まれていく“時代の奔流”はもはや誰も止められない。店舗販売が生き残るにはECの利便を支えるシステムやスキームを取り込んで“販物一体流通”の呪縛を脱し、ECを上回る顧客利便と運営効率を実現するしかない。
 ECの“販物分離”メリットを店舗販売で実現するのが「ショールームストア」であり、多店舗小売業の既成概念を一掃する決定的な“流通革命”になる。「ショールームストア」はECフロントのデジタルカタログを使って品揃えを拡張し、EC物流を使って顧客に直送し店舗在庫と店舗物流を極小化するもので、「品揃え拡張型」「サンプル陳列型」「デジタル型」の三段階がある。
 既に「品揃え拡張型」では青山商事の「デジタル・ラボ」が400着の在庫で2000着へ品揃えを拡張し、スーツで75〜80%の宅配を実現して店舗物流と店内作業の画期的圧縮を果たし、「サンプル陳列型」では丸井のオリジナル婦人シューズ「ラクチンきれいシューズ体験ストア」がサンプル陳列と宅配に徹して店舗在庫と店舗物流の圧縮に成功し、オリジナル婦人パンツでも実証を重ねている。英国の「Argos」に代表される「デジタル型」はまだ国内には見当たらないが、コンビニや食品スーパー、GMSにとっては最も現実的なモデルではないか。
 ECのデジタルカタログを活用して店頭で販売しEC物流で宅配すれば(店舗受取もEC物流)、商品を店舗に物流する必要も店舗に在庫を積む必要もなく店内作業もほとんどなくなり、予算組みして商品を配分する必要も在庫管理する必要も究極は無くなってしまう。販売員は店内物流作業から解放されて接客に集中出来るから販売効率も報酬も上がり、採用も容易になる。会社は売場面積に制約されず売上を伸ばして運営人件費と不動産費の負担を軽減し、何より在庫の多店舗偏在による機会ロスと値引きロスを回避して粗利益率と在庫回転を飛躍的に改善出来る。
 「ショールームストア」はECのフロントとフルフィルを活用して店舗販売を革命するマジックだから、自社ECの運営を確立した企業なら労なく容易に実現出来る。その意味でも、銭勘定を超えてEC事業の確立を急ぐ他はあるまい。品揃えが流動的な小売業者には向かないが、継続的に展開する商品が多く店向け物流や店内作業の負担、値引きロスが大きい企業にとっては決定的な突破口となる。VMIと連動すれば生産段階からの看板システムも容易に確立できるのではないか。
 「ショールームストア」のみならず、ECで確立されたスキームや最新技術を導入すれば店舗販売の“癌”も容易に解消する。これまで店頭の一等地を無駄に占めて来たレジスペースも、「Amazon Go」のようなキャパの限られる画像認識AIなど使わずとも、ECの決済機能や電子認証決済の活用で早々に消えて行くのではないか。ETCやID決済が定着して久しい今日、レジが存続して来た方が不思議で、セルフレジなど過渡期のギミックに終わるしかない。人手不足で外国人アルバイトに頼るファストフーズ業界では既に定着している「タッチパネル型エントリーシステム」に音声認識対応の「Alexa」が加われば、物販店舗での“AI接客”も現実になるのではないか。
 これらの“革命”は数年先の夢物語ではなく技術的にはすでに実用段階で、自社ECの運用を確立してAI革新にアップデイトしている企業なら容易に構図と採算を描ける。言い換えれば、ECに出遅れAIのリテラシーも欠く企業には見えるものも見えないのではないか。2018年はECのシステムや最新のAIを取り込んで店舗販売が豹変する“革命の年”になる。千載一遇の反撃チャンスを逃さないようリテラシーのアップデイトが急がれる。

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