小島健輔の最新論文

小島健輔の論文が繊研新聞に掲載されました。
提言『ファッションビジネスの再生を問う』
(2019年11月09日付前編)
(2019年11月12日付後編)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

119日掲載 前編

市場規模がバブル末期ピーク91年の6掛け以下に落ち込む一方、供給量は2倍以上に膨らんで値引き販売を繰り返しても供給量の46.9%しか消化できない(18年)という末期症状を呈しているアパレル業界だが、市場変化だけでなく業界の迷走と堕落が災いしたことも否めない。三分の一ルールが問題視されるグロサリー食品分野でも最終的な廃棄率はメーカー/卸/小売合わせて2%ほど、生鮮食品でも10%ほどに収まっていることを思えばアパレル流通はもはや破綻しており、業界在庫十年分、箪笥在庫百年分と言われるキモノ業界に近づいている。

その泥沼から抜け出して未来を開くには、84年以来の幾度かのパラダイム転換がもたらした変化の本質を知り、その時々の時流対応が遺したツケと悪習を清算して退化の呪縛から解き放されねばならない。

 

高付加価値化と量販を競った堕落の半世紀

 我が国のファッションビジネスは72年の日米繊維協定締結による内需転向と団塊世代ヤングの都市流入による「ファッション化社会」の到来で開花し、マンションメーカーとブティックの70年代を経て、前半のDCブランドと後半のインポートブランドのブームで80年代のピークを迎えた。この間、一貫して高付加価値化と量販が競われ、92年以降、一転しての衰退局面で傷を広げることになる。

91年までの20年間に衣料品の平均購入単価は3.4倍(同期間の消費者物価は2.7倍弱)、市場規模は3.8倍になったが、その成功体験を引きずって高付加価値化と量産・量販が志向され続け、マーケットとの乖離が広がっていった。

 デフレに転じても業界は「クリエイション幻想」を抜けられず高付加価値志向を続け、80年代に「作家もの」(テキスタイルのデザイナーブランド)で高付加価値化に走ってマーケットの崩壊を招いたキモノ業界の轍を踏んでしまった。その一方で量販チェーンなどは低価格を実現すべく海外生産地で販売力を大きく超えた過大ロット調達に走り、今日も続く叩き売り状況を招いてしまった。それは国内のアパレル製造業とて同様で、量産型のライン生産体制のまま受注量の減少が続き、採算割れになって海外に移転し国内産地は空洞化した。

70年代のマンションメーカーとファッション誌の連携で育ち80年代初期のDCブランドブームでファッションショー業者との三位一体が確立された「ファッションシステム」も、デフレとストリートトレンドの90年代をタイアップ広告で切り抜けたものの、00年代のブロードバンド普及、ついで08年の3Gスマートフォンの登場が開いたSNSとモバイルECの時代には適応できずファッション誌の廃刊・休刊が続き、消費者代表のインフルエンサーが「ファッションシステム」の上位に立って業界の情報優位は崩れた。

業界の提案するトレンドやスタイリングよりローカル(国や地方、仲間内)なテイストやウエアリング(着こなし着回し)が好まれるようになり、欧米の業界は14年に「ノームコア」と敗北を宣言し、「SEE NOW,BUY NOW」とシーズンの半年も前にプレスやバイヤー向けに開催する「コレクション」の在り方にも疑問を呈するようになる。ブリグジットやトランプ大統領就任など分断と対立のローカル回帰の社会潮流がファッションにも波及した17年以降、グローバル展開のチェーンやブランドが次々と行き詰まって撤退や破綻に至る一方、米国でも日本でもローカルのチェーンやブランドが勢いを盛り返している。

アパレルはもとよりローカルなもの、もっと言えばパーソナルなもので、一律なトレンドやフィットを押し付けるのは限界がある。ましてや、半年も前に決めた企画をロット生産して売り減らすギャンブルビジネスが続くとも思えない。業界が好むと好まざるに関わらずIoT仕掛けのC2Mに流れていくのは必然で、計画生産のブランドビジネスも量産・量販のSPAも時代の徒花となっていく。

※C2M(Consumer to Manufacturer)・・・・IoT仕掛けのデジタル生産でパーソナル対応と無在庫販売を実現するビジネスモデル。短納期パーソナルオーダーや店頭3Dプリンタ出力販売などが挙げられる。

 

パラダイム転換が何を変えたか

 70年代の黎明期から80年代に頂点を極め、90年代以降は一転して凋落の坂を転げ落ちていった我が国のファッションビジネスだが、外的環境変化のみならず自らの堕落が傷を深めたことは否めない。4度のパラダイム転換で何を失ったのかを知れば、直面する5度目のパラダイム転換への対応も見えて来る。

 

1)高付加価値化のピークアウトと買取流通の破綻【84年〜】

 「ファッション化社会」到来直前の72年からDCブランドブームがピークアウトするまでの12年間で平均購入単価が2.4倍になるという付加価値インフレが限界に達し、衣料品販売が失速して定価販売と買取流通という2大原則が崩れ始めた。百貨店は買取から委託へ急速に移行し(00年のそごう倒産を契機に消化が主流に)、ブランドショップFCも返品容認へと取引慣行が一変した。これにより、ブランド商品の製造原価率は10ポイント前後、切り下げられたと推計される。

 それまで65%前後の掛け率で買い取っていた小売店が消化率の急落で利益を確保できなくなって返品条件付き買取や委託取引へ移行し、その分、アパレルメーカーも製造原価率を切り下げて今日に至るお値打ちの低下が始まった。商店街が没落して家賃のいらない自前の店舗からSCや駅ビルなどテナント店舗へとファッション店の主流も移り、営業コストが跳ね上がったことも掛け率の切り下げや返品条件につながったと思われる。

 

2)売上急落による掛け率切り下げと海外生産シフト【92年〜】

 グローバル水平分業に乗り遅れた我が国産業界が国際競争に落伍してバブルが崩壊し、消費の冷え込みとデフレに直面した92年以降百貨店は売上の落ち込みを利幅で埋めようと納入掛け率の切り下げに走り(6年間計12ポイント)、取引アパレルは収益を確保すべく製造原価を同率に切り下げ、生産地の急激な中国シフトで国内産地の空洞化を招いた。84年来の委託シフトと合わせて百貨店商品のお値打ち感は半減し、百貨店と駅ビル/SCの売上対比不動産費負担率は22.5ポイントも開き、顧客もアパレル事業者も駅ビルやSCなど商業施設へ逃げ出したのは記憶に新しい。

 SCや駅ビルのアパレルチェーンとてデフレ要求に対応して生産地の海外シフトを加速せざるを得ず、コストを抑えるロットの必要から多店化を急いで差し入れ保証金が経営を圧迫し、リードタイムが伸び在庫運用が粗くなって消化歩留まりが劣化。運転資金の逼迫もあって商社依存が高まり、同質化と過剰在庫に苦しむようになる。それは直営展開するアパレルメーカーとて同様で、商品開発の固定費と期間を圧縮すべく仕様開発や生産管理など商社依存を高め、製品買い体質に陥って開発力を失っていった。

 デフレが深まる中も業界と行政は84年で壁に当たった高付加価値化の夢を捨てきれず「クリエイション幻想」を追い続けたが、すでにマーケットの主導権は作り手側から使い手側に移り、生産の海外移転と開発組織のリストラで商品開発力も衰えていく現実には抗するすべもなかった。

 

3)規制緩和に伴う過剰出店とSPA化による世代交代【00年〜】

 80年代末から始まった規制緩和が00年の二つの法改正と審議会答申で本格化し、堰を切ったようにパラダイムが転換した。3月1日施行の借地借家法改正で定期借家契約が導入され、6月1日施行の大店立地法施行で大型商業施設の開発が自由化され(環境規制は強化)、商業施設開発もテナント出店も爆発的に拡大。00年から08年でSC商業施設面積は1.4倍、18年には1.66倍に肥大し、オーバーストアで販売効率は08年に77掛け、18年には65掛けに低下した。販売効率が低下する一方で家賃負担は嵩み、SCテナントの売上対比不動産費率は00年から18年にかけて4.6ポイントも上昇した。

 定期借家契約の導入は出店費用を激減させて新興チェーンの多店化とSPA化を加速する一方、普通借家契約の膨大な差し入れ保証金で資金繰りが苦しく新規出店とSPA化に資金を回せなかった前世紀のナショナルチェーンを追い詰め、アパレルチェーンの世代交代をもたらした。それは商業施設デベも同様で、資金力あるデベは普通借家から定期借家への切り替えを進めて競争力を高める一方、資金力を欠くデベはそれが叶わず競争力を失い、商業施設デベの勢力図も一変した。

 もう一つの規制緩和も後々、大きな変化をもたらすことになる。それは電気通信事業の規制緩和で、NTTの独占を排して新規事業者の参入を促し、ブロードバンド革命をもたらしてネット通販とケータイ社会の扉を開き、後のスマホ文明開花の礎となった。

 

4)グローバル化/モバイル化と生産の南アジアシフト【08年〜】

 リーマンショックを契機とした先進国の景気対策で投資機会のない緩和マネーが途上国に流れ、経済成長が加速して生産地から消費地へ急速に転換。iPhone3Gの発売を契機にスマホが爆発的普及期に入ってO2OとSNSが消費を変え始め、マーケットがグローバル化してローカルブランドが駆逐され、情報の非対称性が崩れてファッションシステムも神通力を失った。

その一方、中国の賃金が高騰してアパレル業界は低コスト産地への移転を迫られ、バングラやベトナムなど南アジアシフトが急進。コストは下がっても生産ロットとリードタイムが肥大して需給ギャップが一段と広がり、消化歩留まりはさらに悪化した。アパレル業界は利益を確保すべく一段と調達原価率を切り下げたから、既に半減していたお値打ち感がさらに底割れ、15年以降は販売不振が極まって供給量の過半が売れ残るという泥沼に陥った。

 スマホの爆発的普及でショールーミングやウェブルーミングが広がって消費も在庫もECに流れ、オーバーストアや若年労働力逼迫による人件費高騰も相まって店舗販売の採算が急速に悪化。アパレル業界は15年以降、大量閉店が続くことになる。

※O2O(Online to Offline)・・・・ネットと店舗を行き来する購買行動。店舗からネットへ行くのがショールーミング、ネットから店舗へ行くのがウェブルーミング。

 

5)ローカル回帰とデフレ下のコストインフレ【16年〜】

16年6月のブリグジット決定、17年1月のトランプ大統領就任を契機に世界は急速にローカル回帰して分散と対立に向かい、それがもたらすコストインフレと地勢リスクでパラダイムが転換。少子高齢化で現役世代が減少し社会負担が嵩んでいく国内事情も加わり、消費のデフレ要求が強まる一方で事業コストはインフレするという板挟みが深刻化している。

労働力逼迫に追い詰められた大手宅配業者が大幅値上げしてECを直撃し、ほぼすべてのEC事業者が顧客に送料負担を求めた結果、19年に入って伸び率は目に見えて鈍化している。人手不足と人件費高騰に直面する小売チェーンはITによる店舗運営の効率化を急いでおり、セルフ精算が急速に広がり無人精算や無人運営も試みられている。需給ギャップと流通コストに苦しむブランドビジネスはリードタイムを短縮してリスクを圧縮すべく企画〜生産のデジタル化を進め、D2Cを超えてC2Mな無在庫販売を志向している。後編では、そんな5番目のパラダイム転換がもたらすファッションビジネスの明日を提じたい。

アパレル外衣の需給バランス推移,191109,191112 きものと衣料品の市場規模推移,191109,191112

 

後編

4度のパラダイム転換に振り回されたファッションビジネスだが、始まったばかりの5度目のパラダイム転換には的確な対応が望まれる。デジタルとアナログは表裏一体不可分の関係だから、デジタル化が進んでもデジタル世界のロジックがアナログ世界を支配するとは限らず、アナログ世界の急変がデジタル世界の構図を一変させることもある。その好例が物流費の高騰が引き金を引いたECバブルの崩壊だ。

 

ECバブルは崩壊する

 急成長が続いて店舗販売に取って代わるかとさえ思われたECが、物流というアナログの反乱で壁に当たっている。

 セールスドライバーの人手不足と過超労働を理由に17年10月にヤマトが口火を切った宅配料金の値上げは佐川急便や日本郵便に波及し、ECなど通販業者との法人契約も18年秋口までに一巡したが、30〜46%という大幅なものとなった。ECモール事業者は倉庫運営人件費の高騰もあってコストを吸収しきれず出品者の手数料や顧客の送料に転嫁し、自らECを運営するアパレルなどコンテンツ事業者も顧客の送料に転嫁し、それまで無料化が進んでいたECの送料は一転して有料が当たり前になった。

 利用者調査によればECを利用する必須条件は「タダで届く」「速く届く」「試せる返せる」だとされるが、大手宅配業者を使った宅配ではどれも満たせなくなった。結果、送料を有料化したECサイトの売上伸び率は19年に入って目に見えて鈍化し、宅配大手三社の合計取扱個数は1%前後の伸びまで失速。ポスト投函の「ネコポス」「ゆうパケット」を除けば前年を割り込んでいる。

 物流費の高騰で収益を圧迫され、顧客の送料に転嫁すれば売上が伸びなくなるという現実に直面し、ECモール事業者は速くて安いローカル運送業者や個人事業者に切り替えたり、在庫を預かる「フルフィル型」からスルーで仕分けるだけの「仕分け出荷代行型」、受注と決済に徹して宅配出荷は出品者に任せる「ドロップシッピング」に移行し始めているが、物流倉庫の立地や機能が異なるため即時には切り替えできずコスト負担に苦しんでいる。

 自社ECを運営するアパレル事業者はEC専業者と店舗網を持つオムニ事業者(店舗とECの両方で販売)で明暗が分かれる。店舗網を持つオムニ事業者は店舗をECの物流拠点とするC&C(クリック&コレクト)で物流コストを抑え顧客利便を高め店舗売上も伸ばせるが、店舗網を持たないEC専業者はそれに対抗する手段がなく、高騰する物流コストを吸収できず顧客利便も競えず、成長力も収益力も翳っていく。

「クリック&コレクト」とはECで注文したり取り置いたり取り寄せて店舗や受け渡し所で受け取ったり試したりする顧客利便で、顧客は「タダで届く」「速く届く」「試せる返せる」の三大必須条件、売り手は店舗物流と店舗在庫を活用しての物流コスト/距離/時間の圧縮、在庫効率と売上の向上が得られる。店舗在庫を引き当てれば在庫効率が高まり、店舗からローカル運送業者や個人事業者で近距離宅配すれば宅配物流費を半減でき、EC客が受け取りに来店してオムニ客化すれば店舗売上も大きく伸びる(EC客がオムニ客化すれば年間購入額は3倍になる)。

C&CにはEC受注引き当て/在庫/物流のオムニ一元化が必要だから自社ECシフトは必然で(自社ECでもオムニ一元化できていないケースも多いが)、在庫を預かる「フルフィル型」に固執するモール事業者とは縁を切るしかない。ZOZO離れの本質はそこにある。

もはやECモール事業者にとって物流は逆ザヤでしかないから、楽天のように決済やポイントで稼ぐか、フェイスブックのように広告や個人情報マーケティングで稼ぐか、アマゾンのようにクラウドサーバー事業で稼がない限り、これまでのような収益は期待できなくなった。取扱高が兆円級のプレイヤーにはそんな裏収益が可能でも、わずか三千数百億円のZOZOには見果てぬ夢で、そこにZOZOの悲劇があったのではないか。

宅配料金の値上げを契機に旧来のECは儲からないビジネスになり、C&Cに活路を見出すオムニ事業者や裏収益で稼ぐ巨大プラットフォーマーを除けば、店舗販売より旨味があるビジネスではなくなった。ECバブルで広がった倉庫需要や雨後の筍のように広がった周辺サービス需要も萎んでいくのは避けられないだろう。

 

ニューリテールの現実と限界

 少子高齢化による労働力不足とPOS依存による運営スキルの低下を背景に店舗運営は無人化を志向してIT依存を強めつつあるが、無人化・IT化できる領域には限りがある。人的サービスはもちろん、マテハンやVMDも無人化できるわけではない。

 米国の「amazon Go」に発した“無人コンビニ”が中国でいっときブームとなったが、早くも有人運営になったり閉店したりでブームは過ぎ去ろうとしている。個人認証や決済の煩わしさもともかく、品揃えや人的サービスへの不満が大きかったようだ。その点、「amazon Go」はよく考えられており、決済・精算こそAI仕掛けだが品揃えは一般のコンビニと遜色ないし、カフェサービスなど人手を惜しまず、一般のコンビニより多人数で運営している。

「amazon Go」も中国の真似っこ“無人コンビニ”も無人精算店舗であって無人運営店舗ではない。精算は無人でも品出しやフェイシング管理などマテハンは従来のコンビニとなんら変わらず、無人運営には遠い。マテハンまで無人化した巨大自動販売機型コンテナショップも開発済みで空港やオフィスでは定着するだろうが、それとて商品の補充は人に頼らざるを得ない。

 「決済」は銀行口座などと紐づけたIDや生体で個人認証すれば容易だが、「精算」はどんな商品を幾つ持ち出したのかを確実に掴む必要があり、ICタグか画像解析AIのどちらか、あるいは両方の検証を要する。「精算」だけなら画像解析AIと個人認証で済むし、フェイシング管理も画像解析AIでできるが、賞味期限管理や棚卸、入出荷検品やサプライチェーン連携となるとICタグが必要になる。リセール、リサイクルまでトレースしてサスティナビリティを徹するなら、生産段階で商品に直接インレイを縫い込むのが確実だ。

店舗運営ではICタグとAIを軸に「決済」「精算」「防犯」「在庫管理」の無人化や効率化が進み、アパレル分野ではオムニ顧客履歴や購買行動画像をベースに「接客」を支援するAIエントリーやAIレコメンド、AIフィッティングまで近々に実用化されるだろうが、マテハンとVMD、接客サービスは最後まで残る。「amazon Go」に学ぶまでもなく、残すべき人的サービスは何か熟慮すべきだし、ICタグ系と画像解析AI系の実用技術進化とサプライチェーン総体の全体最適を見極めて“リープフロッグの罠”を回避しないと置き去りにされかねない。

※インレイ・・・・ICタグに封入されるICチップとアンテナの基盤

※リープフロッグの罠・・・・古いインフラや隘路に入る技術に囚われてシステム革新に後れを取ること。

 

ものづくりのデジタル化とC2Mは必然

 店舗運営を効率化しても在庫が速やかに消化回転しないとビジネスは成り立たない。店頭の在庫だけ回転しても、倉庫に積んだ在庫や商社に抱かせた在庫も回転しないといずれパイプが詰まってしまう。店頭の在庫も倉庫の在庫も商社の在庫も家賃と資金を食うし、動かせば物流費やマテハン人件費がかかる。売上を作るのに在庫は必要だが、在庫は全てのコストの温床ともなる。ならば、在庫は限りなくゼロに近づけて売上だけ成り立つのが好ましい。

 ファッション商品のリスクはリードタイムとロットに比例する。シーズンに大きく先行する大ロット調達の売り減らしサプライ(ダム型サプライ)はリスクとチャンスを一人で抱え込むギャンブルだし、古典的なコレクション受注生産は発注者にリスクとコストを転嫁する非効率な旧弊でしかない。そのどちらの弊害も回避して効率的なサプライを実現するのが無在庫C2Mだ。

 生産から販売までコストとリスクを最小化すると注目されたD2Cも小売業者や店舗を中抜きするだけで、多くは計画生産の売り減らしに過ぎず無在庫販売には遠かった。その壁を越えるのが受注先行で超短納期生産するC2Mや、その仕組みを使った「ミニマム在庫補正生産型擬似C2M」だ。

 アパレルの生産自体はロットと分業プロセス(セル生産やライン生産)で短縮が可能だが、企画から生産仕様確定、素資材準備までの前工程が長く短縮が難しかった。それがデザイン&パターンCADや3Dモデリングなど企画プロセスのデジタル化で飛躍的に短縮され、マーキングCAD&裁断CAMやホールガーメント編み機とオンラインされることで急速に実現しつつある。

デジタルデザイン教育も広がり始め、経済産業省・中小企業庁の「ものづくり補助金制度」(投資額の三分の2、1000万円を上限)も後押しとなって国内縫製工場のデジタル化も急進しているから、超短納期消費地生産も絵空事ではなくなりそうだ。アイテムにもよるが、「超短納期」が物流も含めて一週間程度だとすれば「消費地生産」は国内と限らず、中国沿海部まで含まれると認識すべきだ。

 C2Mもパターンオーダー(フルオーダーでは成立しない)の枠を出ないとマーケットが広がらない。急拡大している紳士服の短納期パターンオーダーも市場性のガラスの天井が危惧される。その突破口となるのが「ミニマム在庫補正生産型擬似C2M」で、紳士服やドレスシャツなどパターンオーダーアイテムの枠を超えて広範なアイテムに適用できる。

ユニクロの「オーダーメイド感覚」サイズセレクトサービスはその好例で、ベーシックなシャツ/ジャケット/パンツ/スカートを2000超のサイズ組み合わせから選んで発注できるが、正午までの注文なら当日出荷して本州・四国なら翌日届く。超短納期(半日!)消費地生産しているはずはなく、ミニマム在庫から即出荷し、おそらくは中国沿海部の工場で週サイクルでサイズ在庫の差異を補正生産していると思われる。

この仕組みは柳井さんがメーカーズシャツ鎌倉から学んだと伝えられるが、同社の「ミニマム在庫補正生産型擬似C2M」は独自のサイズ選択誘導型VMDに立脚していることも忘れてはなるまい。シャツだけなら年間14回転もして99%プロパー消化する仕掛けは短納期生産とVMDの連携が実現したマジックなのだ。

 

繋げば個客最適が全体最適になる

 店舗運営のデジタル化とものづくりのデジタル化は全く別々に進行しているのが実情で、両者を一貫するデジタル化は見えていない。SPAの「製品仕入れ」では生産プロセスはブラックボックスのままだし、ものづくりのデジタル化も店舗販売との連携は想定だにされていない。販売から生産までデジタルに繋いでオンデマンドな(需給ギャップがゼロに近い)サプライチェーンを築こうという戦略意思は小売側にもアパレルメーカー側にもほとんど見られないのが現実で、そこにこそ根源的な問題がある。

SPAが提唱されて30余年が過ぎたが、小売チェーンはもちろんアパレルメーカーまで水平分業の「製品仕入れ」に留まり、販売から生産まで溜めずに一貫するオンデマンドなサプライチェーンを築く者はほぼ皆無だ。繋がない限り在庫はどこかに滞留し、個客最適をサプライチェーンの全体最適に一致させる仕組みは築けない。

デジタル化は隔てなく繋いでこそ成果が得られる。「製販一体」が言われて久しいが、水平分業を脱して垂直協業の戦略意思を持たない限りデジタル化する意味もない。好むと好まざるに関わらずデジタルに繋がらないと生き残れないのが現実で、経営陣のアナログと表裏一体なITリテラシーが問われよう。

宅配便大手3社の合計取扱個数前年比推移 ECプラットフォーマーの業務フローとC&C

 

 

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