小島健輔の最新論文

ファッション販売2006年8月号掲載
小島健輔の経営塾8
『賢い出店政策』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

 前回は配分・消化管理の技術体系から店舗布陣にまで話が及んだ。今回は個店の出店判断からドミナントの形成まで、賢い出店政策を考えてみたい。出店は成長の武器であると同時にリスクの高いギャンブルでもある。店舗案件の選択次第で収益が大きく上下してしまうから適確な選別能力が要求されるのはもちろん、ドミナント形成やデベとの連係といった政策レベルの判断も求められる。

商業施設の選別

  個別案件を選別する基準は大きく定量的視点と定性的視点に分けられる。近年の出店は大半が駅ビル/ファッションビル、ショッピングセンターなどの商業施設だから、その評価が基準となる。
 定量的視点では1)商業施設の実勢商圏、2)商圏の人口特性、3)商圏の購買力、4)ファッション関連テナントの集積度、定性的視点では5)商圏のファッション的特性、6)出店予定テナントのファッション的特性、などが挙げられる。
 1)商業施設の実勢商圏は、施設の規模と競合環境/アクセス環境などからハフモデル手法などで算出される。要は、より大きくて商圏内の売場占拠率が高く、カーアクセスや大衆交通機関の利便性が高いほど実勢商圏が広くなるという事。注意すべきは大河川や鉄道、慢性的渋滞などによるアクセス障害で、地形図を見れば大方の推察がつく(正確には商圏分析ソフトで算出する)。
 施設の規模が大きいほど商圏も大きく(多くの来店客が期待出来る)、将来のライバル施設開発リスクも小さくなる。規模の小さな施設では足元商圏の密度と閉鎖性、施設の売場面積占拠率が問われる。デベロッパーの募集パンフレットなどには白髪三千丈式の誇大表現が横行しているから、自ら地図を広げて商圏分析ソフトで算出するか、信頼出来る格付け機関の算出値を参考にすべきであろう。
 2)商圏の人口特性は、世代構成/男女比/職業構成など。世代の何処に山谷があるか、特定世代の男女比に特異性があるか、特定職業に片寄っていないかなどを検証する。要は自店の顧客層が厚いか薄いかを判断出来ればよいのだが、郊外のベッドタウンでは開発経緯によって世代構成が片寄ったり、アパート/マンション地帯、工業地帯では男女比や職業が極端に片寄るケースもあるから要注意だ。これも商圏分析ソフトで容易に検証出来る。
 3)商圏の購買力は、所得水準や世帯流動性から推計される。平均所得水準だけでは実勢は掴み難く、所得階層別の分布、持ち家比率とか共同住宅比率とか社会移動とかを加えて実勢購買力を割り出す必要が在る。要は賃貸住宅世帯や住宅取得初期世帯は可処分所得が低めになりがちという事。横浜市北部における田園都市線沿線と横浜市営地下鉄沿線の購買力の格差は極端な事例と言えよう。
 ロワーモデレート以下の低価格業態では購買力水準は大きく影響しないが、アパーモデレート以上、とりわけ百貨店プライスのボリュームベター以上では極端な格差が生ずる。これらの価格帯の業態では慎重な精査が不可欠だ。
 4)ファッション関連テナントの集積度は単純に総面積とテナント数だが、6)出店予定テナントのファッション的特性は対象世代やテイストだけでなく、各社の看板業態かセカンド業態かに注意すべきである。大手は大半の商業施設に出店はするが、有望施設には看板業態を勢揃いさせるのに対し、評価の低い商業施設には低価格のセカンド業態を出店する。そこをチェックすればテナント構成の水準を推察できるはずだ。
 5)商圏のファッション的特性はアーバン(アパート/マンション地帯)とサバーバン(一般に一戸建て地帯)、さらに山の手と下町で大きく異なる。アーバンはトレンド性向が強いが価格志向も強く、下町ではヤンキー好みが目立つ。サバーバンはコンサバだが価格に上巾があり、山の手ではエレガンス/トラッド志向が目立つ。あくまで一般論だが、既設商業施設のファッション特性はこの傾向を現しているから推察の目安にはなる。近隣の既設施設に行って客層をチェックすれば、より確かなものとなろう。

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 出店判断に慣れたはずの大手チェーンでも出店の成功率は二つに一つで、予算以上と以下が半々というのが現実。商業施設の成功率と大差ないから、ほとんど選別出来ていない事になる。これではまさに丁半もので、ギャンブルとしか言い様がない。加えて、開店後の生存率も10年後で3割そこそこ。定期借家契約が大勢となった今日では2割を切るのではないか。
 要因の多くは家賃水準から売上予算を設定するという本末転倒に起因しており、独自に売上を予測して選別するシステムを確立している企業はごく限られる。商業施設そのものの売上はかなりの精度で予測可能だから(当社では商業面積一万坪以上の全施設について売上予測を開店の12ヶ月前に提供している)、そこから導かれるファッションテナント平均販売効率に自業態の指数を掛ければ売上は推計出来る。
 出店の失敗は数千万円の損失を招き、小さな会社では破綻に至る事さえあるから、精緻な検証と慎重な判断が求められる。前述したような検証は不可欠で、格付け機関への支出を惜しんではなるまい。

政策レベルで判断する

 個々の案件では販売効率が水準に届かなくても、政策的判断で出店を決める事が在る。その背景となるのがドミナント政策であり、ドミナントエリア(制圧圏)総体のオペレーション効率と損益で判断するものだ。地域での総売上や消化運用(店間移動)、販促効率、物流や人員配置の効率を総合的に判断し、エリア全体を強化する視点で布陣を進めていく。当然ながら、ドミナントの店舗タイプ布陣(フラッグシップ/標準店/売り切り店など)、物流体系、レイバーコントロール体系が確立されている事が前提だ。
 政策的判断にはデベロッパーとの協調による布陣を意図する場合がある。駅ビルは○○、郊外大型SCは○○、アウトレットモールは○○といった取り組みで安定した物件確保を図るもので、よほどの問題物件以外は条件次第だが出店を決めていく。とは言っても投資回収が困難な物件まで付き合う必要はない。あるべき基準(販売効率/営業利益率/ROIなど)を多少は割り込んでもよいという程度で、赤字店舗の許容など有り得ない。大手デベなどでは同時期開発の有望/問題施設を抱合せ的にリーシングする事もあるが、家賃条件などは予想される販売効率に見合った水準に帰結しているようだ。

注意したい要点

 出店を進めるにしても、施設内のロケーション選択や契約条項/付帯条件に留意しないと予期せぬミスやコストが生じる事がある。これらは回避可能な事も多いから、チェックリスト方式で対応したい。
 施設内のロケーション選択では1)昇降導線や立駐連絡通路からの距離、2)自店のレイアウトモデルに無理のない地形、を優先すべきで、3)避難導線や防火シャッターの位置、にも注意したい。避難導線がリーシング区画に入る場合はその分、家賃や敷金の対象から外すよう交渉すべきだ。
 契約条項では1)定期借家契約か否か、2)契約期間、3)保証金/敷金の返還条件、4)期間内退店のペナルティ、に注意すべき。定期借家契約が避けられないなら契約期間は内装償却に見合う5年以上を確保したい。保証金という名目は避けて敷金に一本化し、退店後速やかに返還されるよう固執しなければならない。家賃形態は固定家賃がベストだが、歩合制なら最低保証条件はなるべく回避したい。回避出来ない場合でも出来るだけボーダーを低く交渉すべきだが、歩率そのものが高くなっては損益が苦しくなる。
 付帯条件では内装監理費と指定業者制に注意したい。内装監理費は交渉要件で、有力テナントでは負担しないケースも多い。デベ指定業者制は15%以上割高で融通も効かないから絶対に拒絶すべきで、有力テナントのほとんどは自社指名の内装業者に行わせている。
 これらを有利に交渉出来るか否かでコストは計2〜4割違ってしまう。その分、損益分岐点も大きく上下するから、指摘を真摯に受け止めて欲しい。出店とはまさにデベとの駆け引きでギャンブルそのものであり、素人と玄人で条件が極端に違ってしまうものなのだ。

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 政策レベルのお話が続いて頭が痛くなったでしょうから次回は店頭に戻り、販売力強化とレイバーコントロールという身近なテーマといたしましょう。

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