小島健輔の最新論文

販売革新新年号1月号掲載
—–流通業界の新潮流2017—–
『今こそ‘流通再構築’の刻』
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング 代表取締役

 政治の世界ではこの四半世紀で急進したグローバル化への反動たるナショナリズムの炎が燃え広がっているが、流通業界でもグローバル化と同時進行した水平分業と中央集権的チェーンストア運営が壁に当たり、ローカル&パーソナルに対応する流通システムの再構築が問われている。効率化への決定打と思われた‘中抜き’や‘標準化’が却って流通のロスとコストを肥大させ、オムニチャネル化が急進する中、店舗流通は抜本からの再編が急がれる。

■‘中抜き’は流通を効率化したのか?
 我が国にチェーンストアシステムが伝えられて‘流通革命’が燃え上がった60年代以降、‘革命’のテーマは「問屋無用論」という‘中抜き’に在ったが、半世紀を経た今日、それを実現した分野が果たして流通を効率化出来たのだろうか。
 流通の効率を図る指標に「W/R比率」というのがある。Wとはホールセール(B2B)売上、Rとはリテイル(B2C)売上を言い、業界のホールセール売上総額をリテイル売上総額で除した係数が1.00に近づくほど中間流通が少ない効率的な流通とされるが、この四半世紀で急速に「W/R比率」が縮小した衣料品分野の惨状は‘効率化’とは程遠いものだ。
 90年の織物・衣服・身の回り品流通の「W/R比率」は2.54と中間流通が小売の2.5倍もあったのが00年には1.84と圧縮され、15年には0.81と1.00を割り込んでいる。グローバル水平分業の急速な進展によるOEM/ODMの一般化に加え、00年の規制改革(定期借家契約導入)でテナント小売業の差し入れ保証金負担が激減して商品開発に潤沢な資金を回せるようになってSPA化が加速度的に進み、「W/R比率」が1.00を割り込むという中間流通外しが実現してしまったのだ。
 では、ファッション流通はそれで効率的になったのだろうか。プロパー期からタイムセールやキックオフが氾濫し、バーゲンしてもファミリーセールを乱発してもアウトレットに回しても総供給量の半分が売れ残り、そのロスとコストを穴埋めすべく原価率が切り詰められ、お値打ち感を損なって益々、売れなくなるという悪循環を極めているではないか。もはや‘正価’で購入される比率は3割を割り込み、‘正価’で購入する顧客は被害者意識を否めないという‘価格崩壊’状態に陥っている。
 こんな結果を招いたのは、衣料品生産の海外移転とロット発注というSPA事業者への在庫リスク一極集中であり、発注者が利益もリスクも抱え込んでしまう(受注者側は手数料収入もリスクも限られる)水平分業の弊害と言って良いだろう。これまで幾度も「問屋無用論」が叫ばれてきたが、その理想を実現したSPA流通がもたらしたものは決して効率的な流通ではなかった。流通を効率化するのは発注者へ利益とリスクが一極集中するバッチな水平分業ではなく、販売と生産をオンライン連動するVMI/FMI垂直協業、はたまた流通の各段階がそれぞれにリスクを分担する垂直分業ではなかったか。
 衣料品のほぼ100%が国内で生産され垂直分業が成り立っていた70年代には業界の最終消化率もほぼ100%で、流通のロスとコストが今日より格段に低かったゆえ、お値打ち感は今日の2.5倍(原価率は今日の1.5倍÷価格は今日の6掛け)も高かった。

■「問屋無用論」は誤解だった
 今日、肌着/レッグウェアなどのパッケージ・ガーメントやグロサリー食品などの分野ではベンダーやメーカーがチェーンストアとPOS情報を共有して数入れや調達・補給を分担するオンラインVMIが定着しており、ロット発注やセレクト発注で売り減らすというサプライチェーンが分断された衣料品分野より却って流通ロスが少なくサプライ効率が高い。チェーンストアは棚割と基準フェイス量を定めて補給と調達はベンダーに任せる(棚割まで任せるケースも少なくない)‘垂直協業’で、「問屋」は決して排除されていない。
 「流通革命」華やかなりし往時、「問屋無用論」が横行したのは、チェーンストア発祥の米国では我が国のような在庫を抱えて配送もする「問屋」が分野によっては必ずしも主流でなかったからで、チェーンストア流通には問屋は不要だという誤解が広がったと推察される。現実には「在庫を抱えて配送まで行う問屋たるDistributor」に加えて「在庫を抱えず配送機能も持たない営業代行業たるBroker」が全米各地区にカテゴリー別に存在し(今日では多分野あるいは全州をナショナルにカバーするブローカー企業も存在する)、「Broker」がメーカーやチェーンストアに替わって棚割や数入れを担う流通慣行が成立していた。
 国土が広く多様な人種と宗教、文化が交錯する米国では地域特有の季節催事やイベントが多く週サイクルの販売指数、衣料品ではサイズやカラーの構成も地域ごとに大きく異なる。ゆえに地域のカテゴリー消費に精通した「Broker」のスキルに頼らざるを得なかった。そんな流通慣行を大手ベンダー/メーカーとのオンラインVMIに構築したのがウォルマートの「カテゴリーキャップテン制度」であったと理解すれば、「問屋不要論」が誤解に基づくものであったと会得されよう。
 前世紀のチェーンストア理論は「商物一体」の流通が前提とされていた嫌いが在るが、米国のチェーンストアは必ずしも「商物一体」ではなく、多くのカテゴリーで「商物分離」のVMI垂直協業に支えられて来た。B2BではEDIが定着しB2Cではオムニチャネルな便宜が競われる今日、B2BのみならずB2Cでも「商物分離」の流通が広がる現実を直視するなら、VMI垂直協業がBBC一貫流通を効率化する要となる事が理解されよう。

  ■VMI垂直協業へのMD再編
 近年のチェーンストア・マーチャンダイジングは消費のパイが縮小する中で多様化やトレンド的変化に対応して流動化した嫌いを否めず、マーケットに対応して右往左往するあまりサプライチェーンを流動化したり分断してしまう弊害も大きかった。売れ筋対応や過剰な編集が品揃えを流動化し却って買いにくくし、顧客や取引先との‘絆’を綻びさせ、品質や補給の安定も損なっていたのではないか。
 少子高齢化と国家財政の悪化に伴う社会負担増が進む今後、客数や消費のパイが拡大すると望むのは楽観的に過ぎるから、顧客との‘絆’を深めて売上を安定させ、取引先との‘絆’を深めて品質・仕様と供給を安定させ、オムニチャネルな顧客利便の提供と在庫効率の向上によって流通のロスとコストを圧縮し利益を確保する「BBC垂直協業」経営への転換が急がれる。
 顧客との‘絆’を深めるのはオムニチャネルな利便とパーソナルなSNS交流、顧客を放さないエンゲージメントMDの三本柱で、とりわけ店頭では顧客が四季折々に求める品揃えの連続性を崩さない努力が問われよう。とりわけ衣料品では、トレンドに右往左往して定番の連続性を疎かにし顧客とのエンゲージメントを損なう愚行を避けるべきだ。
 そんなエンゲージメントMDをVMI垂直協業で効率化するには、まず過剰な売場の細分化を解消し、不要なカテゴリーを整理してアイテムを集約し、売場ユニットとベンダーの繋がりを固めなければならない。平たく言えば「単品平場の再構築」だが、VMI垂直協業が成り立つ売場のユニット化が問われる。婦人のパンツやワンピース、紳士のドレスシャツは年間を通してVMIを回しやすく、婦人のニット&カット、ワンピース&羽織アイテムなどダブルライナーにすれば無理なく回せる。客層別・アイテム別の年間売上推移を精査すれば組み合わせが見えて来るはずだ。
 売場の基本ユニットを固定してVMIを仕組む一方、大型店などではユニット間でクロス編集する出前ユニットで訴求力を高めてもよいが、それには「元番地」と「出前」の在庫運用ルールを確立する必要がある事は言うまでもない。

■オムニチャネル戦略の本質
 前世紀に確立された「商物一体」(B2B)/「販物一体」(B2C)のチェーンストアシステムはECが急速にメジャー化しオムニチャネル利便が競われる中、根本的な非効率性の壁に突き当たって存続が脅かされている。
 それは「商物一体」流通ゆえの1)多店舗に在庫が分散するゆえの流通ロス、2)店舗に在庫を積み上げるゆえの店内作業人件費と家賃の負担、3)品揃えの物理的制約であり、それらに囚われないゆえ流通ロスが格段に低く事業規模の拡大とともに運営コストが加速度的に低下していくECには対抗すべくもない。ECに対するチェーンストア側の反撃として盛り上がったオムニチャネル戦略にしても、フルフィルメント体制や24時間リアルタイム引き当てPOSシステムが整わなければ店舗をオムニチャネル利便拠点にもショールーム販売拠点にも出来ず、却って運営経費率を肥大させるだけだ。
 店舗小売業のオムニチャネル戦略はチェーンストアDBと一体化してこそ効率と顧客利便を両立するマジックが成り立つ。家電や家具など設置・設定商品のショールーム販売、紳士服や眼鏡など修理加工商品のテザリング(エリア母店に加工と備蓄機能を集中したルート便DB体制)がその好例だ。これにVMI垂直協業が一体化されれば、各店舗への初期投入と補充は低コストな直流物流、店間移動とB2Cはきめ細かな交流物流という‘ウルトラC’も現実となる。
 ECやオムニチャネルを販売機会の拡張に限定する発想ではチェーンストアは生き残れない。チェーンストアという前世紀の「商物一体」流通システムの弊害を一掃し、在庫と店内作業に押し潰されない身軽で効率的な体質に生まれ変わるカタルシスと捉えるべきだ。

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