小島健輔の最新論文

販売革新2001年5月号(販売革新短期連載第一回)
『小島健輔の百貨店ゼネラルマーチャンダイザー再生論』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

 90年代以降の長期デフレ局面下、百貨店や量販店といった総合小売業(ゼネラルマーチャンダイザー)の低迷が続いている。その要因として、業態そのものが末期を迎えてコストや提供方法で競争力を失っているとか、ベンダー依存の調達体制ではSPAに太刀打ちできないとか、様々な指摘が聞かれるが、それらはゼネラルマーチャンダイザーの本質を突いた指摘とは思えない。

業態生命は終わっていない

 確かに百貨店や量販店は業態としての鮮度を失い、販売効率の低下も著しい。スペシャルティ市場ではSCが百貨店の役割を代替しつつあるし、コモディティ市場ではスーパーセンター等の新世代ゼネラルマーチャンダイザーへの世代交代が加速している。両者とも部門編成やゾーニング、提供方法の陳腐化が目立つし、それを支える組織は多層化と官僚化が進んで高コストと非効率さを否めない。
 が、それは個々の企業において革新が停滞している事、立地変化への店舗のスクラップ&ビルドが追い着いていない事、品揃えと提供方法が消費の実態と乖離している事が主な要因であって、業態そのものが市場での役割を終えつつあるという指摘には必ずしも繋がらない。それらの企業が古典的な既成概念やイデオロギーに捕われず、消費環境や立地変化に素直に対応してきたとすれば、今日のような退潮には陥らなかったのではないか。  アウトレットモール等の例外はあるが、今日においても百貨店や大型量販店を欠いては大型SCは成り立たないし、十年や二十年でその状況が変るとは思えない。もし変るとすれば、店舗小売業そのものの存続が問われる時であろう。 

調達方法の多様性が不可欠

 ベンダー依存を脱せない調達体制を指摘する声も多いが、SPA的な開発調達に片寄ってしまえば品揃えのバラエティと調達の機動性は削がれるから、ゼネラルマーチャンダイザーとしては開発調達とベンダー依存調達のバランスに留意しなければならない。
 今のようなデフレ局面ではバリュー創造力の大きい開発調達のメリットが目立つが、インフレ局面ではバラエティ対応や変化対応の効くベンダー調達の方が優位になる。多様な調達方法を活用して顧客に応えるのがゼネラルマーチャンダイザーの使命であり、トレンドに流されてスペシャルティマーチャンダイザー的な開発調達一辺倒になるのは間違っている。
 品揃えのバラエティと差別化を求めて様々なベンダーから多様な手法で調達する百貨店はゼネラルマーチャンダイザーの最たるものであり、むしろ特定の調達手法に片寄るマイナスの方が大きい。実態依託仕入れの平場と消化仕入れのインショップという類型化された調達方法で同質化してしまった百貨店が、セレクト仕入れや開発調達を組み合わせた業態化平場で差別化を志向しているのは正しい方向だ。
 量販店とて顧客の期待に応えて個店のニーズを追う限り、その本質は百貨店と大差無い。現実に、主力のベンダー調達はもちろん、OEM調達からコンセの消化仕入れまで、百貨店並みに多様な調達方法を活用しているではないか。 

ゼネラルマーチャンダイザーの本質

 ゼネラルマーチャンダイザーの本質は業務効率を犠牲にしても多様な手法で個店毎の顧客ニーズに応えんとするマーケット・インであり、効率を追求して有利な調達手法とMDに絞り込むプロダクト・アウト体質のスペシャルティマーチャンダイザーとはスタンスが異なる。スペシャルティマーチャンダイザーの究極は顧客を選別するブランドビジネスであり、「ユニクロ」から「ルイ・ヴィトン」まで、業務効率を追求して調達手法とMDを絞り込み、集中的なプロモーションを賭けて消化を促進するビジネスモデルに大差はない。
 ゼネラルマーチャンダイザーが業務効率を追ってスペシャルティマーチャンダイザーの調達手法やMDを安易に取り込むと顧客を選別することになり、返って業績を悪化させるリスクを伴う。イトーヨーカ堂が売れ筋への絞り込みを追求すればするほど業績を悪化させているのは、その好例ではないのか。「無印良品」がブランドを否定しながらブランドビジネスの手法に陥り、立地対応の品種品目構成を軽視して顧客の離反を招いたのも似たような事例だ。
 過度なカテゴライゼーション(専門ショップ化)も全体の品揃えと提供方法を崩してしまうから、ゼネラルマーチャンダイザーにとってはリスキーなチャレンジだ。ワードはこれで会社が破綻してしまったし、サティも競争力を失ってしまった。ダイエーが今、この手法で立て直しを謀っているが、悲劇の徴候を感じるのは私だけではあるまい。
 旧社会主義圏を取り込んでグローバル化とデフレが急進した90年代においては、コンセプチュアルに絞り込んだMDで効率的なSCMを追求するSPAが究極のスペシャルティマーチャンダイザーとして台頭したが、その反動でローカリゼーションとインフレが希求される21世紀においては、効率を犠牲にしても顧客ニーズに応えるゼネラルマーチャンダイザーに時代のスポットが当たることになる。効率追求の時流の中で化石化を揶揄された百貨店や量販店だが、効率よりも顧客ニーズへの対応が優先される21世紀においては新たな発展期を迎えるのではないか。 

ゼネラルマーチャンダイザーの規範と三つの矛盾

 ゼネラルマーチャンダイザーの本質を正視すれば、百貨店も量販店もスーパーセンターもSSMもCVSも皆、共通した規範と矛盾に立脚していることが理解される。
 ゼネラルマーチャンダイザーの規範は個店単位の立地対応であり、商圏の密度と特性、商勢圏に適した売場構成と品種品目の品揃え、購買スタイルをパッケージした提供方法が求められる。その実現のためには多様な調達方法が必要で、特定の調達方法に限定されるべきではない。それはルーラル立地のスーパーセンターもターミナル立地の百貨店も同様だ。
 その規範に真っ向から矛盾するのが、標準化で効率を追求するチェーンオペレーションであり、品揃えと調達背景を限定するSCMなのだ。前者は大量生産が大量流通を求めてチェーンストアが発祥した1920年代からの呪縛であり、後者はグローバル化とIT革命がもてはやされた前世紀末のトレンドがもたらした禍根だ。
 この二点以前に、ゼネラルマーチャンダイザーは衣、食、住、サービス を一体の提供方法にパッケージするという便宜性と、それゆえの購買局面の矛盾を抱えている。ターミナルからルーラルまで、どうワンストップ・ショッピングを仕組んでも、衣、食、住の購買局面がずれてしまうのだ。それはゼネラルマーチャンダイザーが存在する限りつきまとう、原罪的な宿命と言うしかない。だからこそ、この一点が業態革新の真の起点となるのだ。価格や調達方法が業態革新の決定打と信じる経営者が少なくないが、事実は違うのではないか。
 このような視点から、究極のゼネラルマーチャンダイザーとしての百貨店を、量販店にも通じる規範と矛盾を検証しつつ論じてみたい。個店対応の追求とチェーンオペレーション、SCMとの矛盾については次回、次次回に譲るとして、今回は衣、食、住、サービスのワンストップ・ショッピングの便宜性と購買局面の矛盾に言及してみた。

家計支出と売場構成の矛盾

 百貨店の売場はファッション分野(衣料品+身の回り品)が六割以上を占め、住関連(家庭用品+雑貨)は二割弱、食品は15%程度を占めるに過ぎない。が、売上シェアではファッション分野は約五割に留まり、住関連が25%、食品が23%を占めている(2000年度の全国百貨店販売統計)。最も販売効率が高いのは量販店同様に食品で、ファッション分野の坪販売効率はその半分から四掛け程度に過ぎない。

 大型量販店でもファッション分野が売場の六割近くを占め、住関連は約四分の一、食品は十五%強を占めるに過ぎない。が、売上ではファッション分野が30%台に留まる一方、食品は40%を超えている。ファッション分野の坪販売効率は食品部門の三掛けから四分の一程度と極端に低いのだ。大型量販店が如何に過大なファッション関連売場を抱えて、無理な商圏拡張に走っているかが見てとれる。
 百貨店にせよ大型量販店にせよ、このような部門間の極端な効率格差が生じる要因は、過大な商勢圏を期待したゆえの家計消費支出と懸け離れた売場構成にある。
 百貨店の衣、食、住の売場面積シェアは家計消費支出の分野別実勢と極端に懸け離れており、売上シェアで是正されてもまだ乖離が大きい。それでも生活圏に近づくにつれ、乖離が詰められる傾向が見られる。ターミナル立地の百貨店ではファッション関連が売上の六割近くを占め、食品の売上シェアは二割程度に過ぎないが、郊外店ではファッション関連と食品が四割前後で拮抗する。大型量販店とてそれは同様で、立地が生活圏に近づくほどファッション関連のシェアが低下して食品のシェアが高まっていく。すなわち、家計消費の実勢に近づいていくのだ。 

乖離に潜む巨大市場

 とは言っても、逆にSSMでは家計消費支出の実勢より食品のシェアが高過ぎ、ファッション関連シェアが低すぎる。そこに「しまむら」がほとんど無競争状態で成長を続けている要因があるし、ゼネラルマーチャンダイザーの巨大空白市場が存在している証がある。この中間的なバランスを提供するゼネラルマーチャンダイザーがスーパーセンターだが、米国ではともかく、日本ではまだ本気でトライする企業はわずかだ。
 スーパーセンターの成功要因はこの購買立地局面における衣、食、住のバランスと品種品目構成の密度、パッケージされた手軽な提供方法にあるのであって、価格は二次的要素に過ぎない。ディスカウントが先に出てしまう現在の開発姿勢では、スーパーセンターの成功は絶対に在り得ない。  百貨店では競争の激化に伴い、大商圏設定のままソフトラインに特化して棲み分けようという作戦が採られがちだが、都心立地の例外ケースを除いて成功例は見られない。郊外ターミナル立地や郊外住宅地立地では足元商圏の占拠率を高めるのが絶対条件で、百貨店と言えども食品で一番店たりえないとシェアの低下は免れないしファッション関連も売れない。
 だが、郊外立地の購買局面に真摯に対応して部門構成や品種品目構成を追求している百貨店は、現実には一店も存在しない。ファッション的なターゲットやテイストが先行し、部門バランスはもちろん、品種品目構成など議論にも上らないからだ。ここにも、現在はまだ見られない百貨店のサクセスモデルが潜んでいる。
 百貨店でもそうなのに、もっと限られた商圏で生きる大型量販店がファッション関連を肥大させて商勢圏を拡張しようとするのは無理が在り過ぎる。一時は周辺商圏を取れても、やがて新たな大型店やSCが開設されればその植民地は失われてしまう。むしろ食品部門にエンターテイメント性や専門性を加えて足元商圏の占拠率を高め、同時に商勢圏拡張の武器とすべきではないか。ここにも、大型量販店の新たなサクセスモデルが潜んでいる。 

購買行動のギャップ

 『衣、食、住、サービスが一体の提供方法にパッケージされる便宜性』と言っても現実には各部門で提供方法が異なるし、衣、食、住、三部門の購買行動の違いがワンストップ・ショッピングを妨げ、別々の来店動機になってしまうケースが多い。
 百貨店では食品の集客力を噴水効果(食品は地階に位置するので)と言うが、食品の集客が他分野の販売に繋がる比率は限られている。それは衣、食、住の購買動機と購買行動が異なるからだ。そのギャップを埋めるために駐車場へのお回しサービスや無料のコインロッカー・サービス、ハウスカードによるサインレス・チェックアウト等が試みられているが、多層階構成の物理的な制約を解消するには至っていないし、来店動機のギャップを埋める術も見えていない。食品部門がもっとエンターテイメント性を高めてファッション部門なみの目的購買性を確立する一方で、提供方法をパッケージ化して便宜性を高めるしか突破口はないのではないか。百貨店がSM型セルフ売場を併設するのは、その意味で逆効果だと思う。
 その点では大型量販店の方が改善は容易だ。ダウンタウン立地の旧店では困難だが、新設の郊外店なら衣、食、住の購買行動のギャップを埋める部門レイアウトや駐車場と繋ぐスロープ・システム、ワンストップ・チェックアウトも可能だからだ。ただし、購買行動は辻褄を合わせても来店動機まではカバー出来ない。ここでも食品のファッション性を格段に高める一方、ファッション関連の方は生活感覚に近付ける努力が必要なのではないか。
 衣、食、住の来店動機を近付ける決定的な手法は一つしか無い。それは商勢圏設定自体を現実的に小さくする事だ。 

商勢圏の実情

 競合の激しい都市圏郊外立地においては、3万平米を超える量販店系大型SCといえども5km圏を商勢圏として確保するのは至難の業だ。様々な実例からの経験値だが、平均的な大都市圏郊外立地の2km圏内の小売売上高は1200億円ほど。単純に考えれば、2km圏内売場占拠率20%を確保できれば240億円の売上(3万平米ならば年間坪効率264万円)が見込めるから採算が読める。大都市圏郊外に較べて競合の薄い地方都市郊外立地なら5km圏を商勢圏に収める事も可能だが、同様に試算すれば180億円(3万平米ならば年間坪効率198万円)の売上を得るには5km圏内売場占拠率10%が必要となる。
 百貨店の場合は量販店より広域集客が可能とは言え、競合施設が氾濫する大都市圏郊外立地においては5km圏を超える商勢圏設定には無理がある。5km圏で商勢圏を確立するには売場占拠率10%が必要だが、平均的な大都市圏郊外立地の5km圏内売場面積は40万平米に達するから4万平米以上が求められる。となれば、百貨店単独の出店はあり得ない。モールを含めたSC戦略が不可欠なのだ。現実に、単独出店の郊外百貨店では売場占拠率が過小で商勢圏を確保出来ず、低迷するケースがほとんどだ。
 このように、百貨店や大型量販店系SCと言えども現実の商勢圏は意外に限られる。ならば、より家計消費の実勢に近づいた部門構成と品種品目構成が求められるのではないか。 

論文バックナンバーリスト