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ダイヤモンド・チェーンストアオンライン
『チェーンストアが「お値打ち価格」と「安定供給」を両立する方法とは』
(2025年01月22日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

■チェーンストアは供給責任を放棄したのか

円安もインフレも収まらない中、米不足も加わって食品の値上がりが生計を圧迫しているが、チェーンストアは売価に転嫁するばかりで、「国民の生活を支える社会インフラ」という役割を放棄した感がある。転嫁しなければ従業員の給与を上げられないし、納入業社の価格転嫁要求に応えないと「優越的地位の濫用」だと公取委に摘発されかねないご時世だから致し方ないのかも知れないが、消費者にすれば「レジ袋騒動」以来、チェーンストアに対する不信感が根強く、度重なる値上げに愛想が尽きて生活防衛姿勢を強め、少しでも安い店を探して食料品が「買い回り品」になっている。

そんなことを言えばアパレルなんて「定価」があってなきが如くで、売れ残りに苦しむ事業者がある反面、「神話作って騙した奴が勝ち」という風潮さえあるから、便乗値上げでぼったくっている事業者も多々見られる。インフレ下でそんな風潮が極まるほど「買い回り」が面倒になり、圧倒的「お値打ち」を確立した「ユニクロ」「ジーユー」への一極集中が進んで、生活衣料(「ライフウエア」)は食料品とは逆に「最寄り品」になっていく。

チェーンストアは多数の店舗を展開して売上規模は大きくても、ごく一部を除き、市場流通やサプライヤーに依存するだけで、インフレや品不足に立ち向かって顧客に応える独自のサプライチェーンを確立できているわけではない。日本の国力が衰退して円の力も生産力も落ちていく中、インフレは止まらないし供給もますます不安定化していくから、「お値打ち価格」と「安定供給」を担保するには衣料品も食品も「ユニクロ」的に独自のサプライチェーンを確立してSPA化せざるを得ないのではないか。

以下、「定価」と「原価」の関係を掘り下げながら商品開発とサプライチェーンの課題を探っていこう。

 

■一物多価のアパレル商品

 アパレルが一物多価であって「定価」などあってなきが如しというのは業界人のみならず一般消費者も広く認識して使い分けている。

 「定価」で売られている段階でもECならクーポンで安く買えることがあるし、百貨店や商業施設のカード会員ならランクによって常時、5〜10%オフ、あるいはキャンペーン期間中に10%オフで購入できる。売れ行きが鈍い商品は期中でもキックオフ(期間限定値引き)や売価変更で安く買えるし、シーズン末に残っていれば大幅値引きのセール価格で購入できる。セールでも売れ残って持ち越された商品はアウトレットでさらに値引きされるが、今時は素材や縫製品質を落とした「アウトレット専用企画品」が過半を占めるブランドもあるから、タグを確認して見分ける必要がある。

 もっとエグいのが、「遠目にはほぼ同一商品」なのにブランドが違えば何倍も違う価格で売られるケースだ。そんなことが起きるのはOEM/ODM調達が蔓延しているからで、専門商社などが予め仕込んだ素材とスペック(パターンと縫製仕様)にブランドやSPAが売れ筋のデザインを載せれば、似たような商品が異なる価格で流通することになる。ワールドが買収した三菱商事ファッションなんて毎シーズン、見た目そっくりなのにコストが上下何倍も違う4クラスの素材と、それに見合った国内から南アジアまでの生産工場を用意して、イタリア素材を使うベターブランドから南アジアの現地素材を使う量販アパレルまでカバーしていたから、「定価」では10倍以上の開きになる。

全く格違いのブランド間では販路も異なるから何倍も異なる価格の商品が顧客に見比べられることはないが(品質も当然に大きく異なる)、販路が重なる同格のブランド間では顧客に見比べられるから、納入原価率で最大5ポイント、素材でワンランク、小売価格でワンラインの差が限界だろう。店頭で見比べられないEC専業ブランド(いわゆるD2C)では類似の店頭販売ブランドの倍ほども割高に値付けするケースも見られるが、売上規模は数億円に限られる。

 割高に値付けしては顧客を欺くことになると考えてしまうのは真正直な商人で、アパレルや服飾品の世界では「神話」や共感で上手に「推させる」者が大きな利益を手にするのが現実だ。かつての「ファッションシステム」(業界とファッション誌などメディアが結託して情報を操作し「神話」を創る)こそ崩れたが、今やSNSを舞台にインフルエンサーとD2Cブランドが似たようなシステムを形成している。

 

■オリジナル商品の原価率

オリジナル商品の「定価」対比原価率は調達手法や流通プロセスによって幅があり、量販店衣料品のODM調達で48%ほど、大手量販SPAの自社開発調達で38%弱、アパレルチェーンのOEM調達で28〜36%、自社開発する卸流通のNBや百貨店ブランドで20%前後、デザイナーブランドやハイブランドなら、さらに数ポイント低い。お手頃価格のアパレルチェーンでも「タイムセール専用商品」など素材や縫製品質を落として20%割れで調達するケースもあったが、そんな商法を乱発した旧C社は顧客もサプライヤーも離反して経営が悪化し、経営陣と資本の再編に追い込まれた。

 アパレルではファブレス(外部工場委託)生産が大半を占めるが(我が国では99.9%以上)、自社開発とODM調達との原価率の差は5〜6ポイント、自社開発とOEM調達の差は3ポイントぐらいしかないから、手続きだけの「直貿」ではコストメリットはほとんど得られない。コストもともかくスペックの完成度や仕上がりによる付加価値メリットが大きいが、それには「直貿」ではなく「直管」(直接生産管理)が必要で、開発組織(商品企画・開発・生産管理)を抱えるという踏み込んだ決断が求められる。

 スペックの完成度を追求すれば「直管」、さらにはZARAのように前工程と仕上げ工程を自製して縫製工程のみ外注する「ハブ直」に進み、究極は自社工場生産に踏み込むことになる。自社工場生産する欧州のハイブランドはNBや百貨店ブランドより生産原価率が低いが、工場の減価償却費や職人の育成費を加えてファブレスの調達原価率に換算すれば20%を上回るケースもあり、インベスティメント系(永年変わらない定番型)某ブランドではヨークシャーの自社工場製品の方がベトナムや中国で作っている国内アパレルのライセンス品より「お値打ち」な値付けになっている。

 生産仕様の違いやフィニッシュの見栄え(プレス仕上げや縮絨仕上げ)で「お値打ち」感は大きく左右されるから「原価率」だけで比較するべきではないが、生産・調達するのに要する「原価」と「定価」との差(値入れ)は流通・販売の仕組みと運用スキルが左右する。そこで問われるのが「薄利多売」か「厚利少売」かという選択だ。

 

■「薄利多売」か「厚利少売」か

 商売の本道は「薄利多売」と言われるが、少子高齢化とインフレが止まらない我が国では無理があり過ぎる。人口が減少する中では「薄利多売」で高収益が得られるのは寡占企業だけで、大多数の企業、とりわけ少子高齢化が著しいローカルを地盤とする企業は客数減が必至だから「多売」は無理で、「少売」で採算を取るしか無いと言われるが、果たしてそうだろうか。

 「少売」で採算を取るには「厚利」が前提で必然的に割高な価格になり客数はさらに減ってしまうから、よほど突出した魅力のある商品を開発できない限り、客数と売上の減少スパイラルに陥ってしまう。地域に限定された商売では客の母数が限られるから顧客を狭める「厚利少売」は困難で、SNSを駆使したECによる全国区ビジネス、さらには現地インフルエンサーSNS活用の産直越境ECというグローバルビジネスに挑戦する必要があるが、地域の小売業者にはハードルが高い。

 少子高齢化でも地域の小売店舗が客数を増やす確実な方法がある。それは「高頻度カテゴリーの取り込み」と「顧客カバー率の向上」だ。

 

インフレに賃金上昇が追いつかない現状では、食品やフードサービスの値上げが生計を圧迫して衣料・服飾など不要不急の支出が抑制されたり格下げされたりが顕著だが、ならば衣料・服飾を主力とする店舗でも相応しい方法で食品やフードサービスを取り込めば良い。ドラッグストアが食品を取り込んだように、コンビニがファストフードを取り込んだように、衣料・服飾店も食品やフードサービスを取り込めば、客数も来店頻度も飛躍的に伸びる。食品の粗利益率は低くても、客数増で利幅の大きい衣料・服飾品の売上が伸びれば採算は向上する。食品スーパーやディスカウントストアでは当たり前の粗利ミックスだ。

衣料・服飾品に臭いがある食品はそぐわないという見方も当然あるが、匂いが必然の化粧品を扱うドラッグストアが食品を扱ったり、逆に食品スーパーが化粧品を扱ったりする方が臭いと匂いのギャップは大きい。ファッション屋らしく、「ディーン&デルーカ」みたいにお洒落なグローサラント、往時の「アンナミラーズ」(22年8月末で全閉店)や今時のコンカフェみたいにイータテイメントで集客すれば人気が沸騰するかも知れない。ドラッグストアに食品があるみたいに、いずれロードサイドや大型のファッション店では食品を扱うのが当たり前の風景になるのではないか。

高頻度カテゴリーという点では、やはりドラッグストアが取り込んでいる均一価格商品(100円/300円)も挙げられる。「セリア」やパルの「3コインズ」みたいにお洒落な商品開発を極めれば客数は大きく伸びる。

商品開発は大変そうだから外部の業態をコンセ導入するケースが多いが、衣料品と同様、各カテゴリー毎にOEM/ODM事業者が揃っており、店舗数が揃ってロットをクリアすれば開発は難しくない。ロットが足らなくても客寄せの目玉と割り切れば利幅を削れば良いし、ブランドの「推し」グッズと開き直れば利幅も取れる。

お洒落な開発センスがあれば集客の目玉になるが、難しいのは細々として変化も早い多数の品目の補給と在庫管理で、逐一ロットを揃えて開発しては在庫の山になる。集客の目玉と割り切るなら、利幅を削ってサプライヤーのVMI※に依存するという選択もあるのではないか。

 

もうひとつの「顧客カバー率の向上」は人口が減少する中で必須の要件だが、具体的な手法は立地によって相反する要素のバランスが問われる。

地域の最寄り商圏で顧客カバー率を上げるにはテイストや品種品目のバラエティを揃えての「横売り」※が必要だが、ターミナルや大型SCなどの買い回り商圏では逆にコンセプチュアルに絞り込んで開発した汎用商品の「縦売り」が必要で、立地によってカバー率を上げる手法が真逆になる。汎用商品を「縦売り」するにはサイズやカラーを広げて幅広い顧客を捉える必要があるが、広げるほど在庫負担が嵩んで消化効率が悪化する。とは言っても一度、在庫負担に耐えて圧倒的に顧客をカバーしてしまえば、ライバルが手を出せなくなる寡占障壁が成立する。コロナ明け以降の「ユニクロ」の加速度的な収益拡大は、そんな構図も背景にあるのではないか。

※VMI(Vendor Managed Inventory)・・・あらかじめ定めた陳列棚割と販売計画に基づいてベンダーに在庫管理と補給・補充生産を委任する取引形態。同一商品を継続補給する「台帳型サプライ」が一般的だが、アクセサリーやベルトなど服飾雑貨では類似アイテムをリレー供給する「トコロテン型サプライ」も多い。

※縦売りと横売り・・・同一品を備蓄補給して大量継続販売するのが「縦売り」、バラエテイを揃えて少量を蒔き切りで売り切っていくのが「横売り」。

 

■サプライチェーン確立へ、決断の刻

 結局のところ、市場流通やサプライヤーに依存しては「価格」も「供給」もコントロールできないし、幅広い顧客に支持される「品質」も「スペック」も確立できない。時間もコストも不断の決意と胆力も必要だが、チェーンストアとしての社会的「供給責任」を果たすには自主管理できるサプライチェーンの確立が必須と思われる。

国内のサプライチェーンが崩壊しなければ、少子高齢化と円安インフレがなければ必須ではなかったが、アパレルの場合、前者はリーマンショックで最後の砦も崩れ、後者は眼前の現実として立ちはだかっている。チェーンストアとしての社会的「供給責任」は放棄してもコストを抑制すれば生き残りは可能だが、いずれサプライチェーンを確立したライバルに押し潰されていく。ならば、インフレの継続が覚悟される今こそ、決断の刻ではないか。

 

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