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商業界オンライン 小島健輔が検証
『ジーンズは復活するか』(国内編)(2019年09月09日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 リーバイスが復活してNY証券市場に再上場する一方、わが国のジーンズ市場は縮小の一途で復活が見えず、ジーンズカジュアル専門店でもジーンズの扱いが減り、ライザップグループの「ジーンズメイト」がアスレジャーに軸を置いてジーンズを扱わない店舗を打ち出すなどジーンズ離れが進んでいる。果たしてジーンズはこのままカジュアルの本流から外れてしまうのだろうか。

NBブルージーンズのピークは05年だった

 ジーンズ市場はさまざまな基準で捉えられているが、まずは2012年まで業界団体の日本ジーンズ協議会が発表していた数字を検証したい。

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 同協議会の数字は参加しているNBジーンズメーカーの生産量を集計したもので、「ユニクロ」などSPAのPBジーンズは含まれていないからジーンズ市場全体を捉えたものではないが、マーケットの趨勢はつかめる。集計にはトップスやジーンズ以外のボトムスも含んでおり、同協議会の集計を転用した記事の多くは混同して誤解を招いてきた。「ジーンズ市場」を捉えるにはブルージーンズとカラージーンズに絞って推移を見るべきだ。

 同協議会の集計によるジーンズ生産量のピークは00年の7108.6万本で、07年に5887.6万本と6000万本を割って以降は急減し、10年に3989.1万本と大底を打って12年には4019.6万本とわずかに回復を見せた。カラージーンズは99年には3736万本とブルージーンズより多かったが、以降は急減してブルージーンズを下回るようになり、09年には1548.6万本まで落ちている。

 ブルージーンズのピークは05年の4945.1万本で、以降は急減して11年には2258.7万本と大底を打ち、12年は2328.6万本とやや回復している。00年代前半のセレブジーンズブームを経た今日では『ジーンズ=ブルージーンズ』という認識が定着しており、05〜06年ごろがピークだったという業界の実感とも一致している。

ジーンズカジュアル専門店のピークは07年だった

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 一方、ジーンズカジュアル専門店(年商10億円以上を集計)の売上推移を追うと、05〜06年頃に急成長して07年に3233億円とピーク打った後、つるべ落としに急落して11年には2450億円(07年比76%)まで落ち込み、14年には2363億円(07年比73%)と底割れしている。16年には2618億円まで回復したものの17年以降は再び落ち込み、19年上半期の趨勢では2340億円まで落ちると見られる。

 最大手ライトオンの売上高も同様な軌跡を辿っているから、ジーンズ販売のピークは07年頃で急騰から鎮静化まで5年間と、かなりピーキーなブームだった。また前述したように、00年を境としてジーンズ生産の主流がカラージーンズからブルージーンズへ移り、05年にかけて急激にブルージーンズに集中していったことから、セレブジーンズブームが『ジーンズ=ブルージーンズ』という認識をもたらしたと推察される。

 ジーンズ協議会の生産量は年間ベース、ジーンズカジュアル専門店の売上高は各社の決算期集計というズレに加えて生産から販売までの時差もあり、生産のピークと販売のピークには1年以上のズレがある。近年はジーンズカジュアルとは一線を画している旧「ポイント」(現アダストリア)もジーンズ最盛期までは一翼を担っており、遡って同社の売上げを除いている。

ジーンズ売上げはどう推移したか

 ジーンズカジュアル専門店といってもジーンズばかり売っているわけではないし、今やジーンズをほとんど扱わない店もある。売上高のうちジーンズがどれほどを占めていたか、ライトオンの00年から19年(いずれも8月期、図表は04年以降)までの推移を追ってみた。

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 紳士服専門店大手の青山商事やAOKIのファッション事業が決算期ごとにスーツの販売着数や売上げを公表しているのに対し、「ユニクロ」や「GU」がPBジーンズの販売本数をたまに公表することがあっても、ライトオンをはじめとするジーンズカジュアルチェーンはどこもジーンズの販売本数や売上げを公表しておらず、売上構成におけるボトム比率から類推するしかない。

 ライトオンのボトム比率は02年の39.1%がピークで、04年も38.6%と高かったが以降はじりじりと低下し、08年以降は32%台から34%強を行き来している。そのうちジーンズがどれほど占めるか、ジーンズ協議会生産統計のボトムに占めるジーンズ比率から類推してみた。

 協議会統計のボトムに占めるジーンズ比率は03年の96.2%がピークで、以降はじりじりと低下して09年には88.8%と大台を割っているが、大底は11年の88.5%だった。ライトオンのボトム比率に協議会の前年ジーンズ比率を掛けてジーンズ比率を推計するとピークは04年の37.1%で、08年には31.0%まで落ちている。協議会の統計は12年までだから以降は88%弱と見ると、近年は28〜29%台で推移している。「米国のライトオン」といわれる「バックル」のデニム売上比率は年々低下しているとはいえ19年1月期でも41%(前期は41.5%、前々期は42.2%)と、ライトオンより一回り高い。

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 それをライトオンの売上高に掛けるとジーンズ売上げが推計できるが、それによるとジーンズ売上げは02年の192.5億円から07年には358.5億円まで伸びた後、急落して11年には237.3億円まで落ち込み、翌年には256.2億円まで回復したものの以降はじりじりと減少して19年は220億円程度まで落ちていると推計される。

 ライトオンのジーンズカジュアル専門店売上高に占める比率はピークの07年度で33.0%、19年は31.8%と推計されるから、ジーンズの専門店市場規模はピークの07年度の1086億円程度から19年は693億円ほどまで落ちたと推計される。

 ジーンズ売上高については「1000億円強」という数字が独り歩きしているが、それはNBジーンズの小売市場規模であって、ジーンズカジュアル専門店以外に量販店や百貨店の売上げも含むが、693億円というジーンズカジュアル専門店のジーンズ売上高から類推すると大台を割り込んでいるかもしれない。

5000万本を割ってPBジーンズが大勢に

 ジーンズ市場全体の売上規模を推計するにはPBジーンズ売上高を推計する必要がある。ジーンズ協議会の集計に入らないPBジーンズがどれほどの数量かは全く統計がないが、各種の消費者調査から今や購入数量の過半がPBジーンズであることは間違いない。

 ジーンズ協議会のNBジーンズ生産量がピークだった00年頃は「ユニクロ」がようやくPBジーンズに本格的に取り組んだばかりで、当時のNBシェアを90%と見れば市場規模は7900万本ほどだった。そこから05年にかけてジーンズ市場は急成長して一説によれば9500万本(繊維流通研究会)まで到達したとされるが、協議会の生産数量は逆に7100万本強から6630万本まで減少している。同年にユニクロのPBジーンズが1000万本に到達したことを考慮してもPBジーンズが2870万本まで増えてシェアが30%を超えたとは思えないから(ジーンズ協議会は20%程度と見ていた)、ピークは9000万本、PBジーンズシェアは26%強まで伸びたと推計したい。

 ジーンズ協議会の生産数量はその後、10年の3989万本までつるべ落としに急落し、ジーンズカジュアル専門店売上高も07年のピークから11年にかけて24%も縮小している。09年には「GU」が990円ジーンズを発売して100万本を売り上げ、11年には「ユニクロ」のジーンズも1200万本に達しているから、協議会生産数量が4000万本前後で横ばいとなった10〜12年頃は手軽なPBジーンズに需要が移って3000万本に達し、市場規模は7000万本ほどでいったんは落ち止まったと見られる。

 今日のNBジーンズ生産数量はつかめないが、ジーンズカジュアル専門店のジーンズ売上高が12年から19年上期にかけては86%に減少していること、ジーンズカジュアル専門店もPBジーンズを拡大していること、15年以降はジャージや合繊クロスのトラックパンツがジーンズを駆逐していることを考慮すれば、PBジーンズが3000万本を維持する一方でNBジーンズは2000万本を大きく割り込んでシェアが逆転し、市場規模は5000万本を切ったと推計される(ジェトロや倉敷ファッションセンターの報告書を参考)。

 ジーンズ市場はブームのピークから半分近くまで縮小し、手頃なPBジーンズに交代してNBシェアが90%から40%を割り込んだのが実態で、ピークから減少した4000万本はジャージやシャカシャカ素材のトラックパンツに交代したと見られる。ではジーンズの本場、米国ではどうだったのだろうか。

[9月11日公開の日米比較編に続く]

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