小島健輔の最新論文

Japan Innovation Review(JBpress)
『デジタル広告急伸の中、2024年はいよいよリテールメディアが開花する』
(2024年01月05日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 23年も押し迫る中、量販店業界でもファッション業界でも「リテールメディア」に注目すべき動きがあって、24年は「リテールメディア」が本格的に開花することを予感させた。ECモールのデジタル広告に発した「リテールメディア」も実店舗へ波及するに連れ、賑わいタッチポイントのアナログイベントも再評価されそうだ。

 

■「リテールメディア」の注目ローンチ

 年の瀬が迫る12月20日、「ドン・キホーテ」を運営するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)と博報堂が、ネットと店舗のモニターなどで配信する広告を一括で請け負う共同出資会社「ペーハーメディア(PHmedia)」を12月末に立ち上げると報じられた。TVなど既存メディアとネットや店舗の広告の窓口を一元化して食品や日用品のメーカーからの広告を取りやすくし、宣伝部門の「広告費」と営業部門の「販促費」の両方を取り込んで2027年6月期までに100億円の受注を目指している。

 博報堂はすでに博報堂DYグループ12社横断の「ショッパーマーケティング・イニシアチブR」が23年4月にリテールメディア特化のワンストップ統合窓口「リテールメディアONETM」を開設して営業体制を構築しているが、今回の「ペーハーメディア」設立はPPIHが過半を出資してイニシアチブを取ることが注目される。PPIHはテナント賃貸収入で不動産費負担を軽減していることで知られるが(22年6月期で売上対比4.71%、23年6月期で4.84%)、「リテールメディア」の広告費を新たな収入源として本格的に拡大していくと見られる。

小売業で先行するウォルマートの米国売上4205億5300万ドルのうち広告収入は27億ドルと0.64%に過ぎないが、既設インフラの活用で大半が利益になると見れば営業利益の13.1%を占める(23年1月期)。ファッションECモール大手のZOZOでも売上に占める広告事業収入の比率は4.2%に過ぎないが、営業利益に占める割合は13.8%に達する。既存インフラの活用で営業利益を二桁増やせるとしたら、大手小売業各社が積極的に取り組むのは当然だろう。PPIHのローンチを契機に24年は各社の積極策が広がるのではないか。

ファッション業界でも先日、「リステア」元社長の高下浩明氏が「リテールメディア」を謳ってデジタル百貨店「246セレクト」をローンチしたが、かつて東京ミッドタウンにあった「リステア」もラグジュアリーブランドから広告費を稼ぐ「リテールメディア」の先駆けだった。

 「246セレクト」は在庫を持たないセレクト&キュレーション型メディア事業で、ラグジュアリーブランドからコスメやジュエリー、ガジェットやインテリア、車やアートまで約80ブランドでスタートしているが、取扱手数料ではなく「メディア出稿料」でマネタイズしている。「メディア出稿料」を稼げるのはリステアで培ったセレブや富裕層、ラグジュアリーブランドとのネットワークがあるからだ。

「リステア 東京ミッドタウン」は07年3月の東京ミッドタウンの開業と同時に開店し(今は「イセタンサローネ」が位置する正面入り口の2層計1000平米)、芸能人やモデルなどセレブや富裕層に支持されてピークには年間20億円を売り上げ、商品売上より広告費収入の方が多かったという「神話」が残るが、それほど時代を先取りした「リテールメディア」だった。リテールメディア型ファッションストアとしては97年に創業して2017年にクローズされたパリ・サントノーレ通りの「colette」が知られるが、セレブや富裕層がハイブランドと交流する華やかさという点で「リステア 東京ミッドタウン」に並ぶファッションストアはかつて無かった。

 

■急拡大して収益源化するリテールメディア

 「リテールメディア」と言うと、OMOアプリのストアモードとID-POSの連携で顧客のスマホや店内のサイネージにレコメンドや広告を表示するというインストアイメージが強いが、元はアマゾンがECモールの検索広告から始めたもので、今日でもECモールのデジタル広告が8割以上を占める。

2012年の米国アマゾンに発祥したECプラットフォームのデジタル広告は他のECプラットフォーマーにも広がり、今や大手小売チェーンにも波及して急速に拡大している。BCG(ボストンコンサルティンググループ)は、米国のリテールメディア市場が22年は前年から30.6%伸びて470億ドル、23年は25.5%伸びて590億ドルと推計し、24年は23.7%伸びて730億ドル、26年には22年比2.34倍の1100億ドルになると予測している。

22年はアマゾンの広告サービス収入だけでも377億3900万ドルと米国リテールメディア市場の80.3%を占め、同期のYouTubeの広告収入292億4300万ドルを大きく上回った。アマゾンにとってもプライム会費や電子書籍などのサブスクリプション売上352億1800万ドルを上回って全社売上の7.34%を占め、収益の柱の一つになっている。

アマゾンなどECモールのデジタル広告が急伸しているのは、効果を見極めにくい既存のマスメディア広告や雑誌広告から狙いを絞って広告効果が確実なデジタル広告に広告予算が急ピッチでシフトしているのに加え、Cookieを使った個人情報のサードパーティ利用に対する規制の強化が追い風になっているからだ。ECプラットフォームのデジタル広告はID-POS個人情報のファーストパーティ利用で確実に売上に繋がるから広告効果が高く効果測定も明確で、デジタル広告費が流れていくのは必然と思われる。

自社ECモール内のデジタル広告に始まり、OMOアプリのインストアモードとID-POSが連携できるようになって、ようやくパーソナルなレコメンドや広告訴求が可能になるというイメージだが、そんなシステム環境が整わなくても店舗のリテールメディア化と広告費獲得はいくらでも進められる。店舗DXで先行する米国でも、ミールソリューション型の繁盛スーパーマーケットや大手ディスカウントストアでアナログな試供実演販売が見直されているからだ。

※OMO(Online Merges with Offline)・・・ネットと店舗の垣根を超えた連携を意味し、ショールーミング(店舗からネット)による情報取得で店舗やネットの購入を促進したり、ウェブルーミング(ネットから店舗)による店取り置きや店渡し(BOPIS)、店出荷で顧客利便と在庫効率を高め物流コストを抑制するリテール戦略。

※ID-POS・・・顧客データ(ID)が紐づいた売上データ(POS)

 

■賑わい創出が再評価されるアナログイベント

人手不足とコスト抑制でセルフレジやレジレス精算が広がって精算段階のタッチポイントが失われ、店舗小売業のタッチポイントは衣料品などの接客販売やミールソリューションの調理販売などに限定されつつある。顧客とスタッフが交流する賑わいが小売店舗から消えて熱量も冷め、親しみも損なわれていくとしたら、店舗DXを駆使してAIが顧客のスマホにレコメンドしたりパーソナルな広告やクーポンを投げかけても、サイネージが賑々しく購入を呼びかけても、果たして購入点数が増えたり来店頻度が増えたり客数が増えたりして売上は上がるのだろうか。

泡銭が回る富裕層はともかく、インフレ下で生計の防衛を迫られる一般大衆はそんな仕掛けに乗ったとしても消費を先食いするだけで、均せば大きくは変わらないだろう。むしろ、限られた生計の中で日常の消費を合理的に楽しみたいのではなかろうか。失われた30年の果てに一人当たりGDPが先進国最下位に転落し、平均賃金は韓国や台湾にも追い抜かれた落日の我が国民としては、なおさらと思われる。

米国のスーパーマーケット業界ではデパ地下感覚のフードマーケットやエンタメ演出オープンキッチンのイートインなどミールソリューションで、スタッフと顧客が交流して賑わう巨大スーパーマーケット(一万平米に迫る売場で年間1億ドル超を売る)のリージョナルチェーンがトレンドになっており、ウォルマートなどのディスカウントストアでもリテールメディアと連携する試供実演販売のポップアップが再評価されていると聞く。セルフ化が進んで精算段階のタッチポイントが失われていく中、販売段階のタッチポイントとその熱量が求められているのではないか。「販促費枠」という限界はあるものの「広告費枠」のデジタル広告と連携すれば収益性が高まるし、集客効果もあって売上という広告効果が確実なことも後押ししていると思われる。

ファッションストアでもリテールメディア化してラグジュアリーブランドや化粧品メーカー、大手消費財メーカーやゲームメーカーの広告費を稼ごうとするなら、ストアに華やかなエンターテイメント性やハイタッチなコミュニケーションが求められる。顧客の中核がセレブや富裕層、あるいは世代文化やストリートカルチャーを牽引する消費リーダーであることに加え、店舗の環境や設備、スタッフのコミュニケーションスキルと熱量が問われるのではないか。

コロナ下のECシフトを経て、自社ECサイトやSNSでコーディネイトソリューションとコミュニケーションのスキルを磨いた社内インフルエンサーがネットと店舗を繋ぐ仕組みができていれば、演出のプロが多少のエンタメ性を加えるだけでストアが広告費を稼げるリテールメディアに変貌することは十分に可能と思われる。

前述した博報堂のように、メディア広告のみならずサードパーティ利用デジタル広告も減少する広告代理店もリテールメディア広告に注力しているから、デジタル広告とポップアップなどイベントを連携する企画でストアのリテールメディア化を加速していくのではないか。

 

■タッチポイントのヒューマンパワーが要になる

 OMOに発して店舗DXのゴールに位置付けられるリテールメディアはシステム投資が先行した嫌いがあるが、実際に販促費や広告費を稼ぐとなるとデジタル広告と連携して売場で顧客に訴えるヒューマンパワーが不可欠だ。顧客のスマホや店内のサイネージにパーソナル&タイムリーにレコメンドや広告を表示しても、購買行動に肩を押すにはタッチポイントの熱量が必要だからだ。

 となればデジタル広告を売場のタッチポイントと連携する仕掛けが問われ、ヒューマンパワーと実物商品が揃う試供実演販売が再評価されることになる。空床解消や未利用スペース活用から始まったポップアップショップも、デジタル広告と連携してリテールメディア化すれば集客力も高まり、ブランドメーカーの販促費や広告費が稼げる収益事業に発展するのではなかろうか。

 さすれば23年にわずか245億円、26年でも805億円と推計される我が国のリテールメディア市場規模(CARTA HDとデジタルインファクトの共同調査)も何倍かに膨らむはずで、四重のインフレに圧迫される小売業の収益を嵩上げすると期待される。OMOのシステム環境が整わないと手掛けられないと諦めないで、試供実演販売やポップアップショップなどのヒューマンタッチのアナログイベントをデジタル広告と連携して広告収入を稼ぐ仕掛けを見出すべきだろう。

 

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