小島健輔の最新論文

ファッション販売2002年6月号
『ベイクルーズの魅力と強さの源泉を探る』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

セレクト新御三家まで成長したベイクルーズ

 「スピック&スパン」「ジャーナル・スタンダード」「イエナ」「エディフィス」等、7業態を展開してセレクト五家の一角に台頭したのも束の間、今やセレクト新御三家に数えられるまでに成長したベイクルーズ。2001年8月期の売上高は226億円に達し、今期は絶好調に復調したユナイテッド・アローズとセレクト第二位の座を争っている。
 同社は77年にセレクトショップを対象とするカジュアルメーカーとして設立されたが、84年に直営店を開設して以降、オリジナル開発商品を中核としたテイスト編集SPAの「スピック&スパン」を多店化。91年には同様な手法で「イエナ」の展開を始め、「エディフィス」をスタートした94年には計19店に達して直営店売上が卸売上を逆転。95年には「ドゥーズィエム・クラス」、98年には「ジャーナル・スタンダード」を加えて多店化を進め、自社商品アウトレット編集の「B.C.ストック」、ヴィンテージ編集の「エディット・フォー・ルル」を開設した99年には直営店売上がほぼ九割に達した。慎重な出店姿勢を崩さない同社だが出店要請は後を断たず、2001年8月期末の65店から今期末には74店に増加する。
 多店化と売上拡大にも拘わらず、各業態の感度、品揃えと運用の精度、店スタッフのモラルに劣化の兆候は見られないし、一部を除いて主力業態の既存店売上も堅調〜好調に推移している。多店化にも拘わらず魅力を維持出来る秘訣は何なのか、同社のMDと組織、マネジメント体質を検証してみた。

品揃えの妙と商品力

 「スピック&スパン」はフレンチ&トラッドベースのレディス、「イエナ」はフレンチトラッドベースのレディス、「エディフィス」はフレンチトラッドベースのメンズ、「ジャーナル・スタンダード」のレディスはナチュラルなワークベース、メンズはミリタリー・ワーク・ヴィンテージベースという差はあるものの、リミックスの組み方とMDには共通性が見られる。そのポイントは以下の3点ではないか。
 1)ベーステイストのキャラを重視してトッピングのフォーカスを絞り目に組み、トレンドの味付けよりも自分流のこなしを訴求している。
 2)面の揃え方もベーステイストを逸脱しない範囲でのバラエティであり、コントラストを強調するよりもハーモニックなスタイリングを訴求している(「ジャーナル・スタンダード」はやや面巾があるが)。
 3)セレクトをオリジナルで補完するのではなく、オリジナルをセレクトで補完するスタンスに徹している。『著名ブランドを打ち出してストアの人気を高め、オリジナルを売る』というセレクトショップの常套手段からも明らかに距離を置いている。
 オリジナルのテイストを前面に訴求する姿勢はセレクトショップ発と言うよりブランドショップ発のスタンスであり、他の大手セレクトショップとは一線を画している。「スピック&スパン」や「イエナ」ではブランドショップがセレクトを加えているように感じる顧客もいるのではないか。
 個々のオリジナル商品の仕上がりを見てもパターンや素材、ディティールや縫製仕様の詰めが細かく、バイヤーやMDが別注感覚の延長で開発した商品とは次元を画している。レディスのオリジナル商品の70%(メンズは60%)はシーズンの6〜8ヶ月も前からスタイリングと素材コントラストを設計して開発しており、ブランド商品としてのオリジナル性が追求されている。
 多くのセレクトショップではオリジナル比率を高め過ぎると味が薄まって人気が離散すると言われるが、ベイクルーズの各業態に限ってはそれはない。オリジナル商品がセレクト商品と遜色ない味付けと鮮度を実現しているからだ。とは言え、セレクトショップとしてのテイストと面のコントラストを考えれば、各業態ともオリジナル比率は限界に近い。

メーカー発の商品開発力が高付加価値を創造

 このような物づくりを可能としているのが同社の開発体制で、各業態毎に少なからぬ商品企画チームとMD/バイヤーチームを配した上に、商品開発と生産手配のサービス部隊まで抱えている。その布陣は7業態計でMD13名、バイヤー19名、企画32名(パターンナー3名を含む)、開発12名、生産手配11名にも及ぶ。セレクト大手では突出した企画/開発要員と生産手配部隊の陣容はメーカー発という同社のオリジンが継承されたもので、ブランド商品に負けないオリジナル商品開発を実現する原動力となっている。
 オリジナル比率(OEMを含む)はメーカー発のオリジンが強い「スピック&スパン」で約80%、「イエナ」で約75%、セレクト志向の強い「ドゥーズィエム・クラス」で約40%と業態によって巾があり、「ジャーナル・スタンダード」と「エディフィス」は約60%と中間に位置付けられる。ヴィンテージ編集の「エディット・フォー・ルル」は業態の性格上、約10%と限られている。
 メーカー型のオリジナル商品開発は企画から生産手配部隊を経由して工場へ、OEM商品や別注商品はMD/バイヤーからOEM業者やタイアップするメーカーへ発注されるが、調達原価率は手法によってかなり異なる。メーカー型オリジナル開発の原価率は30〜32%、OEMで35%程度、海外ブランドのセレクトで45%程度、国内ブランドのセレクトで50〜52%と推察され、調達手法シェアから推計される業態毎の調達原価率は「スピック&スパン」や「イエナ」で34%弱、「ジャーナル・スタンダード」でも38%程度と極めて厚い付加価値が創造されている。

店舗と陳列運用の魅力

 ベイクルーズ各業態の魅力は品揃えの妙や商品に留まらない。店毎に思い入れを込めて要所にアンティーク什器を配した手作り感覚の内装も『不思議と和める』と顧客の評価が高い。各事業部への分権が進んでいる同社でも店舗企画だけは窪田社長が直轄しており、アンティーク什器の選定や配置まで入れ込むと聞く。
 同社の店舗にはチェーン店のようなデジタルな什器システムは馴染まず、手のかかるアナログ運用が店毎に行われている。その人間臭さがまた、顧客の和みと共感をもたらしているようだ。
 スタイリング訴求のディスプレイや陳列運用も評価が高いが、大手SPAのようなマニュアルや陳列指示書に頼ってはいない。商品企画の意図に基づいて陳列配置とディスプレイをアナログ指導するビジュアル・コーディネイターがキメ細かくサポートし、各店が顧客の動向と在庫を読んで機動的に運用しており、店舗特性による差異も訴求されている。
 それであのレベルが保てるのだから、ビジュアル・コーディネイターの指導密度は想像に難く無い。事実、主力6業態で計14名が配されている。それはラインとして店舗運営と人材育成にあたるスーパーバイザー(事実上のエリアマネージャー)も同様で、同じく計23名が配されている。最大業態の「スピック&スパン」ではこの他、販売指導にあたるセールス・コーディネーターも2名配される等、店舗の運用指導には大変な人手をかけている。それは各店配分と在庫コントロールを担当するディストリビューターも同様で、同じく14名がキメ細かい品揃え運用を追求している。
 人手をかけた密度の濃い店舗運用の成果は「ジャーナル・スタンダード」で85%以上、「スピック&スパン」で75%前後という高いプロパー消化率となって現われており、創造付加価値の厚さもあって実現粗利益率は「ジャーナル・スタンダード」で56%強、「スピック&スパン」では58%程度に達すると推計される。
 人手をかけているという点ではプレス担当も同様で、各業態に専任を置いて計11名も配している。セレクトショップ業界では突出した布陣で、他社はひたすら羨んでいるとか。イメージの高さはMD、店舗運営、販促のいずれにも手厚い人手をかけての成果なのだろう。

百人の村の集合

 どんなに人手をかけたとしても、烏合の衆ではかえって混乱するばかりだしコスト負担も重くなる。ベイクルーズがそうならないで高い収益性を維持出来るのには、創造付加価値の厚さに加えて独特な組織体質を挙げねばなるまい。
 同社の組織体質を一言で言えば、生真面目なお洒落好きが集まった『百人の村の集合』が実態に近いのではないか。事業部毎の分権によって小規模だった頃の風通しの良い人間関係を温存する一方、人事がそんな体質に合った人材の採用に務めている。原則として新卒は採らず、店舗スタッフはアルバイトで会社に馴染んだ人材から、企画スタッフは外部の経験者から採用しており、中小企業的な温かい組織体質の維持が意図されている。 様々に個性的な人材が集まってはいるが生真面目なお洒落好という点は共通しているから、これも人事が意図して採用して来た結果であろう。それが商品企画のキメ細かさや店舗運営の精度、店舗スタッフの感度に繋がっているのは間違いない。
 今や正社員600名、契約社員200名、アルバイト300名、計1100名の大所帯まで来たベイクルーズがこのような組織体質を維持出来ているのには、カリスマ性を否定して組織を活かす窪田社長の経営スタイルに加え、人事・財務中心に経営を分担する窪田陽子取締役(社長夫人)の役割も大きいと聞く。
 同社は事業の拡大と環境変化に対応して組織フォーメーションは変えて来たが、この組織体質だけは大きくは変わっていない。『生真面目なお洒落好きが集まった百人の村の集合』の均衡を崩さないで成長を継続出来るか否かが、ベイクルーズの本当の課題なのかも知れない。その意味でも、『いつかは分社したい』という窪田社長の思いは本音なのだろう。 

人を育て重ねるインフレ経営に学べ

 このように見て来ると、ベイクルーズの経営は人手をかけた付加価値創造、人手をかけた店舗運営による付加価値実現、人と人が濃厚に関わるアナログなマネジメントの上に成り立っている事が理解されよう。それは工業型MDやマニュアル運営で人手を省くグローバル・スタンダードなデフレ経営とは正反対のスタンスに立つもので、人を育て重ねて付加価値を高めていくことで事業が発展するインフレ経営と言うべきものである。
 ともすれば米国式のデフレ経営トレンドに流されがちな時勢の中、独自の哲学に基づく正反対の経営を押し進め、これほどの成長を遂げたベイクルーズ。インフレ局面に転じたファッションビジネスのこれからを示唆する貴重な事例ではなかろうか。

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