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WWD 小島健輔リポート
『ユニクロの給料はもっと上げられる 賃上げ能力を検証』
(2023年01月17日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 ファーストリテイリングが1月11日に発表した今年3月から実施する国内従業員の大幅賃上げは、販売不振と人手不足に苦しむアパレル業界にとってはサプライズを通り越してパニックをもたらしたが、ネットに氾濫する記事は煽るだけで不正確なものも目立つ。ユニクロとH&Mなどアパレルチェーンの生産性と給与水準の実態を検証し、賃上げ能力を探ってみた。

 

■ファーストリテイリング賃上げの骨子

 まず対象は日本国内勤務の正社員であり、海外とりわけ欧米勤務の正社員との格差を是正してグローバル水準に近付け、グローバルなキャリア運用と人材確保を進めるのが賃上げの真意と見られる。対象者が国内8400人と伝えられるから、2万人前後(国内ユニクロだけで12,698人/22年8月期、以下同)と推計される国内常勤雇用者の4割強に相当する。今回の報酬改定の対象とならない常勤雇用者の方が多数派であり、役職手当などを廃して業績評価報酬となるキャリア人材と安定志向の地域社員などノンキャリア人材を仕分けたのではないかと推察される。

 ファーストリテイリングと言えば、13年に公表して『1億円役員はいます。1億円店長はまだか。』と打ち上げ、15年の改訂版では社長の2億4000万円を超える最高3億9000万円の執行役員を想定した21階級(13年版は18階級)の報酬テーブルが想起されるが、今回の報酬改定もこの報酬テーブルに基づいて行われるようだ。22年の1月には中途採用の最高年収を10億円(柳井会長の年俸は4億円、但し、他に本人分だけでも136億6500万円の配当収入がある)に引き上げているから、この報酬テーブルもさらにインフレしているに違いない。

 雲の上のエグゼクティブ階級は別にして、今回の報酬改定は新卒社員にも手厚く、現行25万5000円の初任給が30万円になって年収が18%、入社1〜2年で就任する新人店長は月収29万円が39万円になって年収が36%もアップし、そのほかの対象従業員も年収で数%〜約40%の範囲でアップするとプレスリリースは謳っている。

 正社員の報酬改定に先駆け、昨年9月には国内店舗の準社員(社保適用のパート)やアルバイトの時給も改定済みで、募集サイトには時給1300円〜1400円と掲示されている。未だ時給1100円などと掲示されている求人も見受けられるが、これは直営店舗ではなくローカルのFC店舗で、『ユニクロ販売員募集』と謳っているから誤解を招きかねない。直営であれFCであれ、『ユニクロ販売員』の最低時給は統一されるべきだろう。

 

■ネット記事の誤解を正す

 ネットに氾濫する記事はIR情報を誤解しているケースが少なくない。典型的なのは、ファーストリテイリング有価証券報告書の「提出会社の状況」にある『従業員1698人の平均年間給与959万4000円』をファーストリテイリング全社の給与水準と取り違えていることだ。これは持ち株会社としての株式会社ファーストリテイリングの平均であり、店舗や物流施設まで含めた全世界フルタイマー従業員5万7576人の平均でも国内フルタイマー従業員約2万人の平均でもない。

持ち株会社というヘッドクオーターだから経営幹部とアシスタント、管理要員ばかりで平均給与が高くなるのは必然で、現場を含めた全社平均とは大きく乖離する。それはH&Mの平均給与も同様で、ネット記事には10万ドルとか12万ドルとか高額な平均給与が紹介されているが、大きな勘違いだ。

ファーストリテイリングのヘッドクオーター平均給与は7万5000ドル弱(128円換算)とH&Mヘッドクオーター平均給与の75%(10万ドルとすれば)に過ぎず、今回の15%賃上げ後でも8万6250ドルにしかならない。賃上げしても欧米IT企業の給与水準とは大きな乖離があり、“国際水準”には程遠い。

 

H&Mが開示している21年11月期の従業員数は前期から2950人減の10万7375人だが、パートタイマーを正社員換算した従業員数と見做した一人当たり売上は185万3000SEK(約2372万円、同期の平均為替レートは12.8円で以下同)。ファーストリテイリングが開示している22年8月期の国内ユニクロの一人当たり売上が2961万5000円だから、運用が煩雑で販売効率が低い(日本国内ではユニクロの4掛け程度)H&Mの一人当たり売上としては妥当で、パートタイマーを正社員換算した従業員数と判断して差し支えないと思われる。

H&Mは役員・幹部の報酬総額はもちろん、従業員の人件費総額も給与総額も開示している。10万7375人の従業員に対する社会保障費を含む人件費総額は3,779,100万SEKだから一人当たり人件費は351,953SEK(450.5万円)、給与総額は3,040,700万SEKだから一人当たりは283,185SEK(362.5万円)、売上対比の人件費率は19.0%とファーストリテイリングの16.3%より負担が大きい。

話が前後するが、国内ユニクロの一人当たり売上2961万5000円に国内ユニクロの粗利益率53.0%を掛ければ、一人当たり粗利益額は1569万6000円。ファーストリテイリング連結損益の人件費率(13.8%+外部委託費2.4%)から国内ユニクロの人件費率を16.3%と推計すれば、一人当たり人件費は482万7000円。この水準は熟練販売員主体のユナイテッドアローズとほぼ同じで、国内チェーンではしまむらの492万2000円を除けば最高水準だ。アダストリアが329万7000円、ライトオンが303万2000円、ハニーズが283万3000円だから、アパレルチェーンとしてはこれまでも突出した高水準だった。

これには会社が負担する法定福利費(社会保険料、労働保険料)や通勤定期代、福利厚生費や退職金引き当ても含まれるから、直接給与はこの85%程度になる。85%と見れば410.3万円だが、これは15年報酬テーブルのJ-5ランク最低年収の水準で、高ランクに登るのは競争が厳しいのか、平均はこの程度にとどまるのだろう。それでもH&Mを13.2%も上回る。

アパレルチェーンとしては高水準とは言え、国税庁公表の21年の平均給与は443万3000円、正社員に限れば569万9000円(非正社員266万8000円)だったから決して十分とは言えず、平均15%アップと言う今回の報酬改定で471万8000円ほどに上昇しても“国際水準”には遠いのではないか。

 

■ユニクロはもっと給与水準を伸ばせる

ファーストリテイリングの22年8月期連結業績は、コロナ禍からの回復半ばながら売上収益は2兆3011億2200万円と前期から7.9%伸び、為替差益も加わって税引き前利益は前期比55.6%増の4135億8400万円(売上対比18.0%)と過去最高を更新した。23年8月期も売上収益15.2%増、営業利益17.7%増(税引き前利益は為替効果が無くなって15.4%減)と好調継続を見通している。今回の報酬改定で国内人件費が15%増加するとしても198億円程度の負担増であり、営業利益を5.7%下押しするに収まる。

ファーストリテイリングのグローバル展開は売上も利益も好ましい地域バランスに近づいており、中国でよほどの異変(台湾侵攻や革命など)が起きない限り収益構造は揺るがないと見られる。今回の報酬改定対象となる国内事業にしても、ユニクロの収益構造は強固に確立しており、ジーユーも改善が進んでいる。

国内ユニクロは年々、店舗規模を拡大して22年8月期では平均売場面積1018平米/平均売上8億4216万円(276万2000円/坪)の店舗を正社員16.1人とパート・バイト12.4人(正社員換算)のシフトで運営して人時効率が高く、一人当たり2961万5000円を売り上げている。RFIDタグも一括読み込みのセルフレジも定着し、マテハン(品出し・フェイス管理・在庫管理)業務もレジ精算業務も効率化が進んでいるから、コロナ禍から完全回復してインバウンドも戻れば19年8月期の平均店舗売上9億6627万円(336万9000円/坪)、一人当たり売上3119万2000円(22年8月期比5.3%増)を回復すると期待される。

ユニクロの店舗業務は閉店後の陳列整理など不合理なシフトが残って改善余地があり(開店前シフトに変えるだけで大幅なコストダウンが可能)、シフト運用を改善しパート・バイト比率を高めれば一人当たり売上はさらなる向上が可能で、今回の15%報酬アップのコストは短期間で吸収できると見る。

国内ユニクロが唯一、後手に回っていたのがOMOだが、ようやく店在庫引き当ての店渡し(店舗軸BOPIS)も実現し、店舗の業務負担とフルフィルコスト(倉庫運営費と宅配外注費)のバランスを見て着地点を探ることになる。ユニクロの場合、店舗の運営効率が収益の絶対基盤であり、店受け取りの拡大とともに受け渡しの自動化(ZARAやウォルマートでトライされたロボット活用)を進めることになるのだろう。

セレクト系や駅ビル系のアパレルチェーンで進む販売員のE2Cプレイヤー(スタイリング・インフルエンサー、ライバー)化による一人当たり売上の拡張は、マテハン業務効率至上のユニクロには向いていない。店舗運営業務のシフトに撮影と投稿の時間を組み込むデメリットが大きいことに加え、フイルタ・バブルで細分化されたインフルエンサーのシンクロ効果はユニクロのマス・マーケットとは噛み合わないからだ。そんな細工を重ねなくても、店舗の運営効率に立脚するユニクロの収益構造は揺るがないだろう。

生産性と給与水準の低さで人手不足に苦しむアパレルチェーンにとって、今回のファーストリテイリングの大幅賃上げは少なからぬプレッシャーとなったに違いない。業界で流行する様々な小細工を労するより、突出した店舗運営効率やサプライチェーンで収益構造を確立することに徹するべきではないか。

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