小島健輔の最新論文

販売革新2019年5月号掲載
『チェーンストア喫緊の課題は組織活力を再生する改革だ』
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 アパレルは35年間にわたる4段階の堕落を経て流通が非効率化し、すっかり儲からないビジネスとなってしまったが、逆に言えばその4段階の過ちを是正する仕組みを作れば再び儲かるビジネスに再生できる可能性がある。アパレルビジネスとチェーンストア衣料品の過ちの軌跡は必ずしも同じではないが、多くの点で共通するものがある。
     
■アパレルビジネス4段階の堕落
 アパレル市場のピークはバブル末期の91年で、以降は釣瓶落としに縮小して18年にはピークの58.6%まで落ち込み、値引き販売を繰り返しても供給点数の46.9%しか消化できない(53.1%が残る)という末期症状を呈している。三分の一ルールが問題視されるグロサリー分野でも最終的な廃棄率はメーカー/卸/小売合わせて2%ほど、生鮮食品でも10%ほどに収まっていることを思えば、アパレル流通はもはや破綻している。それは84年以来の4段階の業界の堕落がもたらした自業自得というしかない。
     
1)百貨店とブランド流通の堕落
 
84年は百貨店流通において急ピッチな高価格化(平均購入単価は72〜84年で2.4倍)で消化が滞り、委託取引(00年のそごう破綻を契機に消化仕入れに)が主流に転じたターニングポイントで、ほぼ同時期に専門店取引も買取から返品条件付きに転じ始めている。これにより、ブランド商品の製造原価率は10ポイント強、切り下げられたと推計される。
 東西冷戦の終結によるグローバル水平分業体制に乗り遅れた我が国産業界が国際競争に落伍してバブルが崩壊し、消費の冷え込みとデフレに直面した92年以降、百貨店は売上の落ち込みを利幅で埋めようと納入掛け率の切り下げに走り(8年間計12ポイント)、アパレル業者は収益を確保すべく調達原価を同率に切り下げ、生産地の急激な中国シフトで国内産地の空洞化を招いた。この2段階の堕落を経て百貨店商品のお値打ち感は半減し、百貨店と駅ビル/SCの売上対比不動産費負担率は2.35倍も開き、顧客もアパレル業者も駅ビル/SCなど商業施設へ逃げ出した。
     
2)アパレルチェーンのSPA化という堕落?
 
アパレルチェーンではバブル崩壊後、二つの変化が急進した。一つは衣料品のデフレ要求に応える調達コスト切り下げのSPA化(仕様書発注一括調達の水平分業)で、生産地の中国シフトと調達ロットの拡大を招き、卸流通が果たしていた需給調整機能の喪失と過剰供給で消化歩留まりが悪化。原価率の切り下げと消化歩留まりの悪化の悪循環に陥り、お値打ち感が切り下げられていった。
 もう一つは一括調達と在庫の多店舗分散によるロスを抑制せんとしたPOSシステムの導入だったが、配分と補充は効率化されても一括調達で需給調整機能を欠く以上、効果は限定的で、本部がPOS依存のCMIに流れて売場を見なくなり、店舗が在庫の編集陳列で消化を図るという機能も損なわれ、却って流通は非効率化していった。イトーヨーカ堂衣料部門のつるべ落としの凋落など、その典型的なケースだったのではないか。
 実際、アパレル流通のW/R比率(業界内取引額を小売売上額で除した係数)は90年の2.54から00年には1.84(18年では0.65)とSPA化が進んだが、この間にアパレルの供給数量は1.93倍(18年では2.42倍)に肥大して最終消化率は96.5%から54.3%(18年では46.9%)に急落しているから、急激なSPA化が需給調整機能を喪失させ過剰供給をもたらしたことは明白だ。
     
3)定借導入と大店立地法施行というパラダイムシフト
 00年3月1日に定期借家契約が導入され、6月1日には大店立地法が施行され、アパレル流通は世紀のパラダイムシフトに直面したが、アパレル事業者の多くはそれらがもたらすカタルシスを理解していなかった。
 定期借家契約の導入は出店コストを激減させて新興チェーンの多店化とSPA化を加速する一方、普通借家契約の膨大な差し入れ保証金で資金繰りが苦しく新規出店とSPA化に資金を回せなかった前世紀のナショナルチェーンを追い詰め、アパレルチェーンの世代交代をもたらした。それは商業施設デベも同様で、資金力あるデベは普通借家から定期借家への切り替えを推し進めて競争力を高め新規施設の開発を加速する一方、資金力を欠くデベはそれが叶わず競争力を失い、商業施設デベの勢力図も一変した。
 このパラダイムシフトにより、00年から08年に商業施設面積は1.4倍、18年には1.66倍に肥大し、販売効率は08年に77掛け、18年には65掛けに低下した。その一方、商業施設デベは定借シフトによるイニシャルコスト低下をランニングコストに転嫁し、建設コストの高騰も加わってSCテナントの売上対比不動産費率は00年から18年にかけて4.6ポイントも上昇している。

4)生産地シフトによる需給ギャップ肥大とECへの消費流出 
 08年9月のリーマンショックを契機に新興国の経済成長が加速してマーケットがグローバル化する一方、賃金が高騰してアパレル業界は低コスト産地への生産移転を迫られ、中国からバングラやベトナムなど南アジアシフトが急進した。コストは下がったものの生産ロットとリードタイムが肥大して需給ギャップが一段と広がり、消化歩留まりはさらに悪化した。アパレル業界は利益を確保すべく一段と調達原価率を切り下げたから、既に半減していたお値打ち感がさらに底割れ、15年以降は販売不振が極まって供給量の過半が売れ残るという泥沼に陥った。
 08年7月のiPhone 3G発売を契機にスマートフォンが爆発的に普及してモバイルショッピングが一般化し、ショールーミングやウェブルーミングが広がってECに消費が流れ、オーバーストアと相まって店舗販売の採算が急速に悪化。少子高齢化による若年労働力の逼迫で人手不足と人件費高騰も加わり、アパレル業界は15年以降、大量閉店が続くことになる。
 成長力も収益力も行き詰まる店舗販売に代わる救世主となったECとて競争激化と物流費高騰などでコストが肥大し、有力ECプラットフォーマー(ECモールデベ)は手数料率を嵩上げ続け出店アパレルの収益を圧迫している。90年代の百貨店、00年代の商業施設デベに続いてECモールデベもコスト転嫁でアパレル流通を高コスト化しており、流通コストを抑制するにも在庫と顧客 を一元運用してC&C利便を競うにも自社運営ECへのシフトを急がざるを得ない。
     
■非効率化させた要因をどう解消するか
 84年来の4段階の堕落によりアパレル流通がいかに非効率化していったか理解されたと思うが、非効率化の要点は以下の5点に尽きるのではないか。ならば、それらを解消すれば流れは逆転できるはずだ。
1)調達段階の需給調整機能喪失が招いた過剰供給と需給ギャップ
2)消化歩留まり悪化と調達原価切り下げの悪循環によるお値打ちの低下
3)POS依存のCMIが招いた個店対応力と消化運用スキルの低下
4)流通プラットフォーム(百貨店/商業施設/ECモール)のコスト肥大とオーバーストア
5)販売効率低下と不動産費/人件費肥大による店舗採算の悪化
 これら5点は相互に関連するが、大きくはサプライチェーンと流通プラットフォームの課題に分けられる。
 サプライチェーンの課題は『過剰供給と需給ギャップの解消』であってビジネスモデルの抜本的転換が必要だが、『個店対応力と消化運用スキルの低下』は組織体制と業務プロセスの組み替えで解決できるし、『消化歩留まり悪化と調達原価切り下げの悪循環』は結果的に解決される。その基本は受注先行の無在庫販売あるいはミニマム在庫の看板サプライとVMI、個店対応のSMIとパーソナル対応の受注生産と考えられる。古くはウォルマートのカテゴリーキャプテン制やZARAのオンラインSMI、近年ではメーカーズシャツ鎌倉のサイズ軸フェイシング起点のウィークリー看板サプライ、直近ではカシヤマ・ザ・スマートテーラーのオンラインCADCAM活用7デイズ・パーソナルオーダーなどが成功例として挙げられよう。
 流通プラットフォームの課題は『不動産費(販売手数料も含む)と人件費の圧縮』、『在庫分散の解消と物流費の抑制』であり、ECフロントと店舗販売を連携するO2O(ウェブルーミング&ショールーミング)、EC物流と店舗物流を連携するC&C(クリック&コレクト)によるオムニコマース、その仕組みに載せたショールーミングストアやテザリングによる省在庫店舗、IT仕掛けの無人決済やフェイシング管理・補充の自動化で解決される。
 O2OとC&Cによるオムニコマースはヨドバシカメラやウォルマートの成功でアマゾンなどEC専業者に対する小売チェーンの決定的なアドバンテージとなることが立証され、ZARAやユニクロなどアパレルチェーンでも在庫効率を改善し運営経費率を圧縮する決定打となりつつある。もはやオンライン受注比率(C&Cでは売上計上が様々なのでEC比率と言い切れない)が二桁は当たり前で2割3割というチェーンも珍しくなくなり、C&C体制を確立すれば半々あるいは過半に達しても経営効率は上向き続ける。
 IT仕掛けの無人決済やフェイシング管理・補充の自動化は実験段階から急速な普及段階へ移りつつあり、必ずしも重装備なシステム投資を要せず実用化できるようになって来たが、技術先行ではリープフロッグの罠にはまりかねないし、アナログプロセスのネックを解消する構図を描き切れないと空回りしてしまう。技術面でも画像解析AI系の進化は加速度的でICタグ系の領域を侵しつつあり、システム投資の決断は技術開発の先を見据える必要がある。
 すでに技術や仕組みが確立され効果が実証されたC&Cでは力勝負の先行投資と店舗網再編が急がれる一方、実用技術は確立されても政治的な集約が遅れるID決済はギリギリ見極める必要があり、実用段階の使い勝手やコストが競われる画像解析AI系とICタグ系の選択組み合わせにはリープフロッグの罠に陥らぬよう慎重な判断が求められる。
          
■SMIと権限移譲で組織活力を取り戻せ
 根本的に課題を解決するにはビジネスモデルやプラットフォームの抜本転換が必要だが、それ以前にできることが2つある。それはPDCAによる視野狭窄中央集権ガバナンスによる組織活力の萎縮、という自滅体質の解消に他ならない。
 両者は実質一体のもので、本部に権限が集中して現場は敷かれたレールの上での数値目標の達成を問われると前年実績をベースとしたPDCAの隘路にはまり込む。左右の視野を塞いで目の前の人参を追わせるようなもので、実績技を繰り出す消耗戦に陥り、本部が敷いたプログラムやマニュアルを超える創意工夫は出てこなくなる。
 創意工夫を生み出す気概を失った現場は利益を生み出すパワーも失い、予算統制下のコストセンターに成り下がって縮小均衡のスパイラルに堕ちていく。そんな組織では部門採算管理と縄張り意識も強まるから、組織は縦も横も分断されて活力を失いコストセンターに堕していく。我が国の大手量販店は皆、そんな隘路に落ちて久しく、現場の創意工夫と部門を超えた粗利ミックスで顧客を引きつけるドン・キホーテに駆逐されているではないか。
 世界最大の小売業者でありながらVMIとSMIを組み合わせて組織活力と個店対応力を維持し、ECプラットフォームをベースとしたO2Oと店舗網のC&C拠点化でEC専業者に対するアドバンテージを確立したウォルマート、世界最大のアパレルチェーンでありながらSMIとミニマム在庫のスルー物流で個店対応力と商品鮮度を保ち、ウォルマートと同じくO2OとC&CでECアパレル事業者やライバルチェーンに対するアドバンテージを確立しつつあるインディテックス。どちらも適確でドラスティックな戦略展開もともかく、巨大規模になっても組織活力と個店対応力を保つガバナンスが共通している。
 SMIは個店対応力のみならず現場への権限移譲によってチェーンストア組織の活力を維持する決定打であり、組織活力を育むガバナンスはすべての戦略を超えた経営の根幹に他ならない。ガバナンスが崩れれば、どんなに強大な組織も国家もいずれ活力を失い分断されて滅びていく。デジタル化モバイル化パーソナル化がもたらすオムニコマース革命、少子高齢化と勤労核家族文明の崩壊がもたらすライフスタイル革命に直面するチェーンストア最大喫緊の課題は組織活力を再生するガバナンス革命ではないか。

論文バックナンバーリスト