小島健輔の最新論文

商業界オンライン 小島健輔からの直言
『「カシヤマ・ザ・スマートテーラー」に学べ』 (2018年03月21日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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現在12店の直営店はすべて路面。

 

D2Cの理想と現実

 D2C(Direct to Consumer)といえば、作り手と顧客を直結させるニュービジネスで、

(1)中間搾取がないから画期的なお値打ち価格にできる

(2)一人一人の顧客にパーソナル対応できる

(3)注文を受けてから作るから無在庫販売が成立する

(4)生産工場から顧客に直送するから倉庫もピッキングも不要

という夢みたいなビジネスモデルだが、欧米やわが国でそれをうたうベンチャーには致命的な欠陥があった。それは

(1)注文を受けてから作るから顧客を何週間も待たせてしまう

(2)待たせる期間を縮めようと見込み生産に走って倉庫に在庫を積んでしまう

(3)販路を広げようと焦ってECモールや商業施設などの中間搾取を許してしまう

(4)結局、ロスやコストが膨らんでお値打ち価格に遠くなる

熟練フィッターが職場や自宅に採寸に来てくれる。

というがっかりさせられるものだった。建前だけは『革新的D2Cビジネスモデルで画期的なお値打ち価格を実現』とうたっても、商品をじっくり見れば割安とは言いがたいケースが少なくない。

 そんな中、オンワードホールディングスの子会社オンワードパーソナルスタイルが手掛ける「カシヤマ・ザ・スマートテーラー」はD2Cの理想を全て実現せんと周到に計画された優れものだ。

 
画期的な短納期とお値打ち価格を実現

パックランナーの包装は大連の直営工場で

 まずは『注文からお届けまで2〜3週間もかかる』という最大の欠陥を解消すべく、中国・大連の協力工場を子会社化して顧客のオーダーをCADデータに自動変換するシステムを開発し、縫製工程を端折ることなく、前後の工程を短縮。工場から顧客にパックランナー(運賃を抑え、型崩れを防ぐ圧縮パック)で直送して納期を最短1週間に短縮している。受注生産に徹して在庫も倉庫も持たず、販路を直営店舗(現在は路面店のみ)、企業や個人宅への訪問採寸販売、自社ECサイトに限って中間搾取を許さず、無在庫・無搾取・ローコスト経営に徹している。

パックランナーを入れたスマートなパッケージで届く。

 その徹底した仕組みが実現したのが、細部まで好みを指定できるイージーオーダースーツが3万円、4万円、高級イタリア素材でも5万円(全て税別で送料無料)というお値打ち価格だ。これはオンワードが百貨店で販売しているスーツのほぼ半額で、ロードサイドの紳士服専門店にも十分対抗できる。加えて評価したいのが上質ウール生地に加えてイージーケアなウールポリ素材もそろえていることで、類似したD2C型パターンオーダーを手掛ける紳士服専門店やベンチャーを突き放す開発力が評価される。

 IoTなハイテクやD2Cの仕組みを駆使して短納期とお値打ち価格を実現しても縫製工程を簡略化せず、採寸も直営店はもちろん職場や自宅に熟練したフィッターが出向くなど人手を惜しまない一方、2着目以降はスマホやパソコンから簡単オーダーができるなど、顧客サイドに立ってデジタルなハイテクに徹する面とアナログなヒューマンサービスを重視する面を使い分けている。

大手アパレルが百貨店の呪縛から解き放たれたら

 商品開発から流通・販売まで長年積み上げたノウハウと体制を背景に、大手ならではの周到な計画と踏み込んだシステム開発で顧客利便を最大化した「カシヤマ・ザ・スマートテーラー」は、実務経験の浅いベンチャーには手の届かない“完成品”ニュービジネスと評価したい。長年、足かせとなっていた百貨店流通の不合理なしがらみと搾取から解き放たれたら大手アパレルに何ができるのか、一つの画期的事例であり、大手アパレルのみならず、新規チャネルや新規分野に進出するときの参考とすべきであろう。

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