小島健輔の最新論文

販売革新2006年3月号掲載
『量販店衣料部門に基幹戦略を問う』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

量販店衣料部門の進化を問う

 93年以降のデフレ局面では低価格戦略やスーパーセンター戦略が至上命題となり、00年以降の郊外SC開発ラッシュ局面ではそれらの残滓を残したまま器だけが肥大化してNB依存や品揃えの交錯が加速したが、果たしてこの間に量販店衣料部門のフォーマットと業務プロセスは進化したと言えるだろうか。
 個別政策を連打した試行錯誤の果てに類似商品が交錯する巨大売場に肥大した者もあれば、MD効率化に徹して顧客ニーズを切り捨て続け売場が痩せ細ってしまった者もいるが、ウォルマートやターゲットがこの間に果たした急激な進化に少しでも類似した進化を果たした者は国内大手では皆無であったのではないか。
 両雄の衣料売場は今や一見では見分けがつかないほど近似したフォーマットを競い(価格や客層はかなり異なるが)、絶対差別化へのPB/NPB戦略を大手アパレル業界を巻き込んで押し進めている。ゼネラルマーチャンダイザー衣料部門のデフェクトスタンダードと化した両雄のフォーマット構築手順を日本の大手量販店は何故、素直に学ぼうとしないのだろうか。日本的感覚で理解し易いよう、そのフォーマット構築手順を商売の本質論から解き明かしてみた。
衣料部門のフォーマットを決する七つの要件
 商売の基本は「旨い、安い、速い」と言われるが、衣料品では「バリューと鮮度」、セネラルマーチャンダイザー衣料部門では「バリューと鮮度のある豊富な品揃え」と置き換えられよう。「バリュー」とは価格に対しての価値の高さであり、その創造は調達コストのみならず商品企画とソーシング(特に仕上げ面とフィット)に、その実現は売場展開運用に大きく左右される。
 「鮮度」は季節やトレンドに対する感度と展開タイミング/サイクルが起点だが、その実現は売場再編集運用と補給政策に大きく左右される。極論すれば、生鮮品や日配食品のように日サイクルで無補給に徹すれば最良の「鮮度」が実現出来よう。  
 「豊富な品揃え」とは顧客ニーズに対するカバー率だが、POS過信の効率追求は顧客ニーズを切り捨てて品揃えを崩してしまうから、顧客タイプ×シーン別の売場ブロック編成をきちんと枠組んで各ブロックの価格/品質/ティスト/仕上げ面/フィット、それを可能とするソーシングを設定する必要がある。
 この枠組みこそゼネラルマーチャンダイザー衣料部門の起点たるフォーマットなのだが個別対応の継ぎはぎになりがちで、顧客タイプやテイストの欠落や重複、仕上げ面の同質化やフィットのミスマッチなど頻繁に発生しているのが実情だ。これでは確立されたフォーマットとは言えないし、顧客の混乱や失望も大きいのではないか。
 これらの要件を顧客に向けて稼動するフォーマットとして確立出来れば「旨い、安い、速い、豊富な品揃え」が実現される訳だが、それには各要件を連係した業務プロセスとして組み上げる必要がある。その要件を手順に沿って整理すれば下記の7点となる。
 1)「豊富な品揃え」を枠組む顧客タイプ×シーン別の売場ブロック編成
 2)ブロック別の価格/品質/テイスト/仕上げ面/フィットの設定
 3)ブロック別の「バリュー」を創造するソーシング設定
 4)各ブロックのコアとなるNPBの設定
 5)「鮮度」を創造する商品企画/MD設計と展開タイミング/サイクル設定
 6)「バリュー」を実現する売場展開と再編集運用手順の設定
 7)「鮮度」を実現する補給政策/プロセスの設定

各要件のキーポイント

 1)「豊富な品揃え」を枠組む顧客タイプ×シーン別の売場ブロック編成
 世代とファッション嗜好をクロスした客層タイプの設定が基本で、シーズンを総括して各世代やファッション嗜好を代表する有力ファッション雑誌から典型的なスタイルを選び出し(人気ブランド/ストアの売れ筋スタイルを掌握している事が前提)、縦に世代/横にテイストという構造で世代やテイストの関連を位置付けながらグルーピングしていく。次に各客層タイプを代表するブランド/ストアを設定してその平均的な既存店売上の増減を検証し、各客層タイプの増減傾向と隣接するタイプへの移動を推計する。
 次いで国内外のファッショントレンドから次シーズンの有望スタイル群をリストアップし、各々を客層タイプに割り付けていく。この時、今シーズンの好調客層タイプと次シーズンの有望スタイルの対応が一致しなければ、来シーズンの好調客層タイプは変化するという事になる。その場合、有望スタイルが集中する客層タイプを拡大あるいは新設する必要が在る。当然、来シーズンの社会意識やライフスタイルを反映したシーン要素も加えなければならない。
 この客層マップは毎シーズン継続して作成し、結果と変化を比較検証することによって精度と活用性が累積的に向上していく。当社では14年間(28シーズン)継続して婦人服/紳士服の客層マップを作成し、約6000店のブランド/ストア別販売データと比較検証しながら精度を上げている。マーケット全体をカバーする客層マップを作成するのは大変だから、自社のターゲットとする部分についてのみ作成してもよいが、周辺市場からの変化を見落とすリスクは否めない。
 客層マップが完成したら、自店がカバーすべき客層タイプとその比率をライバルとの差別化なども考慮して戦略的に設定し、各客層タイプの各生活シーンを売場編成に落としていく。これまでの売場編成に落とし込めないなら、新たな区分けやブロックの新設も検討しなければならない。この時に考慮しなければならないのが提供方法(セルフ/側面/対面などの販売方法とそれに関わる什器システム)との整合だ。従来の売場でカバー出来ても提供方法が一致しないなら、新たな什器体系を導入しなければならない。

 2)ブロック別の価格/品質/テイスト/仕上げ面/フィットの設定
 顧客タイプ×シーン別の売場ブロック編成を設定したら、各ブロックのコアとなる客層タイプについて来シーズンのトレンドや自店内の位置付けなどを考慮し、基本的なテイスト/スタイルとフィット、アイテム別の価格ラインと品質/仕上げ面を、イメージボードや素材ボードを作成してビジュアルに設定していく。
 テイスト/スタイルを設定すればキーとなるアイテムも明らかとなり、カラー展開とかデザイン展開とかのMD展開軸も定まるし、月度のアイテムバランスも読めて来る。キーアイテムのMD展開軸や棚物とハンガー物のバランスが大きく変わるようだと、什器の入れ替え手配も必要になる。
 フィット/品質/仕上げ面は価格と密接に関連するから、消費/ファッションのトレンドと企業戦略を慎重に摺り合わせ、価格設定の許す限りフィット/品質/仕上げ面の実現を図るべきだ。価格政策が先行するとこれらは蔑ろにされ、結果として残品の山を作ってしまうから、トレンドによっては価格ラインを上にずらしても実現すべきであろう。

 3)ブロック別の「バリュー」を創造するソーシング設定
 フィット/品質/仕上げ面を追求すれば、現行のソーシング(調達先/手法)では技術的に困難だとかコストが折り合わないといった壁にあたる事もある。現実には商品が納入されてからそれに気付くケースが大半だが(量販店のMD/バイヤーの商品視力は携帯のデジカメ程度と揶揄される)、ブロック毎に素材ボードを厳密に作成すれば事前に解る事だ。当社では毎シーズン、MDテーマ毎に物性/色/面を厳密に規定した素材ボードを作成して顧問先の参考にしていただいている。
 構築的なフィットはパターンナーが非力なカジュアルメーカーでは困難だし(OEM先/工場おまかせのケースも多い)、キレイ目面は染色整理段階での加工プロセスを押さえないと価格と折り合わない。となれば、調達先や調達手法の変更が当然、不可避の課題となる。相手にもキャパやプロセスがあるから、遅くとも当該シーズンの半年以上前には取引の了解を取り付ける必要があろう。

 4)各ブロックのコアとなるNPBの設定
 1)〜3)が的確に組めたとしても、無名の平場商品では顧客へのインパクトは限られる。ライバル他社を突き放すには、やはり「ブランド」が必要だ。それも百貨店市場などで名の通ったメジャーブランドがベストな事は言うまでもない。もちろん、価格がまったく違うから、ソーシングの異なるセカンドラインとなる。顧客やシーンの異なる各ブロック毎にイメージの合ったメジャーNPBが揃えば、手頃な大衆百貨店感覚の衣料売場が実現してしまう。大型SCのアンカー店舗として理想的な姿なのではないか。
 多くの顧客が憧れを感じるほどのメジャーNBともなれば、セカンドラインとは言え通常の方法では量販店のNPBにする事は難しい。ターゲットではデザイナーメゾンを口説いたり(“ISAAC  MIZRAHI”)、ウォルマートではセレブ(“mary−kate and ashley”)を引っ張り出しているが、商品のオリジナリティや完成度を考えればファーストラインのデザインチームが企画するセカンドラインがベストだ。
 80年代でDCが終わった日本市場では、大手SPAアパレルのメジャーブランドが現実的に最も認知度が高い。そのデザインチームによるセカンドラインを名岐の有力アパレルが商品化するというのが確実な選択であろう。ならば、量販店はこれら大手SPAアパレルと良好な関係を築いておく必要がある。具体的にはオンワード、ワールド、ファイブフォックス、サンエーインターナショナルなどである。
 大手量販店各社はまだ価格訴求型PB主体で、顧客層と懸け離れたデザイナー系や相当に古臭いNB系のNPBが散発的に見られる程度と、ターゲットのようなマルチブロック・マルチNPB戦略には目覚めてもいない。が、この闘いは一気に仕掛けた者が短期に覇権を握ってしまう。大手SPAアパレルとの接近を図るのがその徴候と見てよいだろう。

 5)「鮮度」を創造する商品企画/MD設計と展開タイミング/サイクル設定
 商品企画/MD設計の鮮度追求は引き付け企画になりがちだが、後加工系カジュアルはともかくキレイ目モードカジュアルやドレスラインについては引き付け企画=鮮度とはならない。むしろ、素材開発から入って染色整理〜製品化プロセスのQRで鮮度を実現するというソーシングがキーとなる。
 より重要で普遍的な鮮度追求方法は展開のタイミングとサイクルだ。よく勘違いされるのが前倒しで、単純に早期投入しては実需期と乖離して商品回転が悪化し、売場の鮮度も結果的に落ちてしまう。次シーズン/トレンドの要素を加味した旬の商品を実需期直前に投入するのが正解で、「10月下旬以降の冬物投入は梅春色で」などが典型的な例であろう。
 展開サイクルも鮮度を大きく左右する。販売期間を長く設定して後方在庫を積み上げては、例え売れても売場の鮮度は落ちる。しまむらのように「SKU各1投入で補給せず」とか、「1ヶ月分しか調達しない」月配売り切り回転に徹する事が基本だ。日配食品の鉄則をそのままに月配衣料品の論理を貫徹すれば、売場は何時も新鮮に保たれる。

 6)「バリュー」を実現する売場展開と再編集運用手順の設定
 すべてが適確に運ばれたとしても、整理整頓や美意識を欠く雑な売場展開が許されればバリューは一気に落ち剥げてしまう。顧客の体型や商品のフィットと異なるボディやマネキンでのディスプレイは論外として、棚展開すべきもの/ハンガー展開すべきものが交錯せず、カラー配列がトレンドを外さず、フェイス量が物理的限界内におさまり、ルックがきちんと組み合わされていれば、顧客の失望を買う事はあるまい。が、これらのほぼすべてが無視されているのが量販店衣料売場の現実だ。
 ディスプレイ/陳列フォルムの美的韻律までは問われないにしても、上記したような最低限の展開は守らないとバリューの実現は難しい。これらは基本的な棚割/VP/レイアウト指示であり、チェーンストアとしては当たり前の技術のはずだ。
 投入時にはきちんと展開出来たとしても、販売進行とともに欠品する物/売れ残る物が分かれ、新規投入品も入って来る。その時の在るがままの在庫を最も鮮度のある在庫に見せる再編集運用の技術が売場になければ、売れる物は切れ売れない物は残り回転にブレーキがかかってしまう。
 売れる要素によるカセット再編集、売れるアイテムによるマルチミックス・ドライブ、バラ残品の差し込み運用など、往時のイトーヨーカ堂や有力専門店、米国でもリミテッドなどで一時は確立されていた手法だが、パート&バイト比率の拡大で失われて行った事が悔やまれる。
 別に難しい手法ではないから、技術テキストを作って研修を重ねればベテランパートなら十分にこなせる。ハイテク機器の使い方を教えるより遥かに簡単だ。当社では研修パッケージを確立して既に数千名の研修実績があり、毎年のように新技術を加えている。

 7)「鮮度」を実現する補給政策/プロセスの設定
 5)で解説したように鮮度は展開タイミングと補給政策の問題であり、過去の習慣や季節展開にこだわらず、日配食品の原点に帰って月配衣料MDに徹するのが第一歩だ。 売上予算/投入予算は月度のものだから計数コントロールはかえってシンプルになるが、商品計画と調達のスケジュールは抜本から再設計する必要がある。月配衣料MDに反するような長期展開大ロットOEM型のソーシングは例外的なものとなり、染色整理〜製品化プロセスを定時サイクルで回していくようなチームMDが主流となっていくのではないか。

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 衣料MDのベテランにとっては当たり前のような手順かも知れないが、トップダウンの場当たり的政策や時流対応で基幹のフォーマットや業務プロセスが蔑ろにされ、グローバルなデフェクトスタンダードに取り残されていく現状に警句を発すべく、あえて長文を提じた。真摯に受け止めていただければ幸いだ。

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