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商業界オンライン 小島健輔からの直言
『オンワード全ブランド退店の真相』 (2019年01月08日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

img_b72abfd4a94b4b40acafe448c729344e253593ZOZOのHPより

 

 昨年末の25日からZOZOが始めた定額会費制割引サービス「ZOZOARIGATO」に伴い、オンワードホールディングスがゾゾタウンから全ブランドを退店したことは業界に少なからぬ衝撃を与えた。これを契機にアパレルのZOZO離れが広がるのか、アパレル業界やEC業界はもちろん投資家も固唾をのんで見守っている。

常時値引きは許容できなかった

「ZOZOARIGATO」は年会費3000円(税別)または月会費500円(同)を払うとゾゾタウンでの買い物が常時10%引きになるというサービスで割引分はZOZOが負担するが、正価から常時10%オフになることに抵抗感を持つ出店者も少なくないようだ。

 似たような会員値引きは駅ビルや百貨店でも乱発気味だが、シーズンに何回か数日ないし1週間程度の期間限定で行われるもので、常時の値引きとは次元が異なる。アマゾンのプライム会員にしても、お急ぎ便が無料になり動画や書籍など無料のデジタルサービスが楽しめるが、常時の値引きサービスはない。

 その意味で「ZOZOARIGATO」は画期的ではあるが、動きの鈍い商品をクーポン値引きでさばくのとは次元が違う常時値引きでは自社ECサイトや小売店頭との価格差を生じ、消費者も混乱して正価流通が崩れてしまう。セール期ならともかくプロパー販売期まで常時値引きという「ZOZOARIGATO」は、減ったとはいえ百貨店売上げがいまだ本体売上げの68.9%(18年2月期)を占めるオンワードにとっては許容し難いものだった。

 ゾゾタウンに出店している主要なアパレルはオンワードに限らず百貨店や駅ビル/ファッションビル、自社ECはもちろん他のECモールでも販売しており、ゾゾタウンの常時値引きを受け入れれば他の販路と価格差が生じて正価流通が成り立たなくなる。値引きやセールに明け暮れるアパレル業界だからこそプロパー販売期間の正価だけは死守したいデッドラインで、無神経に地雷を踏みつけたZOZOのビジネス感覚が疑われる。

全面退店に至った双方の背景

 オンワードが「ZOZOARIGATO」を理由に全面退店に踏み切ったのにはZOZO側とオンワード側、双方の背景が指摘される。

 これまで幾度も指摘してきた通り、初期からの出店者はともかく新規出店者に対するゾゾタウンの販売手数料率は年々かさ上げされ、近年は35%〜40%にも高騰している。決算書に見る受託ショップ事業の取扱高対比手数料率も19年3月期上半期で29.6%と、07年3月期から7.2ポイントも高騰している。それにクーポン乱発の負担が加わるのだから、『ZOZOが伊勢丹化している』と出店アパレルが嘆くのも無理はない。

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 似たような在庫預かり型フルサービスのFBA(フルフィルメントby Amazon)は課金体系が細かく対比は難しいが、SPACメンバー平均の売上対比手数料負担率はZOZOより7.5ポイントほど低い。「場所貸し型」や「マーケットプレイス型」は出店者側の業務や経費を要するにしても、手数料負担はさらに軽い。ゾゾタウンは売上げは期待できるものの手数料やクーポン発行の負担が重く、売上げが利益につながらないという不満が年々高まっていた。

 その不満に輪をかけたのが売上げ至上の出店ショップ拡大で、13年3月期の452ショップから19年3月期上半期(18年9月末)は1178ショップまで広がり、低価格ブランドが増えて平均商品単価も13年3月期上半期の5727円から19年3月期上半期の3804円まで33.6%も下落した。長期的には10年3月期の8043円から18年3月期の4206円へ、ほぼ半減している。

 出店ショップの急増で自店までの誘導も難しくなり、サイト上位に表示されるようクーポンを多頻度に発行するなどコスト負担もかさむようになった。商品単価も客層年齢も高めのオンワードにとっては客層のギャップも広がり、ゾゾタウン出店のメリットに疑問符が付くようになった。

 オンワード側もエンジニアチームを抱えて自社運営するEC体制を確立して自社EC比率が75%(オンワード単体は85%)に達し、支店に分散していた在庫をブランド事業単位に首都圏DCに集約してECと店舗の在庫運用を一元化し、支店軸からEC軸への抜本的な体制転換に踏み切っている。EC売上げも18年2月期で200億円を超え、19年2月期には300億円を見通すスケールに達して運営コストも下がり、もはやゾゾタウンに依存する必要もなくなっていた。自社運営ECで200億円も売れば経費率は25%を切るはずで、それ以上の手数料をZOZOに支払う意味もない。

 自社店舗とのウェブルーミングやショールーミング、EC品を店に取り寄せて試したりEC注文品を店で受け取ったり、EC注文に店在庫を引き当てたり店から出荷するC&C(クリック&コレクト)を進めるにも自社運営ECに集約する必要があり、ZOZOからの退店は時間の問題だったと思われる。

ZOZOの迷走が出店者の離反を招く

 オンワードに限らず、自社運営する(外部運営委託でない)ECを確立して一定規模に達したアパレル企業にとってZOZOは必要不可欠な存在とはいえなくなっている。

 多数の会員を獲得して売上規模も大きくなり自社ECの運営コストの方がZOZOの手数料より低くなれば、ZOZOに依存する必要は薄れる。ECの参入段階ではZOZOの集客が不可欠でも、多数の会員を獲得し新規獲得の仕組みも備われば依存度が薄れるし、自社ECの売上規模拡大に伴うコストダウンは実店舗の多店舗展開とは異次元に加速度的だ。

 そんなアパレル企業でも売上げの拡大や動きの鈍い商品の売り切りにはソゾタウンを活用しているが(アウトレットと割り切るアパレルも少なくない)、ウェブルーミングやショールーミング、C&Cなど店舗とECの連携を進めていけばZOZOとの縁も切れていく。そんな出店アパレルの進化に取り残されないようZOZOが直接顧客たる出店者の利便と利益を一番に考えて投資を集中していたなら、出店アパレルの離反は招かなかったはずだ。

 しかし、現実にはZOZOは高成長と高収益がもたらす巨大なキャッシュフローを他の目的に費やしてきた。目先の成長率維持のため後先考えず、クーポン発行をあおり、「ツケ払い」や今回の「ZOZOARIGATO」を断行して運営経費率を肥大させ、収益力を維持すべく新規出店者の手数料率をかさ上げ続け、ゾゾタウンの顧客層やイメージを危うくする低価格ブランドや量販チェーンまで広げてしまった。加えて18年に入って以降、2段階に渡る未完成なゾゾスーツとそれに基づく未完成な生産システムのパーソナルPBに膨大な投資を注ぎ込み、企業総体の収益力まで削いでしまった。

ZOZO離れは広がるのか

 私は幾度も『プラットフォーマーはプラットフォームの競争力向上に注力すべきでコンテンツに入れ込むべきでない』『精度の疑わしいゾゾスーツよりリアルなTBPP』と提じてきたが、前澤氏には届かなかった。この間もアマゾンが顧客利便はもちろん出品者利便を高める投資に注力して競争力を高めてきたことを思えば、ZOZOの失ったものはあまりに大きいのではないか。

 オンワードに続いてZOZO離れするアパレルが広がるのかどうか、それは今後のZOZOの経営政策によるだろう。過ちを反省して出店者の利便と利益を最優先する政策に転ずるか、はたまたPBの開発と生産体制確立に膨大な投資を注ぎ、販売手数料率をかさ上げ続けるのか、どちらに進むかで出店アパレルの腹も決まるのではないか。

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