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商業界オンライン 小島健輔からの直言
『「ユニクロ病」のチキンレースを超えて』 (2018年12月21日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 年の瀬も迫ってようやく冷え込んできたとはいえ、厳冬を見込んで大量に手当てしたダウンジャケットはあふれ気味でECでは11月から値引きが始まっており、SCや駅ビルの店頭でも値下げが広がっている。昨シーズンの品不足から一転しての品余りを見るにつけ、アパレルの需給はホント読みづらい。

すれ違うアパレルの需給

 昨シーズンは50年に一度という厳冬に加え、生産地の中国での環境規制でダウンジャケット向け高密度タフタの染色が遅れ、一部では納期が年末までずれ込んで品不足にあえいだ。それに懲りたアパレル業界は今シーズンに向けて早々と大量に仕込んだが、一転しての暖かい冬で消化が進まず大量に在庫を抱えてしまった。前年の教訓を生かしたのは正しかったのに気候と需給に裏切られ、またも空振りしたわけだ。

 アパレル業界はトレンドに敏感といわれるが実際の仕込みは前年踏襲が大半で、トレンドにべったり走る商品は数%、ディテイールやカラー、フィットに多少取り入れるのが2〜3割というのが現実だろう。いきおい、実績商品の量と価格の設定が売上げを左右することになるが、この読みがまた難しい。もとより読めない気候や需要に加え、業界の供給がどの程度になるかが読めないからだ。

 実績商品の場合、需要は気候と価格が左右するが、価格は需給が左右する。発注から納品までのリードタイムが長いアパレル商品では発注段階で読んだ供給が途中で膨れ上がり、過剰供給に陥ることが少なくない。

 皆が“売れ筋”と読む商品は供給が過大になりがちで、発注量が大きいこともあって抱える在庫も大きくなるが、手堅い商品だけに値下げすればさばけていく。それに対してトレンド性のリスク商品は誰もが発注するわけではないし、発注量も大きくないので外しても傷は深くないが、値引きしてもさばけないという難物になりかねない。実際、期末セールでも売れ残るのはこの手のトレンド商品が多いようだ。

実績商品も需給ギャップを逃れられない 

 トレンドの的中率は射程距離(発注から納品までのリードタイム)に比例する。シーズンインしてしまえば答えは誰でも分かるから後出しジャンケンが最も好ましいが、短期で作れば中途半端な商品になりがちだし、短納期だとロットも限られるから価格も抑制できない。完成度と価格を両立したければ射程距離が長くロットも大きくなり、リスクも大きくなる。

 経験則だが、シーズンイン4週前のリスクを20%だとすれば、8週前は40%、16週前は80%と倍々になっていく。それ以前にトレンド商品を発注するのは6連弾倉に5発入れたロシアンルーレットみたいなもので狂気というしかないが、外せば値引きで売り切ればよいというギャンブルが業界慣習になっている。

 実績商品の場合は外す心配はないが、予想を超えた供給で値崩れしてしまうリスクは否めない。数多のライバルが合計いくら供給してくるか読み切れないからだ。ならば、過剰供給になった場合でも売り切れる売価設定が可能な調達コストに抑えるしかない。だから工場の閑散期に販売力を超える大ロットで発注するというチキンレースにはまるわけだ。

 低コスト量産工場の閑散期を狙えば生産地は遠い南アジアなどになり、リードタイムは6カ月以上にもなる。その分、コストは落とせるが発注ロットがかさみ、リスクも大きくなる。このチキンレースが報われないことはアパレル業界総体の供給数量と消費数量の倍もの乖離を見れば明らかだが、ライバルと競う状況がギャンブルに走らせているようだ。

チキンレースを離脱する機動的サプライ

 そんなチキンレースを離脱するにはリードタイムの短縮と発注ロットの抑制が一番だが、生産地が消費地に近づきコストが上昇する。業界平均で総投入額対比30%以上も発生している値引きと残品のロスに比べれば吸収可能なコストアップだが、値引きと残品を前提とした採算計画とは折り合わないのか踏み切る企業は少数派だ。

 そんな壁を越える方法が3つある。最も注目されているのが受注先行のIoT仕掛け短納期生産で、「カシヤマ ザ スマートテーラー」ではオーダースーツが採寸から1週間で届く。前工程から縫製、仕上げ、物流まで緻密なプロセスが不可欠だから、アイテムと生産ラインを特化したファクトリーダイレクトでないと難しい。

 ユニクロやZOZOの似たような受注生産では一両日で届く場合があるが、それはミニマムストックを短サイクルで補充する擬似受注生産で、トヨタの看板システムに発してアパレルではメーカーズシャツ鎌倉で確立されたものだ。これが2番目の方法で、フェイス在庫を短サイクル補充するチームMD型のVMIも同じ仕掛けだ。

 3番目は最も確実な原点回帰で、週サイクルで売れる量だけ消費地近接工場で小ロット生産すればよい。韓流型のキャリーSPA(実際にキャリーするとは限らない)が最たるもので、EC主体に高効率な少数店舗と組み合わせるとスーパーマーケット並みの在庫回転と消化率が可能だ。スモールビジネスに限られた手法でEC軸で広げてもスケールに限界はあるが、売り切り御免のトレンド商品に限れば使えるのではないか。

「ユニクロ病」を超えて

 ユニクロの突出した成功で『SPAはリードタイムの長い工場直の大ロット低コスト調達を機動的な売価変更で売り減らしていくもの』という錯覚に陥る企業が絶えないが、それは巨大マーケットを獲得したメジャーブランドならではの論理であって、流動的な需給に振り回される多くのアパレル事業者に適した手法とは言い難い。

 数多なサプライヤーが多様な顧客を奪い合うアパレル市場では、需要を創造するギャンブルに挑戦するか、需要に即応するサプライ体制を確立するかの選択が必要で、前者ではクリエイション、後者では仕組みの機動性が問われる。

 アパレルはしょせん、ローカルで流動的なものだから、巨大ブランドはいずれ需給ギャップに阻まれて非効率化・高コスト化し、新手にマーケットを奪われていく。ユニクロとてその例外ではありえないが、「ユニクロ病」にかかってチキンレースにはまったサプライヤーがユニクロのマーケットを奪えるとは思えない。需給ギャップを短サイクルに解消して消化回転を最大化する機動的サプライチェーンの確立が先決なのではないか。

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