小島健輔の最新論文

マネー現代
『「死に体」アパレルの救世主?
中国・韓国で急成長「在庫なし商法」のスゴい正体』
(2021年11月17日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

クラウドファンディングから始まった無在庫D2C

「販売先行・無在庫商法」は決して珍しいものではなく、ランドセルのように顧客への納品の半年も前に受注を確定して計画生産する慣習が成立している分野もある。

受注生産だから定価販売で値引きも残品もなく、アパレル業界から転職した人がボーナスの額に驚嘆したという逸話があるぐらいだ。

それほどに無在庫商法は旨味があるわけで、如何に仕組むかが競われる。

もっとも容易な無在庫商法がクラウドファンディングによる受注生産(通販型クラウドファンディング)で、先に商品とコンセプトを詳しく紹介して受注を集めてから生産するわけだから、在庫リスク無しの商売が成り立つ。

何度も反復継続するものではないから、需要予測のテストマーケティングやティーズ広告として活用し、市場規模と市販価格を見極めて量産体制を組むというのが現実的な使い方だろう。

無在庫のクラウドファンディングでスタートしても、販売を拡大していくと見込み生産が拡大して在庫リスクが生じるが、SNSやライブコマースでネット受注を拡大する速度の方が速ければ、在庫リスクは極小化できる。

それがD2C(顧客直販商法)の肝なのだが、拡販の誘惑に負けて百貨店や直営店で販売するようになれば、在庫リスクも流通コストも肥大して非効率化してしまう。

在庫を抱える古典的な商売に堕落すれば値引や残品のロスで収益が圧迫され、それを補おうと原価を切り詰めたり売価を切り上げればお値打ちを損ない、D2Cらしい希少性(自分が見つけた感が大切)も薄れて人気が翳り、壁に当たってしまう。そんな隘路に陥らず無在庫商法で成長を継続するには、ハイテクとローテクを駆使したタイムマシン・マジックが必要だ。

DX(Digital Transformation)ファストサプライ

アパレル業界では差別化を志向してオリジナル素材を開発したり、低コストを志向して遠隔地の大規模工場で大量生産したり、企画決定から市場投入まで数ヶ月から半年以上も要する「スローサプライ」が多いが、その間にマーケットは動くから需給ギャップが大きくなって在庫リスクが肥大する。

見込み生産のギャンブルが当たり前の業界だが、一方では手持ち素材や流通素材で小ロット生産を反復してリードタイムを短縮し需給ギャップを圧縮する「ファストサプライ」という手法もある。

中国や韓国で広がる「小ロット高速反復生産」

定番素材だけでなく意匠素材も現物が豊富に流通し、都市近郊の縫製工場集積が生き残っている韓国や中国沿海部では小ロットの高速生産が可能で(日本でも80年代前半までは可能だった)、流通素材に割り切れば需要に即応した小ロット生産の反復で需給ギャップを極小化できる。

一昔前のギャルファッション最盛期には、毎週のようにソウルの東大門市場に通って一反潰しの即席生産品をハンドキャリーで持ち帰るバイヤーも少なくなかった。

ファストファッションが大規模化して大ロット生産で何ヶ月も要するようになる中、「ファストサプライ」も廃れたかに見えたが、韓国や中国ではファストな生産背景を活用して大量の企画を小ロット高速反復生産し大規模化する越境EC事業者が台頭している。

そんな芸当を可能にしたのがAIによる需要予測と自動デザインによる企画リードタイムの短縮、DX連携による生産リードタイムの短縮だ。

企画から生産までプロトコルを統一してデジタルに連携し、CAD企画をCAM生産機器に直結して高速生産するのがDX連携で、企画から製品化までのリードタイムを劇的に短縮できるが、それにAI活用の高速企画と3D・CGによるタイムマシン・マジックが加わればSF的ビジネスモデルが成立する。

AIと3D・CGによるSF的マジック

越境ECでは、狙ったローカル(国)市場毎のトレンドをECやSNSからクローラが自動収集してAIがデザインを自動作成し、そこからデザインチームがCADで高速企画し3Dパターンに変換して3D・CGでバーチャルサンプルを作成し、自社ブランド体型のアバターモデルに着せてランウェイモーションを付けた3D・CGアニメーションを経営陣に見せて企画を決定すれば、これまで何週間も要した企画リードタイムが数日に短縮される。

実サンプルで最終確認して仕様を修正するとしても、1週間以内に収まるだろう。これは極めて劇的な短縮で、トレンドや需給の変化に即応するメリットは絶大だ。

最終確認用の実サンプル、あるいは初期量産の試作品をリアルのモデルに着せてさ・さ・げ(撮影・採寸・説明原稿)してECに上げ、インフルエンサーに着せてSNSに上げれば、初期量産品を投入する前に販売を開始できるが、小ロットの初期量産とは言え生産は進行しているから「無在庫販売」とまでは至らない。

それでも我が国で海外生産の量産品が国内倉庫に納品されてからさ・さ・げするより2週間は先行できるから、在庫リスク圧縮効果は少なからず期待できる。

量産品投入に先んじてECやSNSに掲載して「予約」販売すれば、ECの受注数やウィッシュリスト入れ数、SNSの「いいね」数から販売数量の推移がAI(アルゴリズムでも十分だが)で容易に予測できるから、週サイクルで小ロット生産を反復するなら在庫リスクは無いに等しくなる。さ・さ・げ用サンプルを量産に先行して作成し、近似した効果を図るアパレルECは我が国でも結構多い。

もっと掲載を先行してタイムマシン効果を発揮させたいなら、社内審査用に作成した3D・CGアニメーションをキャラクターアバターやバーチャル・インフルエンサーに変換し、見栄えのするモーションやエフェクトを加えてECやSNSに上げれば、インパクトあるライブコマースが組める。

EC用の静止画なら簡単なグラフィック処理で即日、掲載することも可能で、元が3D・CGだから様々な角度から撮影できるし、3Dスキャンした素材データを入れ込めばリアリティも高まる。

越境EC郵送時差のマジック

デジタルテクノロジーによるSF的マジックとは次元が異なるものの、現実に活用されているのが越境ECの国際郵送時差による無在庫販売だ。

越境ECのアパレル製品は国際郵便小包(日本郵政だと国際eパケットライト)で送られるが、通常のSAL便(非優先扱いエコノミー航空便)だと出荷国の国際交換局と入荷国の国際交換局で通関手続きが後回しにされたりして停滞し、EC業者が出荷してから注文者に届くまで2〜3週間ほどかかる。それを建前に、実は注文を集めてから仕入れたり生産して無在庫で販売するEC業者も存在する。

多くは中小の仕入れ型だが、自社ブランドを販売する大手でもEC掲載を先行して生産に仕掛かり、航空便で追っかけて1週間ほど時差を稼ぐことがあるようだ。国際郵便小包ではSAL便と航空便の料金差は2割ほどだから、商品の新規投入時に限って使うなら、在庫リスクを回避する手段として旨味がある。

SF的ハイテクからアナログな小細工まで、販売を先行して在庫リスクを圧縮あるいはゼロに近づける技は尽きない。そんな技を駆使した無在庫商法で儲けるアパレル業者が台頭する一方、見込み生産/見込み仕入れの業界慣習に囚われて過剰在庫と残品に苦しむアパレル事業者が大半なのは不思議と言うしかない。発想を切り替えれば、広々とした青空が広がるのではないか。

 

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