小島健輔の最新論文

販売革新2011年8月号掲載
[販革の眼]
岐路に立つSPA
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

 製販を一貫する効率的なビジネスモデルとして発展して来たSPAだが、今世紀に入って以降、ロスとコストの上昇を調達原価の切り下げで穴埋めする傾向が強まり、『良品を廉価で提供する』という理想からは乖離していった。08年の外資ファストSPAの上陸以降はマーケティングコストをかけてブランディングを競う風潮が広がり、調達原価の切り下げが一段と加速して品質の劣化が目立つようになった。このままではメジャーなSPAはバリュー競争力を失い、低コストな新手SPAに追い落とされる『小売の環』を演ずる事になってしまう。

止まらぬ原価率の切り下げと品質の劣化

 当社主催のSPAC研究会メンバーに毎年5月、お答え頂いている調達手法アンケートが今年もまとまったが、リーマンショック以降に加速した原価率の切り下げが止まらない。リーマン前の08年から11年にかけて、自社開発商品の原価率は2.5ポイント低下したが、OEM商品のそれは4.5ポイントも低下している。開発スタッフの固定費がかかる自社開発ならともかく、OEMやODMで原価率が25%という回答もあり、いったいどんな品質なのかと不安になる。メンバー企業ではさすがに聞かないが、中にはODMで原価率が18%というカジュアルチェーンもあるようだ。
 小売価格を上げないで(実際には07年〜10年間に平均購入単価は逆に14.5%も低下している)原価率を切り下げれば品質は確実に低下するが、OEM/ODMに依存するカジュアルチェーンの商品を見ると縫製はともかく素材は間違いなく切り下げられている。高騰する羊毛や綿の混率を下げて露骨にローカル合繊比率を上げた商品が急増しているのだ。
 かつて70年代に米国でKマートの商品を見た時、こんな合繊(途上国生産のローカル合繊)だらけのガサガサした商品を日本人が受け入れる事は決してあるまいと思ったものだが、ファストファッション上陸以降、日本の若者は嬉々としてそんな商品を受け入れるようになった。業界の玄人には嘆かわしい変化とも感性の退化とも受け取れるが、事実として正視するしかない。
 品質と原価率を切り下げ、宣伝費をかけてブランディングする企業が勝ち組になる世相は世界共通のようだが(とりわけ中国では一般的で、原価率は20%を切る)、流通革命の理想とは大きく掛け離れている。ファストファッション以降のSPAは『製販一貫の効率的なビジネスモデルで良品を廉価に供給する』という理想を見失っているのではないか。

百貨店と同じ過ちに陥ったSPA

 外資グローバルSPAの原価率は25%前後が多くコストのかかるビジネスモデルに退化していると疑念を抱いていたが、国内SPAでも今世紀に入って原価率の切り下げが進み、ODM依存の大手カジュアルチェーンでは10年間でほぼ10ポイント近くも下がって30%を割り込んでしまった。70%以上も値入れがあって、そこからマークダウンなどのロスを差し引いても60%前後の粗利が残り、40〜50%もの運営コストをかけて10〜20%もの営業利益を残す、というビジネスモデルが果たして『良品を廉価で提供する効率的なビジネスモデル』と言えるかどうか疑問と言わざるを得ない。ODMで30%を切る原価率ともなれば品質は限界を割っていると玄人目には見えるが、それでも売れているのだから消費者の感性退化につけ込んだ崖っぷち商法と危ぶまれる。こんな事を続けていればやがては消費者も気付いて離反し、新たに登場する低コストSPAに取って代わられる事になるのではないか。
 振り返ってみれば、94年から02年にかけて百貨店業界で似たような退化現象が進行した事が思い出される。バブル崩壊からの売上減少に直面した百貨店業界は売上減少を粗利益の嵩上げで穴埋めようと百貨店アパレル業界に歩率の積み上げを要求し、8年間でほぼ8ポイントも歩率が高騰してしまった。百貨店アパレル業界はそのコストを吸収すべく原価率を切り下げ、同期間に平均して33%から25%に8ポイントも低下してしまった。その過程で国内生産から中国生産への移行が急進して国内産地が衰退し、品質も相応に劣化して割高になって行った。結果、駅ビルなどとの価格やお値打ち感の差が顕著になって顧客離れを招き、百貨店の衰退が加速していったのだ。
 理想を見失って調達原価率切り下げに走るSPA業界の体たらくを見るにつけ、かつて百貨店が辿ったと同じ道を転落して行くのではと危惧せざるを得ない。

ロスとコストを圧縮して王道へ回帰せよ

 ロスとコストの肥大を調達原価率の切り下げで穴埋めする悪循環を脱して『良品を廉価で提供する』SPAの理想に回帰するには、まず第一にロスを極小化するロジスティクスと在庫運用のプロセスを確立しなければならない。それには初期配分〜補給投入の精度を向上させ、定期的な在庫再編集運用と店間移動のプロセスを定め、マークダウンの手順を整備する必要がある。
 初期配分は統一フェイス効率別配分方式を基本に、スポット商品や追加投入商品は投入枠設定傾斜配分方式を使い合わせて最適配分を図るとともに、シーズン在庫を計画通りに強制回転させていく再編集運用と店間移動のルーチン体系を整備し、ロスを極小化するマークダウンの手順を仕組む。このプロセスを効率的に回すには、什器体系とそのレイアウトパターンを標準化して陳列フェイスを統一制御する一方、エリア毎にフラッグシップ/標準店/集約処分店を計画的に布陣し、エリア内の店間移動手順を定型化しておく必要がある。
 このようなプロセスと技術の精度を磨いて行けばシーズン在庫の消化回転が滑らかになり、ロスは加速度的に圧縮されて行く。現場の運用精度が高まればロスに加えてコストも低下し、少ない利幅で高収益が稼げるようになる。

究極はファクトリーダイレクトSPA

 ロスとコストの圧縮が見えて来れば、調達原価率の笠上げによるバリュー競争力の向上が可能となる。原価率を4〜5ポイントも積み増せば目に見えて素材や仕上げの質を高められるし(縫製は目に見える変化を望み難い)、デザイナーを抱えれば細かな仕様や付属の指示も可能となる。決定的にバリューを高めたければ、デザインチームと生産管理チームを自ら抱えて工場ダイレクトな自社開発型SPAを志向する事になるが、素材開発力を担保すべくテキスタイルコンバーターだけは介在させた方がよい。
 バリュー追求の究極はファクトリーダイレクトSPAだが、アイテム特化のシングルライナーあるいはトップ&ボトムのダブルライナーでないと実現は難しい。メーカーズシャツ鎌倉(シャツ)やバリュープランニング(パンツ)がその好例で、中間業者を入れずロスやコストを抑えて調達原価率を例外的なほど高く保っている。シャツやパンツに加え、かつてはスカートのシングルライナーも存在したし、ニット/ジャージのシングルライナーやそれにパンツを組み合わせるダブルライナーも有望と思われる。素材の差別化や機能訴求に加えて特有のMD展開が欠かせないが、低ロスで高バリューなファクトリーダイレクトSPAは高コスト化した現世代SPAに代わる究極のSPAとして注目すべきであろう。

hankaku1108

論文バックナンバーリスト