小島健輔の最新論文

繊研新聞2023年01月10日付掲載
『2023年はポジションを固め
販管費を抑制してインフレを克服せよ』
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 2022年はコロナ禍からの脱却が進む中、想定外の異変が続き、インフレと為替変動に振り回された散々な一年だったが、2023年は一体どうなるのだろうか。混乱が早期に収束するとは楽観できないから、予測可能なリスクを回避し、揺るぎない優位なポジションと収益体質を固めるべきだろう。

 

■三面から優位ポジションを確立する

 情況に振り回されては不利なポジションに追いやられてしまうから、明確な戦略意志を持って優位なポジションを勝ち取る必要がある。意志なき者に勝利がないのはビジネス世界の理で、分断と変動でインフレが進む中、A)マーケットサイド、B)サプライサイド、C)インナーサイド、三面から優位ポジションを確立するべきだ。

 

A)マーケットサイドでは規模によって採るべきポジションが異なる

インフレ下では、大規模事業者は大ロット調達による圧倒的なバリューで他者を突き放せるし、小規模事業者は小ロット機動調達による鮮度、あるいは個性的なニッチポジションでコストを転嫁できるが、中途半端な規模の事業者は独自のポジションを採り難く状況に流されがちだ。

小売事業者なら顧客の間口と品揃えの魅力を優先すべきで、多少はコストが高くても機動的な調達でバラエティと鮮度を訴求する方が顧客を惹きつけて優位に立てる。値入れの薄さに見合うよう値引きと販管費の抑制が必定で、値入れを追って垂直統合を志向してはマーケット対応力を損ない、値引きと販管費が肥大して収益力も損なわれる。インフレ局面では販管費の抑制が先決だ。

メーカー系事業者なら販路ミックスで優位なポジションを構築するのが大原則で、店舗直販とネット直販、卸とネットモール出品を組み合わせて最適なバランスを追求する。D2Cとは前者を言うべきで、実質消化取引のネットモール出品は卸に位置づけるべきだ。

「最適」とは販売力はもちろんだが、コスト(不動産費や歩率、販売手数料)やキャッシュフロー(売掛債権回転)にも配慮したい。ネットモールの販売手数料は百貨店並みだがドロップシッピング(注文を受けて自ら顧客に出荷する)なら格段に抑制できるし、支払いサイトは大手ネットモールや百貨店の45日、商業施設の22.5日から外資系プラットフォーム(アマゾンやショピファィ)の1週間まで賢く組み合わすべきだ。

 

B)サプライサイドでは闇雲な垂直統合より合理的な分業・協業が賢明だ

グローバル調達がコストダウンに直結した平和な間冷戦期からインフレとリスクに直結する冷戦期に様変わりした今日となっては、リスクもチャンスも丸抱えするのは自殺行為で、サプライチェーンを適切に分業・協業してリスクとチャンスを分担し合うのが賢明だ。

垂直統合SPAの象徴たるユニクロにしても生産地の仕掛かり在庫・出荷待ち在庫は製販同盟で商社が保有・管理して来たし、ワークマンはベンダーとデータ共有して追加生産・追加納入を任せている(信託同盟VMI)。しまむらはマーケット即応の当用仕入れに徹してベンダーに企画提案と補給調達を任せているし、最盛期のポイント(現アダストリア)は引き付けた売り切りのOEM・ODM調達で驚異的な高回転・高収益を実現していた。

自社企画・開発では企画・開発チームを抱える固定費が嵩むから、駅ビルなどに数十店舗を展開する中途半端な規模では調達ロットが足りず、同規模のODM調達チェーンの倍もの価格になりかねない。店舗数が三桁に乗ったぐらいでは素材開発や工場管理までは徹底できず、巨大チェーンには太刀打ちできない。ましてやカントリーリスクや物流リスク、為替リスクまで管理し切れるものではなく、サプライヤーと合理的な分業・協業体制を確立するのが現実的だ。

計画生産の一括調達では在庫を積んでの売り減らしになり、リードタイムに比例して需給ギャップが広がって値引きロスが粗利益を圧迫し、在庫回転もキャッシュフローもスローになる。身の丈に合わない無理な垂直統合を志向して一進一退の轍にはまるより、身の丈に合った製販同盟でコストとリスクを分担し、そのリソースを刻々変化するマーケットへの機動的な対応に向けた方が賢明ではないか。

 

C)インナーサイドでは販管費のスリム化が必定だ

垂直統合が志向された背景にはテナント出店の高コスト化があった。路面店舗に比べて集客と売上が読めて管理も楽だからアパレル店舗の主流となったが、もとより割高なコストが建築費の高騰などでさらに嵩み、販売不振も加わって負担が大きくなっている。

日本ショッピングセンター協会の集計では、物販店舗の共益費を含む総合賃料はコロナ禍の20年は19年より7.8%下がったが、売上も大きく落ち込んだから、売上対比では13.43%と19年より1.2ポイント上昇した。賃料レートが低い食品スーパーやホームセンターまで含んだ「物販」平均であり、アパレル専門店の水準は郊外SCで16%前後、都心の駅ビルやファッションビルでは18%近いと推察される。

基本賃料が売上の10%ほどなのにそんな負担になるのは、共益費や共同販促費、駐車場協力金などに加え、端境月の最低保証賃料負担が大きいからだ。家賃負担の軽減にも値引き販売の抑制にも月度売上の平準化が要で、収益改善の突破口になる。

ユニクロや外資SPAなど大型の準核店舗や人気ブランド店などは総合賃料で8%以下と聞くから、テナント間の賃料格差は大きく、デベの賃料政策にも課題が指摘される。ロードサイド主体に展開するしまむらは減価償却費を合わせても7.7%と格段に低いし、未だロードサイド店も多い国内ユニクロも同じく8.6%程度と推計されるから、商業施設アパレルテナントの賃料負担は格段に重い。

コロナ下の賃料交渉でもレートを切り下げるのは難しく、最低保証の切り下げや暫定免除に持ち込むのが精一杯だったから、店舗の入れ替えで水準を下げるしかなく、投資や償却を伴うから短期では難しい。

同じ商業施設でも大型店の賃料は格段に安いから、後述する人件費の軽減も含めて奥行きの深い大型店を開発するという手もある。飲食店のように、間口は狭くても客単価×客数を三段階構成して奥行き3スパン使う、という手法も注目されて良いのではないか。実際に化粧品専門店では三段階構成で奥行き深く使う事例が見られるから、接客や試着を伴うアパレル店舗でも可能と思われる。

そこまでやってもコストの高い商業施設では限界があり、運営人件費を抑制する方が現実的だ。

 

■インフレ局面では賃上げ能力が企業活力を決める

 労働力世代が減少して人手不足が慢性化し、インフレが先行して勤労者所得が目減りする中、給与水準を嵩上げないと人材が流出して人手不足や運営スキルの低下を招き、企業活動のポテンシャルが下がってしまう。アパレルチェーン各社の直近決算業績を仔細に検証すると、給与の支払い能力と収益力は如実に相関していることが判る。

 給与の支払い能力は一人当たり売上、正確には一人当たり粗利益にスライドする。大手チェーンで最も一人当たり粗利益が高いのが国内ユニクロ事業の1569.6万円で、平均人件費(給与と企業が負担する経費)は482.7万円としまむらに次いで高く、営業利益率は15.3%と最も高い。次いで高いのがしまむらの1318.7万円で、一人当たり売上は3867.3万円と突出して高く、平均人件費は492.2万円と国内ユニクロ事業に優り、営業利益率も8.5%と高い。一人当たり粗利益が国内ユニクロ事業に劣るのは仕入れ型で粗利益率が34.1%と低いからで(国内ユニクロ事業は53.0%)、その分、販管費を25.8%に抑制して収益を確保している。

次いで高いのがユナイテッドアローズの1235.0万円だが14年3月期の2033.2万円から61掛けに、一人当たり売上は2474.9万円と同3814.7万円から65掛けに激減し、営業利益率も1.4%と10%台だった最盛期とは比較すべくもない。平均人件費は483.6万円と国内ユニクロ事業を超える水準にあるが、それを維持する収益力は失われている。一人当たり粗利益が1221.6万円と近いのが青山商事ビジネスウエア事業だが(一人当たり売上2205.0万円)、営業利益率は0.3%と収益力を失っており、454.2万円という平均人件費を維持するのが難しくなっている。

ユナイテッドアローズ、青山商事ビジネスウエア事業とも、熟練した正社員販売員による接客で重衣料を売る高客単価が収益の要だから給与水準の維持・向上は生命線で、根元からの改革が急がれる。

カジュアル系のアダストリアは983.6万円と1000万円を切り、一人当たり売上は1785.2万円としまむらの半分にも届かず、国内ユニクロ事業の六掛けにとどまる。平均人件費も329.7万円と国内ユニクロ事業の七掛け弱で、営業利益利率も3.3%と低く、賃上げ余力は大きくない。ライトオンの一人当たり粗利益は895.5万円とさらに低く、平均人件費も303.2万円とアダストリアを下回り、営業利益率は0.5%とほとんど利益が出ていないから賃上げも難しい。

 

■人時売上を高める要件

 パート・バイトも正社員労働時間換算した比較だから、勤務シフトの効率も含めた「人時売上」「人時生産性(粗利益)」で見なければならない。

 「人時売上」は店舗売上規模に比例し、販売効率が同じなら店舗面積に比例する。最も店舗売上規模が大きいのが国内ユニクロ事業の8億4216万円(坪販売効率273.0万円)で、坪販売効率が362.0万円と高いユナイテッドアローズが3億1165万円、坪販売効率が86.6万円と低くても店舗面積がユニクロと大差ないしまむらが2億6480万円で続く。アダストリアは1億4256万円(坪販売効率223.5万円)、ライトオンは1億1875万円(坪販売効率74.6万円)と売上規模はそれほど差がないが、販売効率の格差が大きい。

 大型店ほど勤務シフト効率が高く、国内ユニクロ事業は平均1018平米の店舗を正社員16.1名とパート・バイト12.4名で運営している。一人当たり売上が国内ユニクロ事業より3割高いしまむらは、平均1010平米の店舗を正社員わずか1.4名とパート5.4人で運営している。ライトオンは平均525平米の店舗を正社員換算6.6人で運営しているが坪販売効率が74.6万円と低く、一人当たり売上は国内ユニクロ事業の六掛け強にとどまる。アダストリアは平均210平米の店舗を正社員4.1人とパート・バイト3.8人で運営しているが坪販売効率が223.5万円と高く、一人当たり売上はライトオンと大差ない。

 坪販売効率が362.0万円と高いユナイテッドアローズは平均275平米の店舗を正社員12.6人で、同75.6万円と低い青山商事ビジネスウエア事業は平均624平米の店舗を正社員4.2人とパート2.2人で運営しているが、粗利益率の差で一人当たり粗利益は大差ない。

 人時売上は営業時間やパート・バイト比率にも大きく左右され、正社員運営で長時間営業すると二交代勤務を要して格段に悪化する。しまむらの人時売上の高さはパート中心に運営する9時間営業の路面店舗が多いことも要因と思われる。正社員運営でも営業時間を抑制し、変形労働時間制(年間、月間、週間)を活用してシフトを効率化すれば、人時売上は格段に高まる。

低単価で買い上げ客数が多いと陳列管理・品出し補充やレジ精算の業務が嵩むから、運営マニュアルの練度やICタグ、セルフレジの有無でも大きく異なる。国内ユニクロ事業は店舗規模の大きさに加え、これら全ての要件を満たしており、高い人時売上を実現している。

 

■販売代行や販売員のリスキリング、店舗軸OMOが突破口になる

様々に工夫しても大きな改善が望めないなら、運営の外注化という手もある。物流施設やブランド店舗では珍しくないが、小売チェーンでも遠隔地で採用や管理がコストに合わないなら販売代行という選択もある。ワークマンプラスのSC店舗は全て販売代行だし、アズール・バイ・マウジーもFC店舗が多い(FCと販売代行は出店契約者の違い)。練度の危うい現地採用スタッフより熟練した現地業者に店舗運営を任せる方が売上も伸び、コストが下がるケースが多いからだ。

大型業態でない限り、店舗運営だけで人件費負担を抑制するのは限界がある。手数料負担が無い自社運営EC比率を高め、販売員をリスキリングしてスタイリング投稿やSNS投稿でインフルエンサー化、ライバー化し、一人当たり売上を嵩上げするべきだ。一人当たり売上が億の桁に乗るケースも少なからず、給与水準向上の突破口になると期待される。

加えて、店舗在庫から店渡しや店出荷する店舗軸OMOを確立すれば、倉庫運営費と宅配物流費を画期的に圧縮でき、在庫効率と店舗売上が高まって収益構造が一変する。H&Mやユニクロは出遅れているが、インディテックス(ZARA)は既に転換を完了し、ワークマンも5年を目処に宅配を全廃して店受け取りに一本化する。2023年は店舗の賃料や人件費はもちろん、ECの手数料や物流費まで、販管費の抑制が最優先課題と心得たい。

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