小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『SPAの多様な調達方法と究極のDXサプライ』
(2023年11月01日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

397621574_2272194656309907_8083529562666237334_n

SPAなどアパレルチェーンのオリジナル商品の開発・調達方法は実に多様で、完成度と着崩し自由度、コスパとタイパの複雑な多変数連立方程式を設計するスキルとサプライマネジメントは神業にも見える。オートクチュールやデザイナーブランドからバイイングSPAや開発型SPAまで多様な商品開発・調達方法を横目で見てきた視点でわかり易く整理し、DXの本質と究極のゴールに言及したい。

 

■アパレル商品開発・調達の数次方程式

 アパレルのものづくりでは「完成度」や「こだわり」が至上命題のように言われるが、完成度を極めるほどコスパもタイパも悪くなり、着る側の着回し着崩しも限定されてしまう。オートクチュールのようにコスパもタイパも無視して特定顧客の躰と着こなしに特化して作り込むか、さまざまな顧客が自在に着回し着崩し出来るよう、コスパやタイパのバランスもとって多少アバウトに作るか、そこからマーケティングが始まると言っても過言ではないだろう。

 骨格タイプ※を想定しても、タイプと同じ着こなしでは新鮮さも面白さも欠くから、脂肪質のウェーブ体型にストレート寄りのグラマラスな着方を設計したり、グラマラスなストレート体型に骨格質のナチュラル体型風に抜けた着方を設計したりするのが今風だ。そのあたりはデザイナーとパターンナーのチームワークだが、OEMなどでデザインとパターンが分断されると着こなし着崩しの妙は損なわれてしまう。

 完成度を追求すれば、ものづくりの体制もデザインやディティール、パターンや仕様開発から生産工程や前工程・後工程に踏み込み、素材開発や染色整理、果ては撚糸や原糸の開発まで至ることも出来るが、それだけ開発コストが嵩み、市場投入までのリードタイムも長くなって需給ギャップも大きくなり、コストにリスクが乗って売価が高くなってしまう。自ら開発組織を抱えず、タイパ・コスパを追求してODM/OEM製品仕入れでリードタイムを短縮すれば需給ギャップも小さくなり、コストもリスクも抑制して売価を下げられるが、長らく愛顧したくなるような完成度や趣きを期待するのは難しい。

 かつてのデザイナーブランドはデザインもパターンも独自性が強く、デザイナーが想定した着こなしと異なる着崩しは困難だったし、低価格SPA商品はコンサバなパターンに加えて用尺や収率※の制約で着崩す余裕を欠く商品も少なくなかったが、今日ではどちらも顧客の間口を広げるべく着る側に歩み寄ってパターンを工夫し、着こなし易くなっている(そうでないブランドは消えて行った)。

世界で数千億円も売り上げるグローバルNB※は完成度や耐久性に加え、ライセンス生産によるローカライズもあって着こなし着崩しの自由度が高く、顧客の幅が広い。モードの文法に立脚して工業パターンからプレス仕上げまで完徹する「ZARA」の欧州・北アフリカ生産品は完成度が高く着崩しに限界があるが、「ライフウエア」を志向する「ユニクロ」はグローバルNB的な着こなし自在性を得て顧客を広げている。

 商品開発・調達プロセスには多くのステップがあって様々な取り組み方があるが、SPAなどアパレルチェーンのオリジナル商品の開発・調達方法に的を絞って各段階の違いを簡略にまとめてみよう。ラグジュアリーブランドやファクトリーブランドのような自社工場生産は設備投資の償却サイクルなど経営条件が大きく異なり、事業のタイムスパンも次元が違うから、本論では除外して考えたい。

 

※骨格タイプについては本誌に掲載した『「ユニクロ:シー」に見る骨格タイプとパーソナルカラーというマーケティング視点』

を参照されたい。

※マーキングと収率・・・・デザインを縫い代も確保した工業パターンに落として縫製パーツに分解し、柄の合わせや織地の方向に違和感がないよう無駄なく使えるよう、一定幅の素材にパーツをレイアウトする工程がマーキング。その際の素材利用率を「収率」と言い熟練職人は85%を目安とするが、最新のマーキングCADはその水準を超えている。

※「ザ・ノースフェイス」「チャンピオン」などに代表されるグローバルNBについては本誌に掲載した『ライセンスビジネスが再び脚光を浴びるわけ』(https://www.wwdjapan.com/articles/1476502)を参照されたい。

 

■アパレルのものづくりプロセスと究極のDX

 

業界の方々には釈迦に説法になってしまうが、オリジナル商品の開発・調達方法を論じるにはアパレルのものづくりプロセスを簡略に定義しておく必要がある。素材開発は別として、製品化段階に限定したプロセスを図表化してみた。編み地出しや洗い工程などDXに乗り難いニットよりマーキングCAD・CAM連携でDX効果が目に見える布帛アイテムに解説が偏ることをお断りしておく。

 アパレル製品の生産は、縫製仕様に対応する多様な工業ミシンなど設備投資や治具の開発を要するものの個々の縫製仕様は定型化されており、ロットや難易度によって分業によるライン生産や一人が複数工程を一貫するセル生産を使い分ければ生産に要する時間の短縮は容易だが(かつては国内産地でもSHEIN並みの短納期生産が行われていた)、仕様開発と素資材調達、前工程は発注側との分担やすり合わせが様々で定型化されておらず、遅延やトラブルの温床となっている。DXとりわけPLMはその隘路を解消する決定打とされるが、必ずしも大仕掛けなシステム投資を要するわけではない。

SPAなど小売業がアパレル商品を開発・調達する時に品質とコスパ・タイパの根幹を左右するのがピンクでマークした仕様開発と前工程、ブルーでマークした仕上げ工程で、ここを発注側と受注側がどう分担するかでパフォーマンスが決まってしまう。前工程のCAM機器や後工程のプレス機器は高額だから装備しない縫製工場もあり、外注による工程間物流が生じてリードタイムが長引く場合がある。

発注側が仕様開発と前工程のポイントを押さえるにはパターンメイキングからマーキングまでのCAD工程を内製化する必要があり、リードタイムの遅延や行き違いを根絶して短納期調達を実現するにはCAM裁断工程まで内製化して「パーツ供給の工賃払い調達」体制を仕組むのが確実だ。素材反を支給して工業パターンデータと仕様書をメールする発注では工場側にマーキングと裁断を任せることになり、織りの方向や柄合わせが食い違うトラブルが起こりがちで、収率のアローワンス分を上乗せして素材を供給する必要も生じる(余分なコストと横流しの要因になる)。

実際にINDITEXは90年代からCAD・CAM工程を内製してスペイン・ポルトガルのフランチャイズ工場にミルクランで裁断パーツと付属品を供給し、逆ミルクランで完成品を回収する週サイクルのプロセスを確立していた。アパレル製品の付加価値を高めるにはデザイン/パターンに最適なプレス仕上げが必要で、INDITEXは裁断パーツ供給して調達した完成品のプレス仕上げを外注工場に任せず、自社工場でプレス仕上げしてタグも自社TC※で取り付けている。

余談になるが、INDITEXは23年1月期決算の報告書で今期からRFIDインレイを縫製段階で縫い込む方式に切り替えるとしていたが、9月末段階の店頭で見る限り、挟み合わせ型の防犯タグ(専用器具がないと取り外せない)にRFIDインレイを内蔵する方式のままだ。防犯機能の強化が求められる中(欧米では組織的万引きが蔓延)、外部縫製工場にRFIDインレイ内封を委託するセキュリテイ上の課題、自社TCで防犯タグを取り付ける作業との重複、決済すれば防犯タグを外せるセルフレジシステムとの整合を考慮して断念したと推察する。

CAD・CAM工程を内製してパーツ供給するには輸送の地理的限界があったが、今やプロトコルを統一してCADデータを工場のCAM機器にオンライン供給すれば遠隔地でも同様なパーツ供給が可能だ。ジブラルタル海峡はフェリーで一時間程度で渡れるから実物パーツ供給かCADデータのオンライン供給かは定かでないが、「ZARA」店頭の商品を見る限り、急拡大しているモロッコ生産品も完成度が高く、スペイン・ポルトガル生産品同様のパーツ供給による縫製と自社工場プレス仕上げと推察される。東欧やトルコの生産品も、同様なCADデータのオンライン供給と完成品の自社工場プレス仕上げにより、リードタイムを短縮し付加価値を高めていくのではないか。

製品仕入れのOEMやODMに依存している次元からは想像がつかないかも知れないが、ものづくりのDXはPLMのシステム投資というよりCAD・CAM工程の内製化による縫製パーツの実物供給、あるいはCAM機器の規格統一によるマーキングデータのオンライン供給が究極のゴールと思われる。マーキングデータのオンライン供給はパターンオーダーなどではすでに定着しているから、アパレルチェーンの商品調達でも近々に一般化するに違いない。

 

※PLM(Product Lifecycle Management)・・・商品の企画・開発から生産・物流、流通・販売、二次流通、廃棄までライフサイクル全体の流れを戦略的に管理・運用して品質とブランド価値、利益とキャッシュフローを最大化するマネジメント体系、あるいはそのネットワーク・システム。

※CAD・CAM・・・コンピュータ・グラフィック支援の設計(CAD)と製造(CAM)。アパレルではCADはデザインからパターンメイキング、マーキングまでの設計、CAMは自動裁断機を指すことが多い。

※DC(Distribution Center)とTC(Transfer Center)・・・・入荷した商品を棚入れしてからピッキングして出荷する保管型のDCに対し、棚入れせず自動仕分けして送り出す通過型の物流施設がTCで、FC(Fulfillment Center)は通販の出荷用DC。

 

■SPAの調達方法と業務分担

 

 サプライチェーン改革の筋道を理解してもらうべくDXによるゴールを先に提示したが、現状を認識して最適な調達方法を選択すべく、サプライヤーとの業務分担を整理しておきたい。

 アパレル製品の調達方法は小売業的な製品仕入れ調達の3段階とメーカー的な工賃払い調達の3段階に整理できるが、デザイン、パターンメイキング、仕様書作成、工業パターン作成、素材供給、マーキング、裁断、縫製、プレス仕上げの分担関係は発注者、商社やOEM業者などサプライヤー、工場の人材や設備によって様々であり、仕様開発段階や生産段階の外注も多いと思われる。図示した分担は標準的なものとして受け止めて欲しい。

 「ODM製品仕入れ」調達なら社内にデザインチームを抱えなくてもバイヤーやMDのディレクションで調達できるし短納期も容易だが、その分、企画と仕様開発のコストが乗るし、サプライヤー側が仕込んだ企画と素材に乗るしかないから類似商品との競合も生じる。小ロット・短納期のタイムリーな調達が可能だから需給ギャップによるロスも限られ、値入れが多少薄くても(小売業発注ではOEMとの差はせいぜい2〜3ポイント)意外と高い粗利益率が残り、高回転で高い交叉比率が得られる。

ポイント時代のアダストリアが典型的で、07年2月期には棚資産回転率13.11回、粗利益率60.3%、交叉比率790.5を記録し、開発型 SPAに転じた今日も未だ当時の水準には遠い。国内産地の低コスト短納期生産が可能だった最終期の輝きで、今や国内生産では再現は困難だが、広州など中国産地や韓国の一部では今も近似した短納期調達が成り立っている。

 「OEM製品仕入れ」調達は商社などのサプライヤーが事前に準備した素材や工場背景に発注側の企画を載せるもので、デザインは独自でも素材や仕様はサプライヤーの枠組みを出られず、定番商品や売れ筋商品は同質化しがちだ。とは言え素材も仕様も旬の感度と品質が担保されており、下手な自己流より格段の安心感があってアパレルチェーンのオリジナル開発では主流となっている。

 「仕様書発注製品仕入れ」調達は発注側がデザインチームを抱えて(社内とは限らないが)パターンデータと仕様書で発注するもので、サプライヤーを通さず工場直の取引も可能だが、海外生産では「直貿」になって様々なリスクと手続きを抱え込むから、物流や貿易手続き、為替ヘッジやキャッシュフローの都合もあって商社などサプライヤーを通すことが多い。大規模に調達する大手チェーンでは、それらのスキルを持った人材を抱えて「直貿」しているが、毎年の決算を見ていると利益額を大きく左右するほどの為替差益や為替差損を計上しているし、想定外のトラブルが生じた時のサポートも効かないから、海外生産では商社機能を担う製販同盟的なサプライヤーが不可欠と思われる。

 メーカー的な「工賃払い」調達に踏み込むには素材・付属に加えて詳細な縫製仕様を定めた工業パターンが必要だが、パターンと仕様書は内製しても工業パターンは工場に任せてサンプルで擦り合わす慣行が長く続き、遅延とトラブルの温床になっていた。DXが進んだ今日ではCAM裁断機を備えた工場も多いから、発注側で工業パターンをマーキングデータに落とし込んで電送する「CAD発注工賃払い」調達なら、トラブルも遅延もなくサンプルの修正も一発で済むのではないか。

3Dパターンに素材の物性データを加えた3Dグラフィックサンプルをブランドの「基準アバター」に着せてサンプル修正するという手もあるが、「基準アバター」は各部位のサイズのみならず骨格や肉付きの設定(筋肉質か脂肪質かはもちろん表面組織感や揺れ・落ちの物性まで)も必要で、アバウトなままでは着こなし着崩しまでは検証できない。手間とスキルを要する割にリアルの物性には遠い3Dアバター試着はイメージチェックやささげ動画までで、着こなし着崩しまで検証するには生身のモデルかアンドロイドモデルに実サンプルを着せるしかないだろう。

DXが普及した今日、「CAD発注工賃払い」調達は「パーツ供給工賃払い」調達と同義であり、究極のゴールも身近になった。完成度と着こなし着崩しの自由度、コスパとタイパという相反する条件を並立させるべく、アパレルチェーンの商品開発・調達もステップを踏んでアップデートしていくべきだろう。

 

論文バックナンバーリスト