小島健輔の最新論文

商業界オンライン 小島健輔が伝授
『売上向上は「カゴ落ち」防止に尽きる』(2019年12月02日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

img_dbea8f8a1b6c1fe72d229e4f50aaca57565266ライトオンECサイトの検索サイドバー     

 ECの売上向上には「カゴ落ち」防止が効果的だが、それは店舗販売でも同様だ。顧客の購買プロセスを妨げる要因を一つ一つつぶしていけば売上げは容易に伸ばせる。ECで顧客がショッピングを進めていく過程で「カゴ落ち」が生じるポイントはだいたい決まっている。それは店舗販売も似たようなものだから、ECと店舗を比較しながら検証していくと効果的な売上向上策が次々と見えてくる。

商品選択段階の肝は編集運用

 店頭と違ってECではさまざまな条件で並べ替えて商品を探せる。ホーム画面左側のサイドバーに選択に便利な検索条件が分かりやすくリストされていることが必要で、以下のような検索ワードが並んでいることが多い。

a)ブランドで探す(ABC順表記が多い)

b)ターゲットで探す(ウィメンズ/メンズ/キッズ・・・)

c)カテゴリーで探す(アウター/トップス/ボトム/インナー/シューズ/バッグ・・・)

d)アイテムで探す(アウターならダウンベストなど各カテゴリー内の具体的なアイテムを列挙)

e)サイズで探す(SS〜XXL、身長やドロップ、アンダーバスト&カップサイズなど)

f)カラーで探す(色相/トーン/トレンドカラー)

g)人気ランキングから探す(集計期間、対象分野の選択も可能)

h)価格で探す(高い順/安い順)

i)キャンペーンから探す(セール対象/クーポン対象など ※更新に注意)

j)トレンドのキーワードで探す(※タイムリーな更新が必要)

 この検索条件がチグハグだったり、長期間更新されないでアイテム名やトレンドのキーワードが陳腐化すると、検索しにくいだけでなく感性も疑われてしまう。i)やj)の更新を欠かさず、e)やj)についてはサイトの特性を生かす表現を意識したい。

 店舗でこれだけの情報を網羅するのはPOPや販売員の知識だけでは不可能で、タブレット接客やQRコードのスキャンでECサイトの情報を活用するのが必須となった感がある。販売員の誰もがタブレットを携帯して店舗とECサイトをリアルタイムで連携し、顧客利便を高めないと店ごと「カゴ落ち」しかねない。その意味で「百貨店」は丸ごと「カゴ落ち」してしまったのではないか。

 店舗販売では検索条件を変えて逐一並べ直すのは物理的に困難だが、ディスプレイと出前陳列だけなら小一時間で組み替えが可能だ。平日と週末、昼間と夕刻でルックやアイテム、色組みや色順などを替えれば効果はてきめんだ(再編集VMD)。ECでも「カゴ入れ」が悪い(落ちる以前の魅力の問題)と、ブツ撮りからモデル撮りに差し替えたりモデルを替えて撮り直したり、コーディネイトを替えたりするから、似たような運用が行われている。その頻度はもはや店舗販売と大差ないのではないか。

img_a812365a7f28290f532a35df0853c4a4400895ユニクロECサイトの検索項目一覧

比較検証段階の肝は情報量

 店舗だと何店も見て回る手間を要するが、ECだと欲しい商品を検索して絞り込み、ブラウザーのウインドウを幾つか並べて類似商品を比較することが多い。デザインや素材、色やサイズ、価格やクーポンなどのキャンペーンを見比べるが、商品写真の精細度や立体感、見た目のインパクトが弱いと比較負けしてしまうし、ライバルサイトのキャンペーンに出し抜かれることもある。

 ライバル店の打ち出しや値引きキャンペーンをチェックすべきはECも同様だが、店舗販売よりテンポが格段に速い。時間の勝負という一面もあり、店舗とタイミングを合わせるのは難しいのが現実だ。

 素材感や物性、サイズやフィットの確認は実店舗に圧倒的な分がある。ECも写真や動画を工夫したり詳細な寸法表示や重量表示、物性表示(落ち感や透け感など)をしたり、バーチャル・フィッティングアプリを使ったり、あるいは返品自由をうたったりして「カゴ落ち」の回避に努めているが、手を打てば打つほど相応にコストがかさんでいく。

 そんな中でコスパが高いのが顧客のレビューだが、さまざまな体型・サイズの顧客の感想がそろうまで時間がかかるから新規投入商品には役立たないし、“さくら”が疑われることもある。ならば、ZOZOTOWNのように「スタッフレビュー」と明記し、さまざまな体型・サイズのアルバイトによる試着体験報告を商品投入に間髪を入れず掲載するのが効果的だ。

 店舗でそれを担うのは試着販売やフィッティングだが、前者は費用の制約(販売員が社販購入するか無償貸与)があってアイテムが限られ、後者は顧客に手間と労力を強いるから、ECサイトの顧客レビューやスタッフレビューを見る方が手早い。ECの商品情報もレビュー情報も手軽に見られるよう、商品タグにQRコードを印刷するのは今どきのジョーシキではないか。

店舗は情報を隠している

 比較検証は店舗販売に分があるといったが、それを生かしている店舗は限られる。ECに比べれば商品情報が決定的に不足しているし、見当てや試着という重要な購買プロセスが軽視されているからだ。

 POPや値札の商品情報はECのさ・さ・げ情報に比べれば格段に限定されたものだし、価格や品質表示は探さなければ見つからない。取り付け位置の不統一に加え、アパレル業界では値札は隠すものという慣習が定着しているからちょっとした探索が必要だし、素材など品質表示は内縫いの洗濯タグをひっくり返して探すことを強いられる。値札やネームのサイズ表記も記号だけで、ECのように各部位の実寸が詳しく表記されているわけでもない。ECに比べれば『売りたくない』という姿勢が露骨で、この段階で「カゴ落ち」する顧客は少なくないだろう。

 これを解消するにはQRコードをスマホでスキャンしてECの商品ページへ飛んでもらうという手があるが逐一スマホを操作する必要があり、値札をサクサク見ていく手軽さには敵わない。大きめな値札に全てをまとめて表記するのが親切ではないか(洗濯表示は別途に必要)。

※さ・さ・げ:ECの商品表現のための「さ」(撮影)、「さ」(採寸・計量)、「げ」(原稿書き)

接客空間は陳列空間より販売効率が高い

 鏡の前で商品を当てて似合うか確かめ、フィッティングルームで試着するというプロセスは買上率や客単価を決定的に左右するが、そのプロセスでの「カゴ落ち」が圧倒的に多い。鏡やフィッティングルームが軽視され、数やスペースが限られているからだ。

 閑散時間と繁忙時間では入店客数の桁が違い、繁忙時間の買上率は閑散時間の十分の一以下になる。繁忙時に販売員を増やすのは限界があるからセルフでの選択に期待するしかないが、鏡とその前の接客空間が足らないとそれも難しい。スペースを取るフィッティングルームはなおさらで、繁忙時には順番待ちになり、諦めて帰る顧客も少なくない。

 もとより壁面陳列は島陳列の何分の一しか売れず在庫回転も滞るから、壁面を陳列什器で埋めず、鏡を配した接客空間を間に入れた方が売上げは伸びる。フィッティングという行為はストレスが大きいから、ゆったり目のFRを多めに配すれば客単価も買上率も確実に伸びる。それも、集中して配置する方が接客の効率も顧客同士があおる相乗効果も大きい。

 単品構成のカジュアル店などでは試着を回避する工夫も効果がある。サイズ別のトルソーを集合フィッティングの前に並べ、それに着せてサイズ感を確かめてもらえば、手間もストレスもかかる試着をせずに済む。セールなどの繁忙時にはフィッティング待ちが長くなるが、トップスやイージーなボトムなどは簡易なトルソーフィッティングで代用してもらえば待ち時間を短縮できる。IT仕掛けのバーチャルフィッティングなどより手間もコストもかからず、よほど実用的だ。

 長年の経験則だが、接客空間は陳列空間より間違いなく販売効率が高い。なのに陳列を詰め込んで接客空間をつぶすのは「カゴ落ち」を招く愚行だ。現場の販売員は実感できても経営陣には絶対に見えない真実のようで、これまで幾度説明しても理解されることは稀有だった。

個人認証と決済段階

 ECで「カゴ落ち」を招く関門が会員登録と決済だ。外資ブランドのECでは最初にログインを要求するサイトも見られるが、未登録顧客には極めて敷居が高く離脱してしまうことが多い。商品選択を終えて決済をする段階でログインを求められるのが気楽だが、購買履歴によるレコメンドやサイズ推奨、会員割引やクーポンの付与などを表示するには先にログインを求める必要がある。

 会員登録済みの顧客には関門とはならないが、新規顧客には登録入力が煩わしい。スマホショッピングが圧倒的多数派となった今日ではなおさらで、SNSやメジャーモール(アマゾン/楽天/ヤフー)のIDによるログインが必定となっている。

 店舗販売でも、登録会員に対する優待セールやポイントの付与が定着した今日では決済時点でのログインが必須だが、AIレコメンドやレジレスな無人決済を行うには入店段階でのログインが必要になる。スマホのBluetoothをオンにしておけば入店と同時にアプリで自動的にログインされ、顧客情報を元にAIが推奨して販売員が対応するというプロセスが普通になるのに時間はかからないだろう。

 店舗販売ではログインが障壁となって「カゴ落ち」するリスクは考えにくいが、新規顧客はEC同様にSNSのIDで仮登録し、後で自宅のパソコンなどから本登録できるようにすると「登録落ち」を避けられる。

 ECでも店舗でも、決済段階で顧客の可能な決済方法が選択できないと「カゴ落ち」してしまう。現金やクレジットカード、デビットカードやQR決済に加え、ECではコンビニ払いや銀行振込、代引きやキャリア決済まで求められるが、トラブルの多い代引きやキャリア決済は外すサイトも多い。店舗販売では決済方法の選択肢は商業施設デベ一括加盟契約もあってあまり意識されないが、小口決済ではプリペイドICカードが不可欠だし、クレジットカードでアメックスやJCBを外せば高単価客を失うリスクがある。

送料と受け取りではC&Cで店舗小売業が優位

 さまざまなEC利用者調査に共通する3大条件として1)送料は無料2)速く届く3)試せる返せる、が挙げられるが、大手宅配会社の高コストな仕組みに依存しては無料は困難だし速くも届けられない。宅配料金の大幅値上げ以降、急拡大しているのが地域デポからローカル宅配業者や自営運送業者に宅配させる方式で、コストも時間も大きく圧縮できる。 

 速く届けるには1)地域デポからローカル宅配する2)受注してからの取り寄せでなく出荷倉庫に在庫を持つか3)ドロップシッピングで出品者から顧客に直送する必要があるが、どちらにしても1)は必須だ。わが国では4カ所もあればほぼ全国に翌日到着が可能だが、在庫が地域デポに分散することになるからEC事業者にはハードルが高い。全国に店舗展開する小売りチェーンが店在庫を引き当てて店出荷すれば受注の時間帯によっては同日、遅くとも翌日には届けられるから、圧倒的なアドバンテージとなる。

 このアドバンテージを生かせばEC事業者より優位に立ち、顧客が店受け取りに来店すれば店舗売上げも伸ばせる。これがC&C(クリック&コレクト)の威力だが、システム更新が追い付かず店舗在庫をEC受注に引き当てられないなど実施できていないチェーンが多い。ユニクロも店舗在庫は検索できても取り置き(=引き当て)はできず、「店受け取り」はECで決済して有明のEC専用倉庫から各店舗に出荷しているのが実情で、顧客は店受け取りのスピードを享受できないでいる。

 逆にライトオンの「店受け取り」はECから店舗在庫を検索して取り置く仕組みで(決済も店舗)、スピーディーな受け取りを実現している。ライトオンの顧客を限定する商品政策や時代ずれしたフィットには賛同しかねるが、ECサイトの出来は出色でカジュアルチェーンの模範と言っても良い。

img_085610524299dcb45ff7923822dfbc90478154 img_25f8394af5fe3b97e26bb339c98d9416416746ライトオンの店受け取りサービス説明

「顧客第一」は建前ではなく究極の戦略だ

 多くの小売業者が「顧客第一」を掲げ『店は客のためにある』とうたっているが、購買プロセスの各段階で「カゴ落ち」を放置している現状を見る限り顧客の利便に真摯に向き合っているとは言えず、「顧客第一」が建前にすぎないことを露呈している。

 購買プロセスの各段階で本当に顧客の利便を考えストレスの軽減を図るなら「カゴ落ち」は激減して売上げが伸び、「顧客第一」は十二分に報われる。「顧客第一」こそ業績向上の原点であり究極の核兵器でもある。決して「建前」でないことが分かってもらえたのではないか。

 そんな原点を忘れ顧客を突き放した百貨店やECモール事業者、外資アパレルチェーンやしまむらが苦境にあえいでいるのは必然の結果というしかない。「顧客第一」こそ究極の戦略なのだ。

 

 

論文バックナンバーリスト