小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『LVMHに見る「ラグジュアリービジネスの模範解答」』
(2023年02月01日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 東西分断や為替変動、インフレに四苦八苦する多くのアパレル関係者には高天原の出来事でしかないが、1月26日にLVMHが発表した22年12月期の決算報告はラグジュアリービジネスの「模範解答」というべきパーフェクトなものだった。

 

■満点にあと一歩の業績報告

 プレスリリースではまず、『地政学的及び経済的状況にもかかわらず記録的な年だった』と総括し、売上が791億8400万€(11兆5000億円)と23.3%、営業利益が210億5500万€(2兆9380億円)と22.8%も増加したと報告。世界中とりわけ欧州、日本、米国で大きく伸び、ファッション&レザー部門は記録的な売上と利益を達成したと誇る。「Louis Vuitton」の売上が初めて200億€を超え、全てのウォッチ&ジュエリーメゾン、とりわけティファニー、ブルガリ、タグホイヤーが勢いを増し、化粧品販売のセフォラも著しい回復を見せたと好業績を列記している。

成長を牽引したのが「Louis Vuitton」と「Christian Dior」を主力とするファッション&レザーグッズ部門で、売上は386億4800万€(5兆3930億円)と25.1%(現地通貨では11%)伸びて全社売上の48.8%を占め、営業利益は157億900万€(2兆1920億円)と22.3%伸びて全社営業利益の74.6%を占めた。営業利益率は40.6%と驚異的な水準(41.6%)を記録した前期からは1.0ポイント落としたが、それでも粗利益率かと錯覚する水準だ。

売上伸び率が最も高かったのは化粧品販売の「SEPHORA」や免税店「DFS」、スペシャルティデパートの「Le Bon Marche」などからなるセレクティブリテーリング部門だが、売上が148億5200万€と26.4%(現地通貨では17%)伸びて全社売上の18.8%を占めても、コロナ前19年の147億9100万€をようやく回復したに過ぎず、営業利益は7億8800万€と47.6%伸びても全社営業利益の3.7%強を占めるに過ぎない。営業利益率は5.3%と全社の26.6%とは格差が大きく、コロナ前で絶好調だった18年でも10.1%に過ぎず、仕入れ型小売業の限界が見える。

 次いで伸びたのがワイン&スピリッツ部門で、売上は70億9900万€と18.8%伸びて全社売上の9.9%を占め、15.7%伸びた営業利益は21億5500万€と全社営業利益の10.2%を占めた。営業利益率は30.3%とファッション&レザー部門に次いで高いが、仕込みとエイジングに長い年月を要し、在庫が一回りするのに3年以上もかかる。

 ファッション&レザー部門に並んで売上を牽引したのがウォッチ&ジュエリー部門で、売上が105億8100万€と18.0%伸びて全社売上の13.4%を占め、営業利益は20億1700万€と20.1%伸びて全社営業利益の9.6%を占めた。営業利益率は19.1%とコロナ前18年の17.0%も超え、着々と改善されている。

 パヒューム&コスメティクス部門の売上は16.9%増の77億2200万€と全社売上の9.8%を占めたが、営業利益は6億6000万€と唯一3.5%減少して全社の3.1%に留まった。営業利益率も8.5%と前期から1.9ポイント低下し、コロナ前18年の11.1%の回復は果たせなかった。

※ユーロの為替レートは22年の平均TTS 139.54円。

 

■ノブレス・オブリージュな「経営美学」

 売上と利益はパヒューム&コスメティクス部門を除けばほぼ満点の成績だったが、PLとBSも同様に満点に近かったのだろうか。

 まず粗利益率は68.4%と前期の68.3%からほぼ横ばいだったが、コロナ前19年の66.2%を2.2ポイント凌駕しており、回復を超えて新次元に入っている。粗利益率の高いファッション&レザーグッズ部門が年々、売上シェアを伸ばす一方(18年の39.4%→22年の48.8%)、粗利益率が低いセレクティブリテーリング部門の売上シェアが低下する傾向にあり(18年の29.1%→22年の18.8%)、粗利益率は今後もジリジリと上昇していくと思われる。粗利益率と棚資産回転数を乗じた交叉比率も安定しており、コロナ禍の20年こそ19年の87.4から78.9に低下したものの、21年は84.0、22年は84.2と着実に戻している。 

 販管費率は41.9%と前期から0.3ポイント上昇したが、コロナ前19年の44.8%からは2.9ポイントも低下しており、コストの低いオンライン売上の拡大(非公開)とDXの浸透がコストインフレを相殺しているようだ。販管費率の絶対水準も、世界に5664店舗を展開して直販比率が高い(唯一開示しているファッション&レザーグッズ部門で95%)ラグジアリービジネスとしては異例に低く、アダストリアの51.8%やユナイテッドアローズの48.5%よりファーストリテイリングの39.1%に近い。

営業利益率は前期の26.7%から26.6%と僅かに低下しているが、急激なインフレ進行による販管費率の0.3ポイント上昇が響いたと推察される。営業利益率26.6%(ファッション&レザー部門は40.6%)は売上が11兆円を超えるグローバルなファッション企業としては高いにしても、高付加価値なIT企業(アップル30.3%/アルファベット30.6%/メタプラットフォーム39.6%)と比べればまだ低いのかも知れない。

CCC(Cash Conversion Cycle)の安定性は特筆に値するもので、棚資産回転こそ19年の276日からコロナ禍を経て300日近くに延びたものの(0.09回転の減速に過ぎない)、買掛債務回転は19年の117日を20年も維持して21年は127日、22年も128日に延びただけで、CCCは19年の183日が20年こそ205日に延びたが21年は191日、22年は188日とほぼ元に戻っている。コロナ禍ではH&MやINDITEXなど棚資産回転日数が延びた分、丸々、買掛債務回転日数を延ばしたアパレル事業者が目立ったが、LVMHは秀逸した財務スキルでノブレス・オブリージュを貫徹した。非常時にも取り乱さない「経営美学」もラグジュアリービジネスの文法なのだろう。

必要運転資金はコロナ禍で売上が17%近く減少した20年こそ19年から7%圧縮されたが、急回復して43.8%も売上が伸びた21年は運転資金も34.7%増加し、同じく23.3%伸びた22年も運転資金は21 .2%増加した。純資産も21年は26.0%、22年は15.7%増加したから、純資産対運転資金率は19年の67.0%が21年には68.8%、22年には72.1%とやや負担が拡大した程度で、ティファニー買収で倍近く増えた借入金が20年から20%減少した分、財務的な負担はむしろ軽減されている。LVMHは財務的にもコロナ禍という非常時を取り乱さず通過したと総括されよう。

 

■社会貢献と環境貢献も列記

 プレスリリースは業績だけでなく、いかに社会に貢献したかも、今日の西欧的価値観の文法に沿って洩れなく列記している。

 第一は雇用への貢献で、世界で39,000人、フランス国内で15,000人以上の若者を採用し、従業員のトレーニングに2億1500万€(300億円)を投資した。フランス経済への波及効果はグループ全体で16万人分に相当する。従業員の給与も各分野で最も競争力ある水準だ。

 第二は投資と納税で、世界中で50億€(6977億円)以上の法人税を支払い、その半分近くがフランスで支払われ、VAT(消費税)や社会保障費まで合わせればフランスに45億€超を貢献している。フランスには500を超える店舗と110を超える製造拠点があって毎年、10億€以上が投資され、新たに開設されている。フランスの従業員のほとんどは利益配分を受けており、22年にはグループ全体で4億€に達した。 

 第三は地球環境への貢献で、気候、森林、水の保護に関する透明性と活動のリーダーシップが、世界的な非営利組織であるCDP(カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)によって世界で12社しかないトリプルAに格付けられている・・・・

 以上はグーグル翻訳を私が原文と付き合わせて校正した多少、怪しい翻訳だが、内容に間違いはないだろう。世界と本国で生産・販売拠点と雇用を広げ、従業員には競争力ある給与と利益を配分する一方、適正十分に納税して社会に貢献し、地球環境にも積極的に配慮する「清潔な企業」なのだと列記している。非常時でもノブレス・オブリージュに徹する経営の所作も合わせ、ラグジュアリービジネスの文法を見た思いがする。

 期せずして同日、豊田章男氏から佐藤恒治氏への社長交代を発表したトヨタ自動車のオンライン会見でも「トヨタの思想、技、所作を受け継ぐ」というフレーズが登場したが、長く繁栄する企業経営に共通する文法なのだと思う。

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