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商業界オンライン 小島健輔からの直言
『衣料品の賞味期限と需給調整』 (2018年09月07日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 食料品には賞味期限があって日時が印字され、その期限の3分の1を過ぎると小売店に納品できなくなり、3分の2を過ぎると店頭から返品されるという商慣習が定着している。業界でいう「3分の1ルール」というやつで、3分の1が納品期限、3分の2が販売期限ということになる。

 そのせいで出荷額の1.5%がメーカーや卸業者に返品されるそうだが、返品された食品を再流通させる仕組みもあって最終的な廃棄率はコンマ以下と低い。店舗段階でも日配・加工食品の廃棄率は平均してコンマ以下、生鮮でも値引きと廃棄で10%が目安と報告されている。

 食品と比べればアパレルの消化率は格段に低く再流通の仕組みも限定的で、最終廃棄率は近年は過半を超えている(今年上半期は53.4%)。衣料品にも賞味期限があるはずだし、納品や返品の期限についても商慣習があるのだろうか。

※食品の廃棄率については2015年の流通経済研究所調査、2013年の日本スーパーマーケット協会調査などを参考にした。

衣料品の賞味期限

 未使用の衣料品は保管に気を付ければ数年は劣化せず食品のような品質上の賞味期限はないが(化粧品は未開封で3年以上の品質保持を薬事法が規定)、リセール市場で値段が付くのはよほどの人気ブランドやヴィンテージを除けば一般に3年間とされる。中古衣料の買い取りでも『販売から3年以内』と断っている店が多い。それは品質というよりトレンド的な賞味期限で、新品で購入しても人前で着られるのは3シーズン目ぐらいまで、という実感とも符合している。ディティールはともかく、フィットが変ってしまうからだろう。

 販売サイドから見れば、店頭では定番的な商品はともかく季節商品は8週間が見飽きない限界というのが経験則だ。これを過ぎると値引きして売り切るかいったん、売場から引き上げるのが業界慣習になっている。売場が狭く陳列量が限られる百貨店のインショップでは4週間で引き上げるケースも珍しくない。8週間というのは一般論で、鮮度を売り物にする店では4週間が限界のようだ。生鮮食品など日サイクルだから4週間とてファストとはいえず、韓国では週サイクルに回す小規模なキャリーSPAも多い。

販売期限が過ぎたら

 生鮮や弁当は当日、加工食品は数日から1週間程度、ドライグロサリーは数カ月の賞味期限を残さないと販売できないが、衣料品では4週間以上の季節的着用期間が必要とされる。その時点が食料品でいう「販売期限」なのだろう。

 業界は売れ残りを恐れて販売期間を前倒そうという“本能”に流されがちだが、SPACメンバーのアンケートによれば前倒そうと後倒そうと実売時期は変わらず、下手に前倒して投入すると見飽きて鮮度が劣化し、実売時期前に値引きする羽目になりかねない。

 メンバーアンケートでは実売時期前に平均4週間の提案認知期間を要しており、4週の提案期と4週の実売期、計8週でフェースを入れ替え、売れ残った商品は値引き処理したり2次処分店に回したり、ブランドアパレルでは倉庫に引き上げて期末セールやファミリーセールまで保管するというのが一般的だった。“だった”というのは、昨今では期中にアウトレットに回したり、ECに回してクーポン販売で早期換金することが多くなったからだ。

需給調整力が廃棄率を決める

 日持ちの短い生鮮食品の廃棄率が衣料品より格段に低いのは需給調整が効いているからで、天候などで供給が上下しても市場の競り機能で価格が調整され、供給が制御されて価格も現実的に収斂していく。供給過剰になれば競り値が落ち込んで供給が絞られ、供給不足で競り値が高騰すれば供給が増えて競り値を冷やす。全国区の市場もあるが多くは地産地消を担う地方市場で、鮮度を求めれば物流ラグが小さい地産地消に流れる。故にスーパーマーケット業界は全国チェーンよりローカルチェーンの方が強く収益力も高い。大手スーパーも生鮮と日配は地区仕入れに切り替えている。

 アパレルも80年代までは買取型の卸流通(垂直分業)が主流で展示会などを通して需給調整が効いていたし、地域の専門店にきめ細かく対応する地方問屋も機能していたが、90年代以降、発注者が何カ月も前に一方的に数量を決めてしまうSPA流通(水平分業)が主流になるにつれ需給調整力が損なわれ、今日のような過半が売れ残る非効率な流通となってしまった。

需給ギャップを解消する仕組みが必要 

 その反省から、在庫を積み上げて売り減らすのではなく、ミニマムなフェース在庫を流しながら短サイクル追加生産で需給調整するQR型、受注してから短期で製品化する無在庫D2C型などが試みられているが、アパレル市場総体の需給ギャップが解消されるにはほど遠い。D2Cばかりが注目されるが、業界総体の流通効率を目に見えて改善するには各段階でB2Bによる需給調整が作動する仕組みが好ましい。仕掛かり在庫、流通在庫の競りシステムといえばよいのだろうか。

 最近はバッタ屋さんもShoichiのように倉庫・仕分け機能を持ってオンライン化したり、スマセルのようなB2B売買サイト・ベンチャーも台頭しているのは好ましいが、ささげや売買決定までのタイムラグを考えると、もっとスピーディーな“競り”サイトやリアルな“競り”市場が登場してもよいのではないか。

 裏付けのない感性?にいまだ依存するアパレル業界は食品業界のような精緻な需要予測システムやクイックな需給調整システムが存在しない暗黒大陸で、正価流通が破綻して久しく、15年以降は最終廃棄率が過半を超えるという末期状態に陥っている。食品業界の知恵で再起が図れないものだろうか。

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