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WWD 小島健輔リポート
『「ザラ」は1200店舗を閉めてもSPA首位を維持できるか』
(2020年06月16日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 緊急事態宣言による休業要請も明けて都心でもほとんどの店舗が再開したが、その品ぞろえには大差があった。休業前の春物などどこかに引き上げて新規投入の夏物を全面展開する店から、休業前の在庫状態のままスプリングコートまで陳列しているゾンビみたいな店まで、驚くほどさまざまだ。

 そんな中、新規投入の夏物で大半を構成して鮮度が際立っていたのがインディテックス(INDITEX)の「ザラ(ZARA)」や「ベルシュカ(BERSHKA)」で、初夏物はコンパクトにまとめてセールしていた。路面店はゴールデンウイーク明けから営業を再開していたとはいえ、休業前に豊富にあった春物在庫はいったいどこへ引き上げたのだろうか。そこに発表されたのが、グローバルSPA(製造小売り)の圧倒的勝ち組とされてきたインディテックスの1200店という大量閉店だった。

ECが伸びてコロナクライシスのダメージを軽減

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 インディテックスは6月10日に発表した20年2〜4月期(第1四半期)決算でコロナクライシスに直撃された業績を開示し、同時にこの危機を乗り越える2020〜21年の改革方針を公表したが、その骨子のひとつが21年までに1000〜1200店を整理するというものだった。

 20年2〜4月期の同社の売り上げは前年同期から44.3%減少したが、3月1日〜5月6日で57%減少したH&Mより傷は浅く、3〜5月累計で35.1%減少した国内ユニクロよりは傷が深かった。ファーストリテイリング全体でも4月9日発表の下方修正で3〜8月の売上を前年同期比13.8%減と予想しており、欧米主力の両社より格段に傷が軽かった。

 インディテックスのECは50%も伸びたが店舗売り上げは推計60%減少し、50%伸びたECは瞬間風速ながら全社売り上げの38%に迫ったと推計される。H&Mは3月1日〜5月6日に51エリア中46エリアで稼働したECの伸びが32%にとどまり、インディテックスとの格差が広がった。

 インディテックスのECは19年1月期で全社売り上げの12.2%(31.9億ユーロ/約4173億円)に達して、グローバルSPAのEC売り上げ首位を確立。20年1月期では店在庫引き当てのクリック&コレクト(C&C※1)に切り替えて13.9%(39.2億ユーロ/約4730億円)まで23%伸ばし、コロナパンデミックで大半の店舗が休業する中も売り上げを大きく下支えした。

 ちなみに、H&MのEC売り上げは18年11月期で300億SEK(3450億円、EC比率14.3%)、19年11月期で370億SEK(約4255億円、同15.9%)と推計されるが、各国のDC※2に在庫を積んで出荷する体制から店在庫引き当てのC&Cへ転換できておらず、在庫効率の改善には寄与していない。ファーストリテイリングのEC売り上げは19年8月期で2583億円(同11.2%)、国内ユニクロのEC売り上げは同期で832億円(同9.5%)、直近の20年8月期上半期で525億円(同11.3%)で、店在庫引き当てのC&Cに移行できておらず有明のEC専用倉庫から出荷している(中国では移行済み)。

 ECは全社売り上げに対する比率だけでなく、顧客利便や収益に直結する在庫効率や物流コストで評価すべきで、破綻したニーマン・マーカス(NEIMAN MARCUS)は36%、J.クルー(J.CREW)は50%に達していた。

 インディテックスの売り上げは5月の51%減から6月は2〜8日の1週間で34%減(どちらもECを含む全社売り上げ)と、各国のロックアウト解除とともに急回復しているが、6月8日段階でも全7412店中22.5%の1669店がまだ閉まっている。フルに営業している54%の店舗では16%減まで売り上げが回復しているから、山は越えたとみてよいだろう。

※1.C&C:EC商品を店舗で渡したり店舗から近隣に宅配したり、店舗に取り置いてお試しや返品の利便を提供するOMO(オフラインとオンラインの融合)サービス
※2.DC(Distribution Center):棚入れ保管してピッキング出荷する物流倉庫で、仕分けてスルー出荷するTC(Transfer Center)とは区別して使う

コロナクライシスにも揺るがない財務体質

 インディテックスの今期第1四半期(4月末)在庫は26億2900万ユーロと前年同期より10.1%圧縮され、粗利益率も前年同期の59.5%から58.4%へ1.1ポイントの低下に抑えたが、買掛金は前年同期から4割近く圧縮されており、仕込みに急ブレーキをかけたことが読み取れる。最短2週間という短サイクル生産ゆえの芸当だ。同じファストファッションといっても、生産ロットが大きくリードタイムの長いH&Mが4月末で410億SEK(39.3億ユーロ相当)の在庫を抱え、粗利益率も2〜4ポイント下がると発表しているのに比べ、在庫コントロールも秀逸だ。

 売り上げの急減で売上債権回転日数は前年同期の12.85日から17.55日へ37%伸び、棚卸資産回転日数も前期の109.5日(年間3.33回転)から172.0日(年間2.12回転)へ57%も遅くなったのに、粗利益率の落ち込みが1.1ポイントというのは解せない。おそらくは行き場を失った春物在庫の多くを値引き処分しないで来期(あるいは今秋)に持ち越したのではないか。

 前期第1四半期の年換算3.33回転はインディテックスの季節的偏りであり、前期本決算の商品回転は在庫を前々期から16.5%も圧縮して5.01回転と、前々期の4.20回転から2割近く改善している。この水準は00年代初期に匹敵する画期的なもので、デジタル化の効果もともかく、各国のECをDC倉庫の在庫引き当てから店在庫引き当てに切り替えた効果が大きかったと推測される。

 今期第1四半期では売り上げが急減したため計算上の買掛債務回転日数も極端に伸びているが、前期決算ベースでも116.6日と長く、インディテックスが製品仕入れのSPAではなくアパレルメーカーに近い商品開発・調達体制であることがうかがえる。事実インディテックスは自ら生地を調達・染色整理加工して裁断し、付属も付けて工場に渡して工賃払い調達する比率が競合SPAより格段に高い。

 そんな商品財務体質ゆえ、通常運転の前期本決算では33.63日、26億ユーロの回転差資金があった。コロナクライシスに直撃された今期第1四半期で4億900万ユーロの損失を計上してもネットキャッシュは58億ユーロもあるから、コロナパンデミックの第2波が来ても資金繰りには十分な余裕がある。

 H&Mは19年11月期で売上債権回転日数が9.22日と短いものの、棚卸資産回転日数が125.0日(2.92回転)と長く、買掛債務回転日数が25.94日と短いため、108.28日の運転資金(690億SEK)を必要として、もとより資金繰りがタイトだった。コロナパンデミックによる売り上げ急落で4月8日に新たに9億8000万ユーロの回転信用枠を加え、4月末段階で現金、及び同等物、未利用信用枠の合計238億SEK(22.8億ユーロ相当)を確保しているが、インディテックスほど余裕はない。

1200店を閉める前向きな理由

 財務体質が盤石でも、インディテックスはコロナクライシスを契機に根本的な戦略転換を加速すると表明した。その骨子は(1)サプライチェーンから販売までのDX(デジタルトランスフォーメーション)、(2)販売と顧客利便のOMO※3、(3)根源的なサスティナビリティ――以上3点だ。それに伴って店舗の役割が根本的に変化するから1000〜1200店をabsorb(整理再編して吸収)するのであって、販売不振で店舗網を縮小するのではない。実際、インディテックスはリーマンショック時でも既存店売り上げを落とさなかったし(ギリギリ100%)、以降も通期で既存店売り上げが前年を割ったことはない。

 具体的には今後3年間に10億ユーロを投資し、18年に設計されたインディテックス・オープンプラットフォーム(INDITEX OPEN PLATFORM)に基づいて商品企画・生産・物流・販売を一貫するDXを加速する。年内に本社に6万4000平方メートルのオンラインスタジオを開設し、店在庫引き当てのC&Cを拡充して顧客利便と在庫効率を高めるOMOを確立し、EC比率を22年までに25%以上に拡大する中で、店舗の役割と配置を見直していく。

 撤収する店舗の数は全体の13〜16%に及ぶが、店舗面積では10〜12%、売り上げでは5〜6%、税引き前利益では3〜4%に過ぎず、その減損費用3億800万ユーロもすでに今期第1四半期に計上済みだ。一連の改革で売り場面積は年率2.5%増に抑制する一方、ECと合わせて売り上げは毎年4〜6%伸ばすと目論んでいるが、そんなペースではグローバルSPA首位の座は維持できない。アフターコロナ時代の急激なライフスタイル変化でカジュアル化が加速する中、ドレスアイテムの強みで成長してきた「ザラ」の頭打ちも予想される。

 店在庫引き当てのC&Cを販売の基盤とするにはマーケティングと物流のローカル化が必定だから、立地と規模、家賃負担や採算などから各店舗の役割を見直し、販売機能に加えてショールーム機能やC&C拠点機能、ローカル出荷やテザリング※4の拠点機能を分担する再編配置をすることになる。その結果として1000〜1200店舗が閉められると解釈するべきだ。

※3.OMO(Online Merges with Offline):ネットと店舗の垣根を超えた融合を意味し、モバイルフォンをキーツールとしてウェブルーミングとショールーミングを駆使するニューリテール戦略
※4.テザリング:地域の核となる大型店舗を物流と修理加工、EC注文品ローカル出荷の拠点として在庫を積み、周辺店舗にルート便で補給して在庫を適正化あるいはショールーム化し、物流のタイムラグとコストを最小化してC&C顧客利便と在庫効率を最大化する在庫運用手法

ロスと廃棄の課題を解決できるのか

 インディテックスの戦略骨子の最後の一つがサステナビリティだが、これだけは美しき環境保護はともかく、事業活動に伴う大量廃棄の課題を解決するには至っていない。

 毎週2回の短サイクルデリバリーを繰り返しても前期の商品回転は5.01回転にとどまり、H&Mの2.92回転、国内ユニクロの2.47回転よりは格段に速いとは言え、2週間ごとはともかく月ごとにフェイスを一新するには、かなりの売れ残り商品を店頭から引き上げなければならない。今回のコロナ休業でも、大量の春物在庫が店頭から引き上げられたはずだ。

 「ザラ」は毎週のオンライン各店発注に基づいてスペイン本社のTC(商品を棚入れ保管して出荷するDCではない)で自動仕分けし、補給分を保管せず全量を世界中の店舗に空輸あるいは陸送(一部、船積みもある)するシステムだから、本社のTCには製品在庫は存在しないし、各国にもEC専用の出荷センターはあっても店舗向けのDCは存在しない。その分、各店舗が後方ストックに売り場から下げた在庫を抱え、随時に編集して売り場に出したり、シーズン末のセールで消化している。それで消化し切れない在庫はアウトレット店舗(日本国内では4店舗)に集約して消化したり、タグを切り取って二次流通(バッタ屋)に放出したりしている。

 廃棄処分や二次流通への放出がどれほどあるか知る方法はないが、無視できない量であることは推察できる。アパレルビジネスのサステナビリティの根幹は売れ残り品の廃棄や二次流通への放出を最小限に抑えることで、顧客の価格信頼感にもつながる重要な政策だ。

 その解決策は需給ギャップの最小化であり、(1)企画から販売までのリードタイムを最短化する、(2)生産ロットを最小化する、(3)ギャンブル企画を最小化する――この3点が鉄則だ。ファッションビジネスでは顧客の目を引くトレンディなギャンブル企画も最小限は必要だが、比率を高めすぎると「J.クルー」のような悲劇が起きる。

 究極の解決策はパターンオーダーのスーツやシャツで広がりつつある受注先行のC2M※5無在庫販売だが、基本仕様と生産ラインの固定が必須で、多様なファッションアイテムの変化を追うファストファッションには適用が難しい。

 インディテックスがこれまで行ってきた努力は、生産面では(1)生機素材の先行集約調達と随時の染色整理加工(本社コンビナートに染色整理工場を持つ)による短サイクル対応、(2)売り切り御免に割り切った生産ロットのミニマム化(H&Mの10分の1)、(3)服種別の基本パターン標準化、(4)企画〜生産を一貫するデジタル化によるリードタイムの徹底した短縮、流通・販売面では(5)棚入れ保管して補給するDCを持たず各店発注での一発全量配分、(6)ウェブルーミング&ショールーミング双方向のOMOと店舗在庫引き当てのC&Cだ。

 業界最先端の仕組みを駆使して成長してきたインディテックスだが、コロナクライシスで顧客の購買行動が劇的に変化し、店舗の役割と布陣を一変させる必要に迫られた。

※5.C2M(Customer to Manufactory):ネットやショールームで受注してからデジタル生産や3Dプリンタで素早く生産して“個客”に届けるパーソナル対応の無在庫販売手法

既定路線の加速であってアフターコロナ時代に応えていない

 「ザラホーム(ZARA HOME)」と合わせて前期で全社売り上げの69.2%、税前利益の72.0%を占める主力業態の「ザラ」の強みは自社開発パターン、オリジナル素材、自社工場プレス仕上げで差別化するドレスアイテム(ビジネスウエア)であり、コロナクライシスによる長期の在宅生活やリモートワークで一変したライフスタイルが逆風になることは避けられない。拡大が見込めるカジュアルアイテムはH&Mなど競合SPAと差別化できる開発・生産体制ではなく、コモディティカジュアルはユニクロに遠く及ばない。

 今回発表された戦略は、これまでの店舗布陣と企画・生産体制をECを軸としたOMOにアジャストする既定路線を加速するだけで、商品も商品開発体制も物流体制も一変するわけではない。C&C利便と在庫効率を画期的に高めるテザリングの構想も打ち出されておらず、店舗布陣の再編がどこまで先を読んだものか疑念が残る。

 「ザラ」の商品はアフターコロナ時代の新たなライフスタイルとファッション価値に対応するものではなく、抜本的なリ・コンセプトが要求され壁に当たるリスクがある。アフターコロナ時代に受け入れられる新たなコンセプトを見出したとしても、これまでドレスアイテムを差別化してきた開発・生産体制をどう変えていくのかという難しい課題が残る。

 「ギャップ(GAP)」も「アバクロンビー&フィッチ(ABERCROMBIE & FITCH)」も「ヴィクトリアズ・シークレット(VICTORIA’S SECRET)」も、かつての成功をもたらしたファッション価値の変化に対応できなかった。その意味では、A.C.時代の覇者となるグローバルSPAは「ユニクロ」になる公算が高い。ファーストリテイリング(19年8月期、売り上げ2兆2905億円)がインディテックス(20年1月期、3兆4104億円)を抜き去る日は遠くないと思う。

ローカル分断に対応できるのか

 ブリグジッド(英国のEU離脱)から始まったローカル回帰と分断の構図はコロナパンデミックで決定的に加速され、1930年代の再現が危惧される世界状況だが、アパレルの世界でもローカル化が加速しており、グローバル展開のアパレルチェーンには逆風が強まっている。

 「ザラ」は各店発注だから品番やカラー、サイズの選択と数量は各店舗のマネージャーに任されるが(カントリーマネージャーというコントローラーがリモートでサポートする)、ラテンフィット仕様で生産された商品は日本人にはフィットしないアイテムもあり、日本企画があるわけではないから日本独自のローカルトレンドには対応できない。アパレルではないが、「ザラホーム」のベッドリネンにはフィットシーツがなく、コンフォーターカバーの内側にも留めひもは付いていない。単品コーディネイト企画になっているので、一つの柄色でトータルにそろえることもできない。日本人の生活慣習を真っ向から否定したマーチャンダイジングで、見た目はよいが値段も高く、売り上げも低迷している。

 ライフスタイルはもとよりローカルなもので、その上に花咲くファッションもローカルであらざるを得ない。ステイタスを競う高級ブランドはともかく、日常のライフスタイルを演出する大衆的ファッションでグローバルなチェーンが成り立った時代こそ特異だったのではないか。「ユニクロ」も地域によっては相当にローカル企画で対応している。

 インディテックスがいかに先端的な仕組みと努力で需給ギャップの最小化に取り組もうとも、スペイン発のラテン仕様で世界のローカルマーケットに対応するのは限界がある。「ギャップ」のようにフィットだけでもローカル対応するのか、適応しないマーケットは切り捨てるのか、根源的な課題が残る。ローカル回帰と分断が加速するアフターコロナ時代にどう対応するか、インディテックスはいまだ回答を見出していない。

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